名前を教えて
5月24日
放課後授業の教室にて
————— 京 side —————
どうしよう。
今日の授業は古文だ。
昨日の授業が中止になった分、今日に繰り越しになった。
それはいい。それはいいんだ。
そんなことよりも、俺には気になっている事がある…
先程から妙に視線を感じるんだ。
先生から?いや、違う。
古文の先生は、俺たちに古文の問題を出した後、早々に退室してしまった。
どうやらまだ体調が優れないようだ。
では誰からだ?
紛れもない、小森からだ。
そしてもっと不可解なのが…
京 (……)
チラッ
プイッ
俺が小森の方を向いた途端、小森は俺から目をそらす。
一体どういうことなんだ…
もしかして、昨日の本の件で怒っているんだろうか。
いやしかし昨日はそんな怒った素振りは見せていなかったし…
分からない。
ついでに古文の問題もさっぱり分からない。
そして、俺がまた自分のノートに視線を戻すと、再び横の方から視線を感じる…
うーむ、どうしたものか…
————— 文乃 side —————
どうしよう。
昨日の帰り道から彼の事で頭がいっぱいだ。
私は一体どうしてしまったんだろう。
彼と10年前に会っていたという事が分かっただけなのに、あれから彼の事ばかり考えている。
たしかに、”あの人”は私にとって大切な人だったけれど…
……………
そっか、彼が ”あの人” だったのよね...
私が彼の方を見ていると、ふいに彼がこちらを向いた。
文乃 (あっ…)
プイッ
あ、危なかったわ。
危うく彼と目が合ってしまうところだった。
大丈夫、私が彼のことを見ているって事はバレていないはず…
待って。どうして私は彼の事を見ているの?
よくよく考えてみれば、私が彼のことを見る必要性なんてないじゃない。
そうよ、彼のことなんて…
チラッ (文乃が京の方を見る。)
彼のことなんて…
……
…よくよく見れば、意外と昔の面影が残っているじゃない。
あの真っ直ぐな瞳とか。口元とか。
見れば見るほど、あの人にそっくり。
まぁ本人なんだもの、当然よね。
ふふふ、それにしても相変わらず数学が好きなのね。
なんだか安心したわ。
あ、そういえば名前。
何度か名乗ってくれた気がするのだけれど、どうしても思い出せない…
あぁ、こんな事ならもっとちゃんと聞いておけばよかった…
(京が頭を抱える)
あ、悩んでる。やっぱり文系科目は苦手なのかしら。
でも、昔は読書も割と好きって言っていたわよね。
今も好きなのかな。
読むとしたら、どんな本を読むんだろう。
そうだ、今度一緒に図書館とか行…
何を考えているのかしら私。
————— 京 side —————
だ、だめだ。
横からの視線が気になりすぎて、全然問題に集中できない。
まぁ集中していても解ける気はしないけど…
とにかく、問題解決のために俺が取るべき行動は1つだ。
まぁ冷たく突き返されるのがオチだろうけど…
ガタッ
俺は席を立った。
俺が席を立った瞬間、小森がビクッとした気がしたが、気にせず行こう
ズンズンと俺は小森の方に近寄っていく。
京「なぁ、小森」
文乃「な、何よ。
言っておくけど、私はあなたの事なんかこれっぽっちも見ていないから。」
京 (やっぱり見てたのか…)
京「いや、そうじゃなくて
この古文の問題、どうしても分からなくてさ
よかったら、教えてくれないか?」
まぁ小森の事だ、どうせ『なぜ私があなたに教えないといけないの?』とか言われるのがオチだろう…
それは俺にも予想がついた。
しかし、そこから何かこの状況が進展するかも知れない。
どちらにせよ、このままでは俺は古文の問題が解けないままだ。
とにかく今もっとも避けるべき状態は、”何もしない事”なんだ。
さぁ、どんな罵声でも甘じて受けよう。
そして何かこの八方塞がりの状況を抜け出す糸口を…
京「………」
文乃「…いいわよ。」
京「そうだよな…
お前が俺に教えてくれるわけ…」
……………………ん?
京「えぇ?!?!」
文乃「何よ。」
京「え…いいの?」
文乃「そう言ったじゃない。
その代わり、条件があるわ。」
あぁ、なんだ。やっぱりな。
おかしいと思ったんだ。小森が俺に快く古文を教えてくれる訳が無い。
きっと厳しい条件を俺に……
文乃「名前を教えて。」
うーん、どうやら俺は夢を見ているようだ。
俺は自分のほっぺたをつねった。
うん。痛い。しっかり痛い。
そうだ、きっと聞き間違いだな。
もう一度聞き直してみよう。
京「あの、もう1回言ってもらってもいい…?」
文乃「はぁ?二度も言わせないでくれる?
名前を教えてって言ったの。」
小森がこちらを睨む。
京「……桃李 京です。」




