8.願い
「それではお入り下さい」
宰相が来た事を伝えて少ししてから、中へと入る許可が下りたため、扉の前に立つ兵士たちが左右の扉を開ける。開けられた扉の先へと堂々と進む宰相について行く。
執務室の中はやっぱり陛下の部屋なだけあってかなり広く、調度品も豪華だ。そんな部屋の中には、父上、レイチェルさん、そしてもう1人、身長は父上より低い160台の鎧を着た茶髪の男性が部屋の中にいた。
この人もゲームの中だけど見た事がある。レイチェルさんとは違って連れて行く事は出来なかったけど、宰相と合わせて攻略対象の1人の父親でこの国の軍を任されている将軍、アーグス・バルトロメオ。将軍が鋭い眼光で俺を睨みつけてくる。
くっ、この人らさっきから子供に向けてくる視線じゃないぞ! 前世の社会人としての経験が無かったらあまりの怖さに失禁してるぞ、これ!
将軍の鋭い視線に耐えるように右手で左腕を掴む。その様子を見ていた将軍の視線が少し柔らかくなったけど、まだ俺を警戒する視線だ。
「……ふむ、私はハイネルを呼んだつもりだったが、何故ここにジークが?」
「どうやら、陛下とお話があったようでして。執務室の前で兵士と話していたところ私が来たのです」
「それで入れたと?」
「はい」
父上と宰相が簡単に事情を話し終えると、今度は父上がジロリと俺を見てきた。だから、子供に向ける視線じゃないって! くそ、収まりかけてきた震えがまた出てきたぞ!
「それで、何用でやって来た、ジークよ。内容次第では執務の邪魔をするお前を許せなくなる」
そこには俺の父上としてではなく、一国の王としての父上が座っていた。俺は増した圧に耐えるように深く深呼吸をして、一歩出て礼をする。顔を上げて父上を見た時には震えは収まっていた。
「私は陛下にお願いがあってここに参りました」
「お願いと?」
「はい。レイチェル隊長の退任をやめて頂きたいのです」
まさか、そんな事をお願いしてくるとは予想していなかった3人は声には出さないものの驚いているのがわかる。事前に事情を話していた宰相だけは涼しい顔をしている。
「……ふむ、お前が自分の事以外で頼み事をしてくるとは初めてだな。ましてや、レイチェルはお前に大怪我を負わせた相手。今までなら少しでも問題を起こせば辞めさせてきたお前がどういう心境の変化だ?」
「……私は自分の過ち、弱さに気が付きました。兄上との才能の差に嫉妬して妬み、追いつけないと思った私は自堕落的に生きて来ました。
だけど、それではいけないと気付いたのです。このまま、過ごしても変わらない。それどころか、既にマイナスになっている評価はより下がる一方。
その結果、誰に迷惑がかかるか。自分……ではなく父上と母上にご迷惑をかけてしまう事に気が付いたのです。
このままでは駄目だと遅ればせながらも気づいた私は変わる事を決めました」
「それが、どうしてレイチェルの退任の取り消しに繋がる?」
「既に評価が地に落ちている私が変わると言ったところで誰も信じてもらえません。そこで私は自身の行動で評価をしてもらおうと思ったのです。
まずはこの堕落して太ってしまった体を変えるために訓練場に行きました。そこでレイチェルさんに出会い、陛下も知っての通り手酷くやられてしまいました」
今思い出してもあれは物凄く痛かった。前世含めてあんな痛み初めてだった。あの痛みを思い出して震えながらも続ける。
「ただ、その理由が私のため、父上、母上たちを思っての事でした。レイチェルさんの言葉を聞いた私は、この人しかいないと思ったのです」
「何をだ?」
「私の事を真剣に鍛えてくれるのは、レイチェルさんしかいないと感じたのです」
俺の言葉を聞いてみんなが黙り込む。重苦しい空気の中、俺はその場に手をついて頭を下げる。流石に土下座はこの世界にないかもしれないけど、頭を下げるのはあるからどういう意図なのかはわかるはず。現に周りから息をのむ声が聞こえた。
「陛下、レイチェルさんは私のためを思って訓練をし、鍛えてくれたのです。あの怪我はその中で出来たものですから、その事でレイチェルさんを辞めさせないで欲しいのです。お願いします。陛下!」
俺の言葉を聞いてシーンとなる中、初めに声を発したのは宰相だった。
「……陛下、ジーク様が自分の行いを考え直して、このように頭を下げておられます」
「……わかっておる。ジークよ。お前の評価が地より深く下がっているのはジーク自身が思っている以上だ。それを変えようと思うのは生半可な努力では無理だぞ。ただでさえ、グルディスの評価が高い。それに、比較もされる。それでも、頑張れるか?」
そんな事は言われなくてもわかっている。それでも、俺はやらなくちゃいけない。2章が始まるまでに鍛えて強くなるためには。
「はい。万が一私が変わるのを諦めていると陛下が感じたのなら、私を王族から追放してください。それぐらいの覚悟はあります」
「……よかろう。お前がそこまで言い、覚悟があるのなら信じよう。ただ、これが最後のチャンスだ。
レイチェルよ。そなたの隊長職は剥奪。これは変わらぬ。訓練とはいえ王族に大怪我させたのだからな。本来であれば死罪は免れぬところだが、今までの功績にジークの言葉がある。
そして、ジークの武術などの講師として鍛えてやってくれ」
「……わかりました、陛下。この身の全てをかけてジーク様を鍛えます」
俺の話が終わると、俺とレイチェルさんは執務室から追い出された。レイチェルさんが俺に対してガミガミと言ってくるけど、そのままレイチェルさんは頭を下げてきた。
「……悪かったな。陛下たちの為と思ってやったけど、冷静になった今考えると、お前に酷い事をしてしまった。まだ8歳の子供に一歩間違えれば取り返しのつかない事を。陛下はああ言ったが、殺したいと思うのなら私を殺してくれていい。それが、私からの贖罪になる」
「いやいや、頭を下げるのはやめてくれ。確かに痛かったけど、さっき言った通りレイチェルさんには感謝しているんだ。こんな周りから避けられている俺に真剣に向き合ってくれた。だから、そんな事、言わないでこれからも俺を導いてほしい。頼む」
「……わかったよ。私の持てる力全て使ってあんたを鍛えてあげる。その代わり、途中で諦めたり泣き言を言ったりしたら許さないよ?」
「もちろんだ、師匠!」
こうして俺はレイチェルさんに師事する事が出来た。よし、まずはこの体型を変えるぞ!
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