05 覚醒の話
急いで駆けたその先には、黒く焼け焦げた大地が広がるばかりで、家があったなんて想像がつかなかった。
「す、おう?」
腕に抱えられた藍鉄の顔は青ざめる。
揺れる赤紫の炎の中で、耳と尻尾を生やした片割れがそれは怪しく笑っていた。
「藍鉄、ここで待っていなさい」
「う、ん」
父は服に防火の術をかけ、赤紫の炎をかき分けながら蘇芳の元へと向かう。
少しの希望を抱きながら。
「蘇芳」
一歩一歩踏みしめる度に肌を焼くような強烈な妖気。
「蘇芳」
踏み出せば踏み出すほどに、娘が娘でなくなるかのように思えてきてしまう。
「蘇芳」
赤紫色の炎に彩られた、耳と尻尾が付いたその娘の姿に、彼は安心していた自分を殺したくなる。
「蘇芳」
後ろでは息子が片割れを無事連れ帰ってくれることを期待して待っている。
ただそれだけが、彼が前に進む理由だった。
「………もう、無理なんだな」
あと少し、そんな近くまで来た彼の目に入った娘である蘇芳の魂は、今まさに妖狐に呑まれようとしていた。
陰陽師として割り切れれば、あの時妻ごと子供たちを殺していた。
しかし、殺せなかった甘い彼は、愛する藍鉄と蘇芳と言う双子を修羅の期限付きの修羅へと巻き込んでしまった。
「せめて、俺が」
服の中にいつも隠し持っていた短刀を手に取り、その鞘を捨てる。
後ろで息をのむ声が聞こえたが、彼は心を鬼にして聞き流した。
後ろから聞こえる叫び声が、彼の心を引き裂くが、足は止まらない。
最後の炎の壁を突破した先に居たのは、半分妖狐と化した蘇芳の姿。
「蘇芳、お前………」
突破した先に居た娘は泣いていた。
口は笑い、尻尾はゆらゆらと揺れているが、まだ理性の残る瞳からはボロボロと涙をこぼし、寝たきりになっていた母を守るように、さらに濃い赤紫の炎が囲っていたのだ。
「お、とう、さま」
蘇芳の瞳は、父が手に持つ短刀をしっかりと見ていた。
やってしまったと思う父だが、これからすることに変わりはない。
「蘇芳………」
愛する我が子を手にかける。
「うぅ………」
たったそれだけのことだと考えても、短刀は振り下ろせなかった。
ぼろぼろと自らの瞳からこぼれる涙を止められない。
―――ああ、楽しや
六年前に聞いた懐かしい声が、彼の耳をうつ。
「おと、うさま、ごめ、なさい」
もう無理だと、そう告げる愛する娘の瞳から理性の光が消えた瞬間、天まで届くような赤紫色の炎が空を焦がした。