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4. 7歳の誕生日(後半)

 子供たちと楽しく過ごしていると、遠くの方に、同い年ぐらいの男の子が一人ぼっちでいるのが目に留まった。

 遠目で見ても、かなりの美少年であることは間違いない。たまにこちらをみたり、ケーキをみたりしている。かなり心細そうだ。



「彼は例の…ゲラン伯爵家のご子息ですわ。」



 私がそちらを気にしていることに気づいた令嬢がやや小さな声で、こっそりと教えてくれた。

 例の…と言っているので、何か訳ありなのだろうか?



「レティシア様は事故の前のことはあまりよく覚えていらっしゃらないのでしたわね。実はゲラン伯爵にはよくない噂があるのですって。ですから、彼とは口を利かないようにと言われていますの。」


「私も、父から近づいてはいけないと言われました。レティシア様もお近づきにならない方がよろしいですわ。」



 途端に令嬢たちは噂話をし始めた。噂話といっても、噂の出所は親か家の使用人なのだろう。内容についてはあまりよく考えずに聞いたことを話しているだけといった感じだ。


 私はそれらの話を聞きながら、日本時代でもSNSとかで信憑性のない噂が堂々と広がっていたことを思い出した。

 特に私が勤めていた会社は知名度だけはあったので、SNSで検索するとあることないことが書かれていた。なので、実害こそなかったが、私にとってSNSや噂話への信頼度は底辺だ。双方の意見を見聞きして判断したいという思いが強い。


 それに、今日はせっかくの私の楽しい誕生日会。

 一人ぼっちの子供ができるのが嫌だなと思った。例え、父親のゲラン伯爵がよくないことをしているのだとしても、息子の彼には罪はないだろう。


 私はすっと立ち上がり、令嬢たちには別の方にも挨拶をしてきますと言い、席をはずした。令嬢たちから見えないあたりまで歩いていき、男の子が立っている近くの垣根のそばまで歩く。この垣根のあたりまで男の子を呼べば、令嬢たちから見られることはなさそうだ。


 別に令嬢たちの顔色をうかがっているわけではない。あの流れで私が堂々と男の子に話しかけるとどうしても角が立つだろうと思ったのだ。私がこっそり男の子と仲良くなり、徐々に令嬢達に紹介したほうが、男の子も子供たちの輪に溶け込みやすいと思った。


 私は垣根から男の子を呼ぼうと思い、様子を見たが、男の子が見当たらない。

 どこにいったのかときょろきょろと探していると、侍女のアメリが私の肩をつついた。なんだろうと思い振り向くと、私の数歩後ろに男の子が立っていて、こちらをじっと睨みつけていた。


 男の子は挨拶もしようとせず、じっとこちらを睨んでいる。

 アメリはいつでも私と彼の間に入れるように、構えていた。

 

 遠目で見た時も思ったが、近くで見るとますます美少年だ。きりっとした目に、黒い髪が映える。



 私はにっこりと微笑んで、お辞儀をする。


「レティシア・レイ・シャンデールです。パーティーは楽しんでいただけているかしら。あちらのケーキはもうお食べになりましたか?私が一番大好きなケーキですのよ。」


 言い終わって、もう一度にっこりと微笑む。


「エドモンド・ゲランだ。…ケーキなんていらない。」


 会話が終わってしまった。パーティーも楽しんでいなければ、ケーキも食べていないらしい。もちろんそれはわかっている。でも、彼…エドモンドがさっきからケーキをちらちらとみているのも分かっている。


「アメリ、私と彼にケーキをお願い。」


 アメリは頷き、近くの給仕にケーキを二つ取ってくるように命じた。


「ケーキなんて食べないぞ。」


 エドモンドは今まで以上に私を睨みつけてくる。

 この年の子は貴族であろうと嘘が下手だ。私を睨みつけたのと同じくらい、給仕が取ってきたケーキを睨みつけている。

 この世界の常識とか、貴族の事情とか、そのほかにも複雑な事情があるだろう。この世界に来て1年程度の私にはわからないことのほうが多い。だけど、誕生日会とはみんなで仲良く笑い、何よりも美味しいケーキを食べるものだ。これほどの規模の誕生日会なんてやったことはないが、そういうものなのだ。私の誕生日会で一人ぼっちなんて許さない。


「エドモンド様、あなたにもケーキを食べていただきたいの。」


 私はアメリからケーキを受け取り、エドモンドに差し出す。


「毒入りですか?」


 エドモンドから思いがけない言葉を耳にする。毒入り?そんなわけないじゃない。


「毒なんて入っていません。とっても美味しいケーキですよ。」


 私はもう一度エドモンドにケーキを差し出す。しかし、エドモンドは絶対に受け取るものかと微動だにしない。ならばと思い、私はそのケーキをフォークでひとすくいし、ぱくりと食べた。


 ケーキは濃厚なチーズケーキにブルーベリーのようなジャムがかかってるタイプのケーキで、しっとり濃厚だけどジャムの酸味と甘さでくどくない仕上がりになっている。食べた瞬間に、思わず「美味しい~。」と笑みがこぼれる最高傑作だ。日本時代にあれば、行列必須のケーキ屋だろう。


 エドモンドは毒入りケーキではなかったことに驚いている。私はすかさず、もうひとすくいし、そのままエドモンドに食べさせようと、2、3歩前に出てフォークを差し出した。

 エドモンドは私がケーキを食べさせようとしているとわかった瞬間、顔が真っ赤になった。


「な…何をしている!?」


「毒入りのケーキでないことは分かったと思います。レディに恥をかかせないでください。ほら、口を開けてくださいませ。」


 真っ赤な顔のエドモンドの口に、私はさらにフォークを近づける。少ししてエドモンドが折れた。私のフォークからぱくりとケーキを食べたのだ。


「どうですか?美味しいですか?」


 私は母親譲りのにっこりという微笑み…というよりは、にたにたとした顔をして、エドモンドの顔をのぞいた。エドモンドはまだ顔を真っ赤にして、口に手を当てて、ケーキを食べている。


 そして、小さな声で「美味しいです。」と言ってくれた。



 私は嬉しさのあまり、もうひとすくい食べさせようとしたが、エドモンドがそれをやめさせようと私の手からケーキとフォークを奪い取り、自分でケーキを食べてしまった。

 エドモンドはケーキの美味しさとケーキを食べてしまったという屈辱で複雑な表情をしている。小さい子ってこんなに正直で可愛いんだなと思い、微笑んでしまう。


「エドモンド様にケーキを食べていただけて、とても嬉しいです。他のデザートもありますのよ。食べていただけるかしら?」


 私はアメリにデザートを全種類取ってきてと頼んだ。ケーキが届くのを待っている間、エドモンドに「非常識だ。」とひどく罵られた。公爵令嬢に伯爵子息が意見する方が非常識だ…とは言わずに、「そうですね。」と受け流しておいた。

 横に立っているアメリは一切表情を崩さないものの、あまり良い気分ではなかったはずだが、最後まで気づかないふりをしておいた。



 最終的に、エドモンドはなかなかの甘党だということが分かり、お互い小さな弟がいたり、魔法研究に興味があったりと、かなり話が弾んだ。

 何より、エドモンドは最初から最後まで私に対して一切遠慮がなかった。貴族令嬢のように相手の様子をうかがうような話し方はしない。かといって常識が無いわけではなく、私以外と話すときは礼儀正しい貴族の子息だということも分かった。



 こうして私の7歳の誕生日会は終わった。



 私は両親からエドモンドと文通をしてもよいという許可を得た。

 エドモンドの父親の悪い噂については証拠がなかったため、すぐに噂話すら聞かなくなり、エドモンドは私以外にも友達ができた。とはいっても、エドモンド曰く、私以外は友達というより知り合いというポジションどまりだと言っていた。

 私のことを友達だと思ってくれていることは嬉しいが、28歳+1歳のお姉さんとしては、もう少し世界を広く見てほしいものである。


 ちなみに、エドモンドとの文通は、文通といっても、熱と水と空間の魔法で紙に文字を書くと同時に相手が持っている紙にも同じ内容が見えるというチャットのようなものだった。

 ただ、着信音機能はついていなかったので、エドモンドからの連絡を数日放置してしまい、後日盛大に罵られることになった。

 紙に着信音機能を付けることは、今後の私の魔法研究の課題にしたいと思った。


攻略対象の一人、エドモンドとレティシアの出会いでした。

レティシア(の前世の人)はゲームをしない人だったので、

攻略対象っていう言葉もわかりません。

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