9. 聖女試験がはじまる
私がレティシアになってから10年が経ち、私は16歳になった。
10年間伸ばし続けた黄金色の髪は輝きを増し、透明感のある肌は化粧を必要としないほど血色もよく、胸もそこそこふくよかに女性らしく成長した。聖女としての教育や王妃としての教育も完璧に身に着け、誰が見ても立派な公爵令嬢となった。
7歳の誕生日会以降からひっきりなしに届いている婚約話も拍車をかけて続いているが、父と母は私が聖女になり、王子と結婚すると考えているため、断り続けている。
そして、とうとう今日から次期聖女を決める聖女試験が始まる。
試験は、私が7歳の時に受けた石の板に乗る試験と現聖女の『特別な魔法』で染まったカードを染める試験。そのほかにも倫理感や社交性、教養を見るために試験は1カ月程度続くらしい。
その間、聖女候補者たちは外部との接触を禁じられ、王宮の奥深くの聖女宮に閉じ込められる。
倫理観、社交性、教養は完璧にこなせるだろうし、完璧にこなさなければならない。公爵令嬢として、そこの点数を下げてはいけないのだ。なので、残りの試験2つで、いかに低い点数を出すかが勝負だ。だけど大丈夫だ。私はきちんと対策できている。
まず、石の板の試験の方。こちらは、『特別な魔法』の器の重さを量るものだ。
器は成長過程で大きくなっていくものだが、小さくなることはないといわれている。しかし、私は自分の器を小さくしなければいけない。
その方法は、全属性の魔力を自分の器にぶつけて壊せばいいという簡単なものだった。
だけど、説明自体は簡単だが力加減が非常に難しいうえに、器が硬い。なにより、全力を出しすぎて器を粉々にしてしまうと、私の『特別な魔法』はあふれ出し、私は『特別な魔法』が使えない貴族になってしまう。
作業は慎重に行う必要がある。まずは全属性の魔法を自在に操る技を身に着け、器を粉々にしないように地道に削っていった。爪楊枝で石を削るような作業だ。集中力が途切れてしまうので長時間は行えない。
しかも、作業を行った後は魔力枯渇状態になり、寝込んでしまう。それとは別に、セレスへの魔力提供もある。正直、何度セレスのことを憎んだかわからない。
しかし、おかげで私はいつも寝込んでいる体の弱い令嬢というイメージがついてしまったようで、王太后も王妃も私の体を気遣い、王宮に呼び出すということはなかった。なので、前回王宮を訪れて以来、私は王宮には足を踏み入れてもいない。その代わりに、ビクトリアが公爵家を訪ねてきてくれるので、私たちはとても仲の良い友人だ。
そうした地道な努力が報われ、私は自分の『特別な魔法』の器をほどほどに小さくすることに成功した。セレスに間に合わないかもしれませんよと言われたときは、必死になりすぎて、器に大きなひびを入れてしまって焦ったが、何とか粉々にはならず、形を保っている。
壊れた『特別な魔法』の器は元に戻せないから、私の『特別な魔法』の全体量も9年前に比べると確実に減っているが、全く問題ない。セレスは自分で方法を提案しておいて、もったいないもったいないと嘆いていたが。
そうそう。エドモンドは18歳となり、いまは第2王子の側近として日々奮闘しているそうだ。
エドモンドが王宮勤務になるまでは頻繁に連絡を取り合っていたし、よく会ったりもしていたが、最近はあまり話をしていない。王宮の仕事が忙しいのだろう。
聖女宮に滞在する初日は大規模なパーティーが開かれる予定なので、きっと久しぶりに会うことができるだろう。
そういえば、最近義理の妹ができたと言っていた気がする。家の事情もあるだろうし、本人もそれ以上話をしてこないので、あえて触れずにいたがそろそろ様子ぐらい聞いてみてもいいだろうか?
ちなみに、この世界は大体16~20歳が社交界デビューにふさわしい年齢とされている。
初日のパーティーで社交界デビューをした娘は幸せになるというジンクスがあるので、この時期に合わせて社交界デビューをする令嬢が多く、50年で一番社交界デビューをする人数が多い期間ともされている。当然、私もその日に社交界デビューをする予定だ。
私より1歳年下のビクトリアも少し早いが15歳で社交界デビューをする。2人でデビュー時の衣装のデザインを考えたりしてとても楽しみにしているのだ。
そろそろアメリが起こしに来る頃だ。そう思っていると、ドアが開き、アメリが入ってきた。
「おはようございます。レティシアお嬢様。今日はとってもいい天気ですよ。」
そう言いつつ、アメリはカーテンを開けた。私は大きく伸びをして、布団から出る。いつものように着替えを済ませ、朝食を食べにダイニングに向かった。ダイニングにはすでに家族が全員そろっていた。
「おはようございます。私、寝坊してしまったのかしら。」
私は家族に微笑みながら、執事に椅子を引いてもらい席に着く。
「今日はお姉さまが聖女宮に向かわれる日なので、僕も早く起きたのです。」
10歳になった可愛い弟が寝癖を付けたままの状態で答える。
「レティちゃん、聖女宮に向かう準備はもうできていて?」
母がにっこりと微笑む。何年経っても美貌は衰えることなく、さらに美しさに磨きがかかっている。
「アンソニー、お姉さまが聖女宮にいる間も早く起きたほうがいいわよ。それと、聖女宮への準備も問題ないですわ。」
弟のアンソニーとお母様と私はとてもよく似ている。三人で微笑みあっていると、お父様が咳払いをした。
「レティシア。今日からの1カ月でお前の将来のすべてが決まる。もちろんお前のことだ、抜かりはないだろう。心配はしていないが…油断をしてはならないよ。」
父の言葉に、「ごめんなさい。聖女になる気も王妃になる気もないの。」と心の中で呟きながら、「善処いたします。」と答えた。
朝食を終えたら、母とアメリと一緒に聖女宮に向かう準備の最後のチェックをした。
1カ月間を聖女宮で過ごすことになるが、聖女宮にいる間の服装は王宮が用意した服を着ることになっている。初日と最終日に開かれるパーティーに着るドレス以外に持っていくものは日用品ぐらいしかないので、荷物はかなり少ない。
私は、朝の服装から社交界デビュー用のドレスに着替え直す。
デザイン自体はシンプルだが、私の黄金色の髪と同じ金の糸で複雑な模様を刺繍していてとても豪華な仕上がりになっている純白のドレスだ。髪もいつもと同じように複雑に編んだ編みおろしにしてもらい、アクセサリーはお母様から譲り受けた真珠の耳飾りだけにする。
馬車に私と、同行するアメリの荷物を積み込み、1台目に私とお父様とお母様。2台目にアメリやほかの使用人数名を乗せて出発した。
しばらくすると、王宮が見えてきた。王宮は相変わらず、白く光り輝いている。
王宮までの入り口は馬車の大行列ができていた。
聖女は今回社交界デビューをする貴族令嬢を含めた満20歳までの社交界デビュー済みの女性が対象となる。つまり、ビクトリアのように少し早めに社交界デビューをした場合の者を含めると、15歳~20歳までの全貴族令嬢が集まるといっても過言ではない。
門番の兵士が、公爵家の馬車だとわかると、隣の道に誘導し、私たちは行列に並ぶことなく王宮に入ることができた。
馬車から降りて、私は王宮を見渡す。
お父様の言葉ではないが、今日からの1カ月が私の将来を決めるのだ。
公爵令嬢として顔には出さないが、緊張しないわけがない。
ようやく、あらすじの場面に近づいてきました。
小説を書くのは難しいですね。