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僕の知らないその瞬間で



     一体、何が起きたっていうんだ。



僕はその光景を見て思わず唖然とする。僕の網膜に映る光景、かつて演奏会場だったはずのその場所は、土砂に飲み込まれていた。


その土砂から脳漿と血肉が混じり合った臭いがする。僕は思わず鼻を塞ぐ。目を塞ぐ。耳を塞ぐ。


少し前のことだった、僕はこの近くで散歩をしていたんだ。


「そういえば、今日はあの三人がライブをするんだっけ。すっかり忘れてた、まだ間に合うかな?」


そうして僕は例の場所に向かった。その途中だった。



轟音が聞こえたのである。



僕はその音が聞こえた方角を見る。それは三人が開いている会場の場所と一致していた。


胸騒ぎがする、僕は急いでその場所に向かう。


………そして、今に至る。



「……まさに、悪夢じゃないか」


周囲に生存者は見当たらなかった、まさか…参加者はみな全滅したのか?


「主人…主人!!」


遠くから嗚咽の混じった声が聞こえた。狼が懸命にその土を掘り返していた。


「やめろアヴォルフ、足が使い物にならなくなってしまう」


「知ったことか!この土の下で主人が助けを求めているのだ!!」


狼の足の皮は抉れ、爪は剥がれ、血液が噴き出している。


「アヴォルフ……冷静に考えてみろ……この土砂崩れの様だ。いくら倅の抱主でも……」


「うるさい!!レオパルドは姉様が心配ではないのか!?」


「心配だ、心配だが……もう助からない……認めたくは無いが、普通に考えて生きているわけがない」


隣にいた黒豹とそんな会話を交えていた。僕は二人に聞く。


「ここで、何があったの」


レオパルドが答える。


「…ついさっきのことだった。この会場に土砂崩れが直撃したのだ」


「……君達は無事だったの?」


「私達は思念体だからな。当時は抱主の中に居たのだが、土砂崩れに飲まれる直前に抱主は私達を外へ逃したのだ」


「…………」


「………みんな、死んだ。人間はおろか、身体が頑丈であるはずの妖怪達も、みんなこの土砂に飲まれて死んだ。生き残ったのは私達だけ。本当に、それは突然すぎた」


「違う!!!」


アヴォルフが頑なに否定する。


「アヴォルフ、抱主の生存は絶望的だ。良い加減に認めろ」


「そんなはずない!!!寂滅様はおろか、姉様や妹様が死ぬわけがない!!!!」


血涙を流すアヴォルフを見たレオパルドは、乾いたため息を出す。


「さっきからあんな調子なのだ」


「無理もないよ」


「それは、わかっているのだが」


頭に蔓延る苦痛を抑えるように、レオパルドは頭を押さえる。


「……私だって、信じたいのだ。この下で抱主は虫の息をしながら生きているのではないか、と。でも、この状況……とても不可能だ、生き残るのは。……辛い、抱主が死んだかと思うと…ただ辛い」


きっと、レオパルドも気持ちの整理が追いついていないのだろう。無理もないことだ。



「………………!!!」



アヴォルフの土を掘る足が止まる。


「どうした、アヴォルフ」


「あ………ぁぁ……」


アヴォルフの足から滲み出た血液を得た墓穴から、何かが見える。


「これは………!!」



「主人……主人ぃぃぃぃ!!!!」



アヴォルフの泣き叫ぶ声がこの場に木霊する。その穴から出てきたのは寂滅さんだった。腕は曲げ、関節は曲がりくねり、ありとあらゆるところから骨は見え、血肉が溢れ出ていたが、彼女だと断定できた。


「主人っ!!返事をしてくれ、主人ぃぃ!!!」


アヴォルフが吠える、でも寂滅さんは指の先までも微動だにしなかった。僕は彼女の心音の有無を確かめる。


「主人は!!?」


「…………」


僕はただ首を横に振った、そもそもこんな怪我をしておいて生きている方がおかしいものだ。


アヴォルフは案の定酷く絶望した顔をする。


「ああああああああ…………」


「…………アヴォルフ、抱主と妹様を捜すぞ」


そうすると、レオパルドは土を掘り始めた。さっきまであんなことを言っていた彼が。


きっと、そう遠くには居ないはず。僕も手伝うことにした。そうして、日が傾き始める。寂滅さんの遺体から2mくらい離れた場所で


「……! 見つけた!!」


見つかったのだ、叡智さんと幻さんが。


身体から、薄汚れた土の臭いがする。僕は二人を抱える、寂滅さんと違って身体にはあまり損傷は目立たなかった。でも、死んでいることには変わりなかった。


「妹様!姉様!」


「二人も死んでるよ」


僕の言葉を聞いた二人、アヴォルフは野獣のような雄叫びをあげ、レオパルドは頭を抱え地に伏せる。


「……レオパルド!! お主が救出を手伝ってくれていれば少なくとも二人は助かったのではないか!!?」


「アヴォルフ」


レオパルドに当たるアヴォルフ、レオパルドは冷静に


「私達は思念体だ、抱主との感覚は曖昧ながらも今も通じている。倅もわかっていたのだろう、もう……助からないと……」


「!!」


図星だったのか、アヴォルフはそれ以上レオパルドに何も言わなかった。


「………私達は他に埋もれた人達を掘り出す、アルカディア殿はどうする」


「………僕は、この事故の経緯を調べてみるよ」


「わかった」






「みんな、集まってきてくれてありがとう。さっきも言ったが、向こうの場所で開かれていた演奏会場にて悲劇が起きたんだ。土に埋もれていた地図の断片と周囲の地形を鑑みるに、山の上から土砂は下り崖下までその速さを落とすことなく件の場所に直撃したと考えるのが妥当。何か情報はある?」


僕は知り合いを集めて嵌合体会議を開いた。


「と聞かれても……そもそも俺たちは山なんかを縄張りにしてないし……」


「そうだよ、ここにいるみんな全員あの森を住処にしてるんだ。誰も知ったこっちゃないよ」


「たしかに……」


こんなことするのもただの無駄ってわけなのか。


「………そうだ、思い出した」


「なに?」


「僕さ、前あの山まで遊びに行ったことがあるんだ。でも、あんな土砂崩れが自然に起きるとは思えないよ。だって、あそこの地盤はすごく強固だったもの」


「遊びに行ったのはいつ?」


「ええと……一週間前くらい」


そんなに時間は経っていない、当日まで雨は降っていなかった。自然に緩んだとは考えにくい。


「………誰かが、意図的に起こした土砂崩れってこと? でも、そんなことして何になるっていうんだ?」


「その件の後また行ってみたけど、一本杉辺りの地形がかなり変わっていたよ。あの辺りの土が落ちてきたってわけだね」


「そうなんだ……」



「おーい!」



そこで偵察してくれていた人外が合流する。


「お疲れ様、何か収穫はあった?」


「ええと、まずその例の場所を調べてみたよ。そしたら、手作りの爆弾の破片がところどころあった。火薬の臭いも染み付いていたよ。かなりの数を仕込んでいたみたいだね」


「はははっ、じゃあどこかしらの人間が無差別殺人でも企てたんじゃないの?」


「そうだとしたら笑えるな」


「……………」


待て、人間が本当にそんなことするか?言い分からしてかなりの憎しみを持っていたと推測できるが、あの土砂の量……最悪自分も巻き込まれる勢いなんだぞ?


「それと、土砂崩れの軌跡を観察したけど、ところどころピカピカ光っててね。凝視したら金塊だったんだ、アルカディアの鱗と同じくらいの……」


「……………」



………………え?




「それじゃあ、その件の真相は金塊目当ての人間が爆弾をしかけて金塊を掘り当てようとした。爆散した地盤はそのまま土砂崩れとなって例の場所を直撃したってことだ。もう帰っていいか?」


「あ……うん、ありがとう付き合ってくれて……」


「同じ仲間だ、気にすんな」


そうして、会議は終わりみんな解散していく。



………なんだ?嫌な予感が刃のように僕の胸を刺していく。






後日、僕は再び思念体二人のもとへと向かう。


「状況は」


「ああ…最初のころよりはだいぶ落ち着いてきたよ。血肉と脳漿の混ざる腐った臭いが出てきたがな……」


現場を見る、ところどころ穴が空いていた。遺体を掘り返したのだろう。


「私はこのまま土葬という扱いでいいのではないかと思ったんだが、レオパルドがな。変なところでまじめになるのは姉様と同じようだ」


「ふーん……」


そこに、泥まみれのレオパルドが合流。


「お疲れ様」


「あぁ……流石に朝から土を掘ってたら身体にくるな。思念体でも疲れるものなのか」


レオパルドはそこにあった水をゴクゴクと一気に飲み干した。


「…折角の休憩時間に悪いんだけど、あの事故が起きた際に何か感じたものとかない?何でもいいからさ」


「ああ……そうだな……」


レオパルドは眉を顰めて


「……そういえば、土砂崩れが直撃する寸前……誰かの声が聞こえたんだ」


「声?」


「そう、ライブの爆音でかき消されたのかあまりよくは聞こえなかったが。必死そうな感じだったな……」


「あっ、私も思い出したぞ。ライブの数日前に汝の兄上があの山に向かうのを少しばかりだが見かけたぞ。何しに行ったんだろうな」


「!?」


アヴォルフのその言葉に僕は背筋を凍らせる。


「アヴォルフ、それは本当なの?」


「あ…あぁ、私の記憶に間違いがなければ……」



僕はアヴォルフの言葉を最後まで聞かず、山まで直行した。




僕の兄さんはかなり無愛想な人だった。


過去に人間達に対するちょっとした因縁のせいで、兄さんから感情という文字は消えた。


それは僕も同じだったのだが、気にしても怠いだけだということに気付いたのでやめた。


でも、兄さんはそうではなかった。心のどこかでそう思っていた。根に持っていた。


そういえばそうだ。兄さんは数日前からよそよそしくて、あの事故の時から忽然と姿を消した。


まさか、そのまさかなのか。


お願いだ、僕の予感が外れてくれ。


事後の直前に聞こえた声。


誰かが届けた防護唄(インサイド)


その人だけは護りたかった。


その人だけには生きてほしかった。


そんな願いが篭った雄叫び。


無愛想な愛の唄。





僕は崖上で足を止める。土砂の傷跡が降り注いだこの場所で、僕の注意を引き止めるものがあったのだ。


それは金塊だった。ところどころ地面に埋もれたキラキラと光る黄金の塊。埋蔵金なのかと疑ってしまうほどに、美しい。


金塊は僕を導くかのように線となり続いていた、僕は導かれるがままに歩く。しばらくして、その導きは終わった。ここが、目的地だ。


僕はその土を掘り返す。血、肉、脳漿、組織液、リンパ液、体腔液、複雑に混ざり合い嗅いだことのない悪臭の極みを放つ。僕はその臭いすらも気にせず掘り進める。


「…………!」


空から忍び寄る赤光に照らされた何かを見つけた。チョーカーだった。薄汚れたチョーカーだった。明星を飾りとしたチョーカーだった。


土砂崩れのせいか、接合部分はかなり脆くなっていた。翠色の流れ星が落ちた、僕はその流れ星を目で追った。流れ星が落ちた先は大地だった。それは、赤紫色の血肉で染まった黄金郷だった。


直後、僕は叫んでいた。雲を切り裂き、天を割り、海を荒らさせ、地を崩壊させる、甲高い雄叫びを。


「兄さん…どうして…こんなところで死んでるんだよぉぉぉぉぉ!!!」


それは自分の兄だった、その黄金郷は土塊の重さに潰れたのか、赤黒く染まっていた。


その表情は何かを訴えていた。まるで危険を知らせるかのように、必死な表情。その表情のまま、死んでいた。


「アルカディア殿!」


「二人……か…」


「どうしたのだ、そこで誰かが死んで………」


アヴォルフは言葉を失った。レオパルドは冷や汗をかきながら僕に問う。


「まさか……その遺体は……アルカディア殿の兄上ではないだろうな……?」


…レオパルドのその言葉に、僕は何故か笑っていた。笑うことが苦手な僕は、確かにその口角を不気味に上げていたのだ。


「嘘…だろ…」


「この土砂に……巻き込まれた被害者の一人になってしまったのか……」



……果たして本当にそうなのだろうか。


兄さんが土砂崩れの音に気づかず飲まれるだなんてアホらしい死に方をするだろうか。


咄嗟に気づいて空を飛ぶなりして逃げるはずだ。


逃げきれなかった?


違う。


逃げられなかった?


違う。


あまりにも突然すぎた?


違う。


逃げるという選択肢が無かった?


違う。




   『自分よりも、優先したいものがあった』




レオパルドの言っていた声の正体は兄さんだったのだろう。兄さんは知っていたんだ、この土砂崩れのことを。いち早く、誰よりも早く気づいた。土砂崩れがあの会場に直撃するとわかって、頑張って伝えようとしたんだ。


…誰も、気づいてくれなかったが。


それでも、これはすごいことなのだろう。自分に土砂が迫っているというのに、他人を救うために力を尽くすというのは。


…君だけは逃げてほしい、それだけを想いながら。


これは、きっと危機に遭った時誰もが思うこと。僕も、兄さんも、君達も。


僕は近くの木に背中を貸すことにした。


「アルカディア殿……」


「…二人は、先に帰っていいよ。僕なんだか疲れちゃってさ……」


「………」


「今は動きたくない気分なんだ……」


「…わかった、向こうで待っている」


二人はその場から去った。僕はぐったりと、その疲労を感じながら眠りについた。





         ポタ……ポタ……





僕は鼻先に落ちた冷たさを感じ取る。雨だ、雨が降ってきた。どうやら僕は二、三日は眠っていたらしい。


「…不味いな、これは嵐だな」


とにかく、雨宿りできる場所を探そう。そう思っていると…





       ゴロゴロ……




             ピカッ





「…っ!!!」


雷が僕のすぐそばで落ちた。あと少しずれていたら直撃していた。


「…………?」


雷が落ち、黒く焦げ煙をあげる地面がもぞもぞと動いていることに気づく。首を傾げて警戒していると、地面から腕が伸びた。


その腕の本体は姿を顕にする。それは、僕が一番知っていた。それは、かつて土砂に潰れた黄金郷。



戻ってきたんだ、己の罪を償うために。




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