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俺は人間が嫌いなだけだったんだ



       俺は、人間が大嫌いだ。




俺は、この身を龍の姿に変えた人間が大嫌いだ。


俺は、俺を虐げ住処を追いやった人間が大嫌いだ。


人間なんて、大嫌いだ。


みんな、大嫌いだ。






俺の身体を照らしてくれた太陽はもう居ない。もう何も、この黄金郷を照らしてくれる奴は居ない。俺は、陰鬱な森の中に住む他なかった。


「グギ……グギギギ……」


闇の中に埋もれながら、俺は醜い笑みをこぼす。


俺は誓った、人間達を地獄に叩き落とすと。


今度は、貴様らの番だ。




……とは言ったものの、とてもじゃないが俺一人だけじゃ人間達を殺戮するのは到底無理だな。なんかこう、人間の集団を囲ってそこをぶっ潰すとかじゃない限り、無理だな。


困った顔で縄張りを徘徊していると、倒れているちっこい少女を見つけた。


「……死んでるのか」


ちっこいながらも感じられるこの妖力……人間ではないことは確かだ。そう思うと少し気が楽になる。


俺は周りをキョロキョロと見回した後、その少女の腕に触ってみた。少し冷たかった、そのくせして柔らかかった。


「……んぁ」


「んぉ」


ゆっくりと、その少女が立ち上がった。立ち上がるなり俺を見る。


「………ぇぁ、ここどこ?貴方誰?」


「……寝ぼけてるのか?この森に迷い込んだのか」


「迷った……?」


しばらくして状況を理解したのか、少女は覚醒した顔つきで。


「………あ、そうだ。蝶々追いかけてたらこんなとこに………ぴぃぃやぁぁぁ!!!」


「!?」


ぐずったかと思えば、まるでガキだ。母親とはぐれた三歳児のようにぴーぴー泣き叫びやがった。


「うるさっ!? 君一回黙れ!!」


思わずその声の大きさに俺は耳を塞ぐ、塞いでも効果が全く感じられない!鼓膜が破れて頭蓋骨が砕けそうだ!!


「姉さんっ!!姉さんッ!!!どこに居るのッ!!!」


「あー、うるせぇクソガキだなっ!!」


俺は少女を抱えて森の外に出る。


「ほら、森の外だぞ。いい加減泣き止めよ!!!」


「えっぐ……ひぐっ……」


「……一人で帰れるな?」


「そこまで……子供じゃないもん」


すると、少女はそのまま走り去っていった。


「…姉すがりの泣き虫のどこがガキじゃねぇって言えるんだか」


俺はため息をついて、寝床で寝ることにした。




次の日のことだった。


「……太陽の光でも浴びるか」


俺は森の外に出て日光浴をすることにした。葉をかき分けて森の外へ、眩しい光が俺の網膜を焼く。


「…………あ?」


陽炎のように揺らぐ影がひとつ、目を凝らして見てみると……


「君は…昨日の!」


昨日の、ぴぃぴぃ泣いてたガキだった。背中に何かをかくしている?


「……ん!」


腕を俺の方に突き出す、桃色の断片が宙を舞う。


「………花?」


「…うん」


「…この、俺に?」


「うん」


「あぁ………」


つまり、この少女は俺に感謝しているってことだよな。不思議な気分だ。この俺を恐れずに、感謝の気持ちを渡すだなんて。


「……俺のことが、怖くないのか」


「?」


どこが? そんな表情を顔に出す少女。


「いやほら、俺龍だし、身体デカいし、左目無いし……」


「龍ってそういうものなんじゃないの。別に怖くないよ」


「そう…なのか…」


少女は柔らかい笑みを浮かべて


「私、この時間はいつもこの辺りに遊びにきてるんだ。またここに来ていい?」


「あ……勝手にしろ……」


「んふふ、ありがとう。今日はそれを渡しに来ただけだから。じゃあね」


少女が俺の前から消えてしまう


「待って」


「…ん?」


「君の……名前は…?」


「……幻。黄泉 幻」


逆光で神々しく見える。そのまま幻は、その場から去ってしまった。


「……幻、か」




俺は、彼女から貰った花を持ち帰って眺めていた。多分、内心嬉しかったんだと思う。誰かに、プレゼントを貰うのは初めてだったから。


「あれ、兄さんそのお花どうしたの?」


ほら穴の外から弟が顔を覗かせる。


「………摘んできた」


「へぇ」



………今思えば、この時からだったんだろう。俺の復讐の炎が揺らぎ始めたのは。





「やっほー!」


「なっ!?君どうしてここに!」


再び日光浴をしようとしたら、幻が居た。


「遊びにきたの」


「遊びに…?」


「うん、だめなの?」


「い、いや……別に勝手にしとけよ」


俺は幻を置いて適当な場所を探す。


「……なんでついてくるんだよ」


「暇だから」


「暇?」


「暇じゃなかったらここまで来てないしー」


そう言われればそれもそうか。


「ついてきても面白くないぞ」


「面白いか面白くないかは私が決めるー」


「…………」


なんだか生意気なガキだなぁ…と思いつつも、俺は日光浴する場所に赴くのであった。






「……ついた」


ここだ、大きくて平べったい岩。太陽の熱で温められて暖まるには最高なのだ。


俺はその岩の上に丸まる。


「わーい、ぽかぽかだー♪」


「ぐむっ」


幻が俺の中に無理やり潜ってくる。


「なんだよ」


「一人占めは良くないんだぞっ!」


「知らねぇよ……」


俺は騒ぐ幻を無視して太陽の下で目を閉じる。今は、今だけは…自分は生きているのだと思える。


「…………ぁ?」


タンタンタン、と妖しい音色が聞こえてきた。俺は片目を開ける、幻が楽器にその指を滑らせていた。


……いや待て、いつから持ってたんだ!?


「…騒がしいぞ、寝れないだろ」


「騒がないと死んじゃうので」


「そんな泳がないと死ぬマグロじゃねぇんだからよ……」


「いや、本当なんだって」


「あぁ…?」


俺はうざそうに彼女を見る。でも、嘘を言っているとは思えない。


「私、騒霊っていう種族なの。騒がしい霊って書いて騒霊。騒霊は騒ぐのが仕事であり生きがいなの!」


「へぇ……」


簡単に言えばポルターガイストか。ポルターガイストは手を使わずに物を動かせるらしいな。事実、こいつも楽器に触れずに演奏している。


「騒ぐために楽器に触れてるのか、道理だな」


「でしょー?」


自信ありげに答える幻。


「それでね私、姉さんが二人いるんだけどね。三人で演奏家やってるの。音楽を職業にすれば騒いでも怒られないし一石二鳥じゃない?」


「ああ……確かにな」


演奏家……


「ということは、どこかでたまに会場を開いたりしてるのか?」


「うん。次のライブは今週末なんだ。いつもたくさんの人間が来てくれるの!」


「へぇ………」


人間……が……


ブルルルル


幻の懐から振動が伝わる。こそばい。


「あ、ごめんごめん」


「?」


幻は懐から四角い何かを取り出して耳元に当て、独り言を喋り始めた。邪魔してはいけない雰囲気なので俺はしばらく黙ることにした。


「うん…うん…はーい、わかったよ」


「…どうした?」


「このあとアンサンブルの予定あるの忘れちゃってた。今日はこれで帰るよ」


「そうか」


「またね」


「ああ」


幻は俺の懐から抜け出すと、やや急ぎ足で帰っていった。


「…………ギヒヒ」


幻達は演奏家らしい。それも、かなり人気で人間達がたくさん来る。


ああ、なんて良いことを聞けたんだろう。俺の野望を果たすのもそう苦労しなさそうだ。


その演奏会にやってきた人間全員を潰してやろう。そうしよう。


そのためにも……まずは幻と仲良くならなきゃな…





「エルドラドー!」


「おう」


あの日から、俺は幻とつるむようになった。ちなみに、エルドラドというのはただのあだ名である。なんでも、俺の身体が金色だからだそう。


「それじゃ、今日はどこへ遊びに行こうか!」


「別に、君が行きたいところで良いよ」


「知ってるところは行き尽くしたんだよ〜、もっと新鮮味をかんじられる場所に行きたい!」


「あー……んじゃ、ひとつ知っている場所があるからそこに行くか」


「え、どこどこ?」


「ちっとここからじゃ遠いから、背中に乗れよ」


俺は小さな幻をひょいと持ちあげる。


「しっかり掴まれよ」


「はーい」


俺は背中の翼を展開し、地を蹴って空を飛ぶのであった。




「わははー!すごーい!はやーい!」


まるで、飛行機に乗った子供のように、幻はきゃっきゃとはしゃいでいた。


「もう少しで着くぞ」


「雲さんもふもふだー!」


雲には触れないと思うんだが。こいつの感性はよくわからないな、と思いつつ俺はゆっくり下降していく。


「……ついたぞ」


「…!」


目の前にあるのは大きな湖、濁りを知らない水面が太陽光を反射している。まるで光の粒が直接浮いているようだ。


「とっても綺麗な場所だね」


「だろ」


華が咲き、鳥は歌い、風が吹く。何よりたまらんのは夜に現れる月が湖に映る瞬間だ。綺麗すぎてたまらないのだ。


「満月の日にまたここに連れてきてやる。昼とは違う景色がまた………」


俺がそうやって語っていたが、幻の姿がいつのまにか消えていたことに気づく。


「……あ?ど、どこ行ったんだ?」


周りを見渡しても居ない。神隠しにあったんじゃないかって思うほどに突然だった。



「おぼぼぼぼぼぼ」



ぶくぶくと、湖の方から聞こえた。幻が溺れていた。


「何やってんだおめぇ!!!?」


慌てて引っ張り出す、こいつマジで馬鹿なのか!!?


「え、そんなに慌ててどうしたのさ?」


「いや、君溺れてたぞ!?」


「いや遊んでただけだよ。湖で」


びしょ濡れの姿でそう淡々と答える。


「いや死ぬだろ!?」


「騒霊があんなことで死ぬわけないじゃん。心配症」


「????」


「とりあえず降ろしてくれる?」


鬱陶しそうな表情をするので、とにかく降ろすことにした。


「ふ、普段あんな遊びしてるのか?」


「うん。前は崖からロープつけてバンジージャンプしたよ。地面にぶつかる寸前のスリルが楽しかった」


「バンジージャンプはそういう遊びじゃねぇから」


なんだろう、こいつの話についていけない俺がおかしいだけなのかな。


「そんな危ないことすんなよ。姉貴達が心配するぞ」


俺がそう言うと…


「…………さぁ、どうだろうね」


「…?」


さっきまで、子供のように良い笑顔をしていた幻が途端に真顔になる。その豹変ぶりに思わず声が詰まった。


「あ……幻?」


「何?」


「大丈夫…か?」


「大丈夫だよ?」


「だよな…あははは…」


一瞬、ほんの一瞬溢れた孤独のオーラ。思わず怯えてしまうほど、重く辛い想い。


だというのに、幻は普通に笑っている。こいつ、只者じゃないな。


「…そうだ、せっかくだから水切りして遊ぼうよ!」


「水切り?」


「ほら、石をこうして投げて…」


幻が適当に石を拾って湖に向かって投げる。ぽちゃぽちゃと5、6回水面を跳ねた石は湖の中へと姿を消した。


「ねっ」


「………」


俺も石を一つ握って幻の真似をするが、1回も跳ねやしなかった。


「ぐむ」


「ポイントは平べったい石を使うといいよ、水面との摩擦の広さが大事なの」


「そうなのか」


言われた通りに平べったい石を使う、すると2、3回ではあったが石が水面を跳ねた。


「ぉぅ」


思わず声が出た。


「やるじゃん」


「幻は何回できるんだ?」


「多い時で12回だよ」


「いや多いな!?」


「凄いでしょー♪」


素直に凄いと思う。


「………水切りしてるだけで、楽しいのか君は」


「楽しいよ」


「…それなら、良いんだが」


幻はその後も飽きずに水切りを何回もやっていた。よくもまあそんな作業を続けられるものだ。


「……………………ん」


ピタッと、幻の動きが止まる。


「どうした」


幻は石をポイ捨てして、近くに置いていた鞄の中から数枚の紙とペンを取り出した。


「それは何だ?」


「お願い黙って」


「oh……」


突然の厳しい言葉に思わず変な声が出た。そういえば、幻は演奏家だったな。何かそれに関する作業でもしているのか?




「……できた!」


幻が作業に取り組んで二時間は経っただろうか。俺はぼーっと近くで座っていたから尻が痛いのなんのって。


「何ができたんだ?」


ようやく動ける感動さえ覚える、幻は凄い笑顔でこちらを見て


「新譜ができた!!!」


「新譜?」


俺なりに解釈するのであれば、新しい音楽が生まれたということか。おめでとさん。


「えへへ、えへへへ」


幻はやけに嬉しそうだった。俺は疑問に思う。


「そんなに嬉しいのか」


俺の質問に対する答えなのか知らないが、幻は口を動かす。



「…………姉さん、褒めてくれるかなぁ」



その姿に俺は何故かぐっと胸が締め付けられた。まるで、心の底から親に褒められたい子供のようだった。


「……どうしたのエルドラド」


「あ、いやなんでもない」


「ちょっとこれ姉さんに届けてくるね。またね!」


「ああ……」


凄いスピードで地面を駆けていく幻。俺はむずがい顔をすることしか出来なかった。




日も落ちたので帰ることにした。


「おかえり兄さん」


「ただいま」


弟のアルカディアが出迎えてくる。


「珍しいね、兄さんが他人と一緒に居るだなんて」


「見てたのか」


「最初だけね、あの騒霊の子好きなの?」


「嫌いではない」


「そうなんだ」


嫌いではない。でも、好きでもない。俺はただ、あいつを利用する目的であいつの近くに居る。こんなことを知ったら、あいつはどう思うんだろう?


思わず乾いた笑みが浮かんだ。





「……俺が言うのもなんだけど、本当に飽きずにここに遊びにくるな」


「だって家に居るよりエルドラドと一緒に居た方が楽しいもん」


「それは…嬉しいな」


素直にそれは嬉しい。


「そうだ!エルドラドと一緒に行きたいところがあるんだ」


「どこだ?」


「着いてからのお楽しみ!」


まるで遠足に行く子供のように、幻はうきうきと行進していった。俺も後ろに続く。





「ついたー!」


「ああ……」


ピタリとその行進が止まる。その直後に吹いた春風、花園に踊り舞うその花弁はさながら楽園の様。


「花畑……か」


「綺麗でしょ、ここ好きなんだ」


「そうだな」


幻は花を何輪か採ると、花冠を作り出した。


「はい、これあげる」


「おう、ありがとうな」


「………そうだ!エルドラド、目瞑って!」


「? 別に構わないがどうして?」


「かくれんぼ!」


「わ、わかった」


「ちゃんと百数えてね!」


「おう。いち…に…さん…」




「……98…99…100っと。幻、探すぞ〜」


俺はガサガサと花園を漁り始める。


「隠れるっていっても、この花の下に紛れるしか方法はないだろうな。それにしても……ここかなり広いな。骨が折れそうだ」





そうこうしているうちに日が沈んでいく。不味い、暗くなれば幻を見失う可能性が高まる。だというのに、俺は一向に幻を探し出せないでいた。


「幻!もう降参だ!出てこい!!」


俺がそう叫んでも返事はない。見つけてくれるまで出てこないつもりか!


太陽が地平線にまで降りてくる頃合いで



「見つけたぞ!!」



ようやく、ようやく見つけた。花の群体に埋め尽くされた幻を。探し始めてどれだけ経ったんだ?かくれんぼでこんなに疲れるとは思ってもみなかったぜ……


「見つかっちゃった〜」


「ったく……満足か?」


「うん!」


「かくれんぼだけで一日が終わっちまったな……そろそろ帰れよ」


「…………」


「……?」


幻は、突然俯いた。不機嫌で暗い顔になる。


「どうした?」


「…………帰りたくない」


まるで遊園地の閉園時間で駄々こねる子供だな。


「……どうして?」


「…家に帰っても、楽しくないんだもん」


「…姉貴達は?」


「…今日も朝から仕事だよ。最近はよくお留守番任されてる」


「へぇ…」


幻は途端に地面にぐだり始めて……


「もうやだ……一人は嫌なんだよ…………でわかってる……わがまま言っちゃいけないだなんてことはさ……でも、寂しいんだよ……」


ぐずりぐずりと泣き始めた。俺はどうすればわからなかった、ただ彼女の近くに座るだけだった。


「……………あ?」


この場所からやや見下ろす形であった、そこに誰か居たのだ。誰かを探しているような素振りで、わたわたしていた。


「なぁ、もしかしてあれ君の姉貴達か?」


「………ぐぇっ、本当だ」


「心配してんじゃねぇのか」


「ぐむぅ………」


ジレンマ顔をする幻。


「しゃあねぇなぁ………」



俺は花園の中心で、天に向かって吼えた。空気が震え、地面は揺れる。



「なななな、何!!?」


「んじゃ、あとは頑張れ」


「はぁ!?」


俺はそそくさと花園の中に身を隠す。



「な、何だ今の声は?」


「あっちから聞こえたよね?」



近づいてくる二つの声、幻はその声から逃げたかった。しかし、足がそれを拒む。現実から逃げるな、と言っているかのように。


「幻! ここに居たのか、探したんだよ」


「姉さん…達…」


こちらに叡智と寂滅がくる。頬から喉まで伝う汗の量は、彼女達が長い間幻を探していた証拠である。


「な、なんだよ今更……」


「何って……迎えに来たんだよ、暗くなるから帰ろう」


叡智が差し出した手を、幻は振り払った。


「!」


「やめてよ……どうして今更……今更すぎるんだよ!!なんで……なんで今まで構ってくれなかったの……違う…わかってる……姉さん達は忙しいから……ぁぁ……嫌だ……明日も……明日も……………」


「幻……」


寂滅は哀しい顔をする、どうすれば良いのだろうか。叡智はしばらく黙っていたが、やがてその口をゆっくり動かした。


「……幻、明日は確か貴方の誕生日だったね?」


「………そ、そうだけど?」


それを聞いた叡智は朗らかに笑った。


「明日は、ずっと一緒に過ごそう」


「……え?」


「明日は、ずっと一緒に居られるんだ。頑張って、幻に喜んでもらえるように徹夜しまくって、ようやくその日を空けることができた。明日は、ずっと一緒に居る。姉妹三人でね」


その言葉を聞いた幻は、だんだんと声を漏らし始めた。


「………っ………ほ、ほんと…?」


「本当だ、こんなときに嘘つくお姉ちゃんじゃないからな」


「……ずっ……ううっ……」


「ごめんね幻、ずっと一人にしてて」


「ううん……大丈夫。でも、その分明日は構ってよね!」


「了解だ。それじゃ、帰ろうか」


姉二人は幻の手を握る。三つの影を見守る一人の龍。




「おかえり」


「ただいま」


「今日はあの子と遊んだんだね」


「うん」


「それにしても、まさか兄さんが人肌脱ぐだなんて。頭おかしくなっちゃった?」


「どういうことだ?」


「だって、他人と接触するのを嫌う兄さんがあんなにあの子に構ってるんだもの。そりゃ訝しんじゃうよ」


「…………グッハハハ!!」


アルカディアの言葉を聞いたエルドラドは大きく笑い出した。


「な、何。どうしたの?」


「何を言っている?俺は今も他人が嫌いさ。俺があいつと付き合ってるのは俺の目的を遂げるのに必要な目標だからだ」


「というと?」


「目的を遂げるために一緒に居るだけだ、好きだから居るわけじゃねぇ」


「……………」


するとアルカディアはなんとも言えない表情になる。その表情の意味をエルドラドは汲み取れなかった。





「………ああ、今日は幻はあっちに居るんだったな。それじゃあどうやって復讐を果たすか考えるか…」


俺は地べたに寝転がってその脳みそを働かせる。


「纏めてぶっ潰す方法が良いよなぁ……人里を焼く? いや、誰かにバレる可能性が高いな。誰にもバレずに、大人数を殺すには………」


しばらく唸って辿り着いた答えは…


「……そうだ、大規模な土砂崩れを起こしてしまおう。見た目はどう見ても事故だし、人間共の死体をそのまま土葬にできるからお手軽な方法じゃないか」


ああ、なんて俺は頭が冴えてるんだ。そうだ、そうしよう。この方法にしよう。


時間はまだたくさんある。材料はのんびり集めるとして、まずは幻との距離を縮めないとな……クククク。




「エルドラド、エルドラドエルドラドー!」


「どうした、やけにご機嫌だな?」


それもそうだろう、家族と丸一日過ごせたんだから。あの日からずっと幻は機嫌が良さそうだ。


「そうだ、せっかくだから俺からも誕生日プレゼントを渡そうか。数日遅れだが」


「なになに〜?」


俺は胸に埋まっていた宝石を抜き取って幻に渡す。


「わわわっ、痛くないの…?」


「別に平気だが」


「も、貰っていいの?」


「うん」


「……えへへ、ありがとうエルドラド」


君は頬を赤くして、嬉しそうに宝石を眺める。


「……あっ、そうだ。こっちからも貴方に渡したいものがあったんだ」


「…………ヒモ?」


「違うよっ、チョーカーだよ!」


「チョーカー?」


「首につけるんだ。ネックレスみたいなものだよ。……うーん、やっぱりこれだけじゃあんまりかっこよくないなぁ……」


「?」


すると、君は楽器のケースについていた硝子細工の翠色の星をそのチョーカーにつけた。


「おっ、いい感じいい感じ♪ それじゃ、つけてあげる」


幻は背伸びをして俺の首にチョーカーをつけた。


「………あっ、もっとかっこよくなった♪」


「ぅ…………」


「あ、苦しい?」


「違う………誰かから物を貰ったのは………初めてで………嬉しい………」


「そっかー」




………嬉しかったんだ、本当に。嘘じゃなかった、本当に嬉しかった。




「………兄さん、最近はあの子に会ってないね?」


「そうだな」


「どうしたの、忙しいの?」


「そうだな」


「………何作ってるの?」


「………ナトリウム」


「ナトリウム? 塩?」


「まぁ………そんなとこだな……ちょっとした化学のお遊びさ」



溶融塩電解、塩化ナトリウムを電気分解するにあたってこの方法が使用される。


俺が今行なっているのは『ダウンズ法』だ。ダウンズ法は溶融させた塩化ナトリウムをダウンズセル(Downs cell)と呼ばれる特殊な装置で電気分解する方法である。


……ま、そんな装置作図さえあれば作れるもんだ。幻ん家の書斎はもうそれは博識の宝庫と言っても過言ではなくてな。調べたい物を言えば本を持ってきてくれるわけだ。


「………さて、溶かした塩を入れて……電気を通せば………陰極辺りに浮かんでくるはずだが………」


電気分解をしてしばらく、陰極にぷかぷかと何かが浮かんだ。


「………ビンゴだな。クククク…だが問題なのは量が少ないからかなり時間がかかることなんだよな……」


何ヶ月かかることやら。





ある日、エルドラドは突然姿を消した。まるで、最初から居なかったかのように、流れるようにその姿を見せなくなった。


「……………」


幻は自室で窓際から微動だにせず、外の景色を眺めていた。何の、理由もなく。


「幻、入るよ」


長女の叡智が2回ノックをしてその領域に足を踏み入れる、幻は何も反応しなかった。


「…………幻、おやつの時間だから……貴方の大好物置いておくね」


叡智はそっと、梨を机に置いた。


「………………」


幻は大好物であるはずの梨に、目もくれなかった。


「………大丈夫だよ、また姿を見せてくれるって。きっと、忙しいんだよ」


「……何で?」


「え?」


「何で、忙しいの?」


「それは……」


「…………まただ……またみんな離れていく……嫌……嫌ぁ………」


そのまま幻は床に膝をつけて喘いだ。





「兄さん、()()終わったの?」


「ああ、終わったぜ。ようやく一息できるよ」


「……………」


アルカディアがむすっとした顔で俺を見る。


「な、なんだよ。機嫌悪いのか?」


「誰かさんのおかげでね」


「なに?」


「兄さん、本当にやるつもりなの?本当に()()目的を果たすつもりなの?」


「当たり前だろ、既に決めたことなんだからな」


「別に、兄さんが何しようと勝手だけどさ………あの子はどうするの?」


「幻のことか?」


「うん。兄さんは目的を果たすためにあの子と距離を縮めてるんだったっけ?」


「そうだが?」


「………それ、あの子が聞いたらどう思う?間違いなく悲しむと思うよ」


「それが何だ?」


俺がそう答えた瞬間、俺はアルカディアに殴られていた。


「ぐはっ!!!?」


「………今、なんて言った?『それが何だ』だって…? ふざけるのもいい加減にしろ!!!」


「あ、アルカディア…どうしたんだよ?」


「兄さんが『アレ』作ってる間、僕は彼女のもとに何回か訪れたよ。楽しそうに…悲しそうに兄さんの話をたくさん聞かせてくれた。あの子は……兄さんと一緒にいられて嬉しかったんだ……それに泥を塗るつもりなの!!?」


「だから…俺は…」


「兄さんがそうでも、あの子は違うんだよ!!お姉さん達から聞いたよ、幻さんは友達が居ないんだって。だから、お姉さん達に依存するような形で、だから……お姉さん達に構って貰えなかったのが寂しくて………だから………兄さんと一緒に遊んだのがすごく楽しいって話してて………幻さんは!!心から兄さんのことが好きなんだよ!!!」


「……俺が、あいつに好かれているって?」


「そうだよ、そんなのもわからないのかこのトンチキ兄貴」


「……………」


これは…参った、上辺だけの関係なだけなのに、本心から君を好きなはずではなかったのに。この気持ちは………所謂『罪悪感』?


弟にそう言われて、気付かされた自分がいる。


「……………」


「…兄さん?」


()()は………忘れるまでしまっておくよ」


「………どこにいくの?」


「……幻に、会いに行ってくる」


「幻さんに?」


「何か理由が必要なのか?」


「いや、必要ないけど」


「夕方までには帰る」


「……わかった」





……いつも、幻と会う場所には居なかった。それもそうか、あまりにも会えていなかったから…諦めてしまったのだろう。


「………?」


遠くから何やら騒ぎ声が聞こえる、俺はその方向へと足を運ぶ。


「………何を作っているんだ?」


人と妖が協力し合って、何かを作っていた。鉄の棒を組み合わせて、スポットライトを吊っている。


「……………あ」


一人の少女の後ろ姿が見えた、その姿を俺はよく知っていた。紙を手に、何やら指示をしているようだ。


……どうやら、仕事中のようだ。俺の入る隙はなさそうだな、帰るか。



と、踵を返した時だった。



「エルドラド」


耳に入ってきたその愛らしい声、幻だった。


「……幻」


幻は顔を俯け、唇を噛んでいる。


「………ああ、その……悪かったな。いきなり姿消してさ、ちょっとやりたいことがあったっていうか…その……ごめん」


彼女の口から放たれるであろう言葉に、俺は覚悟を決める。



          ぎゅむっ



「…………ぇ」


幻が、俺に抱きついた。


「むぎゅ〜、やっと会えた」


「……………?」


「むぎゅぎゅ」


幻は、強く俺を抱きしめて離さなかった。


「…怒ってないのか」


「なんで?」


「え?」


「別に怒る理由なんてないし」


思ってた言葉と全然違くて思わず俺氏唖然。


「……おっ、ようやく顔を見せたな」


「ちょっと痩せた?」


姉二人である。叡智がニヤニヤしながら俺を見てくる。


「なんだよ」


「いやぁ、二人を見てるとまるで夫婦を見ているようでさ。幸せ一杯だなぁって」


「ブフッ!!?」


俺と幻が夫婦だと!?一体何がどうなったらそうなるんだ!!!


「……………っ」


「……夫婦でも私は構わないんだけどな〜」


「さすれば私達は家族になるのか、楽しそうだな」


思わず俺は顔を伏せる、今している顔を見られたくないから。


「そうだエルドラド、折角だから少し一緒にお散歩しようよっ」


「今からか?君は今仕事中なんじゃないのか?」


「ううん、もう指示は出し終わったし終わってるようなものだから。それに息抜きは大事だしー」


ぐいぐいと幻が俺の腕を引っ張ってくるので、俺はその場を姉二人に任せて散歩することにした。





「エルドラド、エルドラド」


「どうした?」


「私のお話聞いてくれる?」


「ああ構わないが、立ち話もあれだしそこに座るか」


俺達は無限に広がる草原の中心に座った。


「エルドラドはさ、私達三人の中で誰が一番好き?」


「君達の中で?どうしてまたそんな質問を」


「いやー、私達大人気でファンもたくさんいるんだよ。自分のファンがどれだけいるのか一応知りたくない?」


俺は三人のうち誰のファンなのだ、という質問なのだろう。


そこで俺は思い出した、アルカディアの言葉を。


『幻さんには友達がいないんだ』


………ということは、まさか。


「……君、かな」


「!」


「俺は、君が一番好きだ。君のファンだ」


「ほんと?」


「本当だ」


すると、また幻は俺に抱きついた。本当に嬉しそうにその頬を擦り付けてくる。


「えへへ、わかってるじゃん♪」


「…………」


「ねぇ、エルドラド」


「?」


「貴方はずっと私と一緒に居るんだよ、舞台で活躍するアイドルを応援するのがファンのお仕事なんだからね。わかった?」


「……………」



俺は、頷けなかった。頷いていいのかわからなかったから。



帰り際。


「あの場所で何か作っていたな」


「ステージのこと?」


「ステージ……演奏会演るのか」


「うん! 今回のは今までので一番の規模になる予定なんだ!妖だけじゃなくて人間もたくさんくるの!」


元々彼女達の音楽は妖怪向けだと聞く。


「どうして、君達は演奏家を職業に?」


「音楽で世界を征服するため!」


「征服?」


「音楽って凄いんだよ?楽しい音楽を聴けば楽しくなるし、悲しい音楽を聴けば悲しくなる。音楽は人の感情を操るんだ」


「へぇ……」


彼女の比喩に俺は納得する。


「なら、君は俺の前じゃいつも楽しい音楽を奏でているわけだな」


「…そうなるね、えへへ」


「……姉達が迎えに来たな、またな」


「うん!」





エルドラドが帰路についてしばらくしたその時だった。


「……………ぁ?」


突然、左胸に激痛が走った。確認する、血が溢れていた。穴が空いていた、その穴から血液が噴水のように溢れ出ていたのだ。


「……………ぇ…………なんで………」


痛い、その言葉だけが彼の頭をぐるぐる回る。



「人外風情が、人間の生活区域に居るんじゃねぇよ」



揺らぐ視界の中見えたのは、人間だった。ざっと見て五人は居るだらうか。


「どうして…………こんな………おれが………なにをしたって………」


「は?そんなこともわからないのか?ここに居る時点でうぜぇんだよ。人外は人外らしくのそのそと暮らしてろ」


何を言っているのか理解できない、相手が狂っているのか、自分の理解力が鈍っているだけなのか。


「やっちまえ!!!」


それが、彼が意識を失う前に聞こえた最後の言葉。





人外と人間の共存は、つい最近の出来事だった。


その共存を好む者もいれば、好まない者も居る。


好まない者は人外に嫌がらせをする、近づいてほしくないから。


その嫌がらせは、やがてエスカレートしていく。


その嫌がらせに耐えきれなくなった人外は人間達を殺す。


それがさらに負の循環となる。


いつまで経っても、その世界は訪れないのか。


人外と人間が手を取り合って築いていくその世界は。








「…………!……………ッ!!…………ッ!!!」


暗い意識の中、深淵に沈みかけてた時だった。誰かが彼を呼んだ気がした。


「………………ぁ」


「エルドラド!!」


「目が覚めたか!」


「俺は……ここは……」


「私達の家の倉庫だ」


「痛い……身体が痛い………何で包帯が……?」


「貴方身体中傷だらけの血まみれで倒れてたんだよ、覚えてない?」


「左胸に穴空いてたから死んだんじゃないかって焦ったよ。とにかく意識が戻って良かった」


「あの時何があったのエルドラド?」


「……あ………あああ………」


海馬の底から掘り起こされる記憶、罵詈雑言の言葉、あまりにも残酷なその記憶は吐き気を催す邪悪。いや、それだけでは済まされない。


「ごええ………うおえええ……」


「あわわわわ、吐いちゃった。タオル持ってこなきゃ」


「私は水でも持ってこよう」




「どうして…………」


「?」


「どうして………死なせてくれなかった………」


「え?」


「どうして、俺を生かした……」


「………死にたいの?」


「死にたい……」


「理由は?」


「生きていても碌なことがないから……」


「どうしてそう思うの?」


「自分に生きる価値がないから………」


「誰かにそう言われたの?」


「…………言われなかったとしても、いずれわかること」


「…わかった、質問を変えるよ。大切な人はいる?」


「そんなの、いるわけがない」


「それじゃあ、特に理由はないけど幸せになってほしい人はいる?」


「それは………いる」


「じゃあその人が、大切な人なんじゃない?」


「ああ………………だから、生きろって言うのか?」


「きっと、悲しむよ」


「一体どこの誰が悲しむっていう―――」


「―――いるよ、貴方はわかってないよ。残された人がどれだけ辛いか、貴方のことが大切で貴方がそう思っているのと同じくらい貴方の幸せを願っていることなんて。きっと、その人は言うよ。本心からじゃないし、これから苦しいことが待っているはずなのに、貴方を救いたくて、貴方を追い詰めたくなくて、『死んでしまえ』だなんて言った奴はどこのどいつだと。どうして手を取ってくれないのと。幸せなんだ、私は貴方に会えて幸せなんだ。心から嬉しいんだ」


「…………」


「なのに、その幸せを奪うのは………他でもない貴方なの?」



固執するな。


思ってもないことを言うな。


嘘をつくな。



Lay off me(俺を一人にしないで)





「………何をしていたんだ、俺は」


身体中が痛い、痛くて仕方がない。


「ああそうだ……確か人間共に殺されかけて……くそが……」


気を完全に取り戻したところで、俺はふにりとした柔らかい感触に気づく。幻が俺の脚上で丸まって寝ていたのだ。涙の痕を残して。


そういえば、さっき何かあった気がする。あまりの苦痛で記憶が曖昧だが、大事な話をしていた気がする。


「……君と居ると、気が狂いそうだ」


俺はどうして幻とつるみ始めたんだっけ。思い出せない、でももう思い出さなくてもいいのかもしれない。今、俺は幸せだから。





君と居ると、昔の自分を忘れることができる。君は俺を見るたびに嬉しそうな顔をする、思わずこちらも嬉しくなる。


どうして、君はいつも俺を狂わしてくるのだろう。俺は誰かとつるむことをとっくの昔に諦めていたはずだというのに、君だけは信じても良いような気がしてたまらないんだ。




       殺せ




               壊せ


     


        八つ裂きにしてしまえ



   崩せ


              剥がせ



       捨ててしまえ




   貴様、本当に忘れたわけではあるまいな?




「!!」


俺は飛び起きた、ただの悪夢か………


夢にしては、何か語りかけてくるような……


「……………」


幻に、会いにいくか。





俺は幻の家に向かった、ドアのノックしようとした時だった。


「エルドラド!!!」


「うわっ!?」


寂滅の大声が背後から飛んできた、思わず俺は驚く。


「ど、どうしたんだ?」


「幻、知らない!!?」


「幻?俺もちょうどあいつに会いに来て………」


「昨日から帰ってきてないんだよ!!!」


「なに?」


寂滅の慌てぶりは尋常じゃなかった。明らかに冷静さを欠いていた。


「電話しても一向に出てくれないし、何かあったに違いないんだ……でも、どこにいるのかさっぱりで……」


「幻が行きそうな所は全て行ったのか」


「う、うん…」


「叡智は」


「まだ幻を捜してる……」


「俺も手伝う」


そうして俺は空から幻を捜し始めた。




とはいったものの、この広い世界の中小さな彼女を捜すことは可能なのか。彼女の行動力は凄まじい、一日だけで遠くまで行ってしまうこともありうる。音ネタのためなら、どこまでも行ってしまう彼女が。


見つけなきゃ、きっと寂しがっている。


見つけて、抱きしめなきゃ。


「………?」


俺は途中で気になるものを見つけた、地面に降りる。


「これは……血溜まりか?」


まるでペンキを零したかのように、たっぷりと血液がそこに溜まっていた。


血液は変色している、時間が経っているのだろう。肉食いが草食いでも食ったのか?


その血溜まりから、一筋の線が、まるで習字をしたかのように続いている。


俺は導かれるようにその軌跡を辿る、軌跡は森の中につづいていた。


「……………」


俺は息を飲んだ。まさか……そのまさかではあるまいな?


俺は走った、この予感がハズレであってほしいと願いながら。


新鮮な血液の匂いが鼻を掠める。足裏が紅く染まる。



「…………………ぁ」



誰かが、木にもたれかかっていた。その身体から血を溢れさせながら。


嘘だ。


嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ



どうして、幻が血まみれになっているんだ。理解が追いつかない。


「おい、何があった幻」


俺はそばについて、幻の安否を確認する。


大丈夫だ、まだ生きてる。まだ助かる。


俺は幻を抱えて家に戻った。





「寂滅!!叡智!!」


「エルドラド、帰ってきたか………それは!!?」


「まだ生きてる、早く手当てを!!」


「あ、ああ!!」


叡智は幻を抱えて家の中へ。


「…君は行かないのか」


「私は、その…行かないというより、行ってはいけないんだ」


「どうして」


「幻の血肉の匂いが……私をうずうずさせるから……」


寂滅の口からほんの少し、犬歯が飛び出していた。先程の匂いに当てられたのだろう。




「叡智、幻の容体は」


「………体力が著しく低下していたのか、眠ってしまったよ」


「どうしてあんなに怪我を?熊にでもやられたか?」


そもそも、どうして幻はあの森に居たんだ?


「………幻の服の下、見るか?」


「え?」


叡智は布団を少しめくった、その中にあった光景に思わず俺は言葉を失った。


「な、なんだよこれ………痣や傷が………熊や狼でもこんなことしねぇぞ!!?」


「…………人間だ」


「人間?」


「昔から、幻は虐められていたんだ。人間から。知っているだろ、人間と人外の共存を好ましく思わない奴らが居るってことを。そいつらだ、そいつらが幻をこんな目に遭わせたんだ」


「なん……だと……?」


「最初は子供じみた嫌がらせだった、でも月日が経つにつれてエスカレートしていった。人間達は直接幻に手を出した。殴った、蹴った、ましてや武器を使ってきた。私達もどうにかしなければならないことだとは思っていた。でも、現場を発見できないことにはどうにもならない。百聞は一見にしかずだ、そこが人間の厄介なところだな、私達が油断した隙を狙って幻を襲いに来るのだから」


「……………………」


「………ぁぅぁ」


「幻!?」


幻が目を覚ました、言葉を覚えたばかりの子供のような言葉で姉を呼ぶ。


「…………ね…ぇ…さ……ん」


叡智はぎゅっと、幻を抱きしめて…涙染みた声で


「ごめんな……幻……痛かったよな……痛かったよな……」


「………ど……どぉ………」


「…俺を、呼んでるのか」


すると、幻はその傷まみれの身体でよたよたと俺の方にやってきたのだ。


「ダメだ幻、今は寝てるんだ」


「ど……える……どら…どぉ……」


叡智に巻かれたであろう包帯が痛々しい。幻はすっと、頭を差し出してきた。撫でてほしいのか。


俺は幻の頭に触れる、すると幻は俺の手をがっちりとホールドしたのだ。


「……………」


「幻、今は養生してるんだ」


「……………」


「俺はどこにも行かない、ずっとここに居るから」


その言葉を聞いた彼女はまたベッドに戻っていった。


「龍といえど今の季節は寒いだろう、何か布を持ってこよう」


「ああ……」


俺はその日、幻の傍から離れなかった。






次の日、目を覚ますと目の前に幻が居た。巻かれていたはずの包帯が外れている。


「……大丈夫なのか」


「うん、もう元気いっぱいだよ」


妖怪は人間よりもはるかに身体が強固だと聞く、彼女もそうなのだろうか。あんなにボロボロにされても一日あれば治ってしまうとは、なかなか凄い奴だ。


「……昨日は、何があったんだ」


「あー、あれね。別に、いつものことだから気にしなくていいよ」


「何?あれのどこが気にしなくていいと?」


「人間は人外を畏怖してなんぼの存在だからね、仕方がないよ」


「だが、あれはやりすぎだろう!」


「さぁ……ずっと昔からやられてたことだから、感覚が麻痺しているのかな」


彼女は哀しい笑顔を作り出した。


「ま、これくらいなら明日の演奏会にも支障は出ないでしょ。それじゃエルドラド、ちょっとリハーサルしてくるね」




         思い出したか?



     自分がやるべきことを思い出したか?



「やるべきこと…?」



           憎いか



      彼女を傷つけた人間が憎いか



「憎くない……といえば嘘になる」



           壊せ



     あいつらをとことん破壊しつくせ



 そもそも、幻と一緒に過ごしたのは全てそのためのはず



        復讐しろ、奴らに


 

       同じ苦しみを、絶望を



「ああ……そうだな……」



     そうだ、それでこそ俺だ……



思い出した、どうして彼女と一緒に居たのか。人間共に復讐するためだ、そしてその時は今だ。幻の苦痛を、そっくりそのまま返してやろう。俺の大事なものを壊そうとする奴は、逆に壊してやろう。


深淵の底から這い出てくる破壊衝動、満たしたくてたまらない。どれほど恐怖に怯えた顔をするのか、早く見たくてたまらない。それとも、あまりの出来事に反応しきれないまま死ぬのかな?


「あははは…楽しみだなぁ……」


人間共の脳漿で満たしてやろう、この穢れた世界を。


後悔させてやろう、人外の逆鱗に触れたことを。


思い知らせてやろう、本当に強いのは誰なのかを。



「……我が名はランベルト=フロム=クラウディウス。この身を忌まわしき龍の姿に変えた人間を憎む人間であるッ!!」




俺は当日、こっそりと会場を眺めていた。


「………へっ」


俺の運が良いのか、ただの偶然なのかは知らないが……なんて良いポジションに会場があるんだろう。会場の背後には山がある。そこから土砂崩れを起こせば……


「確実に人間共は死ぬ!!!」


俺は早速、お手製のナトリウム爆弾をたっぷりと持ち運び山上へと向かった。



「一本杉か……ここらにするか…クククク」



俺はナトリウム爆弾を一本杉の周りにしこたま埋め込んだ。ゆっくり、丁寧に、誤爆しないように。


ナトリウムと聞くとそのほとんどは食塩を思い浮かべるだろう。しかし、それは塩化ナトリウム。厳密には違うのだ。


ナトリウムというものはかなり凄いものだ。水に触れると化学反応を起こして爆発するのである。プールに入れればそれこそ軽いテロを起こせるほどに!!!


さらに、反応を起こしたあとは水酸化ナトリウムとなる。皮膚をグダグダにし、さらに目に入ったら失明させるほどの有害物質!!


水酸化ナトリウムが入り混じった土波(つなみ)に溺れたが最後、全身を伝う苦痛に沈みながらその人生の幕を下ろすのだ!!


ああ、なんと素晴らしいことだろうな!!


「イヒヒヒ……ギヒヒヒヒッ!!!」


これで最後の爆弾だ……あとは刺激を加えて中で水と混ぜ合わせれば…連鎖するように爆発していく……爽快パズルゲームのように!!



        ……♪………♪………♪



「…………」


俺の鼓膜が震えた、何かが聞こえた。それは、音だった。それは、歌だった。それは、誰かが奏でる音楽だった。


俺はその音に誘われるように山を下る。その後はあの山の麓から奏でられていた。あの会場からだった。


まるで、愛撫をされているかのような気分になる。その音は、美しくて、優しくて、強くて、心躍る。


枯れた花が潤うような感覚、嗄れた喉が湿っていくような感覚。それは、まさに快感。


そして、驚いたことに俺はこの音色を知っている。


誰かが、いつも奏でてくれていた?


俺の傍を離れずに、誰かがそこに居た?


誰だっけ。




      怨嗟のあまり、忘れたのか。


    それとも、切り捨ててしまったのか。


         裏切るのか。


       このままでいいのか。


         見捨てるのか。


    お前の復讐劇にあの子を巻き込むのか。


      本当に利用していただけなのか。


        何も感じなかったのか。



   

   『大好きなあの子を殺すつもりなのか』



「…………!!!」


いつのまにか、君のことが好きになっていた。


ただ、君を利用するためだけに君と友達になったのに。


何も知らない無垢な君は汚い俺を普通に愛してくれた。


何とも思っていなかったはずなのに!!


何故か君のことが好きなんだ!!!


君の想いを裏切りたくない!!殺したくない!!!



     『エルドラド、彼女を護れ』




「ここまで空気の振動が来るなんて……凄い奴らだ……」


とにかく、爆弾を回収しよう。全て無かったことにしよう。



           ドン



「……………え」



     ドン



                ドン


         ドン


 ドン


                  ドン


      ドン




              ドン




俺の遥か後ろから、何かが爆発する音がした。爆発の振動が地面に伝わった。俺は冷や汗を流した、後悔という名の渋柿を食ったような気分だ。


「まさか………この空気の振動で………?」


奴らの技術力が化け物染みているのか、それとも容器が単に脆かったのか。



     ドドドドドドドドドドドド



耳の中へと突き刺す土の音、こちらに迫ってくる有害の塊。


どうする?このままだと確実に彼女は死んでしまう!!!



「……なんだ、簡単なことじゃないか」



この俺が、この波を防げばいいだけの話だ。人間共から恐れられた俺ならできる。彼女を救えるのは、俺だけだ。


「……………来るッ!!」


そうして俺は身構えた。



溢れ出した土の波は、俺の想像を遥かに超えていた。思わず俺はすくんだ、こんなのどう対処すればいいんだ!!?


歯を食いしばる、身体がとてつもなく熱い。俺は後ろを向いて、天を裂くような声で思い切り叫ぶ。




「ーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!」




そこで俺の視界は黒く染まった。



痛い。土の流れに抗えない。関節が折れる。口の中に土砂が次々と入ってくる。呼吸が出来ない。身体が重い。動けない。



……金属の匂いが染みついた泥の味を確かめながら、俺は死んでいくのであった。





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