35 アベル第一王子
昨日の私の身に起こった出来事が現実なのか、夢なのか? まだ今ひとつ信じられない気持ちで庭に出る。
出立前に、この王都のローゼンバルク邸の庭を、元気いっぱいにしておかないと。
早めの昼食のあと大好きな領地に向けて出発予定で、祖父たちは最後の買い物に出かけている。私の仕度は兄やマリアへのお土産をマジックルームに放り込んだから終わり。祖父たちの荷物も、出来上がり次第放り込む。私が居れば皆手ブラ移動だ。
私が一番のお荷物であることは、言わないで……。
「エメル、ここの庭の草花どう思う?」
『オレ的には青系の花が足りないなあ』
「じゃあ今度来るときは準備しようね」
私は早くもパンツにブーツ姿と、すっかり旅の装いになって、エメルと元気のない草にエネルギー注入したり、間引きながら庭中をウロウロする。
『クロエ、肩の力が抜けたね。結果的に王都に来て良かったな』
ウソなどつかない、たくさんの知識と知恵を持つエメルからそう言ってもらえて、私はふふふと笑った。
白い菊を一輪摘んで、かつてのように青くする。庭にかざして他との調和を考えていると、ここ数日私を担当してくれている中年の侍女が走ってきた。
「クロエ様! お客様です! 急ぎお戻りになってお着替えください!」
客の予定などない。
「私におじい様の代わりが務まるわけないよ。後ほど連絡すると言ってお引き取りいただいて」
「そ、それが、クロエ様にお会いしたいと」
眉間にシワが寄る。私に会いたいなんて、ますます怪しい。
「会えるわけないよ?」
主人が留守とわかっても令嬢(一応ね)に会いたいと言う人間。ロクなやつじゃない。
「第一王子殿下なのですっ!」
侍女が半泣きで叫んだ。
思わず目を見開いた。
「……本物かなあ」
『見ればわかるだろ?』
「応接室よりも……武器の多い、庭がいいよね」
王家のマネだ。
『今日はオレもそばにいる』
エメルはそう言うと、ゆらりと姿を隠した。
「出立前だから着替えない。このままでいいわ。ここにお通ししてください。四阿にお茶の用意お願いします」
侍女はおそらくベテランだろうに泣きそうな顔をしかめて、パタパタと戻っていった。しばらくして、アベル第一王子殿下が供を二人引き連れてやってきた。
会うなり不思議そうな顔をする。
「え、パンツ姿? 何をしていたの?」
「庭のお手入れです」
「今日は……子どもそのものだね。その……格好も、振る舞いも」
正真正銘子どもだけど?
「王宮にお招きでしたもの。昨日は最高に飾り立ててもらいました」
「そうか」
アベル殿下も、昨日よりもずいぶんと大人しめの格好だ。お忍び姿というところ?
「正直なところ、祖父の留守中に押し掛けられても困ります。私が怒られます。御用件を手早くお教えください」
「君の強さを……知りたい」
腕力的な強さならば、昨日十分見せつけたはずだけど。
「と、言いますと?」
「〈草魔法〉でありながら、君はその……堂々としている。その自信の源はなんなのだ? 何故〈草魔法〉で強いと言い切れる?」
何? また私の大事な〈草魔法〉をバカにされてるの? 思わず殿下をジロっと睨むと、殿下は思った以上に……ソワソワしていて、おや? っと思った。
「殿下はひょっとして……いわゆる四大魔法適性ではないのですか?」
「王族の適性を探るなど! 無礼者め!」
側仕えが声を荒げる! ああ、決定だ。
そうか……私と同じ劣等感に苛まれてるのか……そして立場は第一王子。私なんて比じゃないほどに苦労しているかもしれない。
私は空を見上げて息を吐き、少しだけ話に付き合うことにした。
「私がモルガンに生まれて、〈火魔法〉でなかったことに幻滅されて、虐待されていたことはお聞きおよびですか?」
「ああ」
「……私は〈草魔法〉であっても役に立つくらい強くなれば両親は振り向いてくれるかもしれないと、必死にレベルを上げました。しかし、私の存在自体が悪のようで捨てられました」
「……そうか」
「でも、師が〈草魔法〉の素晴らしさを教えてくれました。そして祖父が私に活躍の場をくれました。私は嬉しくて、どんどん鍛錬を重ね、辺境にて盗賊団の侵入を防ぎ、山イノシシを一撃で仕留められるようになり、積み重なった実績は自信となりました。そしてそれは〈火魔法〉であっても難しいとわかって……暗闇から抜けました」
「……」
「私は四大魔法のレベル60までであれば、5分で勝つ自信があります」
殿下のお供が息を呑み、
「ウソだ!」
「やりますか?」
私は彼らの足元の草を成長させ、サワサワと絡みつかせる。動きを封じてみせる。この人たちは昨日はいなかったのかしら?
『学習しないやつ、ばっかだな』
エメルが頭上でぼやいている。
「……辺境の生活は常に危険と隣り合わせ。そこの猛者どもはもちろんマスターばかりです。そんな彼らに鍛えられれば、真面目に励めば強くなります」
「そうか……四大魔法以外でも、胸を張って生きているのだな……」
自らの護衛を見ながら、殿下は小さな声でそう言った。
「辺境では直接的な強さが全てです。祖父をはじめとして、皆、自分に備わった適性を磨いて、工夫して、マスター以上の強さを身につけて国を守っております。王家の皆様がそれを覚えておいてくださると、働きがいがあります」
「そうか……最強と言われる辺境伯も……」
「祖父は〈木魔法〉です。どの魔法もそうであるように、慈悲深くもあり、恐ろしくもあります」
「君の〈草魔法〉は、敵をどう攻撃できるんだ」
「血生臭いことを申せば、音もなく敵の足元に近づき、一気に成長させ、縛り上げて圧死させられます。あとは毒ですね」
「どんな適性であっても……工夫次第ということだね。あとはそれを具現できるだけの精神力と実行力……」
「実のところ私が実際に前衛で攻撃する機会などないと思ってます。ローゼンバルクの皆は私に過保護なのです。でも、自分の身は自分で守れると思うと……ホッとします」
アベル殿下が、何か決意した表情で、私の瞳を真っ直ぐ見た。
「クロエ……私の適性は〈光魔法〉なんだ」
「「殿下!」」
突然の暴露に、動けぬお供二人が慌てる!
「それは……素晴らしいですね」
『光とはまた……』
よそ見していたエメルの関心が殿下に戻った。
光魔法は希有な魔法だ。数代前のお姫様が持っていたという、昔話がある。
病気や怪我を眩い光であっという間に癒したという伝承……実際に存在したんだ……とちょっと興奮した。
「ふふ、そうだね。だがね、どうやら聖者として崇めやすいが、実力はないと思われているようだ」
「癒しの力は大変偉大だと思いますが?」
純粋な気持ちだ。
「〈光魔法〉は寿命を伸ばしたり、死者を蘇らせることはできない。魔力が持続している間にほんの数人治癒したところで、人の目からみたら大したことではないらしい」
もし治してもらった本人であれば、一生殿下に尽くそうと思うけど?
「……皆、経験しないと他人事なんでしょうか? そういう人に限って、骨折でもしたら、殿下にすがりつきそうです」
「ふふふ。そうだと面白いね」
軽く笑ったあと、肩を落とす殿下。
「王家にはこれまでの〈光魔法〉について書かれた書物などないのですか?」
「あるにはあるが、その〈光魔法〉の方は女性でね。純粋に『癒しの光』しか使ってない。もちろんその魔法はもう使える。でも次につながるものが何もないんだ」
教えをこえる人、理解のある人がいないなかで、稀な適性魔法を伸ばそうとする苦労は私もわかる。暗闇を手探りで歩き続けるようなもの。
私はエメルを探った。フワリと肩に重みが乗った。
「〈光魔法〉について、教えて」
小声で言うと、
『オレもあまり知らんけど……』
と、遠い先祖の記憶を手繰り寄せてくれた。
「殿下、ここだけの話、子どもの戯言として聞いてくださるならば、私が知る光魔法のことをお話しします」
「教えてくれ! 決して誰にも言わないと誓う! 頼む! ワラにもすがる気持ちなんだ!」
アベル殿下はそう言って、私に深々と頭を下げた。
臣下、それもこんな生意気な小娘を相手に……よほど切羽詰まってるのだろう。
ドミニク殿下とは、大違い……王族と言っても一括りにはできないのね……と思いながら、頭を上げてもらった。




