11. 社交界デビュー(1)~パーティーのはじまり~
パーティーが始まる時間になり、パーティー会場前のホールに案内され、名前が呼ばれるのを待った。
爵位が高いものから順番に呼ばれるので、1番最初はビクトリアだ。ビクトリア・レイ・オルジェリア王女殿下と呼ばれ、ビクトリアは優雅な足取りで会場に入っていった。会場から拍手や歓声が聞こえる。
「すごい歓声ですわね、お母様。」
私は少し緊張して、母に声をかける。
「次はレティちゃんの番よ。きっと王女殿下に負けないぐらいの歓声だわ。だって私の娘ですもの。」
母はにっこりと微笑んで、私の頭をそっとなでた。母の笑みを見て、緊張がほぐれて自信が出てきた。きっと母の笑みには人の緊張をほぐす魔法がかかっているに違いない。
次に呼ばれたのは私だった。
私は母と一緒に会場に入る。会場の広さや貴族の多さに驚いたが、顔には出さず、優雅ににっこりと微笑みつつ、通路を歩く。
会場の一番奥には国王と王妃、王太后が腰をかけて待っている。
通路を通っていると周りから「あの輝くような黄金の髪をご覧になって。」とか「王太后陛下のお若い頃にそっくりですわ。」とか「次期聖女にふさわしいお方ですわ。」など、ボディビルダーの掛け声さながらの声が聞こえてくる。
社交辞令とわかっていても褒められるのは嬉しいものだ。
そんなことを思っていると、あっというまに国王の前までたどり着いた。私は公爵令嬢らしく優雅に片膝をまげてお辞儀をする。
「シャンデール公爵の娘。レティシア・レイ・シャンデールがご挨拶申し上げます。」
国王は笑顔のまま片手をあげた。挨拶はこれで終わりだ。
私はすっと立ち上がり、母とパーティー会場の奥に足を進めた。ちらりと王妃と王太后の笑みが深まったのを見て、私も笑みを深めておく。王妃も王太后もまったく変わることなくお元気そうで何よりだ。
その後も社交界デビューする令嬢たちやすでに社交界デビューを終えて聖女候補として参加している令嬢たちの挨拶が続いた。じっと座って令嬢の挨拶を見届けなくてはいけないなんて、王族も楽ではない。
やっぱり聖女兼王妃なんて私には無理だと思いながら、私は母と一緒に他の貴族の方々と挨拶を交わしたり、談笑をしたりした。普通の貴族令嬢だって、とても楽とは言えない。
挨拶疲れで飲み物が欲しくなった私は母に伝えて飲み物を取りに行くことにした。給仕の者がアルコールの入ったドリンクを運んではいたが、たとえこの世界にお酒に対する年齢制限がないとはいえ、日本育ちの私からすると、16歳の体にお酒はよろしくないと思い、アルコールの入っていない飲み物を探す。
「レティシア!」
途中、私を呼ぶ声が聞こえた。この声は……。私は声の主が誰なのかを予想しつつおしとやかに振り返り、にっこりと微笑む。
私の予想した通り、声の主はビクトリアだった。
「レティシア!素敵、素敵、とっても素敵だわ!金の刺繍があなたの髪の色みたいに輝いているわね!とてもよく似合っているわ!」
ビクトリアは基本的にテンションが高い。その様子はとても一国の王女らしいとはいえず、彼女の侍女たちも、いつも「もう少し王女様らしくお振舞いください。」と言っては、彼女を追いかけている。
だけど、私はそんなビクトリアが好きだ。もしビクトリアが他の令嬢のようだったら、私とビクトリアはうわべだけの関係になっていたと思う。もちろん、相手は王女なので礼を欠かすことはしないが、私はビクトリアのことを本音で向き合える友達だと思っている。
それはそうと、今日のビクトリアはいつにもまして可愛らしい。亜麻色の髪もきれいに結い上げ、純白のドレスに見事なレースがあしらわれている。このレースは並の職人にはまねできない一品だろう。さすが王女様だなと感服する。
「ありがとう存じます。ビクトリア王女殿下。ですが、殿下の美しさの前では、私など霞んでしまいますわ。このように見事なレース…見たことがありませんもの。」
私がにっこりと微笑むと、ビクトリアも「ありがとう。」と言い、にっこりと微笑む。
「それより、レティシア!今日こそはお兄様に紹介をさせてくださいませね。ダンスも踊っていただきたいですわ!……先ほどあちらにお兄様がいらっしゃったはずです。」
ビクトリアが兄である王子を探してきょろきょろする。
実を言うと、私はいまだに自国の王子に会ったことがない。体が弱いということになっているので、王宮に行くことはないし、王子がわざわざ公爵家に来る理由もない。
ただ、第1王子と第2王子はお互い月と太陽のような存在だと噂好きの令嬢達から聞いた。第1王子は太陽のように明るく、国の次期指導者として才能溢れる方。第2王子は月のような儚く優しい光で包み込むような方で、第1王子を支えているらしい。
自国の王子同士が仲が良いのはいいことだと思う。
ビクトリアはまだ王子を探している。もちろん私も王子に挨拶ぐらいはしておかなければと思っているので、ビクトリアに紹介してもらえることはありがたい。だけど、ダンスはできれば遠慮したいところだ。
なぜって、結構距離があるはずなのに、先ほどから王太后の目線が突き刺さるのだ。王太后は私が聖女になると謎の確信を持っている。ということは、王子の結婚相手だと考えているということ。もちろん私は聖女にならないし、王子と結婚もしないが、あまり関わり合いにならないほうがいいと思う。
ダンスはまだ誘われてもないけど、やんわりと誘ってくれるなというオーラを出して誘われないようにしよう。
そんなことを考えていると、ビクトリアは王子を見つけたようで、ぱっと私の手を掴んで王子のもとに連れていかれる。
王子は意外と近くにいたようで、すぐにたくさんの令嬢に囲まれて、にかっと笑う王子が目に入る。
王子は王太后や私のような黄金色に輝く髪をしていて、ぱっと見かなりのイケメンだと思う。少しだけナルシストっぽいとも思ってしまったが、イケメンなら許されるのだろうか。
そんなどうでもいいことを考えながら、ビクトリアと私は王子の前に来た。王子は突然の妹の登場に驚いていたが、すぐに、にかっと笑う。
「やぁ、ビクトリア。改めて社交界デビューおめでとう。兄としてお前をとても誇りに思っているよ。」
ビクトリアもにっこりと微笑んで、互いに挨拶をしている。周りにいた令嬢たちは少し離れたところからこちらの様子をうかがっているようだ。
令嬢たちの中にメリアの姿を見たような気がしたが、気づかなかったことにした。
ビクトリアと王子の挨拶が終わったのか、ビクトリアがこちらを振り向いて微笑む。
「お兄様。ようやく私のお友達を紹介できますわ。」
「ああ、ビクトリアがいつも話している例の体の弱いお友達だね。」
ビクトリアが私の手を引いて、もう一歩王子に近づく。近くで見ると王子はますます美男子だ。肌なんてそこらの令嬢よりもきれいに手入れされていると思う。
あ、貴族令嬢が初対面の男性の顔をまじまじと見つめては駄目ね。
私は少し目線を下にずらし、王子の前でお辞儀をする。
「私はシャンデール公爵の娘。レティシア・レイ・シャンデールでございます。」
この後、普通なら王子から声がかかり、挨拶した人が顔を上げ、会話が始まるのだが、なかなか声がかからない。声がかからないのに顔を上げるのはマナー違反かも知れないが、少しだけ顔を上げて王子に目をやる。
すると、王子が目を見開いて固まっている。笑顔も完全に崩れてしまっている。
私、何かマナー違反なことでもやったのかしら?ううん、そんなわけがない。でもこの王子の反応はなんだろうか?
「あの…殿下?」
私はおそるおそる王子に声をかける。
「ああ、すまない。えっと、ビクトリアの友達がこんなに美しい方とは知らなかったものですから。私はオルジェリア王国の第1王子、ヘンリック・レイ・オルジェリアです。どうぞお見知りおきください。……レティシア嬢。」
王子はすぐに返事をしなかったことを詫びたが、おそらくそれが本当の理由ではないだろう。
「もう!お兄様ったら、私のお友達は本当に美しい方ですよと、あんなにお伝えしておりましたのに!」
ビクトリアが頬を膨らませて、王子を睨む。どうやらビクトリアは先ほどの王子の言い訳を言葉の通りの意味として受け取ったらしい。
「ビクトリア、お前はご令嬢の特徴しか伝えずに名前を言わなかっただろう?」
「あら、お兄様は名前で人を判断するような方だったのですか?」
なにやら兄妹喧嘩が始まってしまった。ビクトリアはまだ15歳だし、もともと子供っぽいところもあるが、まさか王子もこういうタイプだとは…。
私は心の中でため息をつく。
「ヘンリック王子殿下、ビクトリア王女殿下。周りの方々がお二人の仲の良さに驚いておりましてよ。それに…お二人そろって私のことを美しいだなんて。恥ずかしいですが、とても嬉しゅうございますわ。」
私は二人に向かってにっこりと微笑む。二人も我に返ったのか、にっこりと微笑み返してくれる。
「お兄様、前にも同じことをお伝えしているかもしれませんが、レティシアも本日社交界でデビューをいたしましたのよ。ダンスに誘ってさしあげたら?……それでは私、あちらの方々にもご挨拶してまいりますわね。失礼いたしますわ!」
ビクトリアはさっさと王子と私を置いて去って行ってしまった。王子と私を二人っきりにして、なんとかいい雰囲気にしたいつもりなのだろう。
とりあえず、私は王子の反応を待って、にっこりと微笑んでおいた。ダンスに誘われたら1曲お相手していただき、誘われなかったらそれとなくここを離れよう。
「そうだよな。社交界デビュー……。いえ、社交界デビューおめでとうございます。」
王子はにかっと笑った。が、どんどん笑い方が下手になってきているような気がする。露骨なまでに私と目を合わせようともしない。
せっかくビクトリアがお膳立てしてくれたが、王子は私をダンスに誘うつもりがなさそうだ。というよりも、私と一緒にいるのが嫌だという雰囲気さえ感じる。
ここは精神年齢が大人な私がさっと引いてあげなくては。
「殿下、ありがとうございます。殿下から祝いの言葉をいただけるなんて光栄ですわ。ああ、私ったら。私ばかりが殿下をお引止めしてはいけませんわね。本日はたくさんのデビュタントの方がいらっしゃいますもの。皆、殿下のお言葉を待ちわびていることでしょう。私もあちらの方々にご挨拶に行ってまいりますわ。それでは殿下、失礼いたします。」
私は誰からも有無を言わせないように、にっこりと微笑み、お辞儀をした。王子も特に何も言わず、おそらく了承したようなので、私はさっとその場から離れた。
第1王子ヘンリックでした。




