3-2.魔動機
見上げた坂の上から誰かが降りてきている。それを見たククルゥが最初にやったことは、とりあえず引っ込むよう精霊たちに合図を送ることだった。無用な混乱を避けるためである。とりわけシアが居たままでは、同じ姿をした人間が2人並び立つこととなってしまい目立つからだ。
直前までのコントじみたやり取りはともかくとして、その判断に余計な茶々は入らない。彼らの対応も迅速だった。小人たちは我先にとククルゥが持っていた手提げバッグ、その中にある分厚い本を目指して駆け込み、シアも目を閉じるとその輪郭が光の粒子となってほどけ、ククルゥが胸もとに下げているペンダントのなかに吸い込まれるようにして消えていく。
そうして場を賑わせていた取り巻きたちが掃ければ、残されたのはククルゥ1人だけとなっていた。不審な要素がなくなったところで、さてとククルゥは再び坂の上を見やる。あるいは今向かっている屋敷の関係者かとも思ったのだが……。その風貌を見るに、どうもそんな感じではなさそうだ。
坂を下ってきたのは、全体的に黒めの装束をまとった中年の男だった。腰の両側に差している双剣を見るに、たぶん冒険者か傭兵の類だろう。身長は高めで、おしゃれにカールさせた黒ひげがトレードマーク。襟のはだけた胸元からは、実にむさ苦しそうな分厚い胸板を露出させていた。
「……うん?」
目を細めて様子を伺っていたククルゥは、そこで男の不審な点に気が付く。頭や手といった四肢の至るところに、真新しい血の付いた包帯が見えたからだ。いずれも軽傷で足取りこそしっかりしているが、彼は手負いのようだった。
「なぜに?」
この辺りであればそう危険な魔物も出没しないだろうし、その道の素人にも見えない。ともすればなぜ彼のような負傷済み無頼漢が上から降りてくるのだろう。
「くそったれが、あの野郎。絶対にこのままじゃ……」
なにかブツクサと文句を垂れているし。慌てて精霊たちを引っ込めて不審感をもみ消したところだが、あるいはその必要もなかったのではないかと思うほどに向こうもなかなかの不審者だった。そんな品定めをしていた、そのときである。どうやら彼もこちらの存在に気付いたらしい。目が合ってしまった。
「……チッ」
あからさまな舌打ちとともに、すぐに逸らされてたけれど。怪我が痛むのか、虫の居所もかなりよくないようだった。これは関わってはいけない輩だと、長らく対人関係の日陰で生きてきたククルゥの陰キャセンサーが敏感に反応する。
だがここいらで道を確かめておきたいのも事実だった。迷った末に、紹介状を手に話しかけることにする。人を見かけで判断するのはよくないと先人の教えに従い、心をピュアに戻して。
「あの、すみません。道を聞きたくて。この先に、こんな家名のお家ってありま」
「あぁっ!?」
「ないですよねー! 失礼しました!」
会話をものの数秒で打ち切り、脱兎のごとくピュンと逃げ出した。やっぱり、相当にご立腹だったらしい。一度振り返ってみたところまだ睨みを利かせたまま立ち止まっていたので、もう恐ろしくて限界まで突っ走った。やっぱり人は見かけなのだと、なけなしだったピュアな心も置き去りにして。
そんな一幕があって、さらに無用な体力を削られることになったククルゥである。
「あいやー、ひどい目にあったねー」
「えぇ、本当に……」
老婆のように腰を折り、ゼェゼェと絶え絶えの息をくり返す。そんなククルゥの頭のうえから、ポンポンと労いの言葉をかけたのは再登場してきたノームさんだった。結局、あれは誰でなんだったのか。分からないが、頓着もしないことにする。引きずってしまえば、この先のコミュニケーションスキルに遺恨を残すことになりそうだから。
あれはただ、運が悪かっただけだ。世の中、いい人ばかりではない。性根のひねくれ曲がった輩なんていくらでも見てきたではないか。たとえばそう、レインさんとかレインさんとかレインさんとか。あれはきっと、そういう類の人間だったのだ。人に優しさをかける余裕もない残念な輩。あんなのを相手に、いちいちクヨクヨしていたら身が持たない。
「いよっし!」
そう自分に喝を入れて、グーを手に復活を遂げるククルゥである。実際のところ、収穫がなかったわけではないのだ。男の機嫌があからさまに悪くなったのは、ククルゥが紹介状の家名を示した瞬間のことである。
つまるところ、道はこれであっているのだ。素性は知れないが、男の態度は如実にそれを示していた。いたく残念ながら、先行きにはまだまだ長そうな坂道がずっと続いていたけれど。
「まだ歩いていかないとダメですか……?」
「切り落とされたトカゲの尾が」
「はい、もう分かりましたので大丈夫です」
炊き直しになりそうなやり取りを早々に打ち切り、諦めて歩き出そうとしたそのときだ。
「おや?」
ひょこっと、また坂の上から小さな何かが顔を覗かせたのは。
◇
端的に言えば、それは犬だった。すらっとした体型でサイズもかなり大きめの、愛玩動物という響きはちょっと似合わない番犬タイプ。だがそこにも重要な脚注が入る。なにせ、それは生き物ではない――魔導機なのだから。
現れた瞬間こそギョッと身構えてしまったが、そうと分かれば納得もいく。いま向かっている依頼主の系譜が、その道の古い家系とは事前情報で聞いていたからだ。
「ひえぇ、オオカミだ~! 食べられちゃう~!」
そうとも知らずに肩元で震えあがっているノームさんに、ククルゥは優しく手ほどきをしてやる。
「大丈夫ですよ、ノームさん。あれはロイドですから」
「え、ろいど……?」
「あらかじめ魔術回路に命令式を組み込んでおくことで動くようにしたロボットみたいなものです。言ってなかったですが、今回の依頼主がそういうお家柄の人なのですよ」
「ほぅ。つまりあれは、セイメイではないと・・?」
「はい、恐らくはこの辺りを哨戒するための機体でしょう。怪しい動きさえ取らなければ、無闇に襲ってくることもないはずです。見ていてください」
そんな解説とともに、ククルゥは一歩前に出る。怪しい者ではないですよと、紹介状をフリフリさせながら。
「すみませーん、私はククルゥと言いまして、ギルドから派遣されてきた者です。デニスさんという方にお会いしたいのですが、通していただいてもよろしいでしょうかー?」
「――――」
「あれ、すみませーん!」
しかしそう何度か大声で呼びかけてみたものの、反応がなかった。ワンコ型ロイドはその眉間にはめ込まれた魔石を単眼のように、じっとククルゥのことを見据えたままで。
「どうしたんでしょう……?」
「偉そーな人に相談中、とか?」
「その説はあるかもしれませんね。とりあえず待ってみましょうか」
そんな相談をしていた、矢先のことである。
「うん……?」
ワンコの後ろから、同じタイプの別のワンコが合流してきたのは。さらにもう一体も加わって。すると真ん中にいる最初のワンコが、これで準備は整ったとばかりに姿勢を低くする。ガルルルルと、牙をむき出しにして。
「ねぇ確認だけど姫たま、あれほんとに襲ってこない?」
「そのはずですが」
悠長に話している時間はなかった。3体のロイドがククルゥたちをめがけていっせいに飛び掛かってくる。
「なんでえええええーっ!?」
たまらず悲鳴をあげ、坂を駆けだすククルゥだった。




