3-1.たまにはちゃんと歩くことにした
近ごろ、ちょっと運動不足が過ぎるだろうか。できれば生まれてこないのが一番良かったのだろうけれど、生まれてきてしまったからには長生きしたい。それも健康寿命をなるべく長めにキープして、というのがククルゥなりの開き直った死生観だったりする。
その秘訣こそ運動であるとは都度、耳にはするけれど結局なにもしないまま今日まで来てしまった。これじゃいけんと、ふと決意を新たに立ち上がる。目前にはちょうど、なだらかな坂が山奥に向かってずっと続いていた。
マップによるとどうやら、この山道を登って行った先に次の依頼人が待っているそうなのだけれど。予定よりも早く着きそうなので、せっかくだからと奮起する。
「シア、ノームさん。私は決めました。ここから先は徒歩で行くことにします。たとえ途中で私が音を上げようとも、決して手を貸してはいけませんよ」
「姫たま、なんと高潔なお覚悟・・御意に。このノーム、たとえどんな危険が御身に差し迫ろうとも、必ずや見捨てると誓います。トカゲの尻尾きりみたいに」
「それを言うなら獅子の子落としだと思います」
「・・そう、それ」
シアは「がんばれ!」フリップを掲げていた。そんなこんなで坂を上り始めたククルゥである。だが、すぐに後悔することになった。歩き出してものの5分で息はゼェゼェ、汗はダラダラである。
確かに子どものころから生粋のインドア派を貫き、外で遊ぶなんて滅多にしてこなかったけれど。さすがにここまでではなかったはずだ。ありし日は叔父や教頭にイタズラをかましてはトンズラするのが日常で、必要とあらば木や電柱だってよじ登ったというのに。
日頃の運動不足がもたらした我が身の停滞は、思っていたよりもずっと深刻なようだった。しかもこの先にあるという依頼主の洋館は、まだちっとも見えてきていない。来た道を振り返り、続く道と見比べて、改心はすぐに済んだ。パンと両手の平を合わせて。
「我ながら、少し無謀が過ぎましたかね。今日のところはここまでにしましょう。ということで、ノームさん」
「・・なりませぬ」
「あぁ、さっきの話ですね。いいのです、あれは私が間違ってましたから」
「切り落とされたトカゲの尾が、元の体にどう媚びいるというのでしょうか?」
「ですから、それを言うなら獅子の子落とし」
「同じことです。たぶん」
なにも言い返せず、ククルゥの笑顔が焦りで固まる。だがここでムキになっても仕方がない。いったん心を静かにして、諭しかける。
「聞いてください、ノームさん。先刻のあれは、大変恥ずべきことながら未熟な私の思いあがりだったのです。現状を見誤り、達成できる見込みもないまま聞こえばかりが立派な目標をこれぞと打ち立て、そして結果がこれです。忸怩たる思いです」
「・・・」
「でも収穫が無かったわけではありませんよ。自らの限界を知ることができましたから。分かりますか? つまり何事もチャレンジした時点で意味はあるのですよ。なぜ失敗したのか分析すれば、次に活かすことができます。そう、大事なのはトライアンドエラーなのです。私は今回、その大切さを学びました。ですから」
「では、あれはなんでしょうか?」
すると、ふいにノームさんが指さしたのはククルゥの後方だった。そこには同じ距離を同じ速度でついてきていたシアが、きょとんと佇んでいて。ククルゥと同じように汗ばんではいるけれど、まだ頑張れるよと両手でグーを送っていた。言葉の綾無しに、シアがククルゥとまったく同質のポテンシャルを持つ存在である以上、あるはずのない乖離がそこにあった。
「アンサー、プリーズ?」
ズイと迫られ、やっぱり返す言葉の見つからないククルゥだった。
◇
光由来の精霊であるシアの今の姿は、まだ出会ったばかりのころ――ちょうど1年前くらいのククルゥの何もかもを映しとったものである。よって仮にシアにできて、現在のククルゥにできないことがあるとすれば、それは衰え以外の何者でもなかった。
そしてノーム率いる『宝石箱の小人たち』にとって、主たるククルゥの命令は絶対のものである。だがそれ以上に彼らが優先するのはククルゥを庇護し、慮ることだ。ククルゥのためならば、彼らはなんだってする。時として心を鬼にし、突き放す親心をみせることだって。
本人からのお墨付きがあれば尚のこと。それで心が痛むことを彼らは厭わない。愛する主人の健常こそ、彼らが何よりの願うところであるからだ。ということで、ククルゥももう腹をくくるしかなかった。手を貸すなと担架を切ってしまった以上、ゴールするか精魂尽き果てるまで歩いていくしかないと。
「ゼェ……ゼェ……」
腰を曲げ、スリラーしているククルゥの姿がそこにあった。
「ひめたま、ファイト―!」「がんばれ、がんばれ!」「負けないでー!」
主人のピンチを聞きつけてか、何人かの小人たちが応援に出てくる。だがとても、その声援に応える余裕なんてなかった。ちなみにまだまだ、ゴールらしき家屋の影は見えてこない。
「うぅ、姫たまがあんなにも苦しんでいるのに」
「ボクらは見ていることしかできないなんて・・」
「ボクらはなんて無力なんだっ!」
「ちょっともう、人の頭の上で言うことじゃないでしょう⁉」
満身創痍になりながら、そんなツッコミを入れるので精いっぱいだった。チラと背後を見やれば、シアはまだ順調に後ろからついてきていて。自身の衰退がこうも分かりやすく可視化されるというのは、思ったよりもメンタルに応えた。とりあえず足を止める。
「シア、あなたもそろそろ疲れたでしょう。無理は禁物です、いったん戻って休んでいいですよ」
するとシアは両手のこぶしを2回下ろし、「がんばる」の意を示して。
「いえ、あなたはもう十分すぎるほどに頑張りましたから、今日はこのくらいにしておきましょう。ほどほどにしておかなければ、明日に堪えます」
なんなら走れるよ、とシアは両手を振って足踏みして。
「シア、私はあなたのためを思って言っているのです!」
仕舞には嫌気が差して、毒親のようなセリフを吐いていた。
「「「私のためー? 自分のためでしょー?」」」
すると頭の上の小人たちが、ノリノリでそんな応答を返してきて。
「冷やかしなら帰りなさーいっ!」
「「「わーーーっ!??」」」
わちゃわちゃと無駄な体力を使ってから、結局また歩みを再開することになった。もはや自らの衰えは否定することができない。だがそれはそれとして、ククルゥの恨み節はだんだん今回の依頼主へと向いていく。
聞くに、此度の相手はいわゆる貴族階級の人間だそうだ。それも今となっては納得できる。そうでもなければ、誰が好き好んでこんな山奥に家なんか建てるというのか。はっ、と胸糞を吐き捨てたくなった。
まったく、実に下らない金持ちの道楽ではないか。わざわざ街や都市に住まなくたって、なにも不便なんてないのだろう。だって用事があれば、今回のように相手を呼びつければ良いだけなのだから。本当に、なぜそんなものに庶民たる自分が付き合わされなければならないのか。出向かされるこっちの身にもなってほしい。
「あーもう、いいご身分ですねーっ!」
考えるほどにイライラが笠増しされ、気づけばそんな鬱憤を空に向かって打ち上げていた。するとそのとき、ポンポンと肩元のノームさんが何かを報せてくる。
「あれ姫たまー、上からなんか来たよ?」
「へ?」
見上げてみれば確かに、坂の上から降りてくる人影があった。




