9 フィロザ。
フィロザ様視点。
それは、一目惚れ。
静かな図書室を捜していた時だ。
誰もいないと思っていた図書室Bに、彼女はいた。
円形の窓から射し込む陽の中に、机に腕と頭を置いて眠っている。背中に彼女を包み込むようにある波打つ長いプラチナブロンドが、キラキラと光っていた。こちらを向く健やかな寝顔。
そんな姿を見て、惹かれた。
シェリエル・レッドフィールド嬢。
最近噂の的になっている令嬢だということはわかった。クラウス・サルバトーレと許嫁関係を解消された、と。
二度目に訪ねてみれば突っ伏していたから、もしかしたら具合が悪いのかと思い、声をかけた。それとも傷心で泣いてしまっているのか。でも顔を上げた彼女は、泣いてなどいなかった。
大きな琥珀の瞳で見上げてくる。それからやんわりと微笑みを浮かべる。愛らしく綺麗な人だと思った。
憂いなんて感じさせず、俺の目を見て言葉を交わしてくれる。そんな彼女は傷心しているとは、とても思えなかった。許嫁関係を解消されて傷心しているというのは、ただの噂に思える。
名前で呼び合えて、心が踊った。
ああ、恋をしたのだと実感した瞬間。
シェリエル嬢に名前を呼ばれるのは、甘美だ。
陽射しで輝いている髪に触れさせてもらってみれば、心地良かった。思わず口付けをしてしまいたくもなったが、堪える。焦ってはいけない。
もっと触れたいが、焦ってはいけない。
シェリエル嬢の友人らしき生徒から、シェリエル嬢の好物を聞き出して用意した。シェリエル嬢は喜んだ。その笑みは、とても美しいものだった。俺も喜びを感じる。
至福の一時だった。
ある日。思い付きで気配を消して図書室Bに入ってみた。
いつも来たことに気が付いて、笑顔で出迎えてくれるのは、魔力の気配を察知しているからだと考えたのだ。それは的中して、眠っているシェリエル嬢を見付けた。
また円形の窓から射し込む陽の中で、健やかな笑顔が輝いている。
思わず、触れてしまった。寝顔が可愛らしすぎてつい。
それから隣に座って、シェリエル嬢を見つめていれば、彼女も見つめ返してくれた。大きな琥珀の瞳で見つめられると吸い寄せられてしまう。
すると、彼女は頬を赤らめてキュッと目を閉じた。
それも可愛らしすぎて、笑ってしまいそうになる。
優しい気持ちでいっぱいになって見つめたあと、額に口付けを落とした。幸福だ。
ふと、見てみればシェリエル嬢が枕にしていたのは、また幻獣図鑑だった。お気に入りなのだろうか。その中に、飼っている幻獣・ディアモンドが載っていたことを思い出した。
幻獣に会ってみたいと、会話もしたのだ。
早速会わせてみた。シェリエル嬢は戦闘魔法授業の対決で勝った時よりも、嬉しそうな笑顔を見せてくれたのだ。
お昼の時間は、仮眠をとるための時間だったのだろう。だからディアモンドに凭れて、一緒に眠ろうと思った。けれども、それどころじゃなくなる。
想いを明かした俺を、熱く見つめてくれた。
もう我慢出来なくなって、俺は口付けをした。
頬を赤らめて、嬉しそうに笑みを溢すシェリエル嬢が、堪らなく好きだと思った。
シェリエル嬢とクラウス・サルバトーレの許嫁関係は、解消されたのではなく、話し合って解消したのだと聞いた。理由は、クラウス・サルバトーレに想い人が出来たからだという。
こんな愛らしい許嫁がいるのに、どうして他の女性に目がいくのか、理解に苦しんだ。
翌日そんなクラウス・サルバトーレが、学園の廊下でシェリエル嬢に突っかかっていた。
シェリエル嬢はムキになって声を荒げていたけれど、こんな風に話すのかと意外に思った。長年の付き合いで元許嫁だからこそなのだろうか。そこに嫉妬してしまう俺がいた。
だから、同じように話してほしいとお願いした。
距離が縮まったと感じられて、喜んだ。
そんなシェリエル嬢に、二つお願いされた。ディアモンドにもう一度会いたい。そして、ディアモンドに凭れて俺と仮眠をとりたい。
そのお願いを喜んで叶えようとしたら、何故か触り合いになった。
シェリエル嬢から、俺の髪に口付けをしてくれたものだから、想いが溢れてしまう。俺だって想っていると伝えたくて、どんなに想っているのか知ってほしくて、熱い口付けをした。
シェリエル嬢の唇は柔らかく、そして甘い。
これで足りただろうか。
シェリエル嬢は頬を赤らめて、見つめてくれた。
ああ、俺の方が足りない。
なんて我儘は、我慢する。
ただ抱き締めて、シェリエル嬢の願い通り、少し眠ることにした。
君に何度も恋をしている。これからも愛そう。