結
ふわふわした世界にいる。だが、周りは真っ黒に染まり自分が存在しているかも分からなくなってくる。そこに突如一筋の光が差し込む、手を伸ばし光を掴むように身体を前に倒す。
陽の光が瞼に当たり、ゆっくりと目を開けると白い天井が見える。少しずつ目を動かしここがどこなのかを把握する。無数の管が身体に刺さっており、聞き慣れた、規則正しく鳴る電子音が部屋に響いている。身体を動かそうとするが身体が少しだけ浮かぶだけで直ぐに元の態勢に戻ってしまう。手を握りしめようとしても僅かに指が動くだけで終わってしまう。
コンコンと扉を叩く音が聞こえ、返事をする。
「あ....ア...」
上手く発声できず、うめき声をあげるだけになってしまう。「失礼します」と扉の向こう側から聞こえ、扉が開かれる音が響く。
相手がこちらに近づいてくる気配がする。靴音が完全に止まり、こちらが起きていることを確認している。数秒経っただろう、驚いた表情で声を張り上げる。
「佐藤さん!起きたんですね!直ぐに先生を呼んできます!」
看護師は慌てて部屋から出ていく。
眠い、今さっきまで寝ていたはずなのに、また眠気が襲ってくる。少しの間、瞼を閉じようと思いゆっくりと瞼を閉じていき意識がなくなる。
意識が戻った翌日に杉田に会い、現状を説明をしてもらった。
事故に遭ったときから既に一年が経過していること、事故によって下半身が動くかなくなり、車いす生活を送っていくこと、筋肉がだいぶ衰えているため少しずつリハビリをしていくこと、他にも説明がされたが特に重要なことがなかったため聞き流した。
さらに翌日姉が面会に来た。見たことがある鞄を肩に掛けて部屋に入ってくる。適当な椅子をベッドの横に持ってきて話をはじめる。
「翔、柳ちゃんね..あんたが事故に遭った翌日に息を引き取ったの...」
「...........」
「それと柳ちゃんの両親も見つかった。けど、もうこの世にいないわ。半年前に柳 一、柳 奈緒香は自殺したの。警察も身元をちゃんと確認したから間違いないって」
「...そう....」
複雑な気持ちを抱きながら姉の話を聞く。
「実家と京都にあるマンションの整理をしていた時に見つけたものがあるんだって」
膝の上に置いてあった鞄を開き、ノートを5冊取り出す。それを机の上に置いて話を再開する。
「これはあんたが気持ちが落ち着いたときにゆっくり見て。私からはこのノートの内容は伝えることができない」
「..........」
「じゃあ私は仕事があるからもういくわ、早くお母さんたちに顔を見せてやりなさい心配しているわよ」
そう言って姉が部屋から出ていく。数時間は過ぎただろうか。視線をノートに向け、手を伸ばそうとするが、筋肉が完全に回復していないためノートを掴むことができない。クソと内心で姉を罵倒してふて寝をする。
一月経っただろう、リハビリを続けなんとか筋力が回復したころ机の上に置いてあるノートを開く。
部屋の中にパラパラと乾いた音がする中ノートを読み進めていく。
○月○日
きょうは、おとーさんにたたかれた、おかーさんがないてたわたしもないた
拙い文字で書かれている。
○月○日
よなかに、おとーさんとあかーさんがけんかしてた。こわくてへやからでれなかった
パラパラとどんどん読み進めていき3冊目に入って文章が変わった。
○月○日
痛い、痛いよ、なんで、痛いよ
○月○日
なんで私だけ?私何かした?
○月○日
イタイよ...なんで、なんで、なんで
○月○日
イタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ
○月○日
だれか助けてよ...もう無理だよ....
最後のページは黒塗りされており、3冊目が終わる。4冊目を読み進める気力が湧かない。ただただ胸糞が悪い。布団をかぶり無理やりその日は寝た。
翌日、リハビリが終わり机の上に置いてある残りのノート目を向ける。意を決して4冊目を読み進める。
○月○日
死んじゃえ
○月○日
死んじゃえ死んじゃえ
○月○日
死んじゃえ死んじゃえ死んじゃえ死んじゃえ死んじゃえ死んじゃえ死んじゃえ死んじゃえ死んじゃえ死んじゃえ死んじゃえ死んじゃえ死んじゃえ死んじゃえ死んじゃえ死んじゃえ死んじゃえ死んじゃえ死んじゃえ死んじゃえ死んじゃえ死んじゃえ死んじゃえ死んじゃえ死んじゃえ死んじゃえ死んじゃえ死んじゃえ死んじゃえ死んじゃえ
後半に行くにつれ筆跡が濃くなっている、胸糞がまた悪くなってくる。最後のページを読むか迷うが一旦気持ちを落ち着かせ最後のページを捲る。
○月○日
今日は、帰るときに落としてしまっていた鍵を拾ってくれた人がいた
えっ?と思い最後のノートを読み進めていく。
○月○日
鍵を拾ってくれた人の名前は佐藤さんというらしい
○月○日
佐藤さんと同じ委員に選ばれた
○月○日
佐藤くんと初めてお話をした、面白い人かも?
○月○日
最近佐藤くんと会話すると心がざわつく
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○月○日
好きなのかな?
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○月○日
緊張したけどなんとか告白できた!佐藤くんも驚いてた!けど嬉しい!
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○月○日
最後の委員会、大学は離れ離れだけどいつでも会話できる!
いつの間にか涙がノートに落ちていた、ポタポタとノートを濡らしながら読み進めていく。残りは大学生活についてと自分のことについて書かれていた。ノートは数ページ余っていたのがどうしようなく彼女がいないと現実を突きつけられる気がする。
ノートを閉じたが涙でびしょぬれになっている。袖で目を拭い、ノートを横の机の上に置く。
窓から見える景色を見ながら感慨に耽る。
数時間は経っただろうか、今後どうするかは決めた。布団を被り今日の活動を終わらせる。
三ヶ月が経過し、筋力はほとんど戻り退院の許可を貰った。
翌日、コンコンと扉を叩く音がする。
「どうぞー」
返事をし、相手が現れるのを待つ、
「いくか、佐藤」
いつもの白衣ではなく、外に出歩くための恰好をした杉田が声を掛けてくる。「おう」と返し、車いすに座る手伝いをしてもらい病院から出ていく。外にはバッチリと決めた恰好した中野が花を持って佇んでいた。挨拶を軽く交わし目的地に向かっていく。
雪がポロポロと落ちてくるなか様々な墓石がある中を三人で進んでいく。周りには人影はなく、車いすの車輪の音と土を踏みしめる音が鳴り響く。
俺は雪が落ちてくる空を見上げながらあの頃を思い出す。
『....よし』
『佐藤くん、私と..付き合って、くれませんか?』
『気付いたら好きになってた。こんな理由じゃダメ?..かな....』
『はい.....よろこんで、翔くん』
あの時もこんな風に雪が降っていた、彼女はもういない..けど思いは未だに残ってる。彼女の存在は世界にとっては小さく知らない人がほとんだだろう、でも俺が、俺だけは彼女が存在したと証明できればいい、傲慢だろうなんだっていい。この気持ちはただ一つなのだから...
歩き続け彼女が眠る墓石に着いた。中野は花をそっと置き、杉田は線香に火を点け後ろに下がり全員で手を合わせ、目を瞑る。
「佐藤くん!」その声は透き通っていて、懐かしさを感じる声がして目を開けると、白いワンピースを着た彼女がいた。
「あ...や.?」
声にならない声が漏れる。
彼女はニコニコとしているだけで、こっちを見つめる。
一瞬だったのか、数分経ったのかかは分からない、彼女は声を出さずにありがとうと口を大きく開きこちらに伝えてくる。
目頭が熱くなる。
声を掛けようとしても声が出ない。口をパクパクと開くだけで終わってしまう。必死に言葉を紡ぐ、
「あ..あぁ、また..な?」
彼女は頷くと姿がおぼろげになっていき、消えていく。手を伸ばして掴もうとするも虚空を切るだけに終わってしまう。また、空を仰ぎ見てゆっくりと頬をつたい、涙がこぼれ落ちていく。雪が降り注ぐ中、嗚咽する。
久しぶりの実家に戻ってきた。父も母も気付かないうちに皺が増えていた、自分がどれだけ心配をかけてきたのか、今更ながら痛感する。二人はゆっくりと歩き出し、俺も車いすを押しながら二人に近づいてく。涙ながらに二人が抱き着いてきて、俺も二人の肩に手を回す。
姉はいないが、親子そろって夕飯を食べ、いままでのことを話す。
時計の針は11を指し、外も暗く静かな夜が流れてい行く。天井をずっと見上げていたが、瞼が徐々に落ちていき意識がなくなる。
空は夕焼けで、周りはオレンジ色で包まれている。沈む太陽を見つめながら今日も終わるんだなとしみじみと思う。
『佐藤くん!帰ろ!』
彼女はニコニコと楽しそうに声を掛けてくる。思わずこちらも笑ってしまい、返事をする声が震えてしまう。
『そうだな、帰ろうか』
『うん!』
二人は手を繋ぎ、通い慣れた道を歩いていく。
『今日みたいな日がずっと続けばいいのね!』
『そうだな』
二人の後ろ姿はどんどんと遠ざかっていき、小さく小さくなっていく。
陽の光が瞼を刺激し、ゆっくりと意識が覚醒していく。目を開けると涙を流していることに気付く。身体を起こし昨日みた夢について考える。
「そうだな、こんな夢がずっと続けばいいのに....なぁ..」
ボソリと独り言を漏らすが空しく部屋に響くだけだった........
とりあえず、完結できました!拙い文章でしたがここまでよんでくれた皆さんに感謝いたします!
外伝?としてあと1話(短い)投稿予定です!