06 出立の話
空へと立ち上がった炎は、その場にあった全てを一瞬で灰塵にしてしまい、その場に残ったのは、煤で汚れただけの蘇芳の姿と、髪と服が少し焼け煤で真っ黒になった藍鉄の姿。
「蘇芳!」
生えていた尻尾も耳も消え失せ、ただ泣き腫らした後が顔に残る蘇芳はその瞳で藍鉄の姿を捉えると、意識を無くしてばったりとその場に倒れた。
「蘇芳? 蘇芳!」
ゆさぷっても起きない妹の姿に、頼りになる父を捜して目線をさまよわせる藍鉄だが、炎に巻かれた父の姿が見つかるわけもない。
「おとうさま? おかあさま? だれか、だれか………」
どうにかしなければ、そんな思いが藍鉄を焦らせる。
「これは………」
「藍鉄君、蘇芳ちゃん………」
何事かと駆けつけた村の者が見た光景は、一面焼け野原になってしまった頼りになる陰陽師の家と、そこに残されたたった二人だけの子供。
片方は死んだように眠り、もう片方は助けを求めようと泣いている。
「とにかく、何があったか話してくれるかい?」
村長の家で身を清め、藍鉄はあったこと全てを村長に伝えた。
村長は頷き、この部屋で二人で待ちなさいと言い、それなりに強い結界を敷いてある部屋に二人を閉じ込めた。
閉じ込めることに村の者たちは悲しい顔をしたが、家ではそれが当然だった藍鉄は、当たり前のことのように中に入り、眠り続ける妹の世話を焼いた。
「どうするか」
「彼にはお世話になった」
「しかし妖狐では………」
村の者の意見は割れた。
当然だ。他に行く場所がなかったからとは言え、大して払う金もないのに村の守りを安値で一手に引き受けてくれていた彼らの父親にはかなりの恩がある。
しかし、人間を取り殺して魂を喰い、使者の体を使い魔として扱うと言い伝えられている妖狐になってしまった子供を村に置いては置けない。
その相反する意見を村長は聞き、決断を下した。
「すまんな藍鉄君、分かってくれ」
「だいじょうぶです、そうなると思ってました」
まだ気を失っている蘇芳を背負い、多くの荷物を召喚した式紙の上に乗せ、昇る朝日を背に、藍鉄は村の者たちと対峙していた。
村長が下した決断は、双子を追い出すこと。
ただし、その父からもたらされた恩に報いるため、双子に服と食料とわずかな金銭を与え、彼らは両親と共に炎に巻かれて死んだことにし、二度と彼らを知るものとして扱わないことを告げた。
「ありがとうございました」
多くの村の者は涙した。
どうしてこんな小さい子供にここまでの重荷を背負わせるのかと。
「もうにどとこの村には来ません」
「元気でな」
もらった服はすべて和服だった。
村に若い者がほとんどいなかったのと、大人のサイズの服を仕立て直しする時間もなかった為、子供用の古着は全て和服しかなかったのだ。
「もう会わないとは思うが、元気で暮らしてくれよ」
食物は農家の人が快く渡してくれた。
村から追い出すことに賛成した者も、双子が死ぬのは忍びなく、食料や衣服や金銭を与えることに賛成した。むしろその意見を言い出したのは追い出そうとしていた者たちだったのだ。
「あの場所でちゃんと父さんと母さんの墓、作ってやるからな」
「………はい」
形見さえ何一つ残らず燃えカスになってしまった焼野原のど真ん中に、遺体のない墓が立てられるのはもう少し後の出来事。
こうして双子は、全てに背を向けて、遠くの地へ旅立った。