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精神盤エクリプス  作者: 桐谷瑞浪
1 影世界
1/5

1刻 天才ストーカーと俺

 夢を見ていた。


「うわあ、もうすぐプリッシ・シティに到着するね!」


 俺は誰かの声――いつもこの夢を見るたびに聞こえてくるその健康的でありながら魅力的な明るい声だ――に耳を傾けながら、高級車であるARMSを運転していた。


 プリッシ・シティがどこだかは俺には分からない。世界地理に関して自信がある俺が知らないのだから、少なくとも主要な観光都市ではないのだろう。


「そう、かな。なんだか町も何も見えないけど」



 ふと、助手席から人の気配が消えた。

 そして突然、道路が遊園地のジェットコースターのレールが多くの場合においてそうであるように、急に縦にぐるぐる巻きになった。


 俺は急いでアクセルを踏んだ。

 ブレーキを踏んだらしい後続の車――どうでもいいけど明るい緑色という、趣味が微妙なボックスカーだ――は道路が天井になっている辺りに差し掛かったところで重力に逆らえずに落ちていった。


 逆の立場で考えてみてほしい。


 もしも人生において、ジェットコースターのレールみたいな道路を走る選択肢しかない時、やはりそんな時にはアクセルを踏むしかないと思う。

 だから俺はそうしたし、そうしなかった車は緑色のボックスカーに限らず次々に落ちていった。



 だけどそんな道路は嫌だ。

 そこは高速道路だったので、俺はさっさと次のインターチェンジで下りることにした。

 高速道路じゃなくても道路が変形したら、世紀末ってことだ。諦めるより他あるまい。


 俺は料金所にまで無事に到着し、ETCじゃない一般のレーンで料金を払った。

 もし「道路が変形した」と料金所の職員に知らせる義務が誰しもにあったとしても、俺は後に山ほど控えている、似たような目に遭った運転手たちの誰かにそれを密かに委託することにしてさっさと料金所を通過した。



 ◇◇◇



 今朝はそこで、目が覚めた。


 俺は夢をよく見る。

 あれから先の場面は、様々に展開が分かれていくので一概には言えないが、まるでそうした群像劇に含むべきスター・システムのようにその理不尽極まりない部分だけは頻繁に、毎日のように睡眠時に見る夢に含まれてくるようになった。


 含まれてくるようになったというのは、つまり最近になってそんなパターンが当たり前みたいになってきた、ということだ。



 精神盤がない世界ならきっと「夢なんて……」と一笑に付されるに違いない。


 そうだ、と気を取り直し、俺は枕元にあるレプリカの精神盤を見た。

 まあ、レプリカなんだから何も起きないに決まっている。これは飽くまで、精神盤の通常時の構造を頭に叩き込むために職場から支給されたのだ。



 本物なら俺に反応するだろうか、と心底、不安になってはいる。


 今のところは無反応だから灰心病ではないが、もしかしたら予備群かもしれないとは覚悟をして日々を過ごし、職場の同僚には、ひた隠しにしている。



 灰心病……。

 これもきっと、精神盤がない世界なら気付かれもしない「異常な夢に生活を壊される」という未知の部分が多い病だ。


 もちろん凶悪な犯罪者にも報告例はあり、単に精神の堕落だの家庭内の問題だのと冷ややかな偏見で見られることも多い病気だ。



 しかしこの世界は、魔法という概念が当たり前になって二百年余りが経った。


 それまでなら当たり前だった常識的な先述の偏見すらも、今は抜本的に価値観が見直され始めている。

 人によっては影響を受けすぎて灰心病になっている、という恐ろしい現実も明らかになりつつある。



「ぴんぽーん。ぴんぽんぴんぽん、ぴーんぽーん!」


 やれやれ、と俺はこめかみの辺りを指で押さえた。

 俺を迎えに来るのもやめてほしいし、それ以上にドアホンがあるのに大声で「ぴんぽん」と連呼するのを勘弁してほしい。


 俺はいつものようにその不可抗力に対し、「はい」と室内側のドアホンで短く通話した。


「やっほー。マコちゃ、元気?」


 祈箱マコト。それが俺の名前で、マコちゃと馴れ馴れしいのが妻来通アヤラだ。


「すぐ出る。待ってろ」


 俺は寝坊したわけでもないのに、たとえ夜勤の日でも迎えに来るストーカー女の都合に合わせた。



 ◇◇◇



 魔千術大学附属魔千術医院。


 実質的な財閥なのを良いことに潤沢な資金で年功序列を敷く腐った病院だが、反骨心で革新を起こすために敢えて籍を置く「勇者」も多い。


 院長である古城スンジュは自らを「時代の洗礼を受けただけの奴隷」と称し、細く浅い人脈を繋ぎ止めるのに必死な社畜ワープア成金だ。


「うん、今日もお揃いだね。式には呼んでくれるなよ、不純なケダモノごときが」


 普段は避けているのにそんな院長にばったりと出くわしてしまい、出し抜けにそう口汚く嫌味と罵りを受けてしまった。


「あはは。ケダモノだってさ」


 ケダモノがけらけら笑っている。


 本当はコイツこそ灰心病でも可笑しくない異常心理の持ち主なのだ。

 けど俺は、様々な理由でそれを誰にも打ち明けることが出来ないでいる。



 1つには彼女がまごうことなき天才だからだ。



 コツコツ、と無駄にカカトが高いハイヒールを鳴らし、やがてゴキリという音を響かせた。


「今日は、どした。そんな靴、妻来くんは履かないイメージだけど」


 俺は妻来通という名字が長いというだけで、他意なく「ツマクくん」と彼女を呼ぶ。

 別に他意がないことに偽りはなく、病院内でも忙しない中で大抵の職員は「ツマクさん」「ツマクくん」などと呼んでいるのだ。


「いやあ、何事も経験かなって」


 よく分からない。

 普通、天才なら、折れそうなほどにカカトが高いヒールなんて履かない気がする。


 だけどこんな風にツマクが意味朦朧なことを口走る時にはスルーするという「俺ルール」がある。



 ◇◇◇



 しきりに「ねえ」と引き留めるツマクを無視し、俺はツカツカと職員用の通用口から院内に入っていった。


(あったけえ~)


 少し朝晩が肌寒くなってきた近頃は、室内が適温だとほっとする。


 しかし、悠長にしている暇はないと言えばない。

 別に急ぎの仕事が控えているわけではないが、早くしないとツマクが「ヒールが折れたら素足で良いじゃない」と開き直り、俺へのストーキングを再開してしまうからだ。



 俺は早足で警備員さんに敬礼だけしながら更衣室に向かった。


「良かった。撒いた……!」


 エレベーターに乗り込み、俺はガッツポーズをした。エレベーターから降りれば更衣室は目の前。とりあえず平和、というわけだ。



 やがてエレベーターが7階に到着し、すうっとドアが自動で開いた。


「やあ」


 俺は「閉」のボタンを押した。どうやら何かの手違いで1階のままらしい。

 しかしドアはヤツの、ツマクの手で押さえられた。安全装置が働いて当然、ドアは閉まらない。


「酷くないかな。仮にもピチピチの20歳。飛び級で精神一科に配属されたエリートだよ?」


 20歳なのも、三科まである精神科の中でもエリートしか入れない一科なのも知っていて尚、俺には酷いという感情などない。


「ごめん、どうしても雑談なんてしていられない。午後までに詰め込まないとならない情報が多すぎてね」


 三科の俺は適当にそんな言い訳をした。


 そう。

 順当に高校までは進学し、2年だけ浪人し、適当な大学に通って民度の低さに心が折れ、2年次から魔千術大学に編入して精神科医になったのに精神三科な上に、ツマクというストーカーな天才に付きまとわれているのが俺という人間だ。



 しかし三科だからと心が折れていては人生なんてやっていけない。

 思っていたのと違う人生にいかに心折れないか、そしてどのように心を強く持つかが人間ってモノの本質だからだ。


「結婚……してくれないんだ」



 出た。



 ただでさえ三科で肩身の狭い俺に降りかかる、「アプローチしてくるストーカー天才精神科医」妻来通アヤラは、俺がうっかり振り返ると顔だけは天使のように、実ににこやかに微笑んだのだった。

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