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間食の一品目「聖処女の朝餉」

 聖処女の朝は早いのです。まぁ、そもそも娯楽に乏しい聖堂なので

式典や聖務以外では質素倹約、清貧を貫くのが良しとされており

ストイックな我が宗教は酒も肉食も程々に制限されています。

結果『寝付きは良く、朝は早く』が皆、常態化しています。

高説も理念も浸透させるのはまずは習慣からという事ですね。


「聖処女マグダリア。僕は思うんだよ」

「何かしらっ夢魔。私が起きてからっ、半刻は寝てた寝坊助頭にっ

 何の想いが巡ってっ、来たの?」

「いや、その……それ必要?」


 当然、私も朝日が昇る前に目が覚めて朝餉の時間までは大分あります。

聖堂の住み込み職員の人数が人数ですから、急かすのは酷というモノ。

よって、早起き者達は瞑想や祈りの時間として

この時間を有効活用しているのです。嗚呼、なんて健全なんでしょう!

流石、主神ノースの理を抱き、日々を生きる者達の生活空間だけであるわ。


「世の中っ、必ずしもっ、必然だけで動くほどっ、理は単純ではっ

 無くってよ? 朝ご飯まではっ、まだまだっ、時間があるわっ」

「あ、鍛錬は止めないんだ。いや、別に止める気は無いけど」

「貴方もっ、どうかしらっ?」

「いや、僕達は[精神体]だから筋肉とか鍛えられないから無意味だよ」

「あらっ、そうっ?」


 あ、ちなみにですが私は聖職者の奇跡系スキル、秘術スキルは

ほぼ網羅していますので、今はひたすらに体を鍛えております。

まず、朝は聖堂の中庭の走り込みを足が棒になるまで。

次に自室に一度戻って足を休めながらも、聖具の持ち上げ動作を

手が上がらなくなるまで。最後に、腹筋と背筋を体が上がらなくなるまで。

スクワットとか言うしゃがみ込みの運動も取り入れたいんだけど

やはり、足への負荷は一日の務めに負担が多過ぎるから組み込み辛いのよね。


「さっきから数えてないけど目安とか無いの?」

「別に私はっ、回数をこなす為にっ、体を鍛えているっ、訳ではないわ?」

「え、他に目的があるの?」

「まぁ、儀式の為のっ、生存性をっ、上げる意味もっ、あるけどっ……ねっ」

「ああ、まぁ強いほうが死にづらいもねぇ」

「後は朝ご飯にっ、なればっ、解るわっ」


 そう言って私は夢魔に見られながらも鍛錬を終える。

この時間はサキすら用事が無いと尋ねて来ないから朝から

こんなに喋るなんてのは久し振りね。ほんっと聖処女のお役目になってから

一人の時間が増えたわ。まぁ、その分聖務で知らない人と会話をしたり

頭のトチ狂った狂信者やら暗殺や誘拐目的の者を相手にする事は増えたけど。


「さて、そろそろ行かないと」

「ん? 朝ご飯かな? けど、それ汗臭くないの?」

「何を言っているの? こんなままで行く訳ないじゃない」


 全く、そんな汗臭い聖処女とか嫌じゃない。戦闘僧じゃあるまいしね?

かと言って香水も付けられないとなればすることは決まっている。

私は一通り朝の鍛錬を終えると中庭へと再び向かう。

毎朝の事なので既にサキも待機していた。いつも付き合ってくれる

サキは本当にいい子ね。例え、夜の性母だとしても

彼女は神殿侍女としての仕事は完璧と言っても過言ではないわね。


「サキおはよう。今日もやるわ」

「おはようございます、マグダリア様。

あら、今日は天使ちゃんも見学ですか」

「ええ、まずは一通り、私の生活を見せているわ」

『おはよー、おっぱいメイドちゃん』

「おはようございます。天使様」


 サキは相変わらず夢魔の言葉は聞こえていないがなんとなく

雰囲気とタイミングで挨拶と感じ取った様で挨拶を返していく。

流石、サキ。伊達に胸がでかくないわ。うんうん、そんな訳で

私は汗に塗れた服を脱いで晒しと下着姿で中庭にある滝へと

足を踏み入れる。コレも私の日課、水に打たれて熱り立ち高ぶる

気持ちと意識をただただ、轟音と打たれた水の流れに任せる。

とある島国の修行僧から習ったのだけどね。これがまた良いのよ。


「わー、僕は滝に入水自殺してる様にしか見えないよー」

「何を言うの。コレも水行という立派な鍛錬よ」

「その鍛錬意味あるのー?」

「目が醒める上に汗と匂いが取れるわ」

「やっぱり、ただの水浴び(超強め)じゃないかー」


 まぁ、夢魔ではこの鍛錬の高みを理解するのは難しい様ね。

この水圧と絶え間ない水音と夏でも冬でも身を刺す様な冷たさが

精神を研ぎ澄まし、なんかいい具合に体の熱も収まるのよ。

決して、ただ冷たい水を浴びて気持ち良いだけではないわ。

なにせ、海を超えて来た修行僧直伝ですもの。霊験あらたかなのよ。


「こんなものね。いつもありがとう」

「いえ、マグダリア様がお風邪をめされても困りますし」

「私はこの程度では病に倒れません。ただ、貴方の心遣いは

 きっと主神ノース様も見てらっしゃいますよ」

「ありがたいお言葉です」

『実際、見てたら覗きだよね』


 シャラップ! 全く、夢魔や魔の者にはノース様の尊さが

解らないのよね。まぁ、そこら辺はとやかく言っても仕方ないわ。

それらに干渉し、弾圧するのは別の部門なので何も言いません。

私はサキが事前に用意してくれたタオルで体を拭き、着替えを済ませます。

この時間にこの滝に来る者は居ないのですが念のため

奇跡スキル〘セイント・ウォール〙で目隠しをしておきますけどね。


「さて、朝餉に行きましょうか」

「では、こちらはお洗濯しておきますね」

「はい。お願いします」

『いってきまーす』


 夢魔は馴れ馴れしくサキに手を降るとサキも手を振り返す。

ああ、こんな軽薄で淫らな夢魔に優しく微笑んで手を振り返すなんて

本当にサキはいい子だわ。ある意味、聖職者としては

私より向いてるんじゃ無いかしら? ま、そんな事はどうでも良いの。

さて、朝餉、ご飯よご飯なのよ。日々の生活の中でこれがないと

やはり、いくら聖処女の私でもモチベーションがダウンしてしまうわ。

きちんと体も栄養を入れてケアをしないとね。


「おはようございますマグダリア様! おらっ! 皆も挨拶を!」

「「おはようございます!!! マグダリア様!!」」

「朝から元気が良いことですね。おはようございます」

『聖処女マグダリアー。僕は聞きたいんだ』

「何かしら?」

『なんで、ムキムキな男女に混じって君は並んでいるんだい?』

「それは此処が神殿騎士用の食堂だからよ?」

『わけがわからないよ』


 そういって私は食堂へと並ぶ。熱気と怒号が朝から元気に

飛び交う男たちの快活な掛け声に混じって、男勝りの女騎士達も

笑い声と拳が飛ぶ。うむ、今日も元気で実に結構!

私が入ってくるのが気付けば、大声で呼び掛けが行われ

一斉に挨拶を返してくる。きちっと整然と並び立てられる男女の

掛け声というのは賛美歌とは違った響きがあって気分が良いわね。

ご飯がすすみそうだわ。今日の豆は大盛り3杯でお願いしましょう。


『え、聖処女ってこう偉い神官様達とかと一緒に

優雅に御飯食べるんじゃないの?』

「私は確かに聖処女だけど別に特段偉い訳でもないわ。

 まぁ、聖務や外交の時はそれっぽく扱われるけど」

『じゃあ、なんでこっちの食堂に? 確か聖職者用のがあったよね』

「そこら辺は現場の意見を聞きなさい。私は食事の前のお祈りをします」

『ん? まあ、じゃあ聞き耳を立ててくるよ』

「皆、聖処女様が祈りを捧げる! 手を止めよ!」


さて、流石に食事の最中まで夢魔に見られているのは

気分がよろしくないわ。せめて一緒に食べるなら兎も角

小バエの様に周囲に飛ばれても鬱陶しい。

食事は孤独に自由でなければならないでしょう?

そんな訳でいつもの日課を。こうやって主神ノース様に

感謝を捧げてこそ、日々のご飯も美味しくなっていくのです。

私は周りが静かになった後、ゆっくりとそしてはっきりとした

言の葉で祈りを捧げていく。


「天高く慈悲の翼広げし、我らが主神ノースよ。

 その燃える想いが我らの陽光となり

 その悲しむ嘆きが我らの水瀬となり

 その恵みが今、我らの前へと並び立てられております。

 我らが子と卓を囲み、誰も傷付けず殺めずにこの糧を得られる

 この奇跡に感謝をし、その理を信じて今日も平穏に努めましょう。

今日という日を生きる為、いただきます」

「「いただきます!」」


そうして私の膳へと盛られた、煮豆と茹で野菜とふかし芋に手を付ける。

今日は茹で卵がつくのよね♪ 多めに欲しいけど此処は我慢よ。

ただ、やはり豆は外せない。芋はお腹が膨れるけど太るし

筋肉がいまいち増えないのでダメなのよね。

豆7:野菜2:芋1辺りの割合が黄金比なのよ。


さて、夢魔は姿を消したまま騎士達の話を聞いている様ね。

丁度、新規の騎士達が赴任されている頃でしょうから

色々と疑問や勝手の解らない子も多いから偶然疑問が

かち合う事もあるでしょう。何より食事は邪魔されたくありません。

食事というのは自由に誠心誠意、命を頂いている事に集中しなくては。


「先輩、あの聖処女様でしたっけ。なんでうちらと一緒に

飯食ってるんすか。俺たち同じ空気吸っていて良いんすか」

「なんだ、知らんのか……ってお前は此処に来たばかりだったか。

マグダリア様はな。心身共に高みを目指してらっしゃる」

「は、はぁ。体鍛えてるってのは聞いてましたけど」

「うむ、故に聖職者達と同じ精進飯では足りぬのだ」

「大食いなんすか? なんか、うちらの倍位盛られてますけど」

「それもある。後は彼女ががっつり食う事により

 俺達や若い修行僧が遠慮せず量が食え、メニューの改善がされるのだ。

自らを守る者達と同じ目線に立ち、考えているんだよ」

「なるほど、聖処女様って色々考えていて凄いんすね!」

「うむ。俺達の日々の飯がたらふく食えるのも聖処女様のおかげなんだぞ?

 だから、俺達はしっかり彼女を護らねばならんのだ」

「うぃっす! 頑張ります!」

『これは酷い』


 食事を進めているとなんだか夢魔が疲れた顔で戻ってくる。

ふふ、騎士達の高潔さにやられたのかしら? 良いことだわ。

次の命が巡ってくる時にはコチラ側に産まれれば良いんだけど。

ま、今生や来世についてはとやかく言うのは止めましょう。

私も救世の儀に身を捧げる身。私はそれだけで良いのです。

後、今日の豆は実に良い感じに煮ていますね? 至福です。

これは大盛り4杯にしておくべき……いえ、流石にそれは

節制に反するわ。むぐぐ、まぁこれも修練、良しとします。


『もう、なんか色々凄いね、此処』

「善意で世界が上手く回るなら良いんです。今日も豆が美味しいわ。

肉は中々食べられないけれど、豆だけは本当に食べないと」

『どれ、一口……うん。そんなに美味しくないね!』

「コレでも少ない予算で頑張っているのよ。

私が食べる様になって増えたけど来る前はもっと酷かったの」


 ふふ、夢魔も此処の良さが身に沁みてきたのかしら?

良いことだわ。そして、夢魔も煮豆を一つつまみ食いをする。

確か[精神体]の存在は食事を必要としない筈だけど

それでも食べられない事はないとは聞いているわ。

一瞬、この美味しい煮豆に対して文句を付けた事に

滅してやろうとは思いましたが、そもそも夢魔と人間とは

味覚も違うでしょう。何より、コレも努力の賜物でまだ発展途中です。


「だから、食べる前に鍛錬を重ねてしっかりお腹を空かせるのよ。

私が運動を始めたきっかけでもあったわ」

『理由が食い意地だけじゃないか!

 そりゃあれだけ動けば、なんでも美味しいよ!』

「あら、心と地域の平穏を与え、食と人生を豊かにするのが宗教よ?」

『いや、なんかこー、それ違う気がする』


 ああ、目に浮かぶのは過去の水でかさ増しされた味気のない麦粥。

芋と豆を浮かべて、それっぽく仕立てますが味はお察し。

当初は本当に味が薄く、とりあえず芋と麦の量だけは確保する。

まぁ、神殿騎士とは聖職者の護衛と聖堂の警備等で

遠征などをすることもない職業です。その上に肉食や

酒を人前で食べるのを良しとしない風潮があったとは言え

それはそれは酷いものでした。それでも私が黙々と日々

不味そうに食べていた甲斐があったというものです。

それに比べれば今日の煮豆はなんと美味しいことでしょう。

ちゃんと味付けがされているんですよ?

コレも主神ノース様の理のおかげです。


「今日も美味しゅうございました」

『完食したよ、あの山盛りの豆を』

「当たり前でしょう? 寄付と国家の予算で

支援されている聖堂の予算で作られたご飯なんです。

残すなんて主神ノース様が嘆かれます」

『そんなの一々主神が気にしているとは思えないよ』


 全く、この夢魔は本当に風情が無いわね。

確かに主神が我らの事を逐一見ているとは思えないし、

仮に常に監視し、神罰をバシバシ食らわせていたら

もう少し世の中は良くなっているかも知れないわ。

けれど、それで主神頼りになってはそれこそ人は堕落するもの!

人は神と自然のもたらす恵みに甘えるだけではなく

ソレに感謝して、その上で自分に出来る事を努めるべきなのよ。

私は立ち上がり、膳を片付けながらも理を再認識する。

さて、普段なら他の騎士達の食事の邪魔にならない様に

早めに自室へと戻るのだけど、今日はあの人を探さないと。


「シャムール様」

「マグダリア様! ご機嫌麗しゅうございます」

「ご機嫌麗しゅう。確か、午後の聖務は無く、お暇だったわよね?」

「はっ、以前のお願いは叶いそうです」

「あら良かった。また久し振りにお願いするわ」

『ん? デートかな?』


 まぁ、そんなものかしらね? ほんとこの夢魔は

イベントごとが重なる日にこっちに来た様なものよね。

これから一年で一番忙しくなる時期だって言うのに。


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