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2-10.土地神


 そこから先のことは、およそ把握している。ずっと見ていたからだ。ギニエットが少女を連れて村を抜け出し、この街にやってくるまで、その逃避行の一部始終を。


 本当はもっと早くに現れても良かったのだが、そうしなかったのはククルゥがあらかじめ偽装して伝えてあった少女の正体に起因する。なにせ、この少女――ドリーは半魔などではない。本当は――。


「神さまだってー!?」


 落ち着いて聞いてもらいたいのですがと前置きして、結果ギニエットから返ってきた反応がそれだった。こんな夜更けにはなかなか近所迷惑な声が響いたが幸い、辺りに人の姿もない。


 失態に気付いたギニエットもすぐにしまった風に口を押さえていたので、とりあえずは見逃すことにする。むぅとジト目くらいはくれてやったけれど。


「あいー!」


 するとよほど懐かれているのか、腰を抜かして地べたに座り込んでいたギニエットに、無邪気に抱き着いてくるドリーである。


「どういうことだい……? この子がその、神さまって……」


 それに構ってやる余裕もなさそうに、ギニエットはただ困惑した様子でククルゥを見上げるばかりだった。そんな反応になるのもまぁ無理はないだろうと思いながら、ククルゥは説明を再開する。


「正確には神さまではなく土地神ですけどね。たまにこういったことが起こるんですよ」


 そこから先は、ククルゥも以前にノアやレインから聞いた話の受け売りだ。どうやらこの世界には創生の頃より、目には見えない微弱な思念体のようなものが無数に存在していて、現代も宙を漂っているらしい。


 ノアは確かそれを『神さまのモト』などと表現していたが、ククルゥはレインにならって微精霊と呼んでいる。自己などは持っていないが、その性質は子どもの幽霊みたいなものだ。楽しいことが大好きで寂しがり屋、何より争いごとを嫌っている。


 そんな彼らだからかときに、無意識・無自覚のままに寄り集まり、より確かなものへとその存在値を昇華させることがあるのだそうだ。その結果として生まれるのが妖精や精霊、あるいは土地神などである。時にはそれ以上の力を持った、本当の神が生まれてしまうこともあるとか何とか。


 それは攪拌される世界の流れのなかで偶発的に起こる、文字通り神秘的な事象――ククルゥに纏わりつく精霊たち発生のメカニズムでもあった。ちなみに今回ドリーは、その土地神パターンだったというわけで。


「さっきも言った通り、彼らは争いごとを嫌います。だから自然と、ああいう長閑な場所に集まりやすいんですよ。そういう意味では、あの村は十分に発生条件を満たしていたでしょうね」


 と自分なりの見解を添えて、説明を締めくくるククルゥだった。


「あいあー?」

「もっともまだ幼すぎて、当人にその自覚は無いようですが」


 よく分からなそうに小首を傾げているドリーの頭を、そっと撫でつけてやりながら。


「えっ……、えぇッ……!?」


 思っても見なかった構図をまえに、ただ当惑するしかないギニエットである。だって、そんなのおかしいではないか。というか聞いていない。だって昼間に話したとき、ククルゥは確かに……!


「ちょ、ちょっと待ってくれ!」


 そこで堪らず待ったをかけるギニエットだった。


「だってお昼に話したとき、君は言っていたじゃないか! 半魔を探しに来たって……!」


 決してセイにしたいわけではない。だがククルゥからのその証言があったからこそギニエットがこの逃避行に及んだのも事実だった。すべてはドリーを守りたい一心での決起だったのに。しかしククルゥとしても、それには理由があってのことで――。


「そう話すしかなかったんですよ。だって仮にあなたが何も知らない村人さんの1人だったとして、真に受けますか? いきなり村にやってきた余所者から、この森のどこかに神さまがいるかもしれないなんて言われて」

「そ、それは……」

「ね、話がこじれる予感しかしないでしょう? だから、そういうことにするのが一番手っ取り早かったんですよ。コンプライアンス的に、善良な半魔の皆さんには大変申し訳なく思いますが」

「…………」

「ちなみにここまで様子見に徹したのは、あなたが裏で魔神や邪神の類と繋がっている可能性があったからです。ああいうのは力の弱い精霊や土地神を食べて大きくなりますからね。結局それも無さそうだったので、こうして結審に出てきたわけですが」

「そんな……」


 先の裁定はそういうことだったのかと、ようやくことの全容が掴めて愕然とするギニエットだった。とてもじゃないが理解が追いつかず、頭の中がしっちゃかめっちゃかになっている。だが結局、ここで確かめておきたいことなんて1つしかなくて。


「すみません、まさか私もこんな展開を迎えるとは思わなかったものですから」

「じゃあ、つまり――」


 そんなククルゥからの詫び入れも耳に入らないまま、ギニエットは尋ねていた。


「つまり君は、この子を捕まえに来たわけじゃない……?」


 すると一瞬ポカンとしてから、たちまち優しげな微笑とともにククルゥは答えて。


「はい、ありませんのでどうか安心してください。いったん保護くらいはしていくかもしれませんが、それだけです。あなたが望むなら、また会うことだってできますよ」


 それだけ聞ければ、十分だった。張っていた緊張の糸が緩みきり。


「ぃ良かったぁああ……」


 ギニエットはヘナヘナとなって天を仰ぐ。見ればそうと分かるほど、心の底から安堵していて。まったくと、その様子にすっかり毒気を抜かれてしまうククルゥだった。なにもこの処遇は、ドリーの正体が土地神だったからではない。半魔であっても同じことだ。


 まさかこんなに小さな子どもに、手をあげたりなんてするはずがないのに。ついでに言えば、言って聞かせてやりたいお小言だって本当はまだ少し残っている。誤解を与えてしまったとはいえ、今回ギニエットの起こした行動は問題だ。大問題だ。捜査を錯乱させたうえ、逃亡未遂まで犯したのだから。


 だが、それでも――。そんなにもドリーのために必死になってくれていた事実の方が、ククルゥにはどうしても嬉しかった。心が温かくなる。こんな人もいるんだなって、ちょっとほっこりさせてもらったから。


「あなたがしたことを考えれば、本当は私の立場で言ってはならないことですけどね。でも、ずっと見させてもらってましたから――」


 だからこれは、その気持ちばかりのお礼になる。その在り様に関わらず、この子を悪者と決めつけずにいてくれた、とても優しくて勇気のある彼に向けて。


「ありがとうございます、ギニエットさん。そんなにも必死に、この子を守ろうとしてくれて」

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