サーモス王子
ダンダンダン!!
何かを強く殴るような、叩くような鈍い音がする。
うっすらと意識を持ち上げたマリエルは、腕の中に小刻みな震えを感じた。
「リカエル・・・」
包むように抱きしめると口端を少しだけ上げて
《サーモス》
心で呟いた。
破壊音と共に見知らぬ集団が部屋になだれ込んで来た時、そこには誰も居なかった。
窓は閉まり、カーテンは下がったまま、ベッドには今までそこに誰かがいたと思わせるだけの温もりが残っているのに。
抜け道が有るのかも知れない、とリーダー格が立ち上がった時、室内を冷気が覆い尽くした。
一瞬で集団のすべてが拘束される形となったが、リーダー格だけが抜け出し、窓を破って外に飛び出し姿を消した。
☆☆☆☆☆☆
「・・・で、何で俺のベッドに飛び込んで来る」
王族の朝は遅め。
まだベッドの中で惰眠を貪る王子の上に、それらは降ってきた。
いきなり、上から。
「あー、悪い。とりあえず1番安全そうなとこがここだった」
理解出来ないマリエルの説明を、もう少し詳しく聞こうとサーモスが身体を起こそうとした時、
「東の塔に賊が入った模様です!」
王子の寝室の隣から、伝令らしい声がした。
東・・・そこは魔法使いのエリア。
研究と鍛錬と、居室もある。
マリエルの部屋もそこにあったはず。
各自の安全は自分で守るのが魔法使いの義務なので、東の塔には騎士や兵士といった護衛は一切居ない。
まぁ近くに兵士の鍛錬場と寮はあるが。
「解った、後で詳細をもってこい」
賊が入ったと言うのはマリエルの部屋だろう。
はっ、と言う返答と共に人の気配が消えた。
隣のマリエルを横目で見ると、腕の中に何やら抱き込んでいるのに気付いた。
「まずはお前の説明から聞こう」
面倒事で無いことを祈りたいな、だが既に面倒な状況だ、と1人ブツブツと呟きながら王子は着替えるためにベッドから降りた。
「王族ってほんとに寝るとき裸なんだな〜
今更お前の裸見ても何とも思わねーけど。
あ、それとも昨夜はオトモダチが来てたから、とか?わぁヤラシイ」
金色の瞳をキラキラさせてニマニマしているこの美形の魔法使いをぶん殴れたらどれほど気持ちいいだろうな、と王子は思う。
「王族・・・?」
マリエルの胡座にちょこんと納まり、守られるように抱えられている少年が疑問符を付けた。
「そうそう、こんなのがこの国の王子様なんだぜ〜」
くっくっくっくっ、とマリエルがリカエルの頭に額をくっつけて肩を揺らした。
こめかみにうっすら青いスジが浮いてるだろうなとサーモスは思う。
「ここじゃなくて、シャークの所でも良かったろうが」
「防御結界が1番強いのここだしぃ」
「その結界を抜けてきたんだろうが、お前は」
「あ、壊してはいないぞ、ちゃんと頼んで入れてもらった」
説明が解らん。
結界が意思でも持ってると言うのかコイツは。
ならば俺が頼めば結界抜けが出来るのか、あぁたまには王都の賑やかな市場を1人でフラフラしてみたいもんだ。
「お詫びに市場連れてくからさ、機嫌直せサーモス?」
このタイムリーな誘いをしてくるコイツは何者だ!
一昨日傷だらけの魔法使いと兵士の2人がマリエルの移動陣で王城に戻ってきた。
ことの詳細は聞いて、マリエルの帰城はまだ先のことだと判断した。
「いつ戻ってきた」
「夜明け頃?」
「何故襲われた」
「襲ったやつに聞いてよ」
ムカつく〜〜〜〜〜。
「とにかく納得が出来るように説明しろ!」
☆☆☆☆☆☆
「扉は直しておけ」
マリエルの居室に若い声がする。
「シャーク様への報告は登城してからでいい。
賊の素性は徹底的に調べろ。城内にマリエルの気配は有るか?」
「気配は感じられませんが、王族エリアであれば判りませんね」
「あぁ、腐れ縁の王子が居たな」
だが、行くかな?
それよりマリエルが帰城したという情報もない。
コバンザメの如き白狼の気配も無いしな。
「何れにせよ、命知らずの魔法使い擬、目的は問いただす」