1-11.精霊たち
「――なるほどな。まぁ大方そんなところだろうとは思っていたが」
それは慎み深くなって正座し、事の経緯を洗いざらい白状させられたククルゥに向けてレインから呈された苦言である。時は少しだけ遡る。
「待っていてくださいね、すぐ戻ってきますから!」
そう言い残して部屋を後にし、ナオタと別れたククルゥだ。
「お水、お水っと」
彼に持ち帰る目当てのものを口ずさみながら、ククルゥはてってと廊下をかけていた。わざわざ建物を出ずともそれくらいどこかに自動で売られてやしないかと、フロアのあちこちを気忙しくキョロキョロと見回す。そして、間もなくのことだ。
「あっ、あった!」
通路の片隅に、目当てのモノを見つけたのは。すかさず駆け寄り、財布を取り出す。あとはボトルを一本入手して、ナオタのもとに届けるばかりだと。あれ早かったねと。戻ったときに、ただその一言褒めてもらえるのを期待してルンルンルンだった。ところが――。
「へっ?」
そのときまるで誰かに呼び止められたかのようにピタリと、卍の体勢でククルゥは立ち止まる。ただし顔を向けた先は後方ではなく真下、すなわち自身の胸元だった。見下ろしたその1ヶ所、服の内側がペカーっと何やら淡い光を発して輝いていた。
いったいなんぞやと、ククルゥは立ち止まったまま眉を顰める。いやまぁ、なにもそこまでおかしなことではないのだ。ククルゥが普段から首紐に繋いで身に着けているものを鑑みれば、その辺りが光ること自体は説明がつく。
問題はタイミングだ。どうして今なのかと。パッと心当たりも浮かばず、首を傾げるククルゥだった。その間にも光はその強さを増していき、やがて溢れた光粒が柔らかな波となって宙にたゆたう。
行手に向かって流れ、やがてそこに織りなされたのは1つの等身大の輪郭だ。そうして視界が眩むほどの強烈な光が収まったとき、目の前にいたのはククルゥと瓜二つの姿をした1人の少女だった。
「シア?」
いったいどうしたのかと、普段の呼び名をもってククルゥはその精霊に尋ねかける。こちらから呼びつけたわけでもないのに、彼女が自分から姿を現すだなんて珍しいことだった。
それもどこか弱々しい、不安げな面持ちで、ただじっとククルゥのことを見つめている。まるでなにか伝えたいことでもあるかのように。この先へ行かないで欲しいと、切にそう訴えるように。加えて、ククルゥのまえに現れていたのはもう一人。
「あぁ姫たま、どうかお気を確かに」
ひょっこりと、シアの肩元に姿を現したのは、手のひらサイズの小さな人型である。
「あれ、ノームさんまで!?」
また驚くククルゥだった。ちなみにそのノームさんというのも、いつかのククルゥがそうと決めた彼の呼び名である。背景としては、あまりに数の多すぎる小人たちをまとめるため、その内の一握りにはククルゥが直々に名前と役割を与えた小人さんがいるのだが。
つまるところ、ノームさんもそのうちの一人だった。というより、小人たちの代表と称しても過言ではない存在で。そこでようやく、ククルゥは何かがおかしいことに気づく。だって平時ではまずありえないことだ。とりわけククルゥとも関わりが深く、忠実な彼らがこうして2人ともそろって自ら姿を現すだなんて。
「どうしたんですか、2人とも? 何かあったので?」
それもなにかよほどのことに違いないと、ククルゥがおずおずと二人に尋ねる。すると彼らはなにか言い出しづらいことでもあるかのように顔を見合わせて。うぅ、とそれから悔しげに目元を拭ったのはノームさんの方だった。
「ああ、姫たま。なんとおいたわしや。ボクは、ボクは自分が不甲斐なきです。こうしておそばについておりながら、あなた様をお守りすることができませんでした」
「ノームさん……?」
「非礼を承知のうえで申し上げます。でもどうか落ち着いて聞いてください。すごく簡単にゆうと、いまの姫たまは本当の姫たまにあらずです」
「はい?」
「本来の在り方を上書かれ、その気高き誇りや信念、魂までも汚されてしまっております。それはもう、ヨゴヨゴの泥んこまみれです。んもーあんたって子は、またどこでそんなに汚してきたのー!?とおっかーから叱られても文句は言えぬです」
「…………」
「それもすべては、あのどこの馬の骨ともしれないコワッパのせい。姫たまはいま、あれの手の上で絶賛、玉転がされ中です。あるいは、心の粘土細工状態といった方が伝わりやすいでしょうか」
「いえ、どちらもまったく分かりません」
「あーん姫たま、おいたわしやー!」
最後の希望さえもここに潰えたと言わんばかりに、その場にウワーンと泣きむせるノームさんである。だが分からないものは分からなくて、難儀するククルゥだった。
小人たちの言葉遣いやニュアンスが独特なのは今に始まったことではない。ないのだが、それを踏まえても今日のは酷かった。だって、意味が不明すぎる。
「どうして分かってくれないのー! あなたのためを思ってゆうてるのにー!」
しまいには毒親のようなことを言い出す始末だ。困った末にシアを見れば、彼女は彼女でホロリとしながら、ハンカチで目元を押さえていて。どこに通じるものがあったのか、こちらもまったく分かったものではなかった。
「まったくもう、あなたたちは」
はぁとため息をつき、悩ましげにこめかみを押さえる。
「いったいどうしたというのです? 何かあったのなら、もう少し分かるように言ってもらわないと困るのですよ。それともなんですか、2人して演劇にでも目覚めたのですか? それならすみませんが、後にしてください。いまはちょっと急いでいますので」
「姫たま・・」
「どうか誤解のないようにお願いしますよ。ノームさん、あなたや他の小人さんたちを邪険にするつもりはまったくありません。最近、あまり構ってあげられなかったのも事実ですからね。ただ、いまは少しタイミングがよろしくないのですよ。この埋め合わせは後ほど、きちんとさせてもらいますから。シアも。あなたがこういった人の芸能に自分から興味を示してくれたことは、私もたいへん嬉しく思います。でもいまはそれより優先すべきことがあるのです。分かってくれますね」
それはククルゥなりに彼らのことを精一杯、慮ってかけた言葉だった。だって、ククルゥは知っているのだ。ノームさんを含め、小人たちが何より、他の誰よりククルゥと一緒に遊べる時間が楽しみで、大好きなことも。シアがとても優しい性格の持ち主で、また傷つきやすい一面を持っていることも。
ともすれば、できるはずもない。そんな彼らが向けてくれる純粋で無邪気な好意を、こちらの都合で一方的に跳ねのけるだなんて、そんなこと。故にククルゥはほぅと安堵の息をついた。
ちゃんと伝えられたからだ、自分の言葉で。決して傷ついてほしくはないのだと思いを込めて、普段はなかなか言葉にできない自分の素直な気持ちと偽らざる親愛を。これなら分かってくれるはずだ。しっかり伝わったはずだと、そう思えた。
だっていま、胸の内がこんなにも温かなもので満たされているのだから。そんなじんわりとした感慨とともに、下ろしていた瞼を再び開けてみれば。
――ヒソヒソヒソヒソヒソ。
「何をしているのです?」
いつの間にかその場に背を向けてしゃがんでいたシアと、それに耳打ちする形でノームさんが何やらヒソヒソとやっていた。
「んねー、これもしかしてだけど。思ったより重症な感じ?」
コクコクとシアが頷く。
「だよねー、これ言うなればあれよね。口じゃもう何言っても分からない奴、恋に恋してる的な」
少し迷ってから、コクコクとシアが頷く。
「あーもー、これだから悪い男には気を付けなさいってあれほど口すっぱにしてゆうたのに―」
コクコクとシアが頷く。いったい何の話をしているのかククルゥには聞き取れない。聞き取れないが、たまにおかしなワードだけが断片的に届いていた。しかもその度に、なぜかシアがしきりに頷いていて。
「口で言ってダメなら、もうやるしかないよね。覚悟はいい?」
コクコク。
「じゃあ最初の手筈通りにいこー」
こくんとシアが力強く頷き返したのを最後に、その作戦会議は打ち切られた。そうと決まれば行動あるのみとすっくと立ちあがって振り返り、再びククルゥと正面から向き合う彼らである。そして――。
「圧倒的、理解っ!!!」
シアはにっこりと微笑み、ノームさんはふんすと胸を張って、2人は揃ってククルゥに道を開けた。王よ、どうぞこちらをお通りくださいと示すように通路の脇に寄り、慎ましく頭を下げて敬礼する。
「まぁ、あなたたち……!」
それを受けて、思わずジンと心を打たれるククルゥだった。我が子の成長をまえにした親の気持ちとは、あるいはこういうものなのだろうかと想像しながら。
「そうですか……。分かってくれたのですね、2人とも」
やはり気持ちは通じ合うものなのだと、心の涙をそっと拭う。ならばもうそれ以上の言葉は要るまいと、ククルゥはようやく歩みを再開した。そして、まさに彼らの目前を過ぎ去ろうとしたそのときである。
「確保ー!」
そんなノームさんの号令とともに、背後からものすごい衝撃に襲われたのは。
「あええええーっ!?」
気づけばそんな絶叫とともに、ビタンと床に大きく転倒させられているククルゥだった。いったい何が起きたのかと思えば。
「えっ、シア!? 何をしているのです!?」
腰にしがみついてきていたのがそう、まさかの彼女だった。たちまちククルゥは困惑する。体勢からして、どうやら奇襲タックルをかましてきたシアにそのまま床に引き倒されたようなのだが。なぜ彼女がそんな奇行に出たのか、まったく見当がつかなかった。だって、こんなのは初めてのことだ。
出会ってそろそろ1年になるが、彼女からこんな肉弾的なアプローチがあったことは過去に一度だってないし、仮に節目を迎えて心変わりがあったのだとしても、基本的に受け身な彼女の性格かすればちょっと想像のつかないアクションである。
「なんで、いきなりどうしたのですか!? ちょ、放して! こら、放すのですよ! シア!」
むーっ!
「いったいどうしたというのです!? 分かってくれたんじゃなかったのですか!? 言ってるでしょうに、今はちょっと急ぎの用があるので後にしてください!」
むむーっ!
「もう、訳が分からないですよ! 言いたいことがあるならいつものように、フリップでもなんでも話せばいいじゃないですか! それを暴力で訴えようとするだなんて人として恥ずべき行為です! 分かっているのですか!?」
むむむーっ!
どうにか拘束から逃れようと床にもがき、シアに言い聞かせようとするククルゥである。だが想像以上にシアは頑なだった。がっしりとククルゥの腰にしがみつき、頑として放そうとはしない。
「いったい何をそんなにムキになって……! なんですか、こおこに来て反抗期ですか!? こら、いい加減にしてください! これ以上しつこくするなら、私とてもう容赦はしませんよ! いくら相手があなたでも、本気で――」
いよいよ痺れを切らし、その最後の勧告をもって力づくで引き剥がそうとしたそのときだ。
「いでよー、『破邪の剣』!」
そんな腰の入らない口上とともにズドーンと、屋内にあるまじき雷鳴が轟いたのは。見れば床でもみ合うククルゥたちの頭上付近である。そこにいたのは鎧兜を着込んで武装し、ククルゥから見れば爪楊枝サイズのちんまい剣を雄々しく掲げているノームさんだった。静かな決意を秘めた瞳で、まっすぐにククルゥを見据えている。
「あれ、ノームさん……? その剣って確か……」
「そう、『破邪の剣』。悪を滅し、邪を穿つ、かつて魔人の力をも封じ込めたと云う聖剣」
「はい、以前にもそう教えてもらいましたね。見かけによらずその力は絶大ですが、消費エネルギーの膨大さ故に、あまり無闇に持ち出せるものではないとも」
「あい、ここぞというときにしか持ち出せぬです」
「なるほど。して、なぜそれがいま私に向けられているのでしょうか?」
いったん動きを止め、それはククルゥが呈した素朴な疑問だった。ククルゥの認識として、その破邪の剣とやらは確か彼ら精霊たちに代々伝わる伝説の秘宝であり、通常はキャッスルの最奥に大切に奉られている、それなりに貴重なアイテムだったはず。少なくとも、こんな小芝居の小道具に持ち出してよい代物ではなかったはずだ。それなのに――。
それなのにどうして今、その秘宝が彼らの主たる自分に向けられ、心なしか出力を少しずつ上げていっているというのか。そして答えがないまま待つこと数秒、返ってきたのは。
「いまの姫たまは本当の姫たまにあらずです」
何やら悲壮な決意の滲んだ、さっきも聞いたよく分からない答えだった。
「ええと、それはさっきも聞きましたがよく分からないです」
「本来の在り方を上書かれ、その気高き誇りや信念、魂までも」
「それもさっき聞きましたよ」
「・・死んでるより惨い有様です」
「それは初耳ですね、どういうことですか!?」
そこに思わる新情報も加わり、抗議めいた声で訴えるククルゥである。だが一方で、気が気ではなかった。なにせノームさんの掲げる剣の輝きが、もう冗談では済まされないほどにその強さを増していたからだ。さらにはジリジリとこちらに近づいてきていて。
「えっ、ウソ!? ウソですよね、ノームさん! まさかそれで私を滅されようとなんてしてませんよね!?」
「嘘ならばどんなに良かったことでしょう。ですがもう、これ以上は見過ごせませぬ。これ以上、姫たまが辱められるのを黙って見ていることなど」
「ストーップ! タイム、タイムです! ちょっと待って、お願いですから分かるように説明してください! もしかして私、何かしてしまったのでしょうか!? 自分でも気づかないうちに、何かあなたがたの逆鱗に触れてしまうような、途方もないことを……!?」
「いえ、何も・・何もありませんとも。ただボクラ、姫たまのことが大好きです。それだけです。これからもずっと、ずーっと一緒にいたいから。だから、決して許さぬです。愛する御身を、他の誰かに奪われることなんて」
「なんでいきなりヤンデレみたいなこと言い出してるんですかー!?」
そんなやり取りの最中も、ククルゥはその場から逃げ出そうと必死だった。だが。
「シア、助けてください! ノームさんがおかしいです、正気ではありません! お願いですから!」
逃げられない。体重も体躯も腕力も、すべてがククルゥと対等のシアが全力で抑えにかかっているからだ。いくら叫んだところで無駄だった。かくして、ついにそのときは訪れる。
「姫たま、お覚悟はよろしですか?」
その輝きを増すに増し、今や天上ならぬ天井にまで届きそうなほど肥大した光の剣。聳え立つその切っ先を天高く掲げ、まるで神の信託を得た聖騎士か何かのように佇むノームさんが、そこにいた。
「ひ、ひいっ……っ!」
その圧倒的な威光をまえに、たまらず声を引きつらせるククルゥである。それはさながら罪人と断罪人の構図で。
「ごめんなさい、こんなやり方しか思いつかなくて。ボクラにもっと力があれば、他のやり方だって探せたかもしれないのに」
「あ、あると思います! それをこれから、話し合いで見つけていきましょう! 武力ではなく、話し合いで!」
「こんな方法でしか姫たまをお救いできないボクらを、どうか許して」
「話を聞いてえええっ!」
ククルゥの必死の呼びかけも取り合わず、うっくと悔しさを噛み潰しているノームさんである。そして――。
「でも大丈夫です、ご安心ください。痛いのはほんの一瞬、すぐに楽になりますゆえ。今日の晩ごはんのおかずでも考えておいていただければと」
「やめて! やめてええええっ!」
「せめて最期は、ご静粛になさいますよう。いざ!」
かくしてついに、そのときはやってくる。バリバリと轟音、バチバチと閃光、どちらもそれは凄まじいものを伴いながら、振り下ろされる極光の刃。それが迫りくる瞬間、ククルは思った。
なしてこうなったのかと。この清純潔白な身の上のいったいどこに、破邪される謂れがあるというのかと。こんなの謀反も同然ではないか。意味がわからない。分からなすぎる。というか――。
「死んでるも同然な邪悪な存在って、どういうことー!?」
それが最期の瞬間、泣き叫びながらククルゥのあげた断末魔だった。カチョーンと、まるで金属を耳元でかち鳴らしたような音響が頭蓋の奥へ、奥へとゆっくりと響いて。




