短編 一口怪談『異界駅』
あまり詳しく調べなかったので似てる話、同じ話があったらすみません……。
これは、私が半年ほど前に体験したことです。
皆さんは、「異界駅」……ってご存知ですか?
『電車に乗っていると、突然全く知らない駅に着く』、『夜の電車で寝落ちしてしまい、起きると自分しかいなかった』など。
突如、普通ではない状況に置かれてしまう。
そんな、駅にまつわる怪異。
有名なものなら、「きさらぎ駅」「月の宮駅」辺りでしょうか。
特に、「きさらぎ駅」は群を抜いて知っている方が多いと思います。
私は当時、「きさらぎ駅」の名前を聞いたことがあるくらいで、全く興味もありませんでした。
あの日、私は夜遅く、地下鉄に乗っていました。
東京メトロ千代田線だったと思います。
乗客は私含めて同じ車両に4人くらいで、特に不自然なところは感じませんでした。
眠かったので、私が見過ごしただけかもしれませんが……。
電車は普通のアナウンスで、普通に目的地に着きましたが、そこからが問題でした。
私は降りなければと席を立ち、扉から出たのですが、降りた瞬間、何か……急に別の場所に来たような、そんな違和感があって。
背筋に悪寒が走って、全身に鳥肌が立ちました。
……あぁ、そうです、気温の違う部屋から部屋に移動した感覚に近かったかもしれません。
私は驚いて、咄嗟に周囲を見ました。
そして、異常な光景に気がつきました。
誰も、いなかったんです。
本当に、誰も。
後ろを振り返りました。
さっきまで、同じ車両に乗っていた人たちがいるはずでしたから。
誰も、いなかったんです。
降りてはいないはずなんですが、どこにもいませんでした。
それどころか、車掌さんすらいませんでした。
さっきまで寝ていた男性がいたはずの場所には何もなく、スマホを弄っていた高校生もおらず。
他の車両を見ても、誰も。
駅は見覚えのある場所で、間違いのないはずなのに、急に、私以外の人間が消えたような、そんな。
私は怖くなって、人を探しにエスカレーターに乗って上に上がりました。
誰でもいいから、人に会いたかったんです。
夜中、閑散とした薄暗い駅の構内にたった一人でいるのは、とても心細かったので……。
乗り換えのホームまで行ったりと、駅を駆け回りましたが、人っ子一人いませんでした。
外に見える見慣れたような、しかし初めて見るようにも感じる風景にも人はおらず。
私はその事実に、さらに恐怖して。
そこで、スマホのことを思い出しました。
人間、気が動転していると、視野が極端に狭くなりますね。
そして、誰かに連絡を取ろうとして、ふと視界に入って、気が付いたんです。
駅名が読めない。
駅名標に書かれていた漢字自体は私の知識にあったもののはずなんですが、なぜか、どう読むのか、どう読めばいいのか、全く分かりませんでした。
この辺りで、私は震えていたと思います。
辺りを包む静寂は、私の荒れた息遣いと激しくなった鼓動と足音だけを響かせて、より孤独感を強調していました。
より強くなった『誰かと会いたい、話したい』と言う気持ちのもと、私は連絡を取ろうとしました。
私には恋人がいて、この時間でもまだ起きているはずだったからです。
なかなか起動しないアプリに苛立ちすら覚えながら、画面を何度も押して。
思考が纏まらない頭で文章を考えて、逸る気持ちを抑えながら送信しました。
……しかし、いくら待っても、既読がつくことはありませんでした。
返信を待つ間、恋人以外にも、両親、妹、同僚、親友、連絡先を知っている人に連絡を送りましたが、誰一人、反応がありませんでした。
痺れを切らした私は、色々な人に電話をかけました。
しかし、それも全く繋がらず。
オンラインゲームを開いてみても、チャットには誰もいない。
対戦ゲームもマッチしない。
電波は通じているのに、切り離されているかのようでした。
私は恐怖と困惑、孤独感で、どうにかなりそうでした。
一人だけ、別世界に隔離されてしまったような気がして。
そこで、視界を彷徨わせ。
私の目に、求めていたものが写りました。
——反対側のホームに、誰かいる。
それは10代前半くらいの黒髪おかっぱの少年で、ベンチに座ってゲームをしていました。
服装は黒い長袖のパーカーで、夏にも関わらずマフラーをしており、不思議に思ったことを覚えています。
しかし、私は歓喜しました。
人に出会うことができたからです。
会話をしたかった私は、一度階段を降りて、反対側のホームにいきました。
けれど、先程の少年はいません。
少年を探すと、ついさっきまで私がいた方のホームに移動していました。
私は不思議に思いましたが、それどころではなかったので深くは考えませんでした。
再び階段を降りて、少年に会いに行くと、少年は元の場所に戻っていました。
そんなことを数回繰り返し、私は我慢出来ず、線路を無視して通ることにしました。
本来なら危ない行為ですし、絶対にしないと思いますが、あの時は状況が状況で、さらに数十分は駅構内にいたにもかかわらず電車が一本たりとも来ず。
私を止める判断材料は、ほとんどありませんでした。
線路を越えた私は、その少年に近寄りました。
すると足音に気が付いたのか、少年が私の方を向いて、驚いたような表情を浮かべました。
「ねぇ、君」と私が声をかけると、少年は私の言葉を遮って口を開きました。
「……お姉さん、もう戻れないから、ごめんね。代わりに」
その言葉を聞いた瞬間、私の頭が物凄く重くなって、眠るように意識が落ちていきました。
気がつけば、私は駅を出ていて。
周囲に人もたくさんいました。
スマホが振動して、ふと見れば恋人や友人たちから返事も返ってきており、ホッと胸を撫で下ろし、あれはなんだったんだろうと考えながら、無事、家に帰りました。
……しかし、あれ以来、周りの友人や恋人、両親、職場の同僚なんかが知らない人のような……それこそ赤の他人のような。
そんな印象を受けるんです。
しかし、見た目も癖も本人と一緒で、雰囲気もおかしいところはないんです。
なぜそんな印象を受けるのかすらもわからず、周囲には相談できていません。
少年の言葉は、なんだったんでしょうか。
もしかして、私の周囲の人間が入れ替わってたり……って、そんなわけないですよね。
……え? なぜ、駅を出なかったのか、ですか?
……言われてみれば、確かにそうですね。
確か、駅を出ると取り返しのつかないような、そんな感じがした……ような気がする、みたいなことだったと思います。
……駅の名前を書いてみろ、ですか?
わかりました。
……はい、これで……あれ?
……読めますね。なんでこれが読めなかったんでしょうか。
……ちょっと、怖いですね。
……あー、やっぱり夏は暑いですね。
私の話で、少しはひんやりできましたか?
それでは、私の話は終わりです。
次の怪談を話す方、どうぞ
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いかがでしたか?
彼女は「自分以外の人間が入れ替わっているかも」と言っていましたが、果たして本当にそうなのでしょうか。
もしかすると、入れ替わっているのは……
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