プロローグ
最初は放牧の民だった。
羊や山羊を連れて、餌のある大地を探して歩いた。
女の形で生まれたので、そのまま大人になった。
同じ民の男が何人も妻にと望んだが、誰にも頷かなかった。
女として生きた身体は歳を取り、いつか荒野の真ん中で目を閉じた。
☆☆☆☆☆☆
2回目は旅芸人の中にやはり女として生まれた。
金を稼ぐのが目的なので、人が多い街を移動した。
この時、放牧の民では知りえなかった人の事情を知ることが出来た。
国があると言う事、王と言う人が1番偉い事、その下に文官、兵士、魔法使いがいること。
それでも女は芸人として、やはり歳を取り、とある街に張ったテントの中で目を閉じた。
☆☆☆☆☆☆
そして3回目。
同じ国の辺境伯と言う身分の家に生まれた。
「まぁた女かぁ」
3歳になった時、そう思った。
兄が2人、姉も2人、末っ子に生まれて、とても可愛がられた。
「今回は行き方変えようかな」
流浪の民では出会えなかった。
ならば中央で情報を集める方が良いかも知れない。
こんな辺境の地では、情報も出会いもないだろう。
「お父様お母様、お兄様✕2、お姉様✕2、今までありがとうございました。先立つ不幸をお許し下さい」
自室の床に跪き、両手を祈るように組んでそう呟いた。
それから立ち上がると、兄のお下がりの服に着替え
「今生は男で行ってみようかな」
何か楽しい悪戯を企むように微笑んだ。
マリエル、7歳。
この夜辺境伯の城から、末の姫が姿を消した。
その後何年も探されたが、ついに行方は知れなかった。
☆☆☆☆☆☆
1頭の軍馬が暗闇を歩いている。
その背には大きな男が跨っていた。
茶がかった金の髪に琥珀の瞳をしていた。
歳の頃は30代半ばかと思われる。
気配に気付いて馬を止める。
「・・・何だ、悪しきものでは無いようだが?」
あたりを見回す。
暗闇ではあるが、闇に慣れ、月の明かりもあれば周囲はそこそこ確認できた。
「おじちゃん、結構強い魔法使いだよね」
幼い声が聞こえた。
どこから、と思った時には轡を持つ自分の腕の間に、1人の子供が座っていた。
男の子の服を着ているが、夜目にも判る白金の髪と黄金の瞳と可愛らしい面立ちが女の子ではないのかと思わせた。
腕には白い仔犬を抱いていた。
「そうだな、どちらかと言えば強いほうか」
「じゃぁ、おいらがどのくらい強いか判る?」
そう言って微笑む子供を見つめる。
魔力を測れと言っているらしい、そう推測して子供の頭に手を載せた。
「・・・お前、半神か」
「あ、おじちゃんは知ってる人なんだ、だったら早いや
おいら達を飼っておくれよ」
サラッと言われて目を見張った。
おいら達、と言うことは懐の仔犬も、と言う事か?
そして気付く。
懐にいるのが仔犬ではなく狼の魔獣、魔狼と呼ばれる生き物であることに。
「お前は男の子か?」
「生まれた時は女だったよ、前の2回も。
でも何も収穫が無かったから、今回は男で行くんだ。
あ、この子はブランカ、本当のメスだよ」
この世界には、
《半神》
と呼ばれる人が稀に生まれる。
だが殆どはそれに気付くことなく生を終えるか、知っても何も出来ずに生を終えるか。
この子供は半神として生まれるのは3回目、と言うことになる、さっきの言葉からすると。
「お前、親はどうした」
「捨ててきたよ、おいらの半神を探すには邪魔だったし」
「そうか」
「おじちゃん、飼ってくれるか?」
相変わらずにこにこと微笑む子供を見下ろして、溜息をついた。
「飼う、と言うのはその魔獣には適応するが、お前には適応しないな。
育てる、が正しい。
だが生憎私は独り者でな、子供を育てた経験が無い」
「勝手に育つ事が出来るなら、連れていこう
あと私は城務めだからな、城で生きる最低限の知識は勉強してもらう」
「わかった、ありがとう、どこかで役に立てると思うよ」
そう言うと子供は男の腹に背中を預けた。
やれやれと思いながらも男の合図で馬は再び歩き始めた。
「お前の名前は?魔獣の名前しか言わなかったろう」
「あれ、そうだっけ?おいらは《マリエル》
元々の名前で女みたいだけど、気に入ってるんだ
マリーって愛称もあるよ」
「そこまでしたら捨ててきた家族に見つかるんじゃないのか?」
「女の子ならね、今は男で当分男でいるから平気だよ」
「男装ってことか?」
「おじちゃん、半神の全部は知らないんだね。
おいらは自分でどっちにでもなれるんだよ、便利だろ?」