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12. 社交界デビュー(2)~マリージェイ~

ブックマークや評価、ありがとうございます。

誤字報告もありがとうございます!


 王子から離れ、母のところに戻る前に喉を潤そうと思っていると、少し離れたところにマリージェイが1人でいるのが目に留まった。


 そういえば、エドモンドからお世話を頼まれていた。私はエドモンドからの頼まれごとを思い出し、マリージェイのところに近づいた。


 マリージェイもこちらに気が付き、にっこりへらへらと笑っている。


 ん? もしかして…。


「マリージェイ様。ごきげんよう。あの、もしかしてこちらのドリンクをお飲みになりましたか?」


 私はマリージェイのすぐ横に置いてあるアルコール入りのドリンクを指さす。


「はぁい。とってもおいしいです。」


 マリージェイはへらへらと笑っている。どのくらい飲んだか知らないが、マリージェイは足元もおぼつかないほど酔っぱらっている。


 これは令嬢として問題だ。マリージェイはもともと平民なので、そこをとやかくいう貴族もたくさんいるだろうし、王族や高位の貴族に粗相をしてはいけない。放っておくことはできない。


 エドモンドが私にお世話を頼むわけがわかった。



「マリージェイ様。こちらのドリンクはもう飲んではいけません。それに、ここにいるのも良くないと思いますわ。」


 私はマリージェイの手からグラスをそっと取り上げようとした。しかし、マリージェイは「どうしてですか?」と、むっとした顔をしてグラスに力を入れる。マリージェイの声が大きかったせいか、周りの人がこちらの方を向く。


 このままグラスの取り合いになるのは危険だと思い、一度グラスから手を放して、マリージェイを控室に連れて行こうとした。


 その時、マリージェイの体がふらふらっと揺れる。私はとっさにマリージェイの体を支えようとしたが、反応が遅れてマリージェイは持っていたグラスの中身を勢いよく自分にかけてしまった。


「きゃぁっ!」


 そのうえ、マリージェイは体のバランスを崩して尻もちをついてしまった。ややピンク色のお酒がかかり、純白のドレスが汚れてしまっている。


「大丈夫ですか?マリージェイ様!」


 私はとにかくマリージェイを立ち上がらせようとしたとき、後ろがざわざわとし始める。


「何をしている?」


 かなり冷たい印象の男性の声が聞こえた。


 振り返ると、かなり身なりの良い男性が立っていた。この顔は貴族名鑑で見たことがある。たしか、第2王子だ。


 私はさっと横によけて、跪く。第2王子は私を通り過ぎ、さっとマリージェイを横抱きした。自分の服が汚れるのも気にしていない様子だ。

 抱き上げる前に魔法で染み抜きをしたほうが良いと思ったが、絶対に今は何も言わないほうが良さそうだ。


 他の人だったら酔っぱらった令嬢を連れていくことを止めただろうが、第2王子の側近にはエドモンドがいるはずだ。ちらと見ると、案の定、側近たちの中にエドモンドを見つけた。

 エドモンドはものすごい勢いで私を睨んでいる。「こんなところで何をしているんだ。」と言いたそうな顔だ。私だってこんなところで何をしているのかわからない。


 マリージェイのことは心配だが、おそらく酔っぱらっているだけだ。後のことはエドモンドや第2王子に任せておけば大丈夫だろう。

 とはいえ、後でエドモンドには謝っておこう。もちろん悪気なんかなく、良かれと思ってしたことだが、結果的にマリージェイの服を汚してしまったのだから。


 そう思っていると、第2王子がこちらに顔だけを向け、蔑むようにひと睨みして、何も言わずにマリージェイを連れて行ってしまった。


 私は第2王子に睨まれて背筋がぞくっとした。なんというか怖かった。日本時代の記憶と合わせても、あんな風に人に睨まれるのは初めてのことかもしれない。

 エドモンドも睨みはしてくるが、第2王子のように蔑む感じではない。


 ただ、しばらくすると怖いというよりは、どうしてそんなに睨まれなくてはいけないのかという憤りのほうが勝る。思い出すと不愉快な気持ちになるので早く忘れたい。





 第2王子一行がいなくなると、周りの人たちがこそこそと噂話をはじめた。何人か知り合いの令嬢が駆け寄ってきて、「大丈夫ですか?」と優しく声をかけてくれたのがありがたかった。


 令嬢たちの話では、マリージェイはお酒をジュースのようにごくごくと飲んでいて、見かねて話しかけた老婦人に対して暴言を言ったそうだ。暴言といっても、そんなにひどい暴言ではないが、貴族令嬢たちには聞き慣れない言葉でびっくりしたのだろう。老婦人は怒ってその場を離れてしまい、どうしようかと思って見守っていたところに私が来て、今に至るそうだ。


 私の間が悪かったのかも知れないが、マリージェイが王族に暴言をはかなくて良かったと心の底から安堵する。



 令嬢たちと別れ、私は少し外で涼もうと、テラスに出ることにした。

 今の季節は夏だが、今日は風があってとても心地が良い。

 日本では考えられないほど星もよく見える。月だけは日本のものとそっくりだ。


 こんなに違う世界なのに月だけは一緒なのか。あの月の裏側に地球があるのかな?……なんてセンチメンタルなことを考え始めるあたり、私は相当疲れているのだと思う。


 これが社交界デビューか。もっとダンスしすぎて足が痛くなったり、お菓子を食べて女の子同士でキャッキャしたり、殿方に話しかけられてドキドキしたりするのかと思っていた。


 みんなで褒める場所を探して褒めて、褒められたいところをアピールして褒めてもらい。中には政治的な意味合いを含むやり取りがあったり、嫌味を言われたり。


 私はこの世界に目覚めてから、この世界になじむことばかりを優先していたが…。


「貴族は疲れる~。」


 私はぐーっと背伸びをした。


「貴族は疲れますか?」


 後ろから声が聞こえ、ドキッとする。さっきまでテラスには誰もいなかったのに!こんな貴族令嬢らしくない姿を見られるなんて。

 私はおそるおそる振り向いた。


「あら、セレス先生ではありませんか。先生もいらっしゃったのですね。」


 振り向くと、そこには私の魔法の先生であるセレスがいた。相手がセレスなら多少貴族令嬢らしくないことをしても許されるような気がする。

 

「貴族は疲れますか?」


 セレスはにっこりと微笑みながら、同じ質問を繰り返す。


「あらやだ、セレス先生。それは聞き間違いですわ。初めての社交界デビューで緊張してしまい、少し疲れてしまったのでこちらで休憩しておりましたの。」


「そうですか…貴族に疲れたのでしたら、私と結婚するといいですよ。そうすれば夫婦そろって魔法研究者ですよ?」


 セレスはにっこりと微笑みながら、私の手を取る。


 セレスと取引をしてから9年。私はセレスの魔法研究に魔力提供という形で協力し、代わりに聖女の適性を低くする方法を教えてもらい、特訓してきた。


 そしてわかったことだが、セレスはマッドサイエンティストで、変人だ。根本的に研究のことしか考えていないのだ。


 とりわけ、私の魔力にご執心で、私が12歳ぐらいの頃から私に先ほどのようなプロポーズをしている。はたから見るとただのロリコンである。

 もちろん、そこに愛はない。あるのはセレスの魔法研究に対する愛だけ。


「セレス先生。聞き間違いだと申し上げたばかりですわ。それと私、セレス先生と結婚はしませんよ。」


 私はいつものように返事をしておく。


「そうですか、残念です。それよりもさきほどゲラン伯爵の養女になられた方と揉め事を起こされたと聞きましたが?」


「揉め事だなんて。マリージェイ様が酔われていたので控室にお連れしようとしたら、マリージェイ様が尻もちをついてしまわれて…ドレスにお酒がかかってしまったのです。」


 揉め事として、もう貴族の噂になっているのかな。いやだなぁ。


「まぁ、揉め事の内容はどうでもよいのですが。その方の聖女の適性のことはご存じですか?」


「いいえ、何か…もしかして私よりも聖女の適性がある方なのでしょうか!」


 これは嬉しい誤算だ。もし、マリージェイが私よりも聖女の適性が高いのならば、私がわざわざ聖女の適性を低く見せる必要がなくなる。特訓は無駄になるし、失った私の『特別な魔法』は元には戻らないが、それは保険だったということにすれば、あまり気落ちもしない。


「そうですね。適性は非常に高いと聞いています。ですが、本来のレティシア様ほどではありませんよ。」


 それを聞いて飛び跳ねたい気持ちになった。今の私と比べるとマリージェイの方が聖女の適性が高いということだろう。

 

「ですが、セレス先生?マリージェイ様は平民出身だと言っていましたが…ひょっとしてゲラン伯爵の…」


「さぁ、ゲラン伯爵の隠し子かどうかはわかりませんが、平民出身者でもごく稀に『特別な魔法』を持って生まれてくる者がいます。たいていの場合は『特別な魔法』を持っていることにすら気づかず一生を終えるので、私たちが思っている以上に多いかもしれませんが。私はぜひとも貴族と平民出身者の『特別な魔法』の違いを研究したいと思っています。」


 そういって、セレスは不気味ににやりと笑う。

 今でこそ、私はこの笑い方に慣れてしまったのでなんとも思わないが、初めて見た時は背筋がぞわっとして数秒動くことができなかった。


「ですので、レティシア様は、ゲラン伯爵のご養女が本当に平民出身であるか聞いておいてください。」


 そんなこと、簡単に聞けるわけがないじゃない!とはもちろん言わないが、「機会があれば、聞いておきます。」と答えておく。



 だけど、どんなに聖女の適性があったとしても、今のマリージェイには聖女兼王妃としてのマナーや覚悟が足りない可能性がある。平民出身者を差別したりしないが、貴族令嬢と比べると不安要素は多い。


 こうなったら、私がしっかりとマリージェイのお世話係兼教育係にならなくては!まずは友達になって、彼女のミスをフォローしなくては!

 途端に私の中でとてつもないやる気の炎が生まれた。


 私の様子を見ていたセレスがにっこりと笑って「よかったですね。これであなたは私と結婚…。」と言ってきたので、間髪入れずに「結婚はしませんよ。」と返して、にっこりと微笑んでおいた。

マリージェイの失態とセレス再び

マリージェイに悪気はないのです。

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