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騎士は踊る。陰日向なく  作者: 蜂木トケン
1.模倣犯を追え
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汚れ仕事


 月のない空を背に屋根を渡る。深く眠る街に、荒い呼吸が木霊していた。

 男を追い回してしばらく経つ。彼は度々足を絡ませながら、必死に逃げていた。

 俺は一度立ち止まると、その背中を見下ろしながら、頭の中で地図を広げる。

 次の突当りを左へ曲がってもらおうか。

 体表の刻印へ魔力を流し、魔術を使う。瞼を閉じ、呼吸を一つ。

 浮遊感を感じて目を開ければ、そこは見慣れた空間。白が層をなす、影の世界だった。

 落下の速度に身を任せ、迫りくる白い影へ目を走らす。

 光が反転したこの世界では、表で照らされた影が出入り口。

 高さのある所から侵入した今、過ぎていく影は高度を確認する道標となる。

 最後の影を過ぎた。ここからは地中。これ以上、深く潜る必要はない。

 脚に魔力をこめ、闇を蹴る。不格好に捩れる影を目指し、俺は前に進んだ。

 人影に近づくにつれて、大きくなる喘鳴。それを追い越して再度、魔術を発動。

 強く闇を蹴り、物陰と思われる白い出口へ頭から入る。

 鉄仮面を通して、冷気が肌を突き刺す。俺は地面を踏みしめ、こちらへやってくる獲物を待った。

 衣擦れと足音、喘ぐ声が走ってくる。鼓動が高鳴り、俺の僅かな高揚を裏付けた。

 間もなく……一、二、……いま――


「――ぁ、ああ!? なんっなんだよ! クソッ!!」


 男の悲鳴に、知れずと口角が歪む。

 そうだ、逃げろ。でなければ…………。

 わざと靴音をたてて男を追いたてる。踏み抜き防止の鉄板が、地面を鳴らした。彼は騒がしく逃げる。どたどたと。

 十歩も歩かない内に、その足音が止まった。世界を呪う言葉が俺の耳に入ってくる。

 覚悟を決めたのだろう。彼は一頻り喚いた後、懐から短剣を取り出した。


「へへ……いいぜ、来いよ。尻拭いどころか、へましたオレを熱心につけ狙うなんてよぉ。随分と仲間思いの同僚を持ったもんだ……涙が出てくるぜ。だがよ、ここでくたばる訳にはいかねぇん――」


 刃をひけらかしながら、男は頬を引きつらせた。俺は彼の言葉に反応出来ない。

 こいつはいきなり何を……だが、ここで死ぬ訳にはいかない、か――

 右の手が仕込んでいた小剣に触れる。


「同意する。俺も死ぬ訳にはいかない」


 艶消しされた刃が空を裂き、宙をまっすぐに突き進む。


「――いづぅッ!?」


 革を断ち、肉を穿つ音。苦悶の声。男の背中が壁を打ち、衣服と石材が擦れる。

 これで逃げられることはない。

 身を横たえ悶える男へ、俺は歩みを進める。唾を呑み込むと、首の筋がやけに引きつった。

 気が逸っている。しかし、それも仕方のないこと。これから俺は、不慣れな尋問を開始する。

 男は小剣の生えた大腿部を必死に押さえていた。

 慣れない作業には、不測の事態がつきものだ。念には念を入れるべきだ。

 血に濡れた男の腕を取る。彼に反抗の意思はもうないのだろう。抵抗なく伸びた関節を、俺は逆方向にへし折った。

 

「がっあ、あああぁぁぁああああぁぁぁぁあああああ!!!」


 のたうつ肉塊を足で転がし、折れていない方の手首を掴む。

 男は尋常ではない力で抵抗した。それを両手で無理くり引き伸ばす。一度右手を離し、今度はその薬指を鷲掴みにする。

 これで準備は完了した。


「答えろ。名前、年齢、所属。今すぐにだ」

「いだい、いでぇ――ぇぇぇぁぁぁああああ! ロイドッ! ロイド・コルク! 二十九! 衛士ッ十二番隊だ!」

「そうか」


 それを聞いて肩の力を抜く。標的はこの男で間違いない。そして最後の標的に繋がるのも、この男しか、もう残っていない。

 次の問いに移ろうとした、その時。標的の血走った目が俺を見上げた。


「た、たのむ。霊薬をヤツラに横流ししたのは謝る。だから、だから……どうか、命だけは…………」


 枯れ枝の折れる乾いた音が、手の中で鳴った。

 男の身体が跳ね、声にならない叫びが彼の口から溢れる。

 俺は次に中指を握りこんだ。


「それだけだと?」

「か――かねはっオレの部屋にッぁぁぁああああああああああ!」


 折れた指から人差し指に持ち替える。

 血に濡れた足など、忘れてしまったかのように暴れる男。

 俺は彼を見下ろしながら、そのまま尋問を続けようとし、やめた。

 あまり立て続けにするは、意味がないのだった……ような。

 俺は一度考え直し、暫しの間呼吸だけに集中する。

 暫くして俺は、男がとっくに鎮静化し、声に涙を滲ませて何事かを呟いていることに、気が付いた。


「なんで、なんでオレが、こんな目に…………処分する押収品を売っただけじゃねぇか――」

「――処分? なぜそんな真似を…………」


 自身の不用意な言葉に、俺は天を仰ぐ。情報を与える言動は悪手。自らの失態に耐えきれず、握りこむ手に力を入れる。そして気が付いた。

 一番驚いていたのは男だったのだ。手の中で彼の指が震えている。


「お、おまえ……誰だ?」


 その一言で、齟齬のあった会話に意味が通った。思考の中に、標的の白い影がちらつく。

 俺は男の指を握り直した。


「答えるんだ、ロイド。霊薬とはなんだ……そのことは衛士局のどこまでが知っている? 答えろ、早く」

「いや、だ、だめだ。やめてくれ、も、もういやだいやだいえぁぁぁぁああああ!!」


 これで三本目。男の右腕には後二本しか、使える指が残っていない。いや――


「指なら他に十五本あったな。折るだけなら他にもまだ骨はある。心配するな、回答の機会は残っている。全部折れたのなら、次は、切り落とせばいい」

「ひ、ぃ――」


 揺れ、今にも消え入りそうな瞳を覗き込む。揺れる小麦色には、表情のない鉄仮面と、そこから垣間見える、紅の眼が映っていた。

 さぁ、答えろ。お前が生きている間に出来ることは、ただ、それだけだ。


「――さて…………」


 物言わぬ骸から視線を上げる。遠くの喧噪が、この路地にまで届いていた。

 少し、時間をかけ過ぎた。

 喧噪の主は衛士達で間違いない。ここに漂う悪臭を、奴らはすぐに嗅ぎつけるだろう。

 思考の中で魔術を組み上げ、手足の回路へと流す。

 尋問で得られた情報だけでは、標的を確定させるまでには至れなかった。しかし、そいつは衛士の中にいるのだ。それだけ分かれば、あとはどうにでもなる。もう、ここに長居する理由はない。

 俺は一つ呼吸をし、空へと跳ぶ。数度壁を経由し、壁体の先端を蹴る。

 冷たい空気、吹きすさぶ夜風に身体が包まれた。

 今日は星が良く見える。そのまま地上を見下ろせば、いくつもの松明が建物を照らしていた。

 あの人の微笑みが脳裏に浮かぶ。同時に、その唇が漏らした溜息で背筋が凍った。

 成功ではなく、完遂を。

 俺は弛みかけた思考を引き締め、王国の影へと、落ちていった。

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