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泡沫の島  作者: ユキネコ
3/5

3話「カズ」


 「あー、かったり。ったく、面倒くせぇなぁ。」


 何度目かの文句を言いながら、俺はトラップを仕掛ける。


 始まりは二日目の夜、シュウが「用心のためこの島の周りにトラップを張ろう。」と、言い出してからだ。あんときは軽い気持ちで引き受けちまったが、あれから既に一週間、今はマジで後悔している。


 「……面倒くせぇ。」


 つーか、納得いかねぇ。何で二人だけでこの島全体に仕掛けなきゃなんねーんだ…。あいつらはどうした。あいつらは。


 

 

 「力仕事ってやっぱり男がやるもんじゃない?」


 「っておい!そんなんが理由かよ!?」


 「立派な理由でしょ。労働は財産だよ?」


 「待て!待て待て!ユキの野郎は料理やってるからいいとして、後の二人は大してなんもやってねぇだろ!」


 「……私、野郎じゃありませんが。」


 「ひどいなぁカズ。彼女達だって食料探してもらったり色々仕事してもらってるんだよ?」


 「ぐっ…!だ、だけどよ、こっちの方にもっと人員を割くべきだろうがよ!島中を二人だなんて、一体何日掛かるんだよ!?」


 「……はぁ。しょうがないな。あまり、こういうことは言いたくないんだけど…。」


 「あん?何だよ?」


 「手伝ってもらうとして、ルナやサヤに一人でトラップを張ることが出来ると思う?」


 「…………。」


 イメージする。頭に浮かぶのは、トラップの材料を手にしたままどうしたらいいか分からず固まっているルナと、仕掛けるどころか自分で他のトラップに掛かって宙ぶらりんになっているサヤの姿。


 「…………。」


 「ね?」


 「…………あぁ、わかった、わかったよ!例え何日掛かろうが、仕掛けまくってやろうじゃねぇか!やりゃいいんだろ!?クソッタレ!」


 「やる気を出してくれて嬉しいなぁ。大丈夫。二人でやれば一週間も掛からないさ。……たぶん。」




 

 「……あの嘘吐き野郎が…。」


 すでに始めてから一週間が経つ。あの野郎…騙しやがったな…。


 「…………あぁあもう面倒くせぇ!休憩だ休憩!」


 俺は適当に座る場所を見つけて腰を下ろした。


 この一週間の成果もあり、後俺がやる所は二、三個所だけだ。おそらく今日の昼前までには終わるだろうから、ここで少し休んだって罰は当たらんだろう。つぅか、誰にも文句は言わせねぇ。


 「……ふー…。」

 

 疲れた。マジ疲れた。あー水持ってくりゃ良かったなー。


 俺は思わず上体を逸らし空を仰ぎ見る。


 しばらくそうしながら、何となく昔のことを思い出していた。



                                           φ



 あの頃の俺は、今以上にバカだった。


 施設の中でも俺は飛び抜けて良い成績を残していたし(頭を使うのはあまり良くはなかったが)、他の奴等なんかよりも自分は特別だと常に思っていた。


 過酷な訓練や極度に制限された自由の中で、自分が他の奴よりも優れているという優越感だけが俺にとっての目標であり、全てだった。


 

 

 施設での基本的な日程は、午前中に全員で基礎訓練を行い、午後には担当官の指導の元、似た系統の能力者を選り分けてグループごとに訓練を行う。


 当然そのグループでも俺は突出しており、リーダーのような役割も任されていた。


 そんな日が続いた頃、俺は今居る施設から別の施設に転属命令が出る。


 「遺伝子学研究施設第13施設」…そこは、優秀な能力者だけが転属を許される、言わばエリート専用の施設だった。


 そこに居る奴らもさすがにレベルが高い能力者ばかりだった。部分的に見れば俺よりも強い奴も居たし、頭が切れる奴も居た。


 しかし俺は、こと格闘戦だけなら誰にも引けを取らなかった。自然、戦闘能力に特化したグループのリーダーとなる。


 しばらくして俺は『狂犬』と呼ばれるようになった。別段その呼び名も嫌いでは無かったし、何より俺自身の実力を認めた上での名前だと思ったからむしろ誇りに思っていたときもあった。



 

 そんな新しい施設での生活にも慣れて来た頃、ある噂が立った。


 「……おい聞いたか?今度やってくる奴、かなりやばい奴らしいぜ…。」


 「やばいって何がだよ?強いってことか?」


 「いや、俺も詳しくは知らないんだけどよ、何でも、過去に暴れて、そん時は施設の教官全員掛かりでやっと抑えたらしいぜ…。」


 「暴れたぁ!?随分バカな奴だな。暴れたところでここから逃げ出せるはずはねぇのに。」


 「いや、でもよ?そん時止めに入った生徒や教官の半数以上が重傷で、死んだ奴も結構いるらしいんだ。」


 「……マジでか?そんな狂暴な野郎が来るのかよ…。」


 「あくまで噂だけどな。だけど、そんな奴が来たら、ウチのリーダーと一悶着…」


 「俺が、どうしたって?」


 俺が声を掛けると話していた二人が飛び上がって思いっきり後ろに下がった。


 「カ、カズさん!」


 「ったく。どいつもこいつも…。んな噂、色々尾ひれが付いてるに決まってるじゃねーか。あーくだらねぇ。」


 「……で、でも…。」


 「仮によ。その噂が本当だったとして、テメェらはこの俺よりも強えかも、とか思ってやがんのか?あ゛ぁ?」


 「い、いえ、決してそんな事は…。」


 「だろーがよ。んな心配してる暇あったら、俺に演習で勝つ方法でも考えるんだな。ま、無理だろうがな。」


 そう言って部屋へと踵を返す。角を曲がったところで、また会話が始まったのが気配で感じられた。その話の端々が耳に届いてくる。


 「……よ、無理だって…。」


 「…もよ、……かしたら化物みたいな奴で……かも…。」


 「…だぜ?…ズさんが…るのも想像…ないだろ?」


 「…にせよ、何か起き………けどな…。」


 

 「…………チッ!」


 俺は大きく舌打ちすると部屋へと戻っていった。


 (ったく…どんな奴か知らねぇが、どーせ大したことねぇくせに…。)


 俺は部屋に付くとベッドに全身で飛び込み、大きな苛立ちと、僅かな不安を抱きつつ、眠りに落ちた。




 それから数日後、予定通り新しい入居者が担当教官と二人でやってきた。


 「これからこの施設に配属された狩野だ。こっちはシュウ。二人共々、よろしく頼むよ。ほらシュウ、挨拶を。」


 「……よろしく。」


 そう言って頭を下げる奴の第一印象は、噂とは似ても似つかないほど平均的な体格をしていた。おとなしそうな少年、というイメージで、その場にいた誰もが噂はデマだったと感じ、少し弛緩した雰囲気になる。


 少年は誰にも目を合わせようともせず、その瞳には何も映っていないように見えた。


 「えーと、カズ君っていうのは誰かな?」


 「……俺、です。」


 挙手する。気の良いお兄さん、と言った教官としては珍しいタイプの狩野はこちらに視線を向けた。


 「君か。えーと、たぶん君のグループに入ることになると思うから、よろしく面倒見てやってくれ。」


 「こ、こいつがですか!?」


 俺のグループは基本的に戦闘に特化したグループだ。能力次第では体格も何も関係ないとはいえ、こんなひょろっちい奴が?


 「それでは解散だ。各々、一旦自室に戻れ。」


 それで解散となり、それぞれが部屋に戻っていく。シュウと呼ばれた少年は終始、顔を下に向けたままただ黙っていた。


 


 「拍子抜けだよな。件の問題児があんな奴だったなんてさ。」


 「そーそー。噂なんて所詮噂だよなー。」


 「でもよ、カズさんとこのグループってことは、あいつも白兵戦系の能力なのかな?」


 「ははは、せいぜい足を強化して速く走れる程度じゃねーの?」


 「それもそうだな。ハハハハハハ。」


 誰もがそう思っていたし、全員が彼に対する興味を無くしていった。もちろん、俺も多分に漏れず無くしていた。


 しかし、その数日後、その場にいた誰もが忘れることが出来なくなる事件が起きる。俺の人生を完全に変えてしまう出来事が。



 

 それでも、さすがにこの施設に来たからというべきか、奴はそれなりに強かった。


 力もそれなりにあり、体のこなしも悪くは無いというのが基礎訓練で見て取れた。


 ただ、それでも特別目立つわけでもなく、言うなれば平凡というやつだ。


 入所から2日が過ぎ、3日目の午後。


 「今日は一対一の模擬戦闘訓練を行う。能力の使用も自由だ。気を抜くと大怪我するぞ!各自、ウォーミングアップを怠るな!尚、ここでの成績は後々仕事を任せる上で重要な判断材料になる!それじゃ、始めるぞ!まずは…。」


 名前を呼ばれた二人が対峙し、合図と共に激しい戦闘を始めた。


 それからも次々呼ばれていき、いよいよ最後の番が来る。


 「次で最後の組だ。カズ!それと、シュウ!前へ出ろ!」


 「はい。」


 「…はい。」


 俺とシュウはある程度の距離を取って向かい合う。


 「へへへ、テメェもついてねぇなぁ。入所早々俺とやりあうなんざよ?」


 「………。」


 「…んだよ、だんまりかよ。悪ぃが俺は手加減が下手だぜ?精々死なないように……」


 「無駄口を叩くな!準備はいいな?それじゃ……スタート!」


 「行くぜぇぇぇ!」


 掛け声と同時に能力開放。俺の”力”は『ブースト』と呼ばれる、能力者の中では最も多い系統。効果は身体能力の飛躍的向上だ。


 しかし、俺のは他の奴とは違う。


 その向上の上がり幅が桁外れなのだ。他の奴が1から10に上がるとすれば、俺は70、80くらい。


 これが俺が白兵戦最強と呼ばれる所以。


 30mはあったかと思われる距離を一秒足らずで疾走する。


 懐に飛びこむと同時に超高速で腕を脇に構え----------


 思いっきり、拳を奴の腹に打ち抜くように叩き込んだ。


 奴は数Mほど吹っ飛び、そのまま地面に崩れ落ちる。この間、僅か三秒。


 「…………。」


 「ゲホッ!グッ!…ぅ、はぁ、はぁ…。」


 咳込む奴の姿を見て、俺は一気に興味を無くしていった。


 「……一撃でダウンかよ。…つまんねぇ。」


 「…………ぅ、うぐ…」


 俺は教官達のところに戻ろうとしたが、そこで動く影があった。


 狩野だった。狩野は、今までずっと腕を組んで静観していたが、ゆっくりと腕を解き、未だ地面に転がる奴の元へと歩いていった。


 そして、奴の目の前で立ち止まり、こう言った。


 「……シュウ。全力を出しなさい。このままではデータが取れない。」


 「…………。」


 「大丈夫。彼らは優秀な兵士の卵達だ。わざわざこの施設を選んだ理由も、頭のいい君なら察しが付いてるんだろう?」


 「……しかし…。」


 「この前みたいなのが嫌なら自分で制御することだ。…これは命令だ。全力を出しなさい。君に拒否権は無い。」


 「…………。」


 「返事が聞こえないな?」


 「……………わかり、ました。」


 「うん、よろしい。」


 そういうと狩野は満足そうに頷き、俺のほうへと歩いてきた。今度は俺の正面に立つ。


 「ということだから、悪いけどもう一戦頼むよ。」


 「……構いませんが、もしかしたら次は殺しちまうかもしれませんよ。」


 俺がそう言うと狩野は愉快そうに口の端を歪めた。……こいつも何か気にいらねぇ…。


 「いや、結構結構。その気でやってくれ。彼にはどうも危機感が足りなくてね。そのくらいじゃないと全力を出してくれないかもしれない。」


 「………殺す気でぶん殴ってもいい、と?」


 「あぁ。そうしてくれ。健闘を祈ってるよ。」


 そういうと奴は離れてまた腕を組み、先程と同じ状態で壁に寄りかかった。


 そして、先程と同じく対峙する。


 「…………次は全力で行くぜ。覚悟しろよ。」


 「…………ごめん…。」


 「あぁ?何がだ?」


 「二人とも行くぞ!?よーい…。」


 「たぶん、制御でき――――――」


 「スタート!」


 先程と同じく、いや、先程より早く俺は駆けた。奴はまだ何か言いかけている途中だったが、構うもんか。全力で、ぶちのめす!


 思いっきり腕を振りかぶり、その胸に目掛けて―――――


 「……Access. skill off。」


 「なっ!!」


 急に身体が重くなる。振り抜いた腕の速度も落ち、奴に難なくかわされる。

 

 「チッ!」


 俺は一旦距離を置く。


 「テ、テメェ!?一体何しやがった?」


 「…………。」


 「答えやがれ!」


 そう言って俺は能力を再び解放しようとしたが、


 「……何?」


 できない。力が出ない。何度もやってみたが結果は同じだった。


 「…………。」


 「テ、テメェ!これはテメェの仕業か!?」


 「…………。」


 奴の様子がおかしい。何と言うか、頭を押さえて苦しんでるように見える。


 「……control lost, returning access.…cannot access. system error,」


 「……?な、何、」


 俺は最後までその言葉を紡ぐことが出来なかった。突如、腹に強い衝撃を受けたからだ。


 呻く間もなく顔面を五指で掴まれ、そのまま地面に叩きつけられた。胃液が逆流するのが分かる。


 その後も腕を折られ、足を潰され、鎖骨を砕かれ…。


 そこで意識が暗転。最後に見た奴の表情は、異常なまでに普段と同じ、無機質なままだった…。


 


 それが俺の初めての敗北。


 不思議と、悔しくは無かった。そのかわり奴に興味が沸いた。初めて自分より強い少年。今まで特別だと思っていた自分が、急に小さく思えた。


 聞いた話だと、奴はあの後も暴走してその場にいた八人のうち三人が死亡。あと三人が重軽傷。その場にいた教官三人も一人が重傷。後二人も軽傷を負った。


 俺も当初は絶望的と半ば諦められてたらしい。今こうして生きているのは、まさに奇跡的だった。(余談だが、回復系の優れた能力者がいて、そいつのおかげで助かったらしい。誰だかは知らされなかったが。)


 奴と狩野は事件の後すぐにまた移転したらしく、俺が戻ってきた時にはもういなかった。


 あの事件から俺は変わった。


 地獄のようなリハビリを経て、後遺症も無く前以上の力を身に付けるまで四年。俺は奴のことを忘れた日は無かった。


 それは、別にいつか復讐してやろうというわけではなく、ただ単に、もう一度奴と会いたいと思ったのだ。


 それから五年、俺は奴と再会する。逃亡者と、追跡者として。



                                        φ


 

 「っと…やべぇやべぇ。休憩しすぎたな。」


 そろそろ昼だろう。俺は立ち上がり、シュウと落ち合う予定の場所へと向かう。


 「あー…そう言えばあと二,三箇所残ってたんだっけか…。いいや、面倒くせぇ。暇なときにでもまた来ればいいだろ。」


 とにかく昼飯だ。後でやっときゃバレねぇだろ。


 「ったく、懐かしいこと思い出しちまったなぁ。まっさかあんときゃこうなるなんて考えもしなかったぜ。」


 俺には目標が無かった。ただ、周りに対する優越感だけを求めて強くなった。今考えると、ガキだったんだな…。


 「……勝てねぇわけだぜ…。」


 長年追いつづけてきた少年と、そいつの周りにいる、俺が昔従えていた奴等とはまったく違う関係の仲間達。


 不思議とこいつらとつるむことになっちまったが、それでも俺はこの仲間を気に入っている。


 俺の顔色を窺うことなく意見を言い合い、一緒んなってバカをやる。


 たぶん長くは続かないだろうこの日常をできるだけ続けたいと、全員が願っているはずだ。


 だから。特に目標の無い俺は、奴の目標を手伝ってやろう。


 例えそのために、


 全世界を敵に回したとしても。



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