8. 王太后とのお茶会(後半)
お茶会の間は温室のようになっており、日本時代でも見たことがあるような植物から、不思議な色や形の植物など、色鮮やかな木々や花々に囲まれた空間だった。
温室の奥にお茶会の準備がされている場所があり、一人の女性が座っている。
「まぁ、デリア様ったら。もういらっしゃっていたのですね。」
王妃がにっこりと微笑み、貴族の挨拶をする。この女性が王太后。現聖女だ。
王太后は私と同じような黄金色の髪を綺麗にまとめ、レースのベールのようなものを付けていた。それと、少し失礼かもしれないが思っていたよりもはるかにお年を召しているように見えた。
19歳で聖女になって、あと9年で引退する。ということはいまはちょうど60歳のはずだ。だけど見た目は80歳ぐらいに見える。疲れ切った肌の色がそう思わせるのかもしれない。聖女兼王太后はやっぱり大変に違いない。
母が王太后に貴族の挨拶をしたので、私と王女も続いて貴族の挨拶をする。
「あら?ビクトリアもいるの?」
「そうよ、おばあ様。いけないかしら?…それよりも、レティシアよ!レティシアがやっと王宮に来てくれたのよ!」
ビクトリアは私の手を取り、王太后の目の前に連れて行った。王族の方々からの謎の期待に戸惑いつつ、まだ心の準備ができていないのにと心の中で叫ぶが、ほんの数歩で王太后の目の前に連れて行かれてしまった。
王太后と目が合うと、王太后はにっこりと微笑み、目を輝かせる。王太后の目から期待が溢れている。私は一瞬たじろぐが、顔には出さない。にっこりと微笑む。
「本日はお招きいただき大変光栄に存じます、王太后陛下。」
「今日は個人的なお茶会ですから、どうか私のことは前みたいに名前で呼んでちょうだい。それにしてもさすがはレイの血を継ぐ者の髪色ね。幼いころも思っていたけれど、立派な黄金色の髪だこと。ますます似ているわ。」
似ている?誰に似ているのだろうか?
私は母に助けを求めて、ちらりと見る。母もすぐに頷き、にっこりと微笑んだままそばに来てくれた。
「レティシアはデリア様のお若い頃によく似ているのよ。」
母がにこやかに答える。
私からしてみれば、似ているのは髪の色ぐらいだと思うが…。
王太后は嬉しそうに相槌を打ちながら、皆にソファに腰かけるように勧める。
「レティシア、あなたは私の隣りに…。そう、こちらに座ってね。」
私は母の隣りに座ろうとしたが、王太后に言われるがまま、隣のソファに座った。
「本当に。ようやくあなたに会えたわ。ずっと前からあなたを王宮に連れてきてほしいとエミリアに頼んでいたのに、なかなか頷いてくれなかったのですよ。」
王太后はお茶を一口飲み、にっこりと微笑みながら話し始めた。
「デリア様ったら、私だってレティシアを王宮に連れてきたいと思っていたのですよ。ですが、レティシアのことを考えると、レティシアを王宮に連れてくるのは社交界デビュー以降のほうが良いという話になりましたでしょ。なのに、デリア様がレティシアを連れてきてと会うたびにおっしゃるから…。」
母は「本当に困ったお方だわ。」とにっこりと微笑みながらお茶を飲む。あまり困った様子ではなさそうだ。
「社交界デビューまでなんて待てませんよ。人生というのは何が起こるかわからないのですから。」
王太后も負けじとにっこりと微笑む。
後で聞いた話だが、母は結婚をする前に、王太后の…というより聖女の側近だったらしく、かなり親しくしていたらしい。王妃とも王太后とも親しくしている母の人脈には頭が下がる思いだ。
お茶会はその後何事もなく進んだ。王太后が私にばかり話を振ってくるので、緊張しっぱなしだったが、お茶会自体はとても楽しかった。
ビクトリアも私と話したくてうずうずしていたが、やはり話の腰を折るような話し方はせずに、実に王女らしい振る舞いだった。ただ、私と同じくらいお茶会に慣れていないような気がする。
「ねぇ、レティシア。あなたには次期聖女になってほしいと思っているのですよ。」
突然の王太后の爆弾発言に私は思わずむせてしまった。公爵令嬢としてまだまだ未熟である。
「デリア様。ですが、私の聖女の適性はそこそこであると聞いております。もっと他に聖女に望まれるべきご令嬢がいらっしゃると思います。」
私はハンカチで口元を拭き、にっこりと微笑んで答えた。
「それなのだけど、私は納得がいかないのです。レティシアの適性がそこそこだなんて。もう一度、適性を確かめたいと思っているのです。」
そんなのだめに決まってる。確かにセレスとの特訓で徐々に聖女の適性は低くなってきているはずだけど、まだだめだ。なんとか回避しなくては。
「デリア様、いままでに適性結果が不服だとして、再度適性を確認した方はいらっしゃるのでしょうか?」
「それは…いないけれど。」
「それだけ魔法研究所が行う聖女の適性結果は正しいということですわよね。それを再度やってしまうと、魔法研究所のプライドを傷つける行為につながってしまうのでは?」
私はにっこりと微笑み、王太后を見つめる。王太后は「そうね…。」と言いながら、考え込んでいる。だけど考える隙なんて与えない。ここで畳みかけなくては。
「適性があるないに関わらず、社交デビューをしている20歳までの貴族女性は全員聖女試験を受ける必要があります。いやでもその時にわかりますわ。適性の再確認は不要かと存じます。」
私はにっこりと微笑み、お茶を飲む。周りを見渡すと、王太后だけではなく、王妃や母も納得という顔をしている。何とか聖女の適性の再確認は回避できそうだ。
「レティシアは聖女になりたくないのですか?」
横に座っていたビクトリアが声をかけてきた。
「そんなことはございません。聖女になることは貴族女性全員にとって大変名誉なことです。ですが、聖女に望まれていない人間が権力を利用して聖女になるなどということがあってはならないと思っております。」
もちろん、聖女になりたいなんて思っていない。しかし、この世界で聖女になりたくないというのは、悪くすれば不敬罪にもあたる発言だ。そして、家の力で聖女の適性がない娘を聖女にするなんてことはしないですよね?と念も押しておく。
「レティシアは聖女になって、お兄様と結婚して、私の義理のお姉さまになると約束してくださいましたのに。おばあ様もお母様も、エミリア様も皆そう言っていましたのに。」
ビクトリアは本気でそう思っていたのだろう。ひどくがっかりしている。私はさっと母を見ると、母はにっこりと微笑み、ごまかそうとしている。王太后も王妃も同じ表情だ。
なるほど、ビクトリアがとても楽しそうにウキウキしていたのは、すでに私が義理の姉だと思っていたからなのか。そして、この三人はどうあっても私を聖女兼王妃にしたいらしい。
だけど、ビクトリアと約束をしたレティシアは、私がレティシアになる前のレティシアだろう。今の私はそれをまったく覚えていない。
「ビクトリア様。私は事故に遭う前のことを覚えておりません。ビクトリア様とのお約束のことも。申し訳ございません。」
「では、もう一度約束してくださる?」
ビクトリアは上目遣いで目をウルウルしながらお願いしている。とても可愛らしいが、できない約束はしない。
「お約束をできません。私が聖女にふさわしいと認められれば、その時は喜んでビクトリア様の義理の姉になりたいと思います。ですが、今はお約束はできません。」
ビクトリアはまたがっかりとしたが、「わかりました。」と小さな声でつぶやいた。
「では、レティシア。私と約束してくださる?」
今度は王太后が私の手を取り、にっこりと微笑んで私の目を見つめる。
「もし、あなたが聖女になったら第1王子か第2王子のどちらかと結婚してくださいね。」
聖女になる予定はないのだから、王子と結婚することにはならない。だから、このぐらいの約束は大丈夫だろう。
「わかりました。私が聖女になったときはそのお約束をお守りしますわ。」
それを聞き、ビクトリアは元気を取り戻し、義理の姉妹になったらやりたいと思っていることがあると、話し始めた。
その後、聖女の話はなく、私たちは楽しいお茶の時間を過ごした。