27. 闇との戦い ~好感度なんて~
目が覚めると、真っ暗闇の中にいた。
ゲラン伯爵の黒いもやもやに飲み込まれた。これがヘンリックやマリージェイが言っていた闇に飲み込まれるというやつだろうか。
何も聞こえないし、音も聞こえない。気がおかしくなりそうだ。
こう真っ暗だと、実は自分の目が見えなくなっているだけで、周りに人や物があるのではないかと疑ってしまう。まるで、スイカ割りをしている気分だ。声が聞こえないと不安で一歩も動けない。
「マリージェイ? ゲラン伯爵?」
ここでゲラン伯爵に出てこられても困るのだが、誰でもいいから返事をしてほしい。
ふと、自分の手が見えて、ひぃと言って、驚いた。
だけど、自分の手が見えるということはどこかに明かりがあるということ?
先ほどまでは、本当に真っ暗で手足も何も見えなかったのに。
辺りを見回すと、かなり遠くの方に光が見えた。
そこに何があるかはわからないけど、ここにいるよりはましだと思い、私は走り始めた。
しばらく走っていると、ふうっと頬を風がなでた。風は後ろから来るような気がする。
何か、いる?
いやいや、怖すぎて振り向けない。
鳥肌が止まらない。
私は絶対に走るのをやめるものかと、足を速めた。
もともと体力のない私だ。すぐに息切れがして、苦しくなった。
どれだけ走っても光が近くならない。
どれだけ遠いの?それとも実はウォーキングマシーンに乗ってるなんてことはないよね?
そんなことあるわけがない。あってたまるか。
走り続け、ようやく光にたどり着いたが、その瞬間、後ろの何か気配が強くなったような気がした。あまりにも怖くなり、私は滑り込むように光に飛び込んだ。
目を開けると、闇に飲み込まれる前の薄暗い世界にところに戻っていた。
ただ、なぜかここは王宮の屋根の上だった。
どうしてこんなところにいるのだろうかと辺りを見回す。
見回してみて、初めて気が付いたが、王宮がボロボロだ。テラスが崩れ落ちているし、ガラスは粉々。一部崩れ落ちている。
大きなけがをした人がいないことを願う。
落ちないように気を付けながら屋根をつたっていくと、がたがたと震えるマリージェイがいた。
「マリージェイ!」
私はマリージェイの名前を呼んで手を振る。マリージェイはびくりと私に気が付き、一瞬安堵の顔を見せたが、すぐにそっぽを向いた。
一瞬見せたマリージェイの安堵の表情から察するに、言うほど、私は嫌われてはいないのかもしれない。私は楽観的に考えながら、マリージェイのいるところに向かった。
「マリージェイ、大丈夫?どうして私たちこんなところにいるの?」
「あなたこそ、よく闇に飲み込まれたのに無事だったわね。」
マリージェイはこちらを向きはしなかったが、答えてくれた。
やはり、あの空間は闇に飲み込まれたところだったらしい。
「あなたが闇に飲み込まれて、ゲラン伯爵が黒いもやもやで私と闇に飲み込まれたあなたをここに運んだの。ゲラン伯爵はそのあとすぐにどこかに行ってしまったけど、私・・・一人になってしまって。」
マリージェイは今にも泣きだしそうなのを堪えて言った。声が震えている。
「マリージェイ、一人にしてごめんね。だけど、もうひと頑張りしてほしいの。この闇を晴らす方法を知ってるんでしょ?私にも手伝えることなら手伝わせて。」
マリージェイは私を見たあと、大きく首を振った。
「まだだめ。闇を晴らす方法は教えられない。私が知っている方法で闇を晴らしたら、闇の者は壊れちゃうの。そうしたら、私は闇に飲み込まれないじゃない。第2王子に助けてもらえない。助けてもらわないと、このルートでは私は幸せになれないの。」
この期に及んで、まだゲームの展開を気にしているの?
いい加減にしてほしい。
「マリージェイ、私はルートなんてくそくらえだと思っているの。」
「え? くそくら・・・え?」
思わず飛び出した私の暴言にマリージェイが間を丸くしている。
「マリージェイは闇に飲み込まれて第2王子に助けてもらわないと一緒になれないって言うけど、私にはそれはすごく変な話だなと思うの。」
「変って・・・あなたはゲームをプレイしたことがないから・・・」
マリージェイの言葉に、私は大きく首を振る。
「今ここで、闇を晴らしても、マリージェイと第2王子は一緒になれると思う。第2王子があなたのことを好きっていうのは見ていてよくわかるから。」
マリージェイは、ぱっと顔を赤らめて、俯く。耳まで真っ赤だ。
「だけど、好感度が・・・。」
「好感度なんてくそくらえよ!好感度がMAXじゃなくちゃ幸せになれないなんてことは絶対にない。」
「それとね、ちょっとだけ周りに目を向けてほしいの。」
そう言って、私は周りの景色を見てとマリージェイに促した。マリージェイも私のことを気にしつつ、ゆっくりと周りの景色を見ている。
「闇が空を覆っているから薄暗くて見えにくいかもしれないけど、闇の力ってものすごいのね。あんなに美しかった王宮がぼろぼろ。怪我をした人もたくさんいると思うの。」
マリージェイはこくりと頷いた。
「マリージェイはゲームの展開通りにしたかっただけ、そうするのが当然だと思っていた。だけど、そんな展開を知らない人にとって、この状況は恐怖でしかないと思うの。現に私はすっごく怖いし、擦り傷だらけで体中が痛いし。」
私は傷だらけの腕や足をさすって見せる。ドレスを破っているせいか、足の擦り傷も目立つ。
「私も、あなたが闇に飲み込まれていなくなってしまって。一人でここに取り残されて・・・すごく怖かった。」
マリージェイは声を震わせながらそう言った。
私はそっとマリージェイの手を握った。ひんやりとする手が私の手を握り返してくる。
私はしゃがみこんで、マリージェイの目を見ながら、いつものにっこり笑顔で言った。
マリージェイは私の顔をまじまじと見つめた後、しょうがないなと言って、ゆっくりと立ち上がった。
やはり母親譲りのにっこり笑顔は人との溝を埋める効果があると思う。
「聖女試験後のパーティーの時に、王太后や私が祈ったのは知っているわよね?光の柱が出てきた・・・。」
もちろん覚えている。実に幻想的な光景で感動したもの。
私は覚えてると言い、頷いた。
「その祈りを行えばいいだけ。光の柱が闇を晴らしてくれるの。」
「よし、祈ろう!」
私は勢いよく手を組み、祈りのポーズをしてみた。
マリージェイはやれやれという風に、手を組む。
その時、「こっちこっち!ここにいる!」という声が聞こえた。
私とマリージェイは目を合わせて、振り返る。
そこには先ほどよりも疲れ果てた様子のゲラン伯爵が浮いていた。
「こういうところだけ、ゲームの展開っぽいんだから!」とマリージェイが叫ぶ。
たしかに、これでラストだという時に大物が現れるのはセオリーだ。とマリージェイの言葉に納得する。
「お前は・・・どうやって闇から抜け出した?くそぉ・・・もう一度だ。二人まとめて闇に送ってやろう・・・。」
ゲラン伯爵はかなり体力を消耗しているのか、ゼエゼエと息をしながら言い、ゆっくりと目を瞑った。
かなり動きが遅い。闇の者は使用者の体力を奪うのかもしれない。
この様子だと、魔法を使う集中力もあまりないだろう。
攻撃を仕掛けるなら今だと思い、目を瞑って集中した。
その時、急に手がつかまれて引っ張られる。マリージェイが私の手をつかんで、走り出した。
「闇の者に普通の攻撃は効かないの!そんなことも知らないなんて・・・!」
私は「ごめん。」と言って、マリージェイと一緒に走って逃げた。
ということは、やはり"祈る"しかないらしい。そのためにも、まずは距離を取らなくては。
後ろを振り向いてゲラン伯爵の様子を窺うと、ゲラン伯爵から黒いもやもやが現れ始め、ゲラン伯爵の足場が黒いもやもやによって削り取られ始めた。
黒いもやもやの速度はかなり遅いが、徐々にこちらに近づいている。
このあたりで、下に降りないと危険だ。マリージェイも同じことを考えていたらしく、二人で下を見て、降りられそうな場所を探す。
その時、ちょうど真下あたりに、エドモンドとヘンリック、第2王子の姿が見えた。
「エドモンド!ヘンリック!」
私は大きな声で叫んで、手を振る。
私のボロボロの姿を見た三人は、ぎょっとして驚いている。
逃げるために精一杯だったのだ、そこまで驚かなくても・・・とむっとする。
そうこうしているうちに、後ろの足場が崩れ始めた。
黒いもやもやもすぐそこまで迫っている。
「マリージェイ、飛ぶんだ!」
第2王子がエドモンドとヘンリックを押しのけて前に出てきて、両手を出して構えている。
この高さを飛べって?
絶対に無理!落ちても死ぬ高さではないけど、骨折は免れない。
何か別の方法で・・・
そう思っていると、横にいたマリージェイが勢いよく飛んだ。
マリージェイは第2王子の腕に吸い込まれるように着地し、第2王子に抱かれたまま、こちらに笑顔で手を振っている。
それを見ていたエドモンドとヘンリックが同時に両手を広げて、「レティシア、飛べ!」と叫んだ。
無理! 絶対に無理!
ここから飛ぶなんて正気の沙汰じゃない。マリージェイがおかしいだけ。
だけど、後ろには黒いもやもやが迫ってきている。
またあれにつかまって、真っ暗闇の世界に連れていかれたら、次こそは戻ってこられないかもしれない。
時間がない。
私は勇気を振り絞って、飛んだ。
お願いだから、ちゃんと私を受け止めてよね!
レティシアも飛びました。




