70.訪れたのは
「ふぅ、何とか日が落ちきる前に帰って来られたな!」
先に手続きを行い町に入ったダレンは、赤く染まった槍を背に担いで両手を伸ばしながらそんな事を言う。まあ、クワトロベアを討伐して解体している時に、ゴブリンたちが来なければもっと早かったんだろうけど、あればかりは運だから仕方がないか。
「ほら、そこで伸びてないでさっさとギルドに行くわよ!」
その後ろ姿に声をかけるのは1番最後に手続きを終えたセイリン。魔法を発動する際の補助具として使用される杖でダレンの背中を押しながらギルドに向かって行く。ダレンは止めろよぉ、とか言いながら何処と無く嬉しそうだ。尻に敷かれるタイプだな。
そんな2人の後に続く俺。今日のクワトロベアの依頼料に加えて買取額で3人の国境を越える税分は達するはずだ。国境を越えてからの話も2人としないとなぁ。
2人は気を付けているつもりなのだろうけど、今の2人の話し方は仮初めの話し方だろう。以前、宿でダレンに用があって部屋に向かった時、ダレンとセイリンが話すのを聞いてしまった事がある。
その時の話し方は明らかにダレンが上でセイリンが下の話し方だった。まるで俺がエンフィとかと話す時のように。
明らかに上下関係のある話し方に、ただ帝国に向かっている少年少女じゃないんだとその時知ってしまったのだ。
2人がどういう関係なのかはわからないが、帝国領内に入ったら、彼らと別れた方が良いのかもしれないとその頃から思い始めた。
「おい、何してんだよジーク。さっさと行こうぜ!」
そんな事を考えていると、ダレンが俺を呼ぶ。セイレンも早く来てよ、みたいな表情を浮かべて俺を見ていた。まあ、色々と考えることはあるが、まずは換金して宿屋でゆっくりとするか。
◇◇◇
「今回の討伐で予定通り国境の税を貯めることが出来た!」
クワトロベアの討伐をギルドに報告後、俺たちは目的を達成したため、ギルドに併設されている酒場へと来ていた。
色々と頼んだ食べ物や飲み物が置かれた机の上にドンッと置かれる袋。これは今日の討伐依頼の報酬が入っている袋だ。これで、俺たちのこの国での目的を達成する事が出来た。酒場にいるのは、そのお祝いと今後の話をするためだった。
ちなみに酒場にはいるが、酒は飲んでいない。日本が作った乙女ゲームの世界のせいか、この世界の飲酒が出来る年齢は日本と同じ20歳からだ。こういうところは変に法律を守っている。風俗などは行ってもいいのに。行った事ないが。
「これで俺たち3人の帝国への国境税が払える。俺的には直ぐにでも向かいたいんだが、ジークはどうだ?」
「そうだな……明日ぐらいはゆっくりしてもいいとは思うが、俺も早く行きたい」
俺も早めに国に帰っておきたいからな。彼女が追放される前には。
「なら、明日は休日にして明後日出発の準備、明々後日出発にしましょ」
俺もダレンもセイレンの提案に頷く。ここから国境は5日ほど歩いたところにある。間にはいくつかの村があるが、準備するに越したことは無いだろう。
それから、乾杯をして食事をとり始める。ここでも、ちらっとダレンとセイリンに主従関係が垣間見えたり。
セイリン本人は抑えているつもりなのだろうけど、ダレンの事を甲斐甲斐しく世話をしているのだ。ダレンの小皿へと取り分けたり、汚れた頰を拭いたりと。ダレンも慣れた様子で何も言わない。
雰囲気からして、また貴族の子息とその侍女といったところか。何が原因なのかはわからないが、2人で冒険者をしないといけない理由があるのだろう。まあ、聞いたところで答えてはくれないだろうが。
それに、俺自身、元王子ってのは黙っているしな。……よくよく考えたら、前世の記憶が無かったら、放逐された俺って死んでね?
前世を思い出す前は贅沢ばかりだったからな。もしかしたら、ゲームの裏もこんな感じなのかもな。本来であれば、入学式のイベントで兄に負けて連れ去られてそのまま最後まで出てこない。その裏ではもしかしたら、こんな感じで追い出されたりしているのだろうな。
そんな事を考えていたら、胸の奥がズキリと痛む。この痛みはなんなのかはわからないけど、あの時、バレンタイン家で暴れてしまった次の日から時折痛むようになってきた。特に昔の事を思い出すと。
……あの魔力の元が原因なのだろう。今回の旅の目的の1つでもあるあの力。あれが元々自分に備わっていたものなのか、それとも後から手に入れたものなのか。
前世の記憶が戻る前を自分の記憶を思い出そうとしてもいつ使えるようになったのかがわからない。ただ、あの魔力と同時に出て来た前世を思い出す前の俺がいたのは確かだ。どうしてこんなことになったのか調べないとな。
ダレンたちと話をしながらの食事を終えて、宿屋へと戻り、それぞれの部屋に入る。本当なら俺とダレンが同じ部屋なのだが、今の宿屋では2人部屋が空いておらず、仕方なく1人ずつ泊まることになったのだ。
部屋に入り剣など降ろす。明日はゆっくり出来るから何をしようか。そんな事を考えていたら
「見つけました、マスター」
と、声が聞こえて来た。全く気がつかなかったため、慌てて振り返ればそこには、おかっぱ頭の銀髪で、子供用の侍女服を来た少女が立っていたのだ。
……そして、背には見覚えのある分厚い本が。えっ、まさかこの子って……えっ?




