1. 生まれ変わった私
真っ暗闇の中を光の方に向かって走っていた。
息切れがして、苦しかったが、ひたすら走った。
後ろから誰かが追いかけてくる。逃げなきゃ。
走れば走るほど光が遠ざかっていく気がする。
だけど、走るしかない。
最後はジャンプをして転げ落ちた。
「いたた…。」
ジャンプをした瞬間、着地に失敗して体を強く打ったみたいだ。顔面から地面に落ちたのか、鼻が痛いし、目もしっかり開かない。痺れる腕を持ち上げて、手で鼻を押さえると、ぽたりと鼻血が手に滴った。
私は手についた血を見て、何かおかしいなと思った。次第に目もはっきりと見え始めて、不思議なのは血ではなく、自分の手の小ささだと気付く。
おかしいな…私の手、こんなに小さかったっけ?
ぞわぞわとした感覚を覚え、まだ血が出ている鼻を抑えずに周りを見回す。立ち上がってみたが、膝立ちをしている程度の高さしかない。一歩前に足を踏み出し、自分の体ではない感覚にまたぞわぞわとして震える。
「あ・・・あーあー・・・あーー・・・」
おそるおそる声を出してみると、いつもの低い声ではなく、可愛らしい声が聞こえた。
部屋の奥に鏡を見つけた私は、一歩一歩ゆっくりと呼吸を整えるように近づいてみる。鏡の前に立ち、私は一瞬本当に息が止まった。
鏡に映っていたのは、疲れ切った28歳のOLの私ではなく、透き通った肌とピンク色に染まった頬、黄金色の髪が太陽の光に反射してきらきらと輝く天使のような少女だった。
この日、私が覚えているのはここまで。
次に目が覚めたときは、ふかふかのベッドで眠っていて、もちろん鼻血も止まっていたし、手についた鼻血もきれいにふき取られていた。
何が起こったのか思い出せない。よく分からないけれど、どうやら私は私ではなくなってしまったらしい。そのことだけは理解できた。
目が覚めてからは中世ヨーロッパのメイドの格好をした女の人が熱を測ったり、食事を食べさせてくれたり、恥ずかしかったけれど着替えを手伝ってくれたりと、至れり尽くせりな生活をしている。まさに思い描いたようなお嬢様生活。
みんなからはレティシアお嬢様と呼ばれているので、この天使のような少女…今の私はレティシアという名前らしい。
レティシアちゃんは先日大きな事故に遭い、1週間も意識不明だったようだ。事故のことを思い出したらいけないからと、事故の詳細は教えてもらえなかったが、皆口々に生きているのが奇跡だと言っていた。レティシアちゃんの両親も涙を流して喜んでいた。
ちなみに、私の名前は森本綾。28歳のOL…のはず。いつものように終電ギリギリで会社を出て、コンビニに寄って家まで帰ろうと道を歩いていた…はず。
たしか、街灯がチカチカと消えかかっていて、真っ暗で…そうだ!後ろに誰かがいる気がして、怖くて走って……私、刺された気がする。
私、刺されて死んじゃったんだ。
それで、運命の神様のいたずらか何だか知らないけど、同じ頃に意識不明になったレティシアちゃんの体に私の意識が流れ込んじゃったのかも。
そういう映画だったか、ドラマだったかを観たことがある。
でも、レティシアちゃんはどうなったの?
私の体は?
考えれば考えるほど頭がガンガン痛くなってきて、私は倒れた。
この日、私が覚えているのはここまで。
頭がヒートして、熱を出して気を失ってしまったらしい。
それから1週間が経った。周りの人の話を聞いたり、一人で考えたりした結果、レティシアちゃんはどうやら事故で死んでしまったのだと結論付けた。事故の詳細はいまだに教えてもらえないけど、生きていることが不思議だといっていたし、たぶんそういうことなんだと思う。
この体にいるのはもうレティシアちゃんではないのにと、罪悪感に苦しんだが、「私は28歳のOLです。」なんて口が裂けても言えないし、信じてもらえるわけがない。
服装から察するに、現代でも日本でもなさそうだし、魔女裁判にかけられて火あぶりにされたらたまらない。
とにかく私は、レティシアちゃんの体を借りて、レティシアちゃんになり切ることにした。
今日から私の名前は森本綾ではなくて、レティシア・レイ・シャンデールだ。
初投稿+初執筆です。
楽しんでいただけたら嬉しいです。