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日本妖かし地位向上委員会  作者: 高橋右手
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議題その2《続エルフ》

★登場人物

 大嶽おおたけ 刹子せつこ

  鬼族の女子 日本妖かしの現状に強い危機感を持っている。

  団子はつぶあん派


 鞍馬 次郎坊 (くらま じろうぼう)

  烏天狗族の女子 刹子とは幼馴染 ボーイッシュなツッコミ役だが胸は大きい。

  通称ジロウ

  団子はこしあん派


 九頭竜アメ

  竜族の女子。見た目は幼女だが、凄まじい神通力を持つ神童。

  団子はみたらし派


 ヴァナディース

  エルフ族の女子 アルフヘイムからの転校生。

  息を呑むほどの美人。

  日本妖かしの最大の敵(刹子談)

 日本に押し寄せる西洋ファンタジーの潮流!

 次世代を担う日本の妖かしたちは、危機感をもっていた!

 ここは日本の何処かにある妖かしたちが通う学校。

 将来を憂う若い妖かしたちが、日本の怪異の地位向上を目指し日夜、活発な議論を繰り広げていた。


「ここが学食と購買。お昼時は大混雑するから、慣れないうちは少し時間を外してからにするといいわ」

 刹子の説明にヴァナディースはふむふむと頷く。

 放課後、転校生のヴァナディースを刹子とジロウが校内を案内していた。

「それ知ってます! 究極のやきそばパンを求めて、生徒たちがコンマ一秒をかけて、ダッシュするんですね!」

「情報が微妙に古いな」

 後ろからついてきていたジロウが苦笑する。

「個人的には焼きそばパンより、ハムたまごコロッケサンドを勧めするわ」

「あたしは食堂の地獄ラーメンかな」

「日本では毎日ラーメンを食べてもいいんですか!」

 ヴァナディースが信じられないと目を輝かせる。

「ラーメンなら普通のにしたほうがいいわ。あんな辛いもの食べられるのは、ジロウみたいな味覚バカだけよ。学食は基本的に美味しいけれど、変なメニューもあるから気をつけて」

「ぶるぶるキノコの鍋が出た時は、食べた生徒が授業中に凍りついちゃって大変だったな」

 しみじみと語るジロウに、本当かとヴァナディースが目を丸くする。

「さあ、次に行きましょう」

「あ、はい!」

 刹子が先頭に立って歩きだすとヴァナディースは小走りですぐ横に並んだ。

「放課後の時間をワザワザと、ありがとうございます!」

「学級委員長として当然のことをしてるだけよ」

「侵略者っていきなり言われて、委員長さんのこと怖い人なのかと思ってしまいました。すみませんです」

 そう言ってヴァナディースは胸をなでおろす。

「刹子は根は真面目だからなー」

「根ではなく、いつも真面目なんですけど」

 ジロウのまるで心の篭っていない言葉、振り返った刹子はジトッと睨みつける。

「二人は仲がいいんですね」

「腐れ縁だな」

「腐れ縁よ」

 二口先生みたいに二人の言葉が重なる。恥ずかしそうに視線を逸らす二人を見て、ヴァナディースが良いものを見たと笑みをこぼした。


 学食から体育館を案内して、三人は渡り廊下を通って別棟へ。さらに玄関から二階へと上がっていく。

「ここは旧校舎で、空き教室を部活や委員会に使ってるの」

「部活ってクラブ活動ですね! 日本のクラカツ、でっかく憧れてました!」

 階段をのぼっていくヴァナディースの足がピョンピョンと弾む。

「クラカツって言うと、アイドル活動とか婚活の仲間みたいね」

「それも知ってます! アイドルの部活で、廃校の危機を救うのですね! そして、ブードゥー館でコンサート!」

 テンションの上がったヴァナディースが階段を踏み外してしまう。

「ふわっ?!」

「おっと、あぶない」

 後ろにいたジロウはヴァナディースの身体を受け止め、背中の翼を羽ばたかせた。

「あ……」

「気をつけな、転校初日に骨折なんて笑えないぞ」

 ジロウはヴァナディースを抱きかかえたまま飛び、踊り場で彼女をそっと下ろす。

「ありがとうございます……」

 ヴァナディースはジロウの胸元に手を当てたまま、ジッとジロウを見つめる。

「それで、ヴァナディースさんは、どこか入りたい部活があるのかしら?」

 二人の間に割り込んだ刹子が、鋭い目つきでヴァナディースに尋ねる。

「あっ、えっと、まだでっかく迷ってます! テニス部に入って超能力で戦ったり、漫画研究部に入ってオタクトークをしたり! 日本の夢が、宝島です!」

 独特の表現で嬉しがりながら、ヴァナディースは階段を駆け上がっていった。

「そういうことなら特別な活動を紹介してあげる。校内で大人気なの」

「おねがいします!」

 素直についてくるヴァナディースからは、刹子の押し殺した笑みは見えずにいた。


「あ、まさか……」

 廊下を進んでる途中で何かに気づいたジロウだったが、刹子に睨みつけられて口を閉ざす。

 刹子は立ち止まり、空き教室の扉を開ける。

「さあ、入って」

「美術部でしょうか、科学部でしょうか、わくわくします!」

 飛び込んだヴァナディースの後に、何か言いたげなジロウを無理やり押し込む。そうして、最後に入った刹子は後ろ手にガチャリと鍵をかける。

「今よ、アメ!」

「はーい、結界発動~」

 ほんわかした声とは裏腹に、靴の底が震えるような力場がアメの足元から広がり、教室の四隅に立てられた笹まで到達する。

「休み時間に二人でこそこそ話してると思ったら」

 呆れ顔のジロウがやれやれと首を振る。

「フフフッ、これでもうあなたは籠の鳥ならぬ結界のエルフよ!」

 本性を現した刹子が鋭い牙をみせて笑う。

「これは……もしかして、演劇部なのですか!」

「ちっがーーーう!」

 渾身の作戦をボケで返されてしまった刹子が吠える。それを見たジロウは、必死になって笑いを堪えていた。

「あれ? わたし、間違えちゃいましたか? 何がおかしいんですか、ジロウさん?」

 ヴァナディースは口を押さえて笑いを我慢しているジロウの袖をツンツンと引っ張る。

「学級委員長とは授業中の仮の姿! 放課後の私は別の顔!」

 刹子はポケットから取り出した腕章を左腕にはめる。

「日本妖かし地位向上委員会委員長、大嶽刹子よ!」

「おお、変身ヒーローみたいでかっこいい」

 アメがぱちぱちと手をたたく。

「ほら、感心してないでジロウとアメも練習通りに!」

「呆れてるんだよ」

「ゴチャゴチャ言わない、委員長命令よ」

「ったく……えーと、同委員会の書記、鞍馬次郎坊」

 ジロウはおざなりに言って、雑に腕章をはめる。

「会計の九頭竜アメ!」

 勢いよく腕章をはめたアメだったが、サイズが合っていなくて、ずるりと下がってしまう。


「こ、これは……知ってます! 新人いびりですね! 靴に画鋲が入っていたり、ミミズを食べさせられたり、伝説の木の下に呼び出されたり! アニメとかで見たことあります!」

 別の意味で興奮気味のヴァナディースに、ジロウが肩をすくめる。

「のんきだなあ」

「大丈夫です、わたしは覚悟完了です!」

 ヴァナディースの意気込みは硬い握りこぶしとなって表れていた。

「変な想像してるとこ悪いけど、いびりなんてしないわよ」

 心外だと刹子は眉をひそめる。

「まさか……ッ、わ、わたしのこと食べちゃうんですか?!」

「生贄じゃないから食べない」

 アメの言葉に少し考えたヴァナディースは、ハッとしてジロウを見る。

「いびらない、食べない……ということは、え、えっちな事?! ヘンタイマンガみたいに!?」

「なんであたしを見て言うんだよ!」

 荒ぶるジロウの肩を刹子がぽんと叩く。

「ジロウはガラが悪いから」

「鬼に言われたくないからな!」

「ジロウのガラの悪さはともかく、学校にも認められてる健全な委員会活動よ!」

「あ、ちゃんと許可とってたんだな」

 意外そうに言うジロウと頷くアメを見て、ヴァナディースが首をかしげる。

「えっと……一体なにをする委員会なのですか?」

「日本妖かしの多方面でのプライオリティを高め、人間たちのニーズに応えることを目標に、様々なアジェンダを掲げ、日夜ブレーンストーミングとか色々とアレする委員会よ」

 途中で面倒になった刹子が適当に言葉をしめる。

「日本の妖かしさんについての委員会ということしかわからなかったのですが、なぜわたしが招かれたのですか?」

「西洋ファンタジーの研究のためよ」

「そう、敵を……倒すために」

 アメが不穏なことを楽しそうに言うが、暢気なヴァナディースは気づかない。


「あっ、だから黒板にオークの絵が描いてあるんですね」

 昨日ジロウがチョークで描いた醜いメタボモンスターを指差してヴァナディースが頷く。

「これはエルフよ」

「えっ……ルフ?」

 ヴァナディースは意味がわからないといった様子で、刹子の顔と黒板のエルフ(新)を何度も見比べる。

「何か誤解があるようなのですが……」

「誤解も何もないわ。この新しいエルフ像を人間たちに信じ込ませる計画を練っていたの」

「えっと……」

 困って眉毛を曲げたヴァナディースはジロウを見つめる。

「心配するなって。計画は止めといたから」

「ありがとうございます!」

 ヴァナディースはガラス細工のような指先を揃えて、深々と頭を下げる。

「いや、そんな大げさに感謝されてもな。だってさ、こんな美人の本物を前にしたら、コレを普及させるのなんて無理だってわかるから」

 ジロウは気まずそうに黒板消しを手にする。

「美人だなんて、そ、そんな……恥ずかしいです」

 頬を染めるヴァナディースをジロウは扱いかねて苦笑する。

 そんな困り顔で黒板消しを持ったままのジロウを、刹子がキッと睨みつける。

「わからないじゃない! 全部は当てはまらなくても、一つぐらいあってるかもしれないし!」

「ちょっ、なに不機嫌になってんだ」

「別になってない! いいわ、ヴァナディースさん! あなたとこのエルフ(新)に共通点が無いか、チェックさせてもらうわ!」

 対峙した刹子はビシっと人差し指を突きつける。

「は、はいっ!」

 緊張気味していたヴァナディースは肩を窄めて返事をしてしまう。


「あなた、お金はもってる?」

「カツアゲってやつですか!?」

「人聞きの悪い、まずは金銭感覚チェックよ。例えば、このハンカチはいくらだと思う?」

 刹子はポケットから取り出したハンカチを広げてみせる。

「クマさんが可愛いですから……5ユーロぐらい?」

「だいたい合ってるわね。アメも何かない?」

 話を振られたアメは、教室から運んであったバッグの中をゴソゴソと漁る。

「これは?」

 取り出したのは緋色のカバーをしたスマホだ。

「アメ、スマホ持ってたんだ。後でアドレス教えて」

「いいよー」

「あ、ジロウずるい、私も教えてよ」

「あの、よければ、わたしもお願いします」

 刹子に続いてヴァナディースも怖ず怖ずと申し出る。

「わかった」

 全員でアドレス交換をすることになって、和やかなムードが流れてしまう。

「って、それより金銭感覚チェックよ! アメ、とりあえず、それをヴァナディースさんに渡して」

「はーい」

「ひゃっ、冷たいです」

 スマホを受け取ったヴァナディースが冷水のような温度に驚く。

「そういうリアクション芸はいいから。値段を当ててみなさい」

「えっと……これって世界中で大人気でなかなか手に入らない最新機種ですよね……うーん、1000ユーロぐらいですか?」

「10万円とちょっとってことね、アメ、正解は?」

「0円」

「はっ?」「えっ?」「ゼロ?」

 アメの答えに三人同時に素っ頓狂な声を上げる。

「作ってる会社の人がヒット祈願のお供え物に毎年くれる」

「いいな~、新しいスマホ使い放題か。うちのお山じゃ、そういうご利益ないからな。あたしのなんて中学から変わってないよ」

 心底羨ましがったジロウが自分のスマホを見てボヤく。彼女のスマホカバーは猫のイラストが描かれている可愛らしいものだ。

「あのー、これはハズレってことでしょうか?」

「いえそれじゃ勝負の趣旨に反するわ。ちょっと待って、いま販売価格を調べるから」

 手帳型のカバーを開けて、刹子はササッと価格を検索する。

「12万円ね……ま、まあ、正解にしてあげましょう」

「やりました!」

 悔しさを滲ませ拳を握る刹子と素直に喜んで両手を上げるヴァナディース。

「ちょ、ちょっと待った……」

 背後から止めたのは、アメとアドレスを交換していたジロウだった。

「こ、このスマホカバー……ヒヒイロカネだ……」

「えっ、ほ、本当?」

 震えながら首を立てにぶんぶん振るジロウに、刹子も動きが止まってしまう。

「ヒーローカネってなんですか?」

 ひとり事情のわからないヴァナディースが首をかしげる。

「ヒヒイロカネは超超貴重な神の金属よ! 金やプラチナよりもずっと高価、妖かし商品取引所だと…………グラム9325円!」

 ネットで調べた刹子の声が止まる。

「本体よりカバーの方が高いぞ……」

 とんでもない貴重品を恐る恐る触っているジロウのツッコミもまるでキレがない。

「アメ、こ、これどうしたの?」

「お爺ちゃんが、高価なスマホが壊れたらいけないからってくれた」

「たしかにヒヒイロカネ製なら、妖刀マサムネだろうが至近距離のマグナム弾だろうが、問答無用で防げるだろうけど……なあ」

 ジロウは自分で言ってから呆れて首を振る。

「と、とにかく、残念ッ! あなたの答えはハズレよ!」

「はぅー、でも次は頑張ります!」

 一度は下がったヴァナディースの肩が再び上がる。


「最後はジロウから出題よ。アレを出して」

「アレって?」

「お守りにしてるアレよ」

「えぇ……アレは無理やり持たされてるだけで……」

「いいから早く」

 急かされたジロウは渋々と鞄を開け、柄の先にフワフワの羽を束ねたようなモノを取り出す。

「これはなんですか?」

「ワタシ知ってる、ジュリ扇」

 どうだと自慢げなアメに、ジロウが気恥ずかしそうに顔を赤める。

「ジュリ扇じゃねえから! 天狗の団扇! ば、ばあちゃんが使ってた奴だから……ちょっとデザインが変なんだよ」

「なるほど、古いものなのですね……えっと10ユーロぐらいでしょうか?」

 ヴァナディースの答えに、ジロウは何とも言えない表情を浮かべる。

「突風を起こしたりできる道具だから、職人に頼むと最低でも20万円ぐらいはするわよ」

 ジロウが少し可哀想に見えた刹子は、鑑定額に色を付けた。

「金銭感覚はそれなりに普通と」

 刹子は黒板に『エルフ(旧)』と書いて、金銭感覚に三角印をつけた。

「むしろアメの金銭感覚に疑問が残ったな」

「その件はいずれ片付けるとして、次のチェックよ」

 刹子はちらりと横目で黒板を確認する。


「今度はそうね……においよ!」

「に、においですか……普通ですけど……」

 ヴァナディースは三人の視線から身を守る様に自分を抱きしめ、脇を締める。

「体臭の強弱、質は種族によって違うし、そもそもエルフがお風呂嫌いという可能性もあるわ」

 刹子はジリジリとヴァナディースににじり寄る。

「ちゃ、ちゃんとお風呂も入ってますから……臭くないです……」

 危険を察知したヴァナディースが後ろに一歩下がる。

「自分のにおいって、自分じゃわからないものでしょ?」

 刹子はワキワキと指を動かし、ヴァナディースに襲いかかる。

「やですぅーー」

 必至に抵抗するヴァナディースだったが、刹子の鬼の力の前ではエルフの細腕は無力だった。

 あっという間にヴァナディースは羽交い締めにされてしまう。

「アメ、一番鼻がいい竜族のあなたがクンカクンカして確かめるのよ!」

「らじゃー」

「あっ、そこはだめですぅ~」

 刹子はヴァナディースの腕を強引にとると、無理やり脇を上げさせた。

「クンクン……クンクン……クンッ……」

「ひ、ひゃぁっ! くすぐった、ひうぅっ! ひゃめてぇ~」

 悶えるヴァナディースの脇に、鼻を突っ込んでいたアメの動きがピタリと止まる。

「美味しそう……ちょっと食べたくなる」

 顔を離したアメがつばを飲み込む。

「た、食べないでくださーい!」

「具体的にどんなにおい? 肉的な感じ?」

「ホットケーキにかかった蜂蜜みたいな……甘いにおい」

「甘い? 香水でもつけてるの?」

 気になった刹子が羽交い締めにしたヴァナディースのうなじに鼻を押しつける。

「スンスン……本当に甘い……。香水とは違う自然でスッキリとした甘いにおい。この香りで人間を惑わすのね!」

 言いながら刹子自身もまだにおいを嗅いでいたいと、ヴァナディースを離さない。

「あっ、ふぁぁっ! 首のとこ、あっ、ダメです! ひあっ、わたし、そこ弱いんですぅっ!」

「二人ともそのへんにしといてやれよ」

「そういうジロウだって嗅ぎたいんでしょ?」

「い、いや、そんなことないから……ヴァナディースさん嫌がってるだろ」

 口では否定しつつも、ジロウは悶えるヴァナディースをチラチラと見ていた。

「よ、よかったら、ジロウさんも……か、嗅ぎますか?」

 ヴァナディースは顔を真赤にしながらも、満更でもない様子だった。

「本人がいいって言ってんだから、嗅ぎなさいよ!」

 刹子は強引にジロウを引き寄せると、空いている脇に強引に押し付ける。

「だから、やめろって……本当だ、クンクン……お菓子作ってるときみたいなにおい……」

 全員でヴァナディースを囲み、5分間に渡ってにおいをを嗅ぎ続けた。


「はぁはぁ……やっと、終わった……身体中がまだ嗅がれてるみたいで、ムズムズします……」

 荒い息を整えたヴァナディースはほてった顔のままで、乱れたセーラー服を整えた。

「いかがわし事した後みたいね」

「十分にいかがわしい事だったような……でも、臭くないってわかってもらえてよかったです」

 前向きなヴァナディースだったが、刹子の追求はこの程度では終わらない。

「体臭がホットケーキのにおいだとしても、身体の内面まではわからない。そこで、体調チェックよ」

 刹子はヴァナディースのシワの残るセーラー服のお腹をツンと指差す。

「今日のお通じはどうだった?」

「おつうじ?」

「トイレをどうしたかってことよ」

「トイレ? あ、えっと……トイレは、その……」

 引いていた赤みが戻った顔でヴァナディースがもじもじと恥ずかしがる。

「便秘なの?」

「ふ、普通です! 普通!」

 温厚なヴァナディースもさすがに声を荒げる。

「本当かしら? 便秘じゃないとしたら、実は今もトイレを我慢しているとか……」

 刹子はヴァナディースのお腹に顔を近づけると、消化器の音を聞こうと耳をそばだてる。

「ラインを考えろ、刹子」

 伸びたジロウの手が刹子の耳たぶを引っ張り、強引に遠ざける。

「だって、トイレを直接見るわけにいかないし」

「もっと普通の質問にしろ」

 ジロウに強めに言われた刹子はすごすごと唇を突き出す。


「わかったわよ。それじゃあ無難に、食べ物の好き嫌いは?」

「えっと、好きな食べ物はお母さんの作ったチーズケーキで、嫌いな食べ物はサルミアッキです」

「エルフも肉は食べるの?」

「もちろん食べますよ。牛も豚も、鶏も、特に宗教的なNGはないですね」

「ステーキなら蕩けるように柔らかい肉と歯ごたえのあるしっかりした肉はどっちが好き?」

「そうですね、柔らかい方が好きですけど、お腹が減ってたらステーキの1枚や2枚ぐらいぺろりといけちゃいます」

「なるほど、人間の子供が好みだけど、お腹が空いていれば老若男女かまわず食べると」

「えええっ! 人間なんて食べないです!」

「肉は柔らかい方がいいって、そういうことでしょ?」

 堂々とした曲解にヴァナディースもどう反論していいのかわからなくなってしまう。

「一応聞きますが、硬い方って答えたら?」

「男の肉が好きってこと」

「そんなの誘導尋問じゃないですか! あっ……、ま、まさか皆さんは食べるんですか……に、人間を」

 目を見開いたヴァナディースは、怯えて様子で三人から後ずさる。

「人間なんて食べないわよ、今は」

「えっ?」

「えっ?」

 二つの疑問の声が上がる。一つはヴァナディース、もう一つはアメからだ。

「……この件は深くは追求しないでおきましょう」

「そ、そうだな」

 戸惑う刹子にジロウが力強く頷く。


「さてっ! 次はコレよ」

 突然、刹子がパンと柏手を打つ。

「バラエティ番組の編集点かよ」

 ジロウのツッコミを黙殺して、刹子はアメを促す。

「アレの準備は?」

「できてる」

 アメが大皿を運んでくる。

「これは……オダンゴですね! わたし、知ってます! 知ってます! 食べる意外にも、頭にくっつけると透明になれたり、イケメンとイチャイチャできたりするアレですね!」

 少し勘違いがあるようだけれど、刹子は敢えて訂正しない。

「あらい堂のあんこたっぷり団子と香ばしいみたらし団子よ! 委員会の会議に付き合ってもらったお礼にどうぞ」

「ありがとうございます! やっぱり皆さん、いい人なんですね!」

 ヴァナディースは串を一本てにとり、あんこ団子を口に運ぶと、もぐもぐと食べ始める。

「ん~~~! でっかい美味しいです! ソースの見た目はベリージャムみたいなのに柔らかな甘味! むぐむぐ、白くて丸いところがふにふにの後にとろとろがやってくる! はむぅん、可愛いのに侮れないです!」

「たくさんあるから、二本でも三本でも、好きなだけどうぞ」

「ありがとうございます」

 刹子がそう勧めても、ヴァナディースは大事そうに団子の玉を一つ一つ丁寧に食べていく。

「歓迎のお菓子を用意してたなんて、いいとこあるじゃん」

「シッ!」

 感心するジロウを刹子は邪険に押しのける。そんなことより重要だと、刹子は手にしたマイクを慎重にヴァナディースの口元に向けていた。

「……なにしてるんだ?」

「だから、雑音が入るから黙って」

 ヴァナディースは団子に集中していて、マイクのことは全然気にしていない。

「はぁ~、日本にきて夢が一つ叶いました~」

 幸せそうに目元を緩めるヴァナディースだったが、刹子はマイクの位置調整に集中していた。

 ヴァナディースが二本目の団子を食べ終わったところで、刹子は振り返る。レコーダーを手にしていたアメがグッと親指を立てた。

「ついに手にれたわ! エルフの咀嚼音を!」

 刹子はさっそくアメに投げ渡されたレコーダーを音量MAXで再生する。


『くちゅ……ん、もぐもぐ、くちゅ…………あむ……くちゃ……おいしい……ん~……んく、はぁ……もう一本……あむぅ』


 無理やり音量を上げても刹子が期待していたよなクチャラーというほどには聞こえない咀嚼音だったが、ヴァナディースの顔が一気に赤くなる。

「な、な、な……やめてくださいーーー!」

 顔から火でも吹きそうな様子でヴァナディースは手を伸ばすが、刹子から咀嚼音をループ再生するレコーダーを奪えない。

「この音声を切り貼りしてネットに公開し、エルフのクチャラー説を世に広めてあげるわ!」

「そんな酷い噂を広めないで下さい!」

「これであなた達エルフがファーストフードで食事をしようもなら、露骨に隣の席を空けられたり、食べてる口元をジッと凝視されるようになるの! この辱めに耐えられるかしら?」

「む、無理です! 友達があからさまに一緒に食事に行くのを避けるようになる生活なんて耐えられません! お願いですから音声データを消して下さい」

 懇願するヴァナディースを刹子は無碍に押し返す。

「フフフッ、これでエルフの権威は失墜し日本妖かしの地位が」

「向上するかバカ」

 最後まで言わさず、ジロウのツッコミが炸裂した。

「イタッ、ちょっと天狗の団扇で頭を小突かないでよ!」

「ド変態がすぎるぞ、没収だ! 没収!」

 ジロウは刹子の手からレコーダーを奪うと、さっさと音声データを消去してしまった。


「エルフは日本妖かしの敵よ! 侵略されるままでいいと言うの!」

「個人と全体を同一視するな。ヴァナディースさん自身が直接何かしてるわけじゃないだろ?」

「それは、そうだけど……」

「敵じゃないの?」

 歯切れの悪い刹子をよそに、アメが困った表情のヴァナディースを見上げる。

「はい、わたしはアメさんたちの敵じゃありません。できれば、お友達になりたいです」

「そっか、わかった。じゃあ今日から友達になろ」

 伸ばしたアメの手をヴァナディースがしっかりと握る。

「アメまで懐柔されるなんて……これじゃ、鬼ヶ島の惨劇が再び……」

「お前の勝手な決めつけを、歴史的事件と一緒にするな! さっさと降参しろ」

「うぐぅ……私が鬼族最後の砦として……」

 日本妖かし全体とクラスメイトの狭間で刹子は葛藤する。

「刹子さんが真っ先に話しかけてくれて、でっかく嬉しかったです」

 ヴァナディースの宝石のような目が、刹子を正面から見つめる。

「憧れだった日本に来れるのは嬉しかったけど、知らない学校に来るのはやっぱり怖くて緊張して……、でも刹子さんが教科書を見せてくれたり、他にも色々と親切に教えてくれて、不安が吹き飛んじゃいました」

「そ、それは学級委員として当たり前のことだし……」

「こうやって刹子さんやジロウさん、アメさんとお話できてるのでっかく楽しいです。だ、だから、わたしとお友達になって下さい!」

 今にも泣き出しそうな顔でヴァナディースは、刹子に手を差し出す。

「ぐっ……し、仕方ないわね。日本妖かしの品位を落とさないためにも……と、友達に……なってあげなくもない……から」

 刹子はおもむろにヴァナディースの手をにぎる。

「ありがとうございます!」

「日本妖かし全体のためなんだからね! 勘違いしないでよ」

 ギュッと握り返されたヴァナディースにされるがままに刹子は手をぶんぶんと振り回された。

「はっ……これがツンデレ」

 アメの呟きに胸を撃ち抜かれた刹子の顔が羞恥に染まってしまう。

「人を呪わば穴二つだな。ま、仲直りできたことだし、団子でおやつにしようか」

 そう言ってジロウはお茶の準備を始めた。


 美味しい団子とすっきりとしたお茶で、場の空気はずいぶんとほぐれていった。

「なるほど、それでエルフ族を敵と言っていたのですね。。ご迷惑をおかけしています」

 前回の会議の説明を刹子から聞いたヴァナディースが頭を下げる。

 それを見たジロウが慌てて否定する。

「いやいや深刻に謝る必要はないって。刹子が大げさに言ってるだけで、日本人がエルフが好きだってだけの話なんだからさ」

「日本人のエルフずきですか……そんなにいいものじゃないですよ」

 湯呑みを置いたヴァナディースの声のトーンが下がる。

「崇められるのがよくない?」

 竜神であるアメが不思議そうに首を傾げる。

「……『エルフ オーク』で、イラストを検索してみて下さい」

 ヴァナディースは躊躇いがちに目を伏せる。

「それって……」

 察した刹子も眉をひそめる。

「オークってRPGでよくみる雑魚の? どういうことだ?」

 事情のわからないジロウは自分のスマホで実際に、『エルフ オーク』でイラストサイトを検索してみた。

「なっ、なっ、なっ?!」

 天狗らしく顔を真赤にしたジロウが、呼吸を忘れてしまったかのように口をパクパクと開け閉めする。

 出てきたのはエルフを襲うオークの卑猥なイラストだ。それも一つや二つではない。数千件ものイラストが検索にヒットしていた。

 ヴァナディースは伏せていた顔を上げる。

「そもそもオークという言葉であらわされていたのは海の魔物で、エルフとはなんの関わりも無かったって、お婆ちゃんが言ってました」

「へー、海ならワタシたちに近かったのかな」

 アメがどうなんだろうと首を傾げる。

「それをです! ロード・オブ・ザ・リングの作者さんが創ったモンスターにオークなんて名前をつけて、しかもですよ、エルフ族から生まれた邪悪な存在なんて勝手に後づけしちゃったんです!」

 憤慨したヴァナディースに、ジロウとアメが若干引いている。

「そこから色々な人間たちが悪ノリして、今では『ごらんの有様』なんです!」

 まくし立てたヴァナディースは、冷めたお茶を一気に飲み干す。

「つまり共通の敵はロード・オブ・ザ・リングと作者のトールキンということね」

「はい!」

 頷く刹子にヴァナディースが力強く同意する。

「刹子はともかくヴァナディースさんまで……」

「ジロウ、これは聖地の問題と同じよ。外野が適当なこと言って煽ったせいで、本人たちが苦労するパターンなの」

「そ、そうか? でもさ、ロード・オブ・ザ・リングが広がったことで、エルフの美形イメージが確固たるものになったわけだし、悪いことばかりじゃないだろ」

 何かに気を使ったジロウの言葉にも、ヴァナディースはそうじゃないと首を横に振る。


「その見た目のイメージも問題があるんです……」

「問題? 面白そうな話ね、詳しく聞かせて」

 獲物の弱点を嗅ぎつけた刹子の目が光る。

「少しでも『美形のイメージ』から外れるとめちゃくちゃ叩かれるんです。人間や他種族だけじゃなく、同じエルフからもです」

「同族からも?」

 仲間意識が特に強い鬼族の刹子が眉をひそめる。

「少しでも太るとダイエットを強く勧められますし、二段腹にでもなったら村八分もの。だから、美味しい食べ物も我慢しなくちゃいけないんです。体質的に太りやすいエルフは厳しい監視がつきます。ダイエットのせいで、拒食症や過食症が社会問題になってるぐらいです」

「森の奥で暮らしてる素朴な種族ってイメージが……」

 ジロウが残念そうにつぶやくと、ヴァナディースが身を乗り出す。

「素朴なんてとんでもないです。テレビのCMなんて美容整形クリニックばっかりですよ」

「なんかイメージ狂うな」

「でも女性はまだいい方なんです。男性は年をとると頭髪が薄くなって……。植毛増毛は美容以上の一大産業になってます」

「ハゲ・不細工には人権がないディストピアなの?」

「はい……わたしのお父さんも……」

 刹子の歯に衣着せぬ言葉に、ヴァナディースは寂しそうに目を伏せる。

「なんでそこまで厳しくするんだ。ハゲもデブもなっちまったものは仕方ないだろ。みんなで認めたらいいのにな」

 理解できないジロウは、馬鹿馬鹿しいと鼻を鳴らす。

「みんなプライドが異常に高くて、それが普通だと思ってるんです」

「プライドより、このお団子をお腹いっぱい食べれる方がいいよね」

 そう言ってアメはみたらし団子を頬張った。

「今のエルフはこの『容姿』のイメージが一番の売りで、それをもとにモデルやファッション、オシャレ家具、広告産業で外貨を稼いでますから」

「そういえば人間の国でも、美人で売ってるところあるよな。あれもヨーロッパの方だっけ?」

 ジロウのふわっとした知識に、ヴァナディースがそうですと頷く。

「やっぱり私の立てた『エルフのイメージ失墜作戦』は間違っていなかったのね」

「やり方が随分と酷かったけどな」

 得意げに額の角を反らす刹子を見て、ジロウがアイディアは認めると苦笑する。


「ヴァナディース、色々詳しいね」

 アメが送る尊敬の眼差しに、ヴァナディースはそんなことありませんと謙遜する。

「そうだ、いいことを思いついた!」

 空になっていた湯呑みを刹子がドンと机に置く。

「ヴァナディースさん、日本妖かし地位向上委員会に入らない?」

「えっ、エルフの私がいいんですか?!」

 戸惑いながらもヴァナディースの声は弾んでいた。

「西洋ファンタジーの人気を探るためには、本場の人の意見も欲しいわ」

「刹子の思いつきは大抵ろくでもないけど、今回のアイディアには大賛成だ」

「仲間、増えるのいいね」

 ジロウとアメも歓迎のようだ。

「えっと、なら一つだけお願いしていいですか?」

「交換条件? 西洋ファンタジーの利権を守るために、拒否権が欲しいとか?」

「違います。あ、あの……ヴァナディースさんじゃなくて……ヴァナって呼んでもらえますか? と、友達はさん付けしないって……本に書いてあったので……」

「いいわよ、その代わり私たちのこともさん付け禁止。ジロウとアメもそれでいいわね」

「もちろん」

「うん、いいよー。ヴァナディースって言いづらかったし」

 ぶっちゃけるアメにジロウが苦笑する。

「ようこそ日本妖かし地位向上委員会へ、ヴァナ」

「はい、よろしくお願いします!」

 差し出した四人の手が、テーブルの上で重なる。


 こうして、日本の妖かし界を変えるかもしれない新たな戦力が加わった。

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