ブランカ4
目が覚めたら、もうベッドにマリエルは居なかった。
枕元に置かれていた服に着替える。
シャツとズボン、ベスト。
ベッドの足元には靴もあった。
特に荷物もないので、そのまま部屋を出て階段を降りる。
陽が昇りかけのまだ薄暗い階下の食堂にはランプが灯されていて、テーブルに広がったマリエルのカード。
俯いている女の人とマリエルの背中。
リカエルの気配に気づいたマリエルが振り向いて笑う。
そしてもう1度女の人に向かうと言った。
「季節をもう1回り、そうしたら娘に会える」
驚いたように女の人が顔を上げると、途端に涙を溢れさせた。
少し離れたところに座っていた男の人が、立ち上がった拍子に椅子を倒した。
女の人が立ち上がると、駆け寄ってきた男の人と抱きしめ合った。
夫婦らしかった。
マリエルはカードを集めて懐に仕舞うと立ち上がり、片手をリカエルに差し出した。
目が言っている。
《行くぞ》と。
宿屋の外に出ると。目の前に白馬・・・ではなくて真っ白な巨大な狼が立っていた。
「・・・ひ・・・っ」
リカエルの口から悲鳴にならない声が漏れる。
「あぁ、悪いビックリしたな」
マリエルがリカエルを抱き上げる。
「これはブランカ、おいらの相棒だ」
そう言うとリカエルをブランカの背中に乗せた。
そして自分も乗る。
「あの・・・さっきの人たちは・・・」
ブランカの背中でビクビクしながら尋ねた。
「ん、あぁこの街で居酒屋をやってる夫婦なんだ。
結婚して10年になるんだけど子供が出来なくてな」
「占いに来てたんですね」
「前にも占ったんだけど、おいらの占いが当たるって言ってもせいぜい1年先までだな」
「前の時は出来ない、っだったって事ですね」
「お前、頭の回転早いな。そう、前はな」
ブランカがゆっくり歩き出す。
「前に占ったのが3年位前で」
おいらが3年振りに来たって聞いて、店が終わってからずっとあそこで待ってたらしいんだ。
また出来ないって出たら悲しいよなー、とマリエルが言う。
「でも、出来るんでしょう?」
「そうだ、季節を1つ回ったら女の子が生まれる。
カードがそう言ったからな」
町外れまでそのままの歩調で歩いて来たブランカが、人も建物も見えなくなると歩みを早めた。
「早いとこ帰った方がいいってかー」
呟くようなマリエルの言葉。
リカエルちょっと目ぇ瞑ってろ、マリエルが言ってリカエルの身体をギュッと抱き込む。
言われたまんまに目を瞑ったリカエル。
《王城》
耳元にマリエルの声が聞こえた気がしたけど、本当に聞こえたのか、頭の中に聞こえたような、そんな気がした。
「目開けていいぞ」
今度はちゃんと聞こえて、目を開けると、目の前に大きな建物があった。
見上げても屋根の上が見えない。
横を見ても建物の終わりが見えない。
お城だ・・・とリカエルは思った。
あの街からそんなに近かったのだろうか?
自分が乗ってるこの狼はそんなに早く走ったのだろうか?
でも風が当たる気配も獣の背中で揺れる気配もなかった。
疑問だらけでマリエルを振り向く。
目が合うより先にマリエルはブランカの背中を飛び降りると、リカエルを抱き下ろした。
地面に立って、ブランカを見上げる。
くわぁと一つ欠伸をして、ブランカは身を翻して姿を消した。
「あ・・・」
リカエルの声に
「あぁ、ブランカは好きな所に行くんだ、呼べばすぐ来てくれる。
魔獣ってわかるか?その類だな」
「マリエルさんは魔物使い、なの?」
マリエルに手を引かれて、リカエルが歩き出す。
「ブランカに対してなら違うな、おいらはブランカを使ってる訳じゃない。
おいらが何かをしようとした時にブランカが手伝ってくれる、そういう関係だな」
あのブランカはマリエルさんの心を読むのだろうか?
魔獣の類ってどういうことだろう?
魔獣、って言わないのかな?
僕には知らないことだらけだ。
歩きながらリカエルは思う。
(自分の事もよく判らない)
自分の国はここじゃない、でも自分の国に居たら捕まってしまう。
何故だか理由は解らない。
捕まったら良くない事だけは理解る。
逃げている間に、この国の噂を聞いた。
この国の魔法使いに会えば、自分が何故追われてるのか、きっと判る。
自分の国からこの国に来るために、間にある国を1つ超えなければならなかった。
ほんのわずかのお金は、隣の国では使えなくて、巾着の中の綺麗な石がお金に代わることを知って、お金に替えて、食べ物を飢えない程度に食べていた。
森の木の上や、農家の納屋を借りて寝た。
何度か襲われかけたけど、不思議に捕まる事もなく、ようやくこの国に入れた。
入った所で狼を操る魔法使いに襲われたけど、いつの間にか居なくなった。
幾つかの階段と廊下を曲がって、1つの扉の前まで来ると、マリエルがノブを回して押し開いた。
背中を押されて中に入る。
外が漸く白白としてきたのが窓にかかったカーテン越しに判る。
「おいらの部屋だ、リカエルの部屋がどこになるかは後で決める。
城のみんなが起きるまでもう一休みしとこうな」
そう言うとマリエルはリカエルを抱き上げ、大きなベッドにドサリと倒れ込んだ。
抱えられたままでベッドの中で目を白黒させて。
いっぱい寝たから眠れないと思うのに、マリエルの寝息が頭にかかって、やっぱり何故かすぐ眠くなって、目を閉じてしまった。