1 役目放棄。
ハロハロハロー。
【悪役令嬢は役目を放棄して惰眠したい。】の連載版。
短編と大体同じです。
それは図書室で、まどろんでいる時に思い出した。
とある小説。魔法を学ぶ学園に、恋をした男爵令嬢が居ました。相手は子爵子息。それも許嫁のいる相手でした。
けれども、恋をした男爵令嬢と子爵子息は想い合いました。
しかし、それを許さなかったのは許嫁の伯爵令嬢。
伯爵令嬢は諦めさせようと、あらゆる嫌がらせをしました。
だがそれも無駄なこと。二人の恋を邪魔出来なかったのです。
伯爵令嬢は公衆の面前で、子爵子息にフラれました。
男爵令嬢と子爵子息は、結ばれてめでたしめでたし。
その悪役令嬢の名前は、シェリエル・レッドフィールド。私の名前である。
何の運命の悪戯なのか、あるいは神様の悪ふざけか、私はその小説の世界に生まれた。子爵子息のクラウス・サルバトーレ。親同士が決めた許嫁である。
そして、男爵令嬢はミリア・フォーブス。最近クラウスと仲良さげで気に入らない女子生徒だ。
私シェリエルは、親に大層可愛がられて育った。思い通りにならないことなんて今までなかったから、許嫁を奪おうとする存在にさぞかし怒りを覚えたのだ。だから、クラウスに親しくするなと苦情を訴えた。
これから嫌がらせも目論んでいたけれど、やめだ。
どんなことをしても、きっと結末は小説と同じ。
怒り続けるのも疲れるものだ。
それにそれほどクラウスを好きでもない。100人中100人はかっこいいと言われる美男子でもだ。それに許嫁がいる身で、他の女子と親しくする男よ? 失望しない方がまともじゃないわ。二股と何ら変わりない。
なんで好きでもない男に、断罪されるように公衆の面前でフラれなければならないのだ。冗談じゃない。そんな小説通りの展開は認めない。阻止しには、許嫁関係を解消することが一番最善。
許嫁関係なんて、親同士が決めただけ。それに私には甘い両親のことだ、断ることも容易いはず。
早速、私はクラウスを捜しに行こうと席を立つ。
塔の壁ぎっしりと並べてある本棚の一つに、本を戻してから心地の良い図書室Bを出た。
大理石の廊下に立って、私は目を閉じる。
クラウスの魔力を探った。彼の魔力は、橙色っぽい黄色の光で大きいからすぐわかる。居場所を見付けた私は、カツンカツンとヒールを鳴らして彼の元に向かった。波打つプラチナゴールドの長い髪が、そよ風で靡く。いい風が廊下に入って流れてくる。気持ちが良いわ。
クラウスは、テラスでお茶の用意をさせていた。きっとこれからミリア・フォーブスとお茶を楽しむつもりなのだろう。つくづく、許嫁の私の存在を軽んじている。
そんなクラウスは、私を目視するなり、訝しむ顔をした。
「話があるの、クラウス」
「なんだ、またなのか」
うんざりだ、という声音。
またミリア・フォーブスの苦情だと思っているのだろう。
「あなたが想像している話とは違うわ。許嫁関係を解消しましょう」
「……は?」
「あなたもそれがいいでしょう」
唐突し過ぎたのか、はたまたミリア・フォーブスと親しくするなと言った矢先だったからなのか、クラウスはポッカーンと口を開いたまま呆けている。
「……何か裏があるのか?」
やっと動いたかと思えば、疑ってかかった。
「違うわ。私はただーー…」
怒りも悪役も捨てて、惰眠を貪りたいだけ。
「それが私達にとって最善だと思ったからよ。両親に伝えて、なかったことにしましょう」
「……そうか。わかった。そうしよう」
「それじゃあまた」
踵を返せば、そこにミリア・フォーブスが来た。
ブルネットのストレートロングヘアで、明るいブラウンの瞳。私と同じ紺の制服で白いリボンのフリルドレスを着ている。
「ご機嫌よう、ミリア」
「ご、ご機嫌よう……」
礼儀正しく淑女の会釈をして挨拶をした。ミリア・フォーブスは戸惑いつつも、同じく会釈をしてみせる。
私はにこりと愛想良く笑って見せてから、そのテラスから去った。
よし。これで大衆の面前で大恥をかくことも、怒りで無駄な気力の浪費もせずにすむ。あとは思う存分、惰眠を貪るだけだ。
私は図書室Bに戻った。
前世の私は、とにかく寝ることが好き。というより夢を見ることが好きだった。非現実な夢から、現実味のある夢まで、とにかく映画を観るように楽しんでいたのだ。
この世界には魔法がある。だから、ファンタジーらしい場所でお昼寝をして夢をみたいものだ。例えば、浮かぶ雲に横になるとか。ないけれど、流石にそんな雲。
精霊の森やエルフの森は存在するけれど、気軽に立ち入っていい場所ではない。そもそもそういうファンタジーな場所に、行かないのだ。貴族令嬢だもの。
ドラゴンは獰猛で人間と馴れ合わないし、幻獣もそう易々と姿を見せない。
ファンタジーの世界なのに、全くもって夢がない。
そこは眠って夢を見て補おうと、私は机に突っ伏して仮眠をとった。こんなことをしても大丈夫。だって、私が通っているから、他の生徒はこの図書室Bの利用を遠慮しているらしい。だからこんなはしたない姿、誰にも見られない。見られても別にいいのだけれどね。
暖かな陽射しの中で、私は夢の世界に落ちた。
誰かが訪ねてきたことも知らずにーー…。