3. 7歳の誕生日(前半)
今日は私の7歳の誕生日だ。
事故から奇跡的に助かったことをみんなにお披露目するために、かなり盛大なガーデンパーティーが執り行われることになった。招待客も全貴族を呼んでいるのではないかというぐらい多い。
私は朝から体を隅々まできれいに洗われ、黄金色の髪に香油をたらして丁寧に梳かし、両サイドから複雑に編みこんだ編みおろしのスタイルにしてもらった。後れ毛も風と熱の魔法でくるくると巻いている。
7歳なので化粧をする必要はほとんどないが、薄めの赤いリップだけをちょんとつけてもらった。我ながら本当に天使のように可愛らしい。
ドレスは春らしい黄色のドレスで、母が…レティシアの母親であり、今の私にとっての母親がこの日の為に注文してくれたドレスらしい。生地も一流で、デザイナーも今を時めく王都の有名デザイナーなのだとか。
日本時代の私だったらこんなに可愛らしいドレスを着る機会なんてなかった。絶対に似合わないのが分かっているから、着ようとも思わなかった。だけど、今の私は完璧に着こなしてしまう。母も侍女も私の可愛さに感動しっぱなしだ。
おしゃれをすることも十分楽しいが、私がこのパーティーで何よりも楽しみにしていることは、同年代の子供に会うことだ。
私には可愛い弟がいるのだが、まだまだよちよち歩きで会話も成り立たない。あとは父と母、使用人たちなど大人ばかり。成人していない貴族は親が許さない限りは家から出ないので、同年代の友達を作りにくい。
精神年齢が28歳+1歳とはいえ、この世界では7歳。しかもこの世界で目覚めてからまだ1年しかたっていないので、知らない常識も多い。
だから私はこの世界の同年代の子供と話をしてみたくてしょうがなかったのだ。
外から馬車の音が聞こえている。次々と招待客が到着しているようだ。まだかまだかと待っていると、ノック音が聞こえ、侍女が入ってきた。
「レティシアお嬢様、皆さまがおそろいのようです。そろそろ会場に向かいましょう。」
この侍女は私が目を覚ましてからずっと私の世話をしてくれている。名前はアメリ。
私が5歳の時に私専属の侍女になった人で、アメリの母親は私の祖父の乳母だったらしい。私にとっては、この世界の常識を教えてくれる人でもあり、良き相談相手でもあり、家族以上に彼女と一緒にいる時間が長いので、今ではこの世界の第2の母のような存在で、とても信頼している相手だ。
「わかったわ。」
私は公爵令嬢らしく、しとやかに返事をし、急いで部屋を出て、パーティー会場に向かった。急いでとはいっても、公爵令嬢らしい気品溢れた歩き方を心がける。
会場に近づくにつれて、招待客の声が聞こえてくる。
今回のパーティーはガーデンパーティーということで、屋敷の外のものすごく広い広場で行われる。広場にはいくつものテントやソファが並べられていて、立食用に片手で食べられるような簡単な料理からしっかり食べたい人向けのコーナーまでもが用意されていた。
私がパーティーの規模の大きさに目を奪われていると、母と目があった。母はにっこりと微笑んで、こちらに歩いて来る。
「レティちゃん、準備はいいかしら。」
母はにっこりと優しく微笑んで、私に手を差し出してきた。
母はさすが公爵夫人といった気品の溢れた人で、私とは違ってエキゾチックな黒色の髪をきれいにまとめている。おっとり系の美人だ。しかし、おっとり系ではあるが、のんびり屋さんではない。公爵夫人として貴族のご婦人方をまとめあげる手腕は右に出る者がいないらしい。王妃とは旧友で、王妃が開くお茶会には必ずといっていいほど参加をしているので、その点でも一目置かれている。公爵令嬢としてこれほど見本となる人はいないだろう。
私は母の手を取り、一緒に会場に入った。母がにっこりと微笑んだまま父に目で合図を出すと、父は招待客に大きな声で声をかけた。
「皆さま、お待たせいたしました。今日の主役、我が娘レティシア・レイ・シャンデールです!」
父の掛け声とともに、招待客全員がこちらを向き、「お誕生日おめでとうございます。」と拍手で出迎えてくれた。
私が緊張して思わず母の手を強めに握ってしまったが、母は私の手を握り返して、にっこりと微笑んだ。私は安心して、招待客に笑顔を返す。母の笑顔には緊張を解く魔法がかけられているに違いない。
その後は、挨拶、挨拶、挨拶!
瞬く間に挨拶をするための列が出来上がり、父、母と私はその対応に追われた。まだ顔と名前は一致しない人もいるが、この1年間で詰め込まれた令嬢としてのマナーを思い出しながら、一生懸命挨拶をした。
ある程度挨拶が終わったところで、母から「もう挨拶は大丈夫だから誕生日を楽しんできていいわよ。」と言われ、私はようやく挨拶対応から解放された。
挨拶から解放された私はすぐに同年代の子供たちを探した。侍女のアメリが先に子供たちを見つけて教えてくれたので、私は公爵令嬢らしく、子供たちに近づいた。
ぱっと見た感じでは、6歳から14歳ぐらいの子どもがいるようだ。
子供たちも私に気づき、私の方に体を向き直して、視線をそのままにちょこんと膝をまげて貴族の子供らしくお辞儀をした。挨拶を覚えたばかりといった感じの子もいて、なんだか可愛らしい。とはいっても、私も人のことは言えない。膝をちょこんとまげて、挨拶を返す。
「皆さま、本日は私の7歳の誕生をお祝いいただき、ありがとうございます。」
私は母のようににっこりと微笑む。やはり母親譲りのこの笑顔は人の警戒心を解くらしい。子供たちは次々に自己紹介をし始め、私のドレスをほめてくれたり、用意された料理や屋敷の伝統ある美しさをほめたりしてくれる。ところどころマニュアル通りな誉め言葉が子供らしく可愛らしい。
私はすっかり子供たちと仲良くなり、デザートを一緒に食べたり、最近の王都の流行や噂話を聞いたりして過ごした。
事故に遭う前のレティシア様と雰囲気が変わりましたね。と言われた時は冷や汗が出たが、今の方が話しやすくて好きだ。と言われてほっとした。