2-2.半魔
そんなこんなで、ようやく本題に入ることのできたククルゥである。なぜ自分がギニエットのもとを訪れることになったのか、その経緯をなるべく手短となるように説明して。
「――えぇっ、半魔だって!?」
返って来たのがひどく驚いた様子でそんな反応だった。そして、それを受けてある意味でククルゥはほっとする。それはようやくまともな反応を示してくれる相手に会えたことによる安堵だった。
ここに来るまでにも、同じ説明をしなければならない場面は何度かあったのだ。だが村人のほとんどが老人ばかりのせいか、これがちっとも伝わらないのである。たとえばこの村に来て最初に出会ったご老人などは。
『えぇ、なんだって? すまんね、近ごろはすっかり耳が遠くなってしまって。もう一度良いかな、何が出たって?』
『半魔です』
『はまぁ?』
『はい、半魔です』
『あに……?』
『半魔ーっ!』
『……おお、そうかいそうかい。お兄さんを探してはるばる此処まで。それはさぞや大変な道のりだったことだろうね』
そんなことを言ってほぅほぅと、関心したように頷かれてしまう始末で。その言葉の意味する事態の深刻さを、あまりよく分かってもらえなかったのだ。その先も何度かトライはしてみたものの、返ってくる反応は似たり寄ったりである。
『おんやぁ、珍しいね。この村に若い娘さんがやってくるだなんて。どうかしたのかい?』
『それが人を探してるんだってさ。なんでも生き別れの兄妹だとか何とか』
『えぇ、そりゃ一大事じゃないのさ! 不憫だねぇ、早く見つかるといいけど』
『見ちゃいられないよ! あたし、ちょっと行って他のみんなにも知らせて来ようかね!』
『ストーップ、なんでそうなっちゃってるんでしょうか!? 誤解です、気持ちはありがたいのですがだいぶ大きな誤解がありますので止まってください! そこのご老人ー!』
いつの間にか出回っていたそんな噂を鎮静化させるのにも、ひと手間を要したりしたのだった。とまぁ、そんな裏話はともかくとして。問題はそう、その半魔と呼ばれる存在である。
ククルゥが今回、この村に訪れたのはその出現情報を聞きつけてのことだった。早い話がその半魔とは、その精神や身体の一部を『魔』に侵されてしまった人間のことを示す俗称だ。
この世界にはときおりそう言った存在が生まれ落ちたり、自然発生することがある。生まれ持った性質としてあらゆる意味で『魔』に馴染みやすく、また引き寄せやすいのだ。遺伝や環境もまったく無関係というわけではないようだが、その多くは偶発的な発生だと言われている。たとえばそれが動物であれば魔獣となり、植物であれば魔樹となって人の日常を脅かす脅威となるわけだ。
無論、人間だって例外ではない。むしろそれが人となった場合は、魔獣や魔樹の出現時よりも被害が甚大なものとなったケースが、過去の事例を遡っても圧倒的に多いのだ。故にいつしか社会の通念として、彼らは人々から忌避されるようになったのである。
半魔とは、そんな歴史的背景も相まっていつしか人々の間に定着した彼らへの蔑称でもあった。よってククルゥから見れば、ギニエットのような反応の方がよほど正常なのである。この村が少し特殊で、ほんわかとし過ぎているだけで。
ちなみにククルゥがここを訪れたのは、村人たちからの紹介を受けてのことになる。頻繁に山に出入りしている彼なら、何か知っていることもあるかもしれないと。
「というわけで以上が、私がここに来るまでの経緯となるのですが」
そこまで諸々の事情と経緯を説明し、ククルゥは改めてギニエットに尋ねる。
「最近、何かありませんでしたかね? たとえばこの辺りの森の近くで、何か変わったこととか」
「変わったこと……」
「どんな些細なことでも構わないのですけれど」
「うーん、いきなりそんなこと言われてもなぁ」
よほど半魔というワードから受けた衝撃が大きかったか、まだ混乱した様子で項垂れるようにして顔の半分を手で覆うギニエットだった。だがそれも無理からぬことだとククルゥは思う。なにせ自分が送っていた日常の過ぎ近くに、半魔が潜んでいたかもしれないのだから。
そんなことを聞かされれば誰だって、平常心を保つことは難しいだろう。それほどまでに人々が半魔に対して抱く恐怖感や忌避の意識は根深く、根源的なものなのだから。
「ちょっと待ってね、時間をくれるかい。よく思い出してみるから」
「えぇ、ゆっくりで大丈夫ですよ」
だから彼が熟考しているあいだ、それを急かすようなことはせずククルゥは待った。再び窓の外へと視線をやり、束の間のコーヒーブレイクへと戻る。静かな場所だなぁと、ぼんやりそんなことを考えながら。そして――。
「いや、とくに思い当たることはないかな……」
それが間もなく、落ち着きを取り戻した口ぶりでギニエットが下した答えだった。彼は続ける。
「確かにこの辺りで、森に一番よく出入りをしているのは僕だと思う。でも、おかしなことなんて何もなかったはずだよ。いたっていつも通りさ」
「そうですか……」
「でも、本当なのかい? こんな場所に半魔だなんて。何かの間違いなんじゃ……?」
「もちろん、その可能性もあります。あるいはもう遠くに移動してしまったのかもしれません。いずれにせよ、その辺りも含めて確かめるために送られてきたのが私なので。ちょっと見てくることにしますよ」
そう言って席を立つククルゥだった。残念ながらコーヒーブレイクもここまで、お仕事の時間だと。一方でそんなククルゥをぽかんと見上げ、呆気に取られたような表情を向けるギニエットである。考えられないことだ。今からこんな女の子が1人で森に入り、異変がないかを見てくるというのだから。そうでなくとも、この森には獣だって出るのに。
だがその辺りの憂慮の言葉を、ギニエットはぐっと飲み込む。出会いがしらに彼女が明かした『神さまのギルド』という所属名には、冒険者時代にも少し耳にしたことがあったから。ともすれば彼女のことで自分が心配すべきことなんて、何1つないのだろうと。まさか本当に実在していたとは露ほども思ってなかったけれど。
「いいのかい、任せてしまって。一応、僕も元冒険者だから一緒に……」
「いえ、大丈夫ですよ。安心してください。半魔と言っても、今回はそれほど危険な相手ではないはずなんです。もしそうだったら、私なんかよりもっと戦闘向きの方が派遣されますしね」
「そっか……。ごめんね、何も役に立てなくて。時間だけ取らせちゃったね」
「いえ、とても美味しかったのでそれで満足ですよ」
それだけ告げると会釈し、出口の方へ向かって歩いていく。そんなククルゥを見送りかけて、ギニエットはハッとした。
「あっ、そうだ! ちょっと待っててくれるかな!?」
いったいどうしたのかと、呼び止められるまま待つこと少し。ワタワタと店の奥からギニエットが持ち帰ってきたのは、1枚の丸められた羊皮紙のようなものである。見ればそれは、この辺りの地形を示したものらしい地図だった。手近なテーブルの上に広げると、ギニエットはそこにペンで何やら印をつけていって。
「見て。この辺りが大体、僕がいつも通っているルートなんだ。でもとくに変わったことなんてなかった。だからもし本当に半魔なんてものが、この森のどこかにいるんだとしたら」
「なるほど、普段ギニエットさんが通らないエリア。つまり森の西側が濃厚ということですね」
「そういうことになる。しらみつぶしに探すにしても、これで少しは範囲も絞れるはずだから」
やがて大まかに線を結び終えると、ギニエットは再びそれを丸めてククルゥへと手渡した。
「ごめんね、こんなことしかできないけど」
「いえ、もう十分すぎるくらいに大収穫でしたよ。ありがとうございます。終わったら、また改めてお礼に伺いたいところですが……」
「あー、その頃にはもう出発してるかもしれないかな……? だからもしかすると、会うのはこれが最後かも」
「そうですか。それは残念ですが、仕方ないですね」
彼とはどこか波長が合う気がしたから、名残惜しさはある。でもこれも一期一会だと踵を返し、出入り口の扉に手をかけて。
「それではギニエットさん、この度はとても光栄な機会をいただいてありがとうございました。本当に美味しかったですよ。新しいお店、うまく行くと良いですね」
「うん、ありがとう。君もどうか気を付けて」
またねと無邪気な笑顔で手を振ってくれるギニエットに、ククルゥはぺこりと小さく会釈を返して。カランコロンと店内に響いた耳心地の良いベルの音が、そのやり取りの最後を締めくくる。そうして臨時で迎えた最後の接客も終え、また店内に1人きりとなったギニエットである。
地図を手に、森の西側に向かっていく。
そんなククルゥの後ろ姿を。
「…………」
――彼はじっと、険しい顔つきで見送っているのだった。




