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2-8.結審


 夜霧の向こう。コツコツとマイペースな靴音を響かせながら、こちらに向かってまっすぐ歩いてきている少女がいる。それが紛れもなく昼にかろうじて出し抜いてきたはずの彼女のものだったからで、ギニエットは驚愕を禁じ得ない。


「――なん、で……?」


 予想もしない、そのあまりにも早すぎる再会に戦慄するばかりだった。まさか、もう気づかれたというのか。あまつさえ、ここまで追ってきたというのか。バカな、そんなことはあり得ない。あるはずがない。でも現実としてククルゥはもう、目の前まで迫ってきていて。


「あら、ギニエットさんじゃないですか。こんばんは、またお会いしましたね?」

「ぐっ……」


 ごちゃごちゃ考えている間ににこっと笑顔で話しかけられ、とにかくギニエットも動き出すしかなかった。


「ドリー、走るんだ! 早くここから逃げないと……!」


 すかさずドリーの手を取り、橋の反対側に向かって走り出そうとする。諦めるつもりなんて毛頭なかった。どんなに僅かでもまだ可能性が残されているならと、ワラにも縋る想いで最後の賭けに出る。だが――。


「なっ……!?」


 そんな意を決しての行動も、出だしで挫かれることになる。逃げ出そうとした反対方向にも、なぜかククルゥの姿があったからだ。同じように光を放つ本の見開きを手に、一歩ずつこちらに近づいてくる彼女の姿が。


「えっ……えぇっ!?」


 いったい何がどうなっているのか。しきりに左右を振り返り、ようやく自身の置かれた奇天烈な状況を把握する。ククルゥが2人いるのだ。それも左右に1人ずつ、ギニエットを挟み撃ちにする形で近づいてきている。あるいは片や、分身や幻影の類かとも類推したが。


「その辺りでいいですよ、シア。あなたはそこで待機していてください」


 先ほど挨拶をかけてきた方のククルゥが呼びかけると、反対側の彼女が応じてその場に留まったではないか。2人の距離や動きを踏まえても、それは簡易な魔法では説明の付かない芸当で。ともあれ――。ここが橋の上で進路と退路を塞がれてしまった以上、もはや逃げ道もない。覚悟を決め、ギニエットは1人目のククルゥに相対する。


「あいー?」


 小声でそう尋ねかけてくるドリーを、無意識のうちに自分の背後に押し隠しながら。もう逃げ場がないことを見越してか、やがてククルゥの方もコツリと足を止める。どこか無関心そうなその顔つきには余裕も見えて。


「お、驚いたな……。これってたぶん魔法とかじゃないよね。双子だったのかい……?」

「いえ、私に姉妹はいませんよ。ただちょっとマネマネが得意な子でしてね」

「なるほどね、よく分からないけれど。ひとまずは君が昼間に話した方のククルゥ、ってことであってるわけだ」

「そうですね、その節はお世話になりました。まさかこんなに早く、またお会いすることになるとは思わなかったですけれど」

「それは僕も、まったく同じ気持ちだよ」


 嘘も誇張もない、それはギニエットが苦笑いで伝えた正直な心境と皮肉だった。ひとまずは確信に触れず、威勢だけで張り合ってはみている。でもそうすることに今さら意味があるとも思えないし、やってみるだけ虚しかった。まさかこの状況がククルゥからの気軽な挨拶通り、偶然の再会によるものなわけもなし。


 そう、彼女がここに居合わせる理由なんて1つしかないのだから。すべてに気付き、追ってきたのだ。そしてたったいま、現場も押さえられてしまった。言い逃れのしようもない、決定的な証拠とともに。


「ところでギニエットさん、その子は?」

「ぐっ……」


 ついにそれを指で示されてしまえば、いよいよ逃げ場はなかった。万事休すだ。思考を白熱させても、うまい言い訳の1つも思い浮かんではくれない。嫌な汗が止まらなくなるばかりだった。


「親戚の子なんだー、とか言っても無駄だよね……?」

「無駄ですね、こちらもある程度の確証をもって来ていますので。潔いことは助かりますが」

「昼間のサービスに免じて見逃してくれたりとかは……?」

「それはさすがに私が割りを食いすぎでしょう。仕事なので」

「だよね……」


 無駄と分かっていた抵抗も、そこまでだった。今まで大抵の局面であれば、ノリや持ち前の愛嬌で乗り切ってこれたけれど。今回ばかりは、そんなのではどうにもなってくれないらしい。それがククルゥの剣幕から嫌というほど察せられて、振る舞っていた笑顔が徐々に弱々しいものとなっていく。


 一か八か、橋から下の川に飛び降りて逃走を図るか。一瞬そんな選択肢もよぎって、ちらりと横目で川を見やるが、諦めた。それでも到底、逃げ切れるとは思えなかったから。ドリーの身を危険に晒すだけだと。


「隠していることがあるなら正直に話してください。そうすれば、手荒なことはしなくて済みます。私は少なくともあなたの味方ではいられますから」


そうしている間にも、最後の宣告を突きつけられてしまって。少なくともって、なんだよ……? 言い分はあったけれど、それも握りつぶしてギニエットは覚悟を決めた。かくなるうえはこれしかないと、勢いよくその場に両ひざをついて平身低頭。ガバリとひれ伏す。


「へっ?」

「分かった、もう無駄な抵抗はしない! ぜんぶ正直に話す! 話すから、その代わりこっちの話も聞いて欲しい! も、もちろんこれは取り引きとかじゃなくて、僕のただのお願いなんだけど……!」


 キョトンとするククルゥをまえに必死に、しどろもどろになりながら思いの丈を叫んでいた。


「確かにこの子は半魔かもしれない! でもちっとも危ない子なんかじゃないんだ! 森で最初に会ったときも、僕を助けてくれたんだよ! もしこの子が来てくれなかったら、僕はきっとあのとき死んでた! それくらい危ないところだったんだ!」

「ま、まぁ落ち着いて。ひとまず頭をあげてくだ……」

「それからだって、この子はずっと僕を手助けしてくれてたんだよ! もう何週間も一緒にいるけど、危ないところなんて1つもない! 確かにやんちゃでイタズラ好きなところはあるけど、それも含めて、本当にただの子どもさ! 優しいところだっていっぱいあるんだ! だから……!」


 ククルゥの制止も振り切り、そこまでを一気に涙ながらに訴えて、言葉に詰まる。だから、どうしてほしいのか。どう言葉にすれば、自分の想いを聞き入れてもらえるのか。分からないまま、ただひたすらに頭を下げるしかなかった。するとククルゥはそんなギニエットを前に、うーむと思惑していて。


「やっぱりこれは完全に裏目に出たように思うのですが……いかがですか、ノームさん」

「うーん、これはさすがに驚きの白さかも? 他にラスボスとかいる感じもしないしなー」

「なるほど。国民投票の結果はどうでしょう?」

「無罪派が圧倒的多数です。また被告の処遇についても多くの声が寄せられております」


「許してあげてー!」

「これはあまりに不運な事故!」

「とりまヒアリングから!」

「法は悪を捌くためのものでしょー!」

「何卒、寛大なご処置をー!」


「あーはいはい、分かりましたので出演してこないでください。収集つかなくなりますので。シアもそれでいいですか?」


 惜しげもなく晒されたギニエットの頭の上で、脈絡もなくそんなやり取りが交わされていた。それも途中で聞き覚えのない声がいくつも聞こえてきたものだから、余計に状況を掴めなくなる。だがここで頭をあげるのも怖くて、地面を間近に目をパチパチと瞬かせるばかりだった。すると――。


「結審ですね」


 そんな一言ともに、パタンと本の閉じられる音がして。


「ということでギニエットさん、どうかお顔をあげていただきたく。結論から申し上げますと、謝らなければならないのは私の方になります」

「…………えっ?」


 いきなりそんなことを言われたものだから、素に戻って顔を上げるギニエットである。するとそこには、申し訳なさそうな顔を向けるククルゥがいて。


「実はその子、半魔なんかじゃないんですよ」


 まったく予期していなかったその言葉に、呆気に取られるばかりだった。

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