1-06.『殺し屋』キール・バラモン
登場人物:
ユダ :主人公1、地味でモブ顔の少年だが恋愛力は53万。この恋愛力のせいで勝手に恋愛イベントが起こり逃げて来た。
ハゲンティ:主人公2、NTRが好きな元恋のキューピッド。今は堕天してユダの担当に名乗り出ている。勝手に起こった恋愛イベントを丸く収めるため寝取られるよう動く。
あらすじ:ユダはギャルとの恋愛フラグを折るためにハゲンティに協力してもらい寝取られることを望む。それまで何とかしてルート進行しないようギャルから逃げなくてはいけない。だが残念ながら学園への登校中につかまり確実にルートが進んでいることに危機感を覚える。
今朝、懸念どおりに昨日のギャルに絡まれながら登校したユダは一縷の望みを怪しげなキューピッドに託し今は大人しく様子を見ることにしていた。
幸運なことに校門でナオミは他のギャルを見つけるとユダを解放してくれた。どうやらまだオタクくんと仲良くしているところを見られるのは恥ずかしいと思う程度にはルートは進行していないらしい。
ユダは一人になると、ようやく緊張を解き貼り出されていたクラス分け表を見て自分の教室へと向かったのだった。
恋四葉学園のクラスはミスリル、ゴールド、シルバー、カッパーの4つに分かれている。なんとも露骨だが平民はシルバーかカッパー。貴族はゴールド。そして貴族の中でも王族と血縁の者、もしくは王族そのものがミスリルへと振り分けられる。今年はミスリルに3名入ったようだが詳細な名前はユダたち平民には知らされない。それだけ重要人物だと言うことだ。
ユダは自分のクラス、カッパーの教室にたどり着くとカバンを机に置きそこから動かないことを決める。
ナオミのクラスはシルバー、基本的に他所のクラスに入ることは厳禁とされているのでここにいればナオミとこれ以上ルートが進行することは無いはずだ。
「せやけど、なんでユダはカッパーなんや。恋愛力53万なんやぞ」
「僕の恋愛力はメガネで抑えてるし、それに僕のあれは5つのパラメータに含まれないやつだから」
ハゲンティに話しかけられたユダは他のクラスメイトに訝しがられないよう声を潜めて答える。他所から見ればユダはぶつぶつと独り言を言っているようにしか見えないからだ。
5つのパラメータ、容姿、知能、財力、血筋、話術は個々の計測がしやすく、また恋愛力に与える影響が大きいので特に重視されやすい。逆にそれ以外のものは無視されがちなのだ。
「それで、ユダの恋愛力を底上げしてるのは何なんや?」
「それは――」
「おい、あいつバラモン家のやつだぞ!」
ユダの返事はクラスメイトの声で遮られた。ざわつく彼らの声は一人の生徒の名前を指している。
灰色がかった髪のその少年はクラスでもそれなりに整った幼い印象の容姿と、そんな容姿への期待を裏切る足を机の上に投げ出すガラの悪い態度で目立っていた。
「チッ、何だよ。文句あんのか?」
年齢的には声変わりしているはずだが可愛らしいと思える声質で、しかし周囲を十分に威嚇する乱暴な言葉使いは周りのクラスメイトの危機意識を見事に刺激し彼らは一斉に顔を伏せた。
「やばいって、バラモン家に目つけられたら、ただじゃすまないって」
「バラモンってプロの殺し屋のファミリーだろ? なんでそんな危険人物が学園にいるんだよ」
「知らねえよ。でも国が殺し屋を雇うこともあるって噂だから、きっとパイプがあるんだよ」
顔を伏せながら口々に噂する声は最初は小さなものだったが、恐怖からくる興奮で徐々に大きくなっていく。当然、その声は例の生徒、殺し屋ファミリーの少年にも届いた。
「おい、何コソコソくっちゃべってんだよ。俺に用があるなら聞いてやるぜ?」
「ひぇ」
灰色の髪が垂れ下がり顔を伏せていた生徒を覗き込む。その視線は殺し屋と噂されるに相応しい剣呑さを秘めている。
「す、すいません、そんなつもりじゃ」
「おいおい、何ビビってんだよ。俺は仲良くしようって言ってるだけなのに」
そう言うと灰髪の少年が半べそのクラスメイトを慰めるように撫でる。背中の神経を知り尽くしたその指の動きに思わずそのクラスメイトは立ち上がってしまった。クラスメイトは低身長の少年より頭三つ分は背が高く彼を見下ろす位置関係になる。しかし、自分のほうが体格が良いにもかかわらずそのクラスメイトは恐怖に震えた。
「お、お願いです、見逃して、ください」
「何だよ、こういうのは好みじゃなかったか。それじゃあこういうのはどうだ? お兄ちゃん♪」
一転して少年の高いソプラノがクラスメイトの耳をくすぐる。その瞬間、クラスメイトは顔を真っ赤にして、今度は照れた様子を隠すように後ずさった。
『殺し屋一族のバラモン』その名は王国全土に響いている。この暴力が失われた世界で殺し屋というのは男殺し、女殺しの意味合いで使われている。つまり人を落とす手管に長けた人間を指す言葉として、だ。
そんな中でプロの殺し屋とは依頼を受けて標的を落とし報酬を受け取る人間たちのことを指す。落とされた人間の末路は悲惨だ。不倫と訴えられ身ぐるみを剥がされる者、惚れた弱みで奴隷の扱いを一生涯受ける者、秘さねばならぬことをべらべらと喋り失脚する者。文字通り身を捧げる者。その利用価値は国にも認められバラモン家は王国内で大手を振って殺し屋としての看板を掲げることができている。
しかし、男殺し、女殺しを生業とする人間は数あれどバラモン家がここまで恐れられるのには理由がある。彼らが得意とするのは同性落とし。しかも元は異性愛者の者でも落としてしまうことで有名なのだ。
「お兄ちゃんは、かわいい弟、嫌い?」
耳に粘つくように残る甘い声。その声が一度耳の奥にまで入ってしまえばもう取り除くことはできない。脳の奥を食い尽くされるようにクラスメイトの嗜好が塗り替えられていく。
「かわいい弟に、興奮しちゃった?」
「うぅぅぅぅぅぅ」
クラスメイトが尋常ではない声で呻く、まるで何かに抵抗するように。しかしその抵抗がもう幾ばくも続かないことは誰の目にも明らかだ。誰もが彼の運命を憐れむとともに自分が標的ではないことを神に感謝した。
しかし、ただ一人だけこの教室には哀れなクラスメイトの運命を止めることができる人間がいた。
ユダがメガネで用心深く目元を隠しながら立ち上がる。
「止めなよ、可哀想だろ」
「何だよ、お前もかわいい弟が欲しいのか?」
ユダと少年の目が交錯する。互いの恋愛力が衝突し火花が散っている。少年の腕を掴んだユダは黙ってその視線を受け止めた。
僅か数秒。しかし、教室にいた生徒たちには永遠にも感じられる時間が過ぎる。
嗜虐心しかなかった少年の目が、徐々に興味へと変わる。
「へえ、やるなお前。俺に抵抗できたのは家族以外じゃお前が初めてだよ」
「……」
ユダが黙ったまま少年の腕を放す。もはや彼から敵意を感じない。ただ獰猛な笑顔だけを貼り付け、少年はユダに言った。
「俺の名前はキール・バラモン。トイレでズボン下ろす時は精々気をつけるんだな」
「なら、トイレは個室を使うことにするよ」
「ハハッ、退屈な奴しかいないと思ったが、なかなか楽しめそうだ」
そう言って上機嫌にキールは自分の机に戻る。ユダはその背中を油断なく見つめたまま、立ったまま震えていたクラスメイトに手を貸し席に座らせた。
「ありがとう、ほんとにありがとう。まじで危なかったんだ、俺あのままどうにかなるんじゃないかって。ほんとに」
ユダはクラスメイトを労るように背中を擦る。涙を流し鼻水で顔をぐちゃぐちゃにして彼は何度も感謝の言葉を繰り返した。
ユダはそんなクラスメイトを根気強く慰める。
「なあ、おい、あれって」
「ああ、多分、自分の獲物が奪われると思って割って入ったんだよ」
「じゃあ、あいつもそうなのか?」
「クラスに二人もかよ」
「やべえよ、やべえよ」
ユダはそんな親身な様子を見た生徒たちにあらぬ疑いをかけられることになったが、しかし言い訳は悪手であることを知っているので黙って疑いが晴れる日を待つことにしたのだった。
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