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その日の授業は何事もなく終わり、自宅にたどり着いた啓太は昨夜から気になっていたことを実行しようと決めた。必要なものをそろえて自分の部屋の机の上に並べる。大したものではない。大小のスプーンをいくつか。念のためにフォークも持って来ていた。
超能力と言えばスプーン曲げだ。テレビで何度も見たことがあるし、そのほとんどはトリックで説明がつくことも知っていた。最初から傷が入って曲がりやすくなっているスプーンや、体温程度で柔らかくなる融点の低い金属でできたスプーンもあるようだ。てこの原理を使って指先の力で曲げてしまうなどということもできるらしい。これは以前試してみたことがあるのだが、うまくいかなかった。
いま啓太の目の前にあるのはそうしたトリックが仕掛けられていないスプーンだった。このスプーンを曲げることができれば、それはトリックとは別の方法――つまり超能力によって曲げられたということになる。本気でスプーンを曲げられると思っているわけではないが、あれだけ超能力を連呼されれば気になって試してみたくもなる。魔女の格好をした女の子はどういうわけか啓太のことを超能力者だと思いこんでいたのだ。
ふう、と息を吐く。大きく息を吸い込む。そして今度はゆっくりと吐き出す。精神を集中させ、啓太は手のひらをスプーンに向けてかざした。
「はあああああああ!」
気合を入れた。左手で柄の部分を握しめた。右手は空中で広げ、スプーンに向かってかざしたままだ。両手で思いきり力を込めれば曲げることはできるのだろうが、それは今回の目的とは違う。啓太はいま、超能力でスプーンを曲げようとしているのだ。
「そおおおい!」
さらに左手に力を入れた。何かを送り込んでいるつもりになってみた。柄の部分をなでてみたりした。少しスプーンを回して確認するが、まだ曲がっている様子はない。
「んががっ……なあ!」
スプーンを握る手に思い切り力を込めた。ぶんぶん振り回してみたりもした。そのまましばらく握っていた。全く変化はなかった。ほかのスプーンと重ねても隙間はできていない。つまり曲がっていないということだ。
「そりゃあそうだ」
啓太はスプーンを机の上に放り投げた。本気でやっていたわけではない。念のために試してみただけだ。曲がらないことは最初からわかっていた。
それにしても、と啓太は思った。昨日の女の子は可愛かった。肌が真っ白で瞳はキラキラしていた。おまけに肩がほとんど丸見えの格好だ。ほんの少し肩の紐をずらしてしまえばするりと脱げてしまいそうだった。
ああ、もう一度会えたらなあ。でも会ったらまた殴られそうだなあ。そんなことを考えながら、ふと部屋の中を見回すと窓が開いていた。さっきまでは閉めていたはずだったカーテンが揺れている。
開いた窓のサッシの部分におにぎりが乗っていた。
あっと思う間もなく昨日の女の子が現れた。やはり魔女の格好だった。「んしょ」と言いながら窓からベッドへ着地する。そして啓太の顔を見るとにやりとした。
「探しましたよ!」
「うわあ! なんだよいきなり!」
啓太は机の上のものをつかんで身構えていた。フォークだった。こんなもので対抗できるはずはなかった。相手は杖を振りまわしてくるのだ。それも猛スピードで。だがほかに身を守れそうなものはなかった。