30.決意と後悔の夜
「……どうして、セシリアがここに?」
俺を見つけて訓練場へと入ってくるセシリア。どうしてセシリアがここに? 訳もわからずにセシリアを見ていると、セシリアは俺の方にやって来た。
「やっぱり、ここにいたのですね、殿下」
見惚れるほどの笑顔で俺の前に立つセシリア。俺はつい釘付けになってしまい、セシリアから目が離せなかった。
「……? どうされたのですか、ジーク殿下?」
「い、いや、何でもない。だけど、どうして君がここに? 君が来るようなところじゃないだろう?」
「……少し涼もうと思って部屋を出て歩いていたところに、殿下が歩いているのを見つけたのです。それでつい後をつけてしまいました。申し訳ございません」
「別に構わないさ……どうしたんだ、そのクマは?」
俺の言葉に慌てて目元を隠すセシリア。多分普段は化粧などをして隠しているのだろうけど、今はもう夜だ。化粧も落としているから、そういうのに疎い俺でもわかった。化粧していなくても綺麗なのだけどな。
「も、申し訳ございません、醜いものをお見せして」
「いや、そんな事はなく綺麗だが、眠れないのか?」
「……私、どうしたらいいかわからなくて」
今にも泣きそうな表情を浮かべるセシリア……こんな表情、ゲームでも見た事が無かった。ゲームの中では、どれだけ攻略対象から言われようとも、彼女は自分の信念を貫いていた。婚約破棄される最後まで。そんな彼女がこんな表情を……。
彼女の口から出たのはやはりというか兄上の事だった。この3年間、何とか兄上との仲を良くしようとしてきたらしいけど、全て兄上のせいで台無しになったという。セシリアが言っていた訳ではないけど、以前母上から聞いた話だと、俺の考えで間違い無いだろう。
毎日どうしようか、どのように接すればいいかを考えたり、書庫から異性との接し方などが書かれた本を読んだりと色々しているため、毎日寝るのが遅くなって、目元にクマが出来てしまったようなのだ。
「……私、昔から読書が好きで恋愛物語なども良く読んでいたんです。そのせいで、少し恋愛や結婚に夢を見ていたんです。馬鹿ですよね、貴族の娘がそんなものに夢を抱くなんて」
「そんな事ない。誰が持ってもいい夢だよ、それは」
俺の言葉に首を横に振るセシリア。俺はその苦しそうな表情に胸が締め付けられる。後数年我慢すれば別れられる。思わずそう言いそうになったが、そんな事を言える訳が無い。
それと同時に、数年後の婚約破棄は逃れられないのだと確信してしまった。俺が何も言えずにいると
「申し訳ございません、ジーク殿下。せっかくの訓練の時間を邪魔してしまいまして。私はこれで失礼します」
走って帰って行くセシリアの背中を黙って見ている事しか俺は出来なかった。それと同時に迷っている場合じゃ無いと思ってしまった。
俺の中では既に確信してしまっているセシリアの婚約破棄。まだまだ未来の話ではあるが、もう避けられないだろう。
「もっと強くならないと。彼女を守るために」
そうなった時、ゲームの通りになってしまう。ゲームの通り彼女の領地に魔王が現れて、そして……そうならないためにも、俺はもっと強くならないと。
俺の心にもう迷いはなかった。俺は再び剣をとって振るう。迷いを振り切った事を証明するように。彼女の笑顔を守るように。
◇◇◇
俺とセシリアが出会った夜の翌日から王宮内にとある噂が広がる。それは、全く笑わなくなったセシリアの事だった。
今まではすれ違う侍女や兵士たちに笑みを浮かべながら挨拶を返していたセシリアだが、あの日を境に彼女は一切笑みを浮かべなくなった。
父上や母上がどうしてか、と尋ねても、返ってくるのは、自分が今まで甘かったから、とだけ。王妃になるのに不必要なものは捨てた、と言うと母上は言っていた。
多分、俺に話してくれた夢の事だろう。彼女は完璧な王妃になるために、自分の好きなものや夢を捨ててしまったのだ。
それでも、兄上の態度は変わらなかった。そこまで兄上のためにしてくれるセシリアを見ても、兄上は事務的にしか会おうとせず、そして、セシリアも通うのをやめてしまった。今王宮に通うのは王妃の勉強のためだけだった。
俺は兄上の余りの態度に怒鳴り込もうとしたが、クロエやメルティアたちに止められて、何も言えずにいる。父上にも呼び出されて、これは兄上たちの問題だから俺は関わるなと言われてしまった。
そう言われても、あのゲームの時のように冷たい目で笑みを浮かべる事のなくなったセシリアを見ると、黙っている事なんて出来なかった。その後も何度も父上と母上に言ったけど、俺の話を聞いてはもらえなかったが。
そんな、兄上たちの不安を抱えながらも、あっという間に半年は経ってしまい、ついにゲームが始まる学園への入学の日が来てしまった。
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