08 食料の話
村の人が用意してくれた食料は二人分で一週間ほど。
まだ若い野菜は熟れるのを待った方いいと、藍鉄は熟しているものを選んで生で食べた。
「ごめんね、てっちゃん。鍋も鉄板も、ほーちょーも見つからなかった………」
「いいよ。僕もそんなに期待してなかったし」
食事をするのは藍鉄だけだった。
妖狐と魂が同調した蘇芳は、食事をする必要性が全くなかったのである。
要らないと言う蘇芳に少し心配した藍鉄だったが、父が妖狐は魂を喰らうことで生きていると聞いていた藍鉄は、きっと蘇芳もそうなったのだろうと受け止めていた。
「お腹すいたー」
「普通のごはんでごまかせない?」
「むりだよー」
お腹が空いて動けないと言う妹の姿に藍鉄は笑い、だったらお腹が空きそうな果物でも探してくると言って、おいしそうな果物と薪を持って帰り、食べたくないと言われて落ち込む日々はもらった食料がなくなるまで続いた。
「鉄、さがして来るよ」
「てっちゃんが鉄を探しに………ププ」
「すーおーうー?」
「あぅ。いってらっしゃい! いい鍋見つけてきてね!」
紙を使って、獣を狩ることはすでにできたため、肉の確保は容易にできた。
古くなって錆びた斧は大きく、鉄板にするにはちょうど良かった為、肉は焼いて、食べられない分は定期的に霊力を注ぎ込めば永遠と冷やし続けるようにいろいろな術式を組み合わせた呪具を置いた簡易冷蔵部屋で保存した。
しかし野菜はそう簡単に手に入らなかった。
果物や固い野菜は自生しているので遠くまで行ける足がある藍鉄が取りに行けたが、枯れやすい葉野菜はなかなか自生していない。
何度かやわらかい葉っぱを試しに食べてみて、盛大に腹を壊した藍鉄に蘇芳が自生しているやわらかい薬草以外の葉を食べてみることを禁止したのは双子の笑い話だ。
「うーん、あの村ならあるかな?」
父から教えられている霊力の扱い方は多岐に及び、その中には稀代の陰陽師として名を馳せてしまった父が絶対に必要としていた隠遁の術は、最初に教えられたこともあり、藍鉄のそれはどんな場所に居ても一切気が付かれることもなく家に侵入できるほどに成長していた。
「ぬらりひょんじゃないんだけどなー」
家の中に勝手に入り、その家の者と和気藹々と話し込み、絶対に妖怪だとばれない、そんな妖怪を思い出し、父がそう言うあだ名を付けられたと怒って帰って来たのを思い出し、くすくすと思いだし笑いをする。
「あ、鍛冶屋だ………古いもの、買えるかな?」
少し遠くから鉄を叩く音を聞きつけ、川で身なりを確認し、少し髪を撫でつけ、目を隠し後ろで髪を縛ると、式紙で小さ目の狼を召喚し、側に付ける。
「あの」
「おや、ちっさい坊だね、お使いかい?」
「はい」
「うちは鍛冶屋だけど、陰陽師の倅が何をお求めで? 短刀なんかは売れないよ?」
煙管を吹かせた男は、藍鉄を上から下まで見た後、目を細めてそう言った。
刀や武器となり得るような鉄ものを持ち歩くことができるのは国に登録された陰陽師だけだが、懐に隠し持てる程度の短刀であれば、身分証明をきっちりととる代わりに誰でも持ち歩くことができるようになっていた。
「短刀は要りません」
「ほう?」
欲しいと言うだろうと思っていた分、だったら何を欲しがるのか気になった店主は、その先を促す。
「鉄せいひんを売っているんですよね?」
「ああ、そうだよ」
「でしたら、鍋を下さい」
「はぁ?」
「鍋が欲しいです。このお金で足りますか?」
予想の斜め上の回答と、困ったようなその声に、店主は笑い転げ、通常の値段よりも大幅に値下げして鍋を売ってやった。
丁寧な対応と、小奇麗な格好から相当いいところに養子に出された子供がお使いに出されたのかもしれないと勝手に判断した店主の行動だった。
「ふふ、あの子供の姓を聞くのを忘れたね」
藍鉄が去った後、まるでぬらりひょんに化かされたようだと笑い、あんな子供な妖怪なら大歓迎だと笑う店主に、工房から出てきた弟子たちはいつもとは違う師匠の様子に首を傾げるのだった。