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「これは何ですかー? あなたは女子更衣室のカギを超能力で開けて、着替えを盗みましたね? ここにある物が証拠ですよ」
「これは……いや、違う……」
「じゃあ何で女子用のジャージがかばんから出てくるんですか? 説明できますか?」
「それはその……違うんだ……」
口では否定しているものの、狼狽した山本の態度は明らかに魔女の言葉を肯定していた。
そうだったのか、と啓太は思った。着替えがなくなっている。もしかして盗まれたんじゃないか、とクラスの女子が騒いでいるのを聞いたことがある。あれは山本がやったことだったのか。しかし超能力というのが良くわからない。本当にあるのだろうか。
うろたえる山本の様子を眺めていた魔女は軽くうなずいた。
「処刑です」
女王様が「んふっ」と笑い声を洩らした。そして山本を縛る鎖の端を肩に掛けると、引きずってどこかへ連れて行こうとする。
「ちょっと待てよ! 処刑って何だよ? 山本をどうするんだよ?」
啓太が問いかけると、女王様が口元に笑みを浮かべたまま、「知りたい?」と聞き返してきた。ぞっとしない表情だった。思わず首を振っていた。「いや、いい」と答えていた。女王様は「そう?」と残念そうな顔をして、そのまま山本を引きずっていき、ドアの向こうに見えなくなってしまう。
二人が消えたドアだけはピンク色をしていた。
「行っちゃうのかよ! 結局何なんだよ!」
「本当にうるさいですねー。自分で『いや、いい』って言ったじゃないですか」
「それはそうだけど」
「はいはい。さて、あなたのことなんですが」
いつの間にか魔女は啓太の目の前に立っていた。
「同じ教室にいたから仲間かと思って連れてきたんですが、違ったんですかね?」
「違う! 仲間じゃないし、着替えなんて盗んでないよ!」
啓太には全く心当たりのない話だった。そもそも山本とはろくに口を聞いたこともない。
「ふーん。……本当みたいです」
魔女が言う。首を傾げたり唇をとがらせたり、仕草の一つ一つが小動物じみて可愛らしかった。ああ、好きになってしまいそうだ、と啓太は思った。こういう状況でなければそうなったのかもしれない。しかし今の啓太は知らない場所に連れ去られて鎖で縛られていた。これは誘拐、監禁だ。
「でもあなた、超能力者ですよね?」
「違うよ!」
「うそです。超能力者です」
「何だよ、それ! うそじゃない! 超能力者じゃないよ! 一般人だよ! だいたい超能力者ってどういうことだよ。超能力者なんているのかよ!」
「うーん、これは……。本当のことを言っているみたいですねー」
ため息をついて、「困りましたねーどうしましょうかー」とひとしきり考えた末に魔女は言った。
「どうやらちょっとした手違いだったみたいですね。ごめんなさい」
「あ、うん……?」
「というわけで、記憶よ、なくなってくださーい! そーれ!」
魔女はそう叫ぶと、杖を掲げた。いまにも杖の先からキラキラしたものがでてきそうなポーズだった。何かが起きそうな予感がした。
真剣な表情とその場の雰囲気に飲まれて、うわあ、格好だけじゃなくて本当に魔法を使えるんだ! と啓太は思ってしまった。
もともと啓太は超能力や魔法を信じているほうではなかったが、もしも実在するのであれば自分の目で確かめてみたいと考えていた。どうやら目の前の女の子はこれから魔法を使うつもりらしい。しっかり焼き付けておこう、こんな機会はそうそうない、と思い、しかし待てよ、とも思った。これから記憶を消されるのならば、魔法をかけられる瞬間の記憶まで消えてしまうということにはならないだろうか。そうだとすれば残念だ。せっかく魔法をこの目で見る機会なのに覚えておくことはできないのだ……。
掲げられた杖は啓太の頭めがけて猛スピードで振り下ろされた。衝撃が襲う。視界が白くなる。「それは魔法じゃないだろ! 殴ってるだろ!」という突っ込みを入れる余裕はない。そのまま啓太の意識はなくなった。