07 新居の話
双子を乗せた式紙の狼は山を駆けた。
もしものことを考え人間の住む村や町を避けて森の深くを進んだ。
「蘇芳、大丈夫か?」
「うん、てっちゃんは平気?」
「僕は大丈夫。しっかり捕まってね」
「うん」
白い狼の背で、しっかりと蘇芳が手をまわして掴まったのを確認した藍鉄は、自らの霊力が底を尽きかけているのを感じながら、式紙を走らせた。
「てっちゃん、あれ!」
数日走り続け、意識が朦朧としてきた藍鉄の目の代わりになっていた蘇芳は、山の上に立つ一軒の小屋を見つける。
「………こんなところに、小屋?」
「あそこにはいろ。てっちゃんもうふらふらだよ」
酷く暗い森の中での強行軍をこんな幼い子供二人で行って、なぜ野生の動物や跋扈する妖怪に襲われなかったか。普通なら初日で食い散らかされていただろう。
しかし、彼らの魂にはびこっているのは妖狐の魂。
何よりも強い魂を持つ者に逆らえば喰われてしまう。
本能で理解している獣と妖よりも、双子にとっては魂の質を感じ取れない人間の方が怖かった。
「あの小屋まで」
「がんばって、てっちゃん!」
擦り切れそうな意識を何とか保った藍鉄は、もう何年も使われていないだろう小屋の前で倒れた。主が意識を失ったことで式紙はだたの紙へと戻り、小屋の前には様々な者が転がった。
「てっちゃん? てっちゃん?」
指先で突っついても藍鉄はびくともしない。
健やかな寝息を立て始めたことを確認して、蘇芳は今度は私の番とばかりに紙切れで人型を作りだし、藍鉄の保護と周囲の物品集めを任せると、小屋の中に入って行く。
「おそうじなら、できるもん」
袖をたくし上げ、裾を帯に挟み込み、蘇芳は埃でいっぱいの小屋の中へと踏み込んだ。
「けほっ」
最初に中に入ったのが藍鉄だったのなら、多くの術を組み合わせて一瞬で綺麗にしてしまったのかもしれないが、蘇芳が知る術は部屋の中でも使える可愛いものばかりだ。
「いろりも、かまも、ある。まきは、てっちゃんにおねがいするしかないよね」
父と藍鉄が家を留守にするときは、蘇芳が部屋を出て家の管理をしていた為、少しの家事ならお手の物だ。特に掃除と整頓が苦手な男衆のせいで、蘇芳の掃除スキルはかなりのものだ。
「うん、できる。もくひょうはてっちゃんがおきるまで」
よーいドン、と一人で呟いて、有り余る妖力を使い小さい人型を作りだし、部屋の隅々まできれいにしていく。
囲炉裏に積もっている煤を集めて外へとだし、少し古くなってしまっている鍬と斧を見つけ後で術でどうにかならないかと聞いてみようと残っていた鉄製品を釜の近くに並べ、蜘蛛の巣を取り、箪笥の引き出しを出して全てを外へと出して日干しする。
「う、ん………うん?」
「おはよ! てっちゃん」
藍鉄は、目の前にある笑顔の蘇芳を見て安心して、なぜ蘇芳に膝枕をされて眠っていたのかまだ覚醒しきれていない頭で考える。
「蘇芳?」
「なあに?」
鼻先についていた埃を指でとり、周囲を少し確認した藍鉄は、おそらくそうであろう答えを導き出した。
「………掃除してた?」
「うん! きれいにしたからきょうはやねのしたでねれるよ!」
「そっか、ありがと」
「ううん! かぞくのためだもん!」
たった一人になってしまった家族を守ろうと、泣かぬ決意をした藍鉄だった。