転・前編
予想以上に長くなるかも
高校を卒業し、数ヶ月が過ぎていった。そうした中でも、柳さんとは連絡を取り合い、お互いの現状を報告しあう。そのような中、驚いたことに柳さんの一人住まいのマンションと姉のマンションが1階違うだけで同じだったのだ。
また、杉田は東京の名門である大学に行くため東京に上京、親の後を継ぐため医学部に進んでいった。中野は地元に残り、俺と相も変わらずつるんでおり、特筆すべきことが無いような生活を送っている。
「なぁ、佐藤ー、どうせ三限が終わったら暇だろ?カラオケ行こうぜ!カラオケ!」
そんな大学生に許されし大いなる時間を活用すべく、こちらの事情も考えずに誘ってくる。確かに三限が終わったらこれといってすべきことはないが、そのまま鵜呑みにするのは納得いかないため断りを入れる。
「悪いな、ちょっと用がある。是非ともヒトカラを楽しんできてくれ。」
「えぇー、いいじゃんか、行こうぜーカラオケ!」
「無理、先約があるからなじゃあな。」
そういって、立ち上がり帰りの支度をしながら、中野の誘いを流していく。結果、中野がこれ以上言っても来ないのだと分かると、別れの挨拶をし帰途につく。
帰りの道中、ポケットからスマートフォンを取り出し歩きながら、彼女に「講義はどんなものか」といった他愛もないことをメッセージとして送り、スマートフォンをポケットに仕舞う。
普段通りの日常を繰り返し、数日が過ぎていった。しかし..
「なぁ、中野、お前柳さんと連絡取れるか?」
「ん?柳さん?懐かしいな、今元気にしてっかなー、で、えーと連絡だっけ?知ってるわけないじゃん!?なんで急に?」
「いや、ちょっとな..柳さんの連絡先を知ってるやつ知らないか?」
「知るわけないだろ、そこまで知ってたらどこぞのストーカーだぞ、それ。」
「そう..か、分かった。ちょっと今日、腹痛いから講義出れないから、じゃな!」
中野が後ろで何かを言っているが、いまそんなことに構ってられないとばかりに駆け出し行く。先日、メッセージを送ってから四日も経っている。いつもなら、早いときは直ぐに、遅いときは三時間もすれば返事がくるはず。にも関わらず、何も連絡が来ないと彼女に何かあったのではないかと心配になってくる。急な用事があるかもしれないから三日待った。けど連絡は来ない。日に日に気持ちが悪い方へ流れて行ってしまう。気がせっているせいか、自然と早足となってしまい、気温も初夏に入ってきているせいか身体中汗まみれになり、家へとたどり着く。汗を流すためシャワーを浴び、熱くなっている頭を冷やしていく。そうすると、ふと気が付き。急いで風呂場から出て、脱ぎ散らかしていたズボンからスマートフォンを取り出す。ポタポタと乾ききって髪から滴が落ちていく。スマートフォンにも滴が落ちてくるが構うものかと、登録してある電話番号に電話を掛ける。プルルルルプルルルルと電子音が聞こえる中、まだかまだかと苛立ちが募っていく。そして、ガチャッ、と聞こえると同時に要件を言う。
「姉貴、前に連絡を入れてた、あ..柳さん、いまどうしてる?」
何を言ってるか分からないように、冷静に要件を伝える。
『...翔..そう、あんた知らないのね、柳ちゃん五日前に交通事故にあってるのよ、今こっちの○○病院で入院してる。だか「そっか、じゃあ無事なんだな!直ぐそっちに」落ち着いて聞いて、柳ちゃんは状態としては最悪、脳死状態になっているわ、回復は今の状況だと無理だわ』
ガタッという音が佐藤の耳に聞こえる、なんだと思い地面を見つめるがいつもより地面が低いことに気付く、そして今の自分の状態に気付く。膝から崩れ落ちていたのだ。
『翔、凄い音が聞こえたけど大丈夫なの』
姉貴の心配そうな声が聞こえる。だが、どんどんその声が聞こえなってくる。なぜ、自分は連絡がいつもより遅いのを疑問に持たなかったのか、あの時直ぐにでも姉貴に連絡していればどうにかなったのではないのか、そんな自己嫌悪を繰り返していく。その時
『翔!』
耳元で大きな声が張り上げられる、ビクッとして、ある程度平静を保つと言葉が続けられる。
『翔、あんた何してんの?心配なんでしょ?なら、早く柳ちゃんの様子を見に来なさいよ。』
淡々と、そして僅かに怒気を含めた姉の言葉を自分の中で反芻して結論にたどり着く。
「ごめん..ちょっと気が...動転してた、すぐにそっちに向かう。住所は?」
そうして、姉に病院の住所を聞き、姉から病院に近づいたら連絡をしろ、と言われ了解の意を示すと電話が切られる。部屋を見渡し、旅行用のアタッシュケースを見つけると、数日の着替えと今まで何かあったため用のお金を取り出し、着々と準備を進めていく。1時間後準備を終わらせ、両親にしばらく家に帰ってこないとの置手紙をし、家を出る。早足になりながらも近くの駅に向かう。
ポーンポーンと電子音が鳴る駅のホームで中野へと、暫く大学に行けない旨を伝え、京都への新幹線を調べていく。
夏に入ってきているため陽がこの時間帯においても残っているが、あと少しで完全に暗闇に閉ざされるであろう。現在、京都駅に到着し、姉へと電話を掛ける。プルルルルと電子音が鳴り響くが、直ぐにガチャと聞こえる。
「今、京都駅にいるんだけどこれから柳さんに会えるか?」
『面会時間が過ぎたから今からじゃ無理よ、とりあえず今暮らしてるマンションに来なさい。場所は分かるわよね?じゃあ』
そういって、電話が切れる。気を静めるためにふぅ、と溜息をつき姉が暮らしているマンションを向かっていく。陽は完全に沈みあたりは夜の喧騒に包まれ、会社帰りのサラリーマンや部活帰りの高校生と様々な人で溢れる中、ガラガラとアタッシュケースを引きながら歩いていき、姉の暮らしているマンションに到着する。
ピンポーンとチャイムを鳴らし、部屋の主が現れるまで周囲を観察する。すると、ガチャと扉が開かれ姉の姿が見える。
「久しぶり、とりあえず中に入って」
姉はその言葉だけを言って中に入っていき、お互いに会話することなく部屋に入る。姉がベッドに座り、椅子が置いてある方を指さし座るように促す。アタッシュケースを部屋の隅に置き、促された椅子に腰を落とす。お互いに落ち着いて会話ができるようになった状態で、姉が口を開く。
「翔、病院へは10時に向かうけどそれでいい?」
「分かった..それで、柳さんの様子はどうだった?」
「決して良いとは言えない、それに...いえ、これはあんたが明日面会すればわかることだから私からは何も言えないわ。」
ピクッと自分の手が動くが、明日逢うのだから無理強いして姉から引き出さなくても良いと結論付け、コクリと頷く。数秒、二人の間に沈黙が続く。
「とりあえず、風呂に入ってきなさい、汗かいたでしょ私はベッドを使うけどあんたは床ね、分かった?」
「ああ」
こうして、お互い最低限のやり取りを行い、時間が流れていく。姉が「電気消すよ」と言い、電気が消され目を瞑るが眠気が来ない。幾許かの時間が流れいつの間にか寝ていた。
「ふぅ、ここよ。入るわよ」
姉が肩に掛けてある鞄の中からハンカチを取り出し、額に浮かぶ汗を拭う。「ああ」と返事をし姉に追随していく。
病院に入ると肌寒くないほどの冷気が肌に当たり、汗を掻いていた額から徐々に汗が引いていく。姉が受付まで行き、要件を伝えるまで後ろで待つ。
「こんにちは、柳ちゃんの面会をしたんだけど大丈夫でしょうか?」
「佐藤さん、こんにちは。柳さんの面会ですね、はい大丈夫です。それと後ろの方は?」
「うちの弟です。柳ちゃんの彼氏だったんで連れてきたんですよ」
「あ..そうなんですか、部屋は分かりますか?」
「分かります、ありがとうございました」
姉と受付の看護師がやり取りを終え、俺と姉貴は軽く頭を下げ姉が歩き出す。「部屋番は?」と聞くと、「307」とぶっきらぼうに言い、エレベーターがある場所に着く。上りのボタンを押し、エレベーターが到着し二人して入り込む、他にエレベーターに乗る人がいなかったため、三階に着くまでエレベーターの上昇音のみが場を支配する。チンっと音が鳴り扉が開かれ、姉が案内図をみずにどんどん歩き出していくため、早足でついていく。そして、307と書かれたプレートと、柳 絢様というネームプレートが付けられた部屋に到着する。姉がコンコンとノックをし、スライド型の扉を左にずらし入っていく。
ピッピッピと規則正しく音が鳴り心電図の電子音が部屋に響いる。中に入っていくと、いくつもの管が痛ましく彼女の身体中についており、口には透明な呼吸を補助すると思われるものが付けられている。この光景で彼女が生きていることを安堵するとともに、これが現実だと突きつけられる。
「柳ちゃんこんにちは、今日は翔を連れてきたわよ」
俺が聞いたことがない優しく労わる口調で姉が言う。しかし、返ってくるのは規則正しく鳴る心電図の音と、彼女が息をするときに聞こえる呼吸音のみである。
「それとごめんね、柳ちゃん、貴方は翔に伝えてほしくなかったことをあたしは伝える。恨んでいいし、私に失望したっていい、だけど私はこのことを翔に伝えないと私自身が許せくなりそうなの。ごめんね」
そういって、姉が何か決心したような顔でこちらを見て「翔」と呼ぶ。姉の言葉と雰囲気にたじろぐがなんとか気持ちを奮い立たせ聞く態勢を整える。
「翔、柳ちゃんの右耳近くに掛かっている髪をちょっと上げてみなさい」
淡々と姉が言う。その言葉を訝しむが言われたとおりに彼女の頭の近くまで行き、おもむろに髪を上げていく。