3-3.ソナー
いきなりの敵襲に、諸手をあげてワーッと逃げ出す。しかし仮にも四つん這いの獣フォルムを相手に、いつまでも人の足で逃げ切れるはずがない。
「こうなったら迎え撃つしかありません、ノームさん!」
「切り落とされたトカゲの尾が」
「言ってる場合ですか、今の私たちはどうみても一心同体でしょう!? 尻尾どころか本体ごといっちゃいますよ!? ガブガブと!」
「えぇー、そんなのって聞いてないけど!?」
ようやく自身のピンチにも気づいてもらったところで、ズザーと身を翻すククルゥだった。打って変わって迎撃体勢に切り替えながら、肩にかけた手提げバッグから取り出したのは辞書のように分厚い一冊の本である。
『――無幻郷典』。
これぞククルゥが不本意ながら神より賜りし神器が1つ。この書物はすなわち物語であり、彼らの住まう世界そのもの。その主たるククルゥのピンチとあらば、彼らは惜しみなくその力を貸してくれるのだ。――このように。
「分かったらいきますよ、土精さん!」
「ガブガブはいやだー!」
そんな掛けあいとともに本が輝きを放ち、肩元のノームさんがエイヤと前方に向かって両手を伸ばす。するとたちまち、ぼこりと盛り上がった地面から立ち上がったのは一体の土人形だった。
「やっちゃってください!」
「ゴォオオオオーッ!」
咆哮とともにその巨体が岩の拳を握りしめ、飛び掛かってきていた1体に合わせる形で振りかざす。互いに土くれの身体で、質量差は火を見るよりも明らか。ともすれば当然、押し負けるのは番犬型の方だ。ゴシャとにぶい破壊音が散り、生き物であれば痛ましいほどに原型を失った胴体が吹き飛ばされる、が。
「まぁ、そうなりますよね」
失われたはずの手足をすぐに辺りの土くれから再生し、何事も無かったかの用に番犬型は立ち上がってしまう。
「えぇ、なんでぇー?」
「恐らくは額にはめ込まれた魔石に、損傷した際に原状回復するプログラムが組み込まれているのでしょう。多少のダメージでは与えても、ああやってすぐに立ち上がりますよ!」
驚くノームさんに、ククルゥは冷静にそんな分析を告げた。以前にレインとダンジョンに踏み込まされたとき、似たような仕様のゴーレムに出くわしたのだ。その経験から、あの番犬たちの攻略方法もおよそ察しは付く。
「あの手のロイドの攻略法は主に2つです。魔石のエネルギーが尽きるまで倒し続けるか、魔石そのものを破壊してしまうか」
「なんだ~、ネタが割れれば簡単なことじゃない~! そうと分かったらさっそく」
「いえ、状況はそう単純ではありませんよ。よく見てください、あの大きな魔石を。比べて本体のサイズが小さいので、エネルギー効率は抜群です。恐らく敵の足止めを目的としての設計と思いますが……。しかも3機もいるので、まともに相手にしていたらたぶんこっちが先にへばります。素早さに翻弄されているうちに、後ろからガブリです」
「ひえ・・じゃ、じゃあその魔石とやらを壊して」
「弁償、できますか……?」
「ひえ・・」
それを聞いて、ノームさんも青ざめる。そう、魔石を破壊できれば手っ取り早いのだ。ククルゥとしても是非そうさせてもらいたい。だがそれは、なるべくなら避けたいところだった。だってあのロイドたちはたぶん、今回の依頼主のれっきとした所有物だから。
こんな展開を迎えている以上、向こうの管理不足とか正当防衛は主張できるだろうけれど、こないだやらかしたばかりなのが実に手痛い。レインの耳に入るようなトラブルは、できる限り回避したいのが実情だった。かくなる上は……。
「仕方ありません、こうなったらアレをやりましょう」
「あれ?」
「ソナーさん、いらっしゃいますかね?」
「はいなーっ!」
すると本の見開きからチャポンと飛び出してきたのは、頭からパラボラアンテナらしき傘を生やした別の小人さんである。なんとなく女性に見えるので彼女とするが――彼女もまたノームさんやお頭さんと同じく、数いる小人たちのなかでククルゥが呼び名と見た目の特徴を与えた1人だった。その真骨頂は――。
「委細、承知しております。では、よろしいですか?」
「はい、もう思いっきりやっちゃってください!」
「では、アー、アー。コホン」
そんな感じに彼女が喉の調子を整えているあいだに、ククルゥとノームさんは両手で自分の耳を塞ぐ。そして――。
「ピィェェェェェエーーーーーーッ!!!!」
間もなく辺りに轟いたのは、振動を伴うほどの凄まじい高周波だった。俗にモスキート音と呼ばれる音域があるが、その一歩手前の音を何十倍にも増幅させたような大絶叫が、彼女の喉から発せられて。
そう、これぞソナーさんがその名を冠することになった由来である。声の大きさにおいて、彼女の右に出る者はいない。返ってきた音を頭上のアンテナで拾えば、暗闇でも周囲の状況を探れるというのだから正しくソナーだった。ただ今回はそれをSOS信号に使わせてもらったけれど。
なにせ今ほどの大音響が響き渡れば、必ず誰かしらが状況を確かめに来るはずだ。紹介状さえちゃんと見てもらえれば、ひとまずこの状況からは脱せるだろうから。我ながら、冴えた機転である。
「いいですよ、ソナーさん!」
本の見開きのうえにいるソナーさんにグッジョブを送りながら、今しばらくと気張るククルゥだった。あとはもう少しだけ、この状況を耐え凌げばよいだけだから。だが――。
「ありがとうございます。あとはノームさんに頼みますので、ソナーさんは戻って大丈夫……」
「・・うに?」
言いかけたそのとき、ソナーさんは不可解そうに首をひねっていて。
「あれ、どうかしました?」
「うーん、もしかして、もしかしてですが」
「……?」
「なんか後ろの方に、誰かいるかも?」
それがとても聞き逃せない情報であることに、遅れて気付く。反射で振り返りかけて、踏みとどまった。ここはまだ、気づいていないふりをしておくのが得策だろうと。目の前の番犬たちの対応は続けつつ、ククルゥは落ち着いて思考を整理する。てっきり今の状況は不遇なアクシデントだと思っていた。だが、そうでないとすれば――。
「何人です?」
「ぼっちー。たぶんあれと同じやつも、もう1匹?」
言いながらソナーさんが指さしたのは、ゴーレムが抑え込んでいる3体の番犬型ロイドたち。ともすれば、もう疑いの余地はない。決定的だった。これは事故でなく、明確な敵襲であると。
「さて、いったいどこのどなたさんでしょうね?」
怪訝な表情となりながら、ククルゥは2人の小人たちと段取りを整える。
「ノームさん、ちょっと大技になるとは思いますが」
「ほぅほぅ、まぁそのくらいならなんとか」
ソナーさんから敵の正確な位置を聞き出してから、ノームさんと相談して。
「では、その段取りで」
ほどなくして、そのタイミングは訪れた。
「えいやー!」
番犬たちの動きを伺いつつ、隙を見てノームさんが両手を振り下ろす。
「ゴォオオオオーッ!」
それの鏡映しでゴーレムも同じ動きで地面を打ち鳴らせば、そこにせり立ったのは大地の壁だ。それが敵陣とこちら側とを完全に遮断し、分断する。無論、そんなのは回り込まれてしまえばおしまいで、せいぜいが数秒の時間稼ぎにしかならない。だが、その数秒があれば十分だった。
「からの~、キャッチアンドゴー!」
ノームさんがぐいと腕を引き、ゴーレムを呼び戻す。もののひとっ飛びで戻ってきて、ククルゥたちをかっ攫うとさらにもうひとっ飛び。
「いひぃいいいいっ!??」
あまりの勢いにうわつった声をあげながら、追いかけてきた番犬たちに背を向けて後退する。いきなりの方向転換、急接近にさしもの相手も意表を突かれたか。茂みから飛び出して来た4体目が迎撃に打って出てくるが、その結末はさっきの通りだった。ゴーレムの片腕にあえなく退けられ、ズンと重たい地響きとともに着地。茂みの向こうにもう片方の腕を突っ込み、ガサガサとかき回す。
「取ったどー!!!」
するとノームさんがそんな勝鬨をあげたので、ククルゥもぐっと拳を握りこんで。
「でかしました! そのまま掴んでいてください、ぜったい放しちゃダメですよ!」
いそいそと、ゴーレムの背中から降りる。いったい何奴と、その不届きな面構えを拝んでやるために。
「さて。どこの誰だか知りませんが相手が悪かったですね。痛い目に合いたくなければ、無駄な抵抗はしないことです。神妙にお縄につきなさい」
茂みにむかってそう声はかけたものの、反応はなかった。ほかの番犬たちも動きが止まっているので抵抗こそないが。
「もしかして気絶してる……?」
その音沙汰の無さからしてあるいは失神して、泡でも吹いているのではないかと思われて。
「どする?」
「とりあえず引き出してみましょうか」
そしてズリズリと重たい拳が茂みのなかから引き出される。
「ゆっくり、ゆっくりですよ」
恐る恐るとその様子を見守っていたが、予想外だったのは。
「およ?」
引き抜かれた拳の合間からチラ見えしていたのが、とても大人のものとは思えない小さな靴足だったことだ。
「えっ、うそ……? 開いて、開いてください!」
警戒しつつ、慌ててノームさんに指示を送る。すると開かれたゴーレムの手の中から出てきたのは、やっぱり小さな子どもだった。灰色の髪に落ち葉やら小枝やらをさんざん絡ませた、せいぜいがまだ10歳前後と思しき女の子である。
意識はあった。パチパチ瞬きしながら見上げていた空から、ゆっくりと視線をククルゥに移して。
「あっぱれだ。おまえを共に戦う同士と認めよう」
親指をグッと立てながら、そんなことを言ってくる。かまされた謎のドヤ顔に、ククルゥはきょとんとするばかりだった。




