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2-9.ならず者妖兵部隊


 それは遡ること、数時間前。ククルゥがギニエットと別れ、森に入った直後のことである。辺りに人がいないことを念入りに確認してから、ククルゥは肩にかけた手提げカバンのなかに手を入れる。


 取り出したのは茶色い表紙に装丁された、辞典のように分厚い一冊の本だった。その真ん中あたりに指を入れ、開いた本のページに向かって呼びかける。


「はてさて皆さん、今日もそろそろお仕事の時間ですよ。とりあえず出てきてもらってよいでしょうか、アシガルさん方」


 するとそれに応えるように、途端にその見開きが眩い黄金色に輝き出した。やがてページの中央付近に収束したその光が、空に向かってドンと小さく打ち上げられる。見上げた頭上で飛散し、木枝や中空とまるでククルゥを取り囲むように森のあちこちに留まって。


「姫たま、この度はご用命いただきまして誠に恐悦至極。我ら、足軽妖兵部隊。召喚に従い、参上しました」

「はい、大義です」


 光が収まったとき、そこにいたのはククルゥと本の中から飛び出してきた20名余りの小人たちだった。眼帯、忍び装束、オリガミ製の鶴やグリフォンに跨った者、オモチャの剣や兜で武装した者、気球に乗った者と、その出で立ちは様々である。


 彼らは足軽妖兵部隊。こないだヒマだったときにククルゥが編成した、数いる小人たちのなかでも隠密や諜報を得意とする精鋭部隊だったりした。ただ、そんな大層な肩書きでオファーしたせいか。


「どうぞ、何なりとお申し付けください。我らのすべてを御身に捧げます」


 部隊長さんの態度や言葉遣いがやや固い。今だって律儀に、グーを地面につけた忠誠心ポーズを取っている。ノリでそれらしい答え方はしたけれど、さすがにちょっと畏まり過ぎなように思った。


「ところで部隊長さん、前から思っていたのですが言葉遣いとかちょっと固すぎません?」

「・・え」

「そんなに畏まらず、もっと肩の力を抜いて良いですよ。まぁ性格的なものなら構わないのですが」

「これは大変な失礼を……。まさか私めの言動が、姫たまにご御不快な思いをさせていたとは・・」「いえ、そんなことは」

「申し開き用もございませぬ。この罪、腹を切ってお詫びを」

「だからそういうとこですって!」


これは早急に手を打つ必要ありと判断し、人差し指を立てて提案するククルゥである。


「ではこうしましょう。良いですか皆さん、部隊名の変更です。今日からあなた方は、ならず者妖兵部隊と名乗ってください」

「ならず、者・・? それは確か、悪い人のことでは・・?」

「無頼漢とか、頼りになる人といった意味合いもあるのです。なのでこの部隊のリーダーであるあなたも、それらしい振舞いをしなければなりませんよ」

「と言いますと・・」

「そうですね。おら野郎どもー、とかそんな感じですかね?」

「そんな野蛮な」

「フリとか演技でいいのです。さぁ、早速やってみてください。チーム名が変わった旨、部隊を率いるリーダーとして隊員たちに号令を。大丈夫です。とても真面目で勉強熱心なあなたならできると思います」


 そう言い聞かせてみると、ごくりと生唾を飲み込む部隊長さんである。だがやがて意を決したか、メンバー一同を見渡して――。


「聞いたか野郎ども、姫さんからのお達しだ! 俺たちは今日からならず者妖兵部隊! ならず者だとよ、上等じゃねぇか! 気張ってけやあああっ!」

「「「おおおおおおおっ!」」」


 森にそんな鬨の声が轟く。


「うん上手、上手」


こうして部隊長さんは、お頭さんにリネームを果たしたのだった。と、そんな一幕があったことはさておき。パンと手を合わせてから改めて、ククルゥは本題に入る。


「ということでお頭さん、アシガル改め、ならず者妖兵部隊の皆さんにさっそく初任務を言い渡します」

「へい、なんなりと。つっても、大体のことは耳に入ってやすが。要は人を探してくりゃいいんですよね?」

「流石です。正確には人ではありませんが」

「分かってますって! 任せてくださいよ、そんなのお安い御用でっさ! だよな、野郎ども!?」「「「おおう!」」」

「しゃー行ってこい! 『散ッ!』」


 その掛け声を合図に、隊員たちは森の方々に散っていく。残った小人はお頭さんを含めた気球チームのみとなったが、彼らはククルゥへの伝令役だ。


「ういじゃ姫さん、このまましばしお待ちくだせぇ。何かあったら空から報せますんで」

「はい、よろしくお願いします」


 そうして空に昇っていく彼らを見送り終えれば、あとは待つばかりだった。近くの小岩に腰を下ろし、一息をつくククルゥである。


「さて、どうなりますかね」


 そんなことを呟きながら、ギニエットがくれた印付きの地図を、どこかうさん臭そうに眺めていた。そうして待つことしばし、結果はやはり案の定だった。対象発見の報せを受け、ククルゥが向かったのは来た道を引き返した森の東側である。鬱蒼と茂る森のなかを、折り鶴に乗った小人さんの案内に従って歩いていくこと数分。


「あれでしょ? たぶん」

「あれですね、たぶん」


 小人さんが小声で指さす先、茂みを1つ挟んだ向こう側にそれはいた。


「あーいー!」


 子どもだ。年齢にして、たぶん4歳とか5歳くらいだろうか。地面にペタンと尻を付け、何やら綺麗な色合いの石ころを積み木代わりにして遊んでいる、深い緑色の髪をした女の子である。こんな森奥に幼児がいて、近くに親の監視もなく1人で遊んでいるのだ。およそ常識的に考えてあり得ない状況であることから、ククルゥは断定する。あれが今回のターゲットと見て、まず間違いないだろうと。


「お手柄?」

「お手柄です、よくやってくれました」

「やったー、これにて2階級特進っ!」

「そういうのはありませんが、明日のおやつは弾みますよ。というか殉職しないでください」


 片手間にそんなやり取りを交わしながら、木枝を手にしばし観察を続けるククルゥである。見たところ、向こうはまだこちらに気付いている様子はなく、危険な感じもしない。最終的にはそう判断し、そっと擬態を解いてから立ち上がった。


 慎重な足取りで茂みから出ていけば、少女の方もそれに気付いて目が合う。咄嗟に足を止め、にへっと営業スマイルを取り繕って。


「こんにちは」

「あい?」

「どうも初めまして。あ、大丈夫ですよ。怪しい者ではありませんのでどうかそのままに」


 刺激しないように声掛けしながら様子を見て、そろりそろりとまた距離を詰めていく。やっと小人たちとの関わり方には慣れてきたものの、元より対人関係には根強い苦手意識を持っているククルゥだ。相手が子どもとなればなおのこと、どうしていいか分からない。


 故にそれがククルゥにできる、精一杯の愛想の振りまき方で。端から見れば不審でしかないひっぺり腰で、じりじりと少しずつ近づいていく。幸い逃げられることもなく、ようやくその近くに到達できたときはいたくホッとしたものだった。


「あいー?」


 これで第一関門は突破と一安心するククルゥをまえに、少女は不思議そうに小首を傾げていたけれど。とりあえずと気を取り直し、改めて自己紹介から入ろうとするククルゥである。その場に膝を折り、なるべく少女と目線の高さを合わせてから話しかけた。


「初めまして、私はククルゥと言います。あなたのお名前を教えてくれますか?」

「あいー?」

「なるほど、アイちゃんですね」

「あうあー!」「あれ、違うので? すみません、ではなんと?」

「あいあいー!」

「……もしかして、しゃべれない感じですか?」

「あいあー!」

「ですよねー!」


 とりあえず笑顔で大きく頷き返しておいてから、ため息をつくククルゥだった。話せない以上、文明的コンタクトは諦めるしかない。だがそうなると、どうすればいいのか。フムリと唸ってから、ククルゥは考え込む。こうして無事にターゲットを補足できた以上、今回の任務はほとんど達成したようなものだ。


 だが、見過ごせない疑義も残っていた。なぜ村で聴取を行った際、村人たちは誰もこの少女の存在に触れなかったのか。誰も知らなかったとは考えづらい。少なくともこうして初対面のククルゥが近づいても逃げないくらいに少女は人に対して無警戒だし、何より髪や服装も合わせて身なりが整っていた。


 野生児ではこうはならない。誰かしら、この少女を目を駆けている人物がいるはずだ。あるいは村ぐるみかも分からないが……少なくとも1人、その容疑が特濃となった人物がいる。なにせこの辺りは、彼がくれた地図によれば「何もないはず」のエリアなのだから。


 その辺りをまるっと、この少女から聞き出してしまえれば手っ取り早かったのだけれど。ここは一応、レインにも一方を入れておくべきかと思案していたそのときだった。


「あい……?」


 何やら小動物的な動きで、少女がくるりと森の一方向を振り返ったのは。だがその見つめる先には何もなくて、いったいどうしたのかと思えば。


「あいー!」


 尋ねる間もなく、少女はその方向へと一目散に駆けだし行ってしまったではないか。


「ちょ、ちょっと! どこに行くんです!?」


 慌ててその後を追いかける羽目となるククルゥである。だが逃亡といった風にも見えず、ひとまずは追跡するに留めた。頭上で木枝をひょうひょいと掴みながら、軽い身のこなしで森のなかを渡っていく。そんな少女を追いかけること、間もなくのことだった。


「ドリー、どこにいるんだー!? 返事をしてくれー!」


 何処からともなく、そんな叫びが届いてきたのは。


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