聖処女幕「そして、私は淫らな夢へと魔が差して」
私は聖処女盃のマグダリア。
平穏と安楽を広め、人々の安寧を得る地として
この大地を創り、魂と世の理を導きし主神ノースの依代。
この純潔を用いて来るべき世界の破滅の際、救世の儀を行う為に
生まれたのが私。名も役割の名であり、本名ではなく
私は救世を為す為だけに聖別され、育てられている。
今、過ごしている広々とした白い部屋も特に私の嗜好ではなく
代々のマグダリアが使用していた部屋であり、高そうなだけで
見ても何も感慨も抱かないツボなどの調度品や女の子だから
とりあえず可愛い天使人形とか置いとけ的な雑貨チョイスが
非常に癪に障るのですが、別に自分で買ったモノではないので良しとします。
「その私の部屋になぜ夢魔が紛れ込んでいるのです」
「灯台下暗し! ほら、此処なら居るとは思わないじゃん?」
「此処の聖堂は退魔の結界が張っている筈なのですが?」
「アレ、強力かつ邪悪な魔の者専用だから
僕みたいなちんけで特に悪さをしない夢魔は効かないみたい」
そう、私の寝床の前に夢魔がいるのです。
私の能力で魔物の種族や悪心を見抜く力が備わっています。
目の前の寝間着姿の薄い布に身を包み、肢体が透けて見える
性別がよく解らないし、くるくると癖の強い淡い青の髪色は
やはり、人外のそれだと私の能力と直感が見抜いています。
まぁ、胎児の様に膝を抱えて空中でふよふよ浮いている時点で
少なくとも一般人ではありませんね。
「しかし、夢魔という位なら魔の者なんですよね?
やはり、滅ぼされるが良しとしましょうか」
「いやー、なんか分類的にそっちに割り振られちゃったんだけど
あくまで僕は豊穣を司る女神の使いなんだよね。
ただ、ほらそっちの宗教だと地方神や土着神は全部異端の悪魔じゃん?」
「外ではそういう事になっていますね」
私には退魔の御業を覚えているのでこのくらいの強さの
夢魔なら一瞬にして塵として天へと還すことは可能です。
なので、此処に来る魔の者は大抵大軍での攻勢を仕掛けたり
潜伏能力の高い単独犯による暗殺が常々。勿論、警護は厳戒態勢の為
私の目の前に来る前に処分されてしまうのが殆どです。
大抵は突破しても息も絶え絶えで、私がトドメを刺す事は時々ありますが
こうやって元気に私の前に姿を現すのはこの者が初めてですね。
「しかし、何故こんな敵地のど真ん中に? 暗殺ですか?」
「とんでもない! 僕は役割を果たしに来ただけさ。
役割があるから僕は此処に顕現している」
「役割とは?」
「僕は淫魔程じゃないけど処女童貞に淫夢を見せて
性へ目覚めさせるのがお仕事なの」
「なっ///」
ななな、なんたる破廉恥な! 精々悪夢を見せては人々を苦しめて
愉悦を楽しむうちの一部の神父連中と同好の志かと思いましたが
い、淫魔と変わらないじゃないですか! とっても破廉恥です!
くっ、そんな性別不肖気味で男も女も変わらずホイホイ誘い出しそうな
見た目なのはそういうことですか! さっきからちょっと可愛いから
このまま置いておくのもありかしらと私の本能に揺さぶりを掛けるのは
そういう事だったんですね! やはり、魔の者は滅ぼさねばなりません!
「寝る時に見る夢は勿論、一瞬の性のときめき、白昼夢、妄想。
全てに色を付けるのが役割さ。そうでもしなきゃ人間は
あそこまで数は増えないよ。発情期もないんだし」
「やはり、滅するが良しとします!」
「まぁまぁ、そう急ぎなさんな。お姉さんの役割は聞き及んでいる。
大変名誉あるお仕事だと思うし、こうやって組み上げた事は
人の叡智の結晶とも言っていい」
「夢魔に褒められる為にやっていた訳ではありません」
むむ、大変やり辛いですこの夢魔は! なんでしょう?
やっぱ滅ぼしましょう、破廉恥ですし! 破廉恥ですし!
くっ、しかし、しかしですね!? やはり、私も聖処女故に
そんな無慈悲にさっくりと滅ぼしてしまうのはいけない気がするのです。
幾ら魔畜生の夢魔と言えども、話だけでも最後まで聞いてあげましょう。
変に禍根を残して邪霊になられても浄化の二度手間になるだけです。
ええ、なんて寛大な処置と思い付きでしょう。
これもきっと主神ノース様の理が身についている証拠ですね。
「ま、僕自身は役割を持って生まれただけであって
使命とか生き甲斐とかはない。ただ、無駄死には流石にね?」
「……私には貴方は不用です」
「まぁーまぁ、どうせ君も儀式で死ぬし、僕も君に滅せられるだろう。
ただ、お互いに折角生まれた命だ。豊穣の業を持って、性を知るのは
悪いことでもないだろう? 僕自身が君を犯す訳ではない」
「む、それはそうですね。私自身には何もしないのですね?」
「勿論だとも! 僕に生まれた役割を果たさせておくれ、聖処女マグダリア様」
「……解りました。私も儀式でこの生命を供物とする身。
貴方一人の命を救うも殺すも大差ありません。好きな様になさい」
そう、私はこの時点で間違えてしまったのです。
これから続くこの夢魔との淫らにして最高――ごほんっ!
下世話にして最低な試練の日々が始まってしまうのです!
夢魔のドスケベ妄想なんかに聖処女は負けないんだからね!