15. 聖女の試験 ~お茶会(前半)~
翌日、次の聖女の試験は1週間後だと知らされ、それまでは自由行動だと告げられた。
その話を聞き、聖女候補たちは全員困惑してしまった。
基本的に聖女試験中は聖女宮から出られず、外部との接触も禁止されている。
できることと言えば、部屋で読書をするか、お昼寝をするか、刺繍や編み物をするか、今の時期はあまり花が咲いていない聖女宮の庭園に行くしかない。と聖女候補たちは嘆いている。
なら、数名で集まってお茶会を開けばいいじゃない?と思うかもしれないが、根っからの貴族である聖女候補たちにとって、お茶会の準備は最低でも1週間は必要だという固定観念にとらわれていて、選択肢から外してしまっているようだ。
私はこれをマリージェイと話しをするチャンスだと思った。
だって、私やマリージェイは根っからの貴族ではないのだから。お茶会の準備に1週間も必要ない。アメリに頼めば、「時間が足りません!」と青い顔をしつつも、1時間程度で準備してしまうはずだ。
ただ、問題があるとすれば、マリージェイがお茶会の誘いを受けてくれるかどうか。
もし、マリージェイが酔っていたために先日のことを覚えていなくて、皆が噂していることを真に受けているのであれば、私のことを嫌っている可能がある。
もしくは、誰にとっても酔った時の失態は恥ずかしくて早く忘れてほしいものだから、私と顔を合わせるのが、ばつが悪くて誘いを受けないという可能性もある。
だけど、ここは当たって砕けろ。誘ってみなくては仲良くなることも誤解を解くこともできない。
とはいえ、さすがに当日に誘うのは気が引けるし、アメリに申し訳がないので、明日の3時にお茶会に招待しようかな。
「アメリ。明日、マリージェイ様をお茶会にお招きしたいのだけど、今から招待状を書くから持って行ってくれる?」
「明日ですか? それは…とても準備が間に合わないと思いますし、急なお誘い過ぎて、受けていただけないと思います。」
部屋の隅に控えていたアメリが首を横に振りながら答えた。
「お誘いしてみなくてはわからないでしょ?」
「それはそうですが…。ですが、お茶会を開くとなると、ドレスやお菓子、お茶など決めることや準備するものが多くございますよ。」
「そうねぇ。まずドレスだけど、聖女宮にいる間はこの白いワンピースを着ることになっているでしょう?だから、ドレスの心配はしなくてもいいと思うわ。」
アメリは「そうでしたね。」と答える。
「それから、お菓子は……、アメリが持ってきてくれたパウンドケーキやクッキーなど、日持ちの良いお菓子がいくつかあったでしょう?お菓子はそれにしましょう。お茶はマリージェイ様の好みがわからないから、スタンダードなものを用意すればいいと思うわ。」
私は「ほら、準備完了でしょ?」と、アメリににっこり微笑んだ。
しかし、アメリはさらに首を横に振った。
「持ってきたパウンドケーキやクッキーはどれも一級の品ではありますが、普段用です。とても公爵家のお茶会に出すような代物ではございません。手抜きだと思われてしまうと思います。」
たしかに、普段のお茶会であれば、パウンドケーキではなく、もっと見た目が派手なケーキやマカロン、チョコレート、サンドイッチなど、一級品の中でも見た目の豪華さやどこそこの名店のお菓子などを食べきれないほど用意してもてなすものだ。
だけど、今は外出は禁じられているし、お抱えの料理人もいないから作ってもらうこともできない。でもそれは、私だけではなく、皆も、マリージェイも同じ条件のはずだ。手抜きとは思われないだろう。
「十分なお菓子を準備できないという条件は皆同じはずです。そのことはマリージェイ様もわかっていらっしゃいます。決して手抜きだなんて思われないと思いますよ。」
アメリは「そうでしょうか。」と不安げだが、私は絶対に大丈夫だからと、アメリをにっこり笑顔で説得し、アメリは渋々承諾してくれた。
さっそく、私は「明日の3時に私の部屋でお茶会をしましょう。お茶やお菓子は少ないですが、こちらでご用意いたします。」という内容の招待状をマリージェイ宛に書いた。
薔薇の花の模様が箔押しされたとても上品な便箋で、開けた瞬間にふわっと薔薇の香りがする。空間の魔法で香りをつけているから、時間が経っても香りが飛ぶことがない便利な便箋だ。
この便箋は私ではなくて、レティシアが気に入って使っていたらしいが、今では私も気に入っている。
そして、何があるかわからない聖女宮での生活に、普段使っている便箋を用意しているアメリはさすがだなと思う。
アメリに招待状をマリージェイに届けてほしいと頼み、私はアメリが入れてくれたお茶を飲みながらのんびりと返事を待つことにした。
本当に、私の人生はアメリ様様である。
少しして、アメリが戻ってきた。が、後ろには別の令嬢たちが数名こちらを伺っている。
「あの、レティシアお嬢様。マリージェイ様は喜んでお茶会に伺いますとのお返事でしたが…こちらの方々が、ぜひお茶会に参加したいとのことで…。」
なるほど。公爵家の私が開くお茶会に参加したいのと、なによりも暇でしょうがないので、お茶会に参加したいという思いが強いのがわかる。
ここにいる令嬢たちはもともと私の知り合いだったり、母から紹介してもらった令嬢たちなので、私としても仲良くしておきたい。
この人数でのお茶会となると、できれば、手持ちのお菓子を持参する持ち寄りお茶会にしたいと思ったが、マリージェイにはお菓子の持参不要とすでに伝えてしまっている。マリージェイだけお菓子を持ってこないというわけにはいかないので、私の方でお菓子とお茶を用意するしかない。
私はアメリにお菓子とお茶の量が大丈夫だということを確認し、パウンドケーキとクッキーぐらいしかありませんが、それでもよければ・・・と言うと、令嬢たちは「もちろん、かまいませんわ!」と声をそろえて、明日の3時に伺いますと言い、部屋を出て行った。
マリージェイにも参加者が増えたことを伝えると、「かしこまりました。皆様とのお茶会が楽しみです。」と返事があったが、おそらく内心は緊張しているに違いない。
アメリは、まさかこんなに急で、しかもお菓子も満足に準備できないお茶会が開かれるなんて!と驚きながら、急いでお茶会の準備しなくてはと、部屋を飛び出していった。
そして、翌日の3時になり、マリージェイと令嬢たちがやってきた。
「レティシア様。本日はお招きいただき光栄に存じますわ。」
令嬢たちは堂々と、マリージェイはだいぶ緊張しながら、挨拶をする。
「皆様、本日は急なお誘いにも関わらず、お越しいただきありがとうございます。どうぞ、おかけになって。」
私も挨拶を返し、さっそく部屋の奥へと案内をした。マリージェイは「ありがとうございます。」といいながら、きょろきょろしながらソファに腰をかけた。
すかさず、アメリがお菓子とお茶をテーブルに用意していく。アメリは令嬢たちの反応を気にしているようだ。
令嬢たちは用意されたお菓子がパウンドケーキとクッキーだけなのを見て、「本当にパウンドケーキとクッキーだけなのですね。」と口々に言うが、嫌味な感じではなくて、真新しいといった感じだ。
マリージェイはパウンドケーキを見た瞬間、ぱっと顔が明るなり、にこにこしている。
「本日はこのようなお菓子しか準備できませんでしたことをお許しくださいませ。今は聖女宮から出ることができませんので、どうしてもいつものお茶会のようにはいかなかったのです。」
私はにっこり微笑んで、手抜きではないことを説明した。
「そんな!手抜きだなんて思いませんわ。私、パウンドケーキは大好きですもの。」
一人の令嬢がそう言うと、皆も賛同した。マリージェイも目をキラキラさせながら、コクコクと首を縦に振っている。
おそらく、最初の令嬢はパウンドケーキより好きなお菓子があるが、私のメンツのためにそう言ってくれたに違いない。ほかの令嬢たちも。
だけど、マリージェイだけは本当にパウンドケーキが好きなのだろう。おそらく、今マリージェイはみんなもパウンドケーキが大好きなのだと感動しているに違いない。
「よかったわ。私もパウンドケーキが大好きですのよ。どうぞお召し上がりください。」
私は先に一口パウンドケーキを食べてみせ、「どうぞ」とにっこり微笑んだ。マリージェイはほかの令嬢たちを気にしつつ、ゆっくりと丁寧にパウンドケーキを口に運び、にこにこと笑っている。
アメリは仕事ができる女です。
お茶会にきた令嬢たちはみんな基本いい子たちです。




