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極悪非道のかしけん 

「かしけん、すごい部活だったな……」


 ぼくは昨日の出来事を振り返りながら学校に向かっていた。授業が本格的に始まる直前、ついていけるか心配な気持ちもあったが、そんなことより衝動的に入部宣言してしまった部活の方が気になって仕方ない。


 これから先、かしけんでどんなことが起きるか。不安も大きいが、あの先輩たちは一体どんなことをしてくれる……いや、しでかす? とにかく楽しくなればいいなあ。


「拓斗!おはよう!」

「あ、枝美里。おはよ」


 後ろから声をかけてきたのは、隣に住む幼なじみの武田枝美里。小中高と同じ学校で、今回はクラスも一緒。初めての環境で知り合いがいるのは心強い。本当にありがたいことだ。


「私さあ、昨日パソコン部に行ってみたんだけど、めっちゃ真面目な感じでびっくりしちゃった。学校でゲームやれないかな~って思って行ってみたのに期待ハズレだったよ。拓斗は?どっか部活行ったの?高校でも吹奏楽?」

 

 枝美里は会話好きでガンガン切り込んでくれる。こういうところを疎ましく思った時期もあるが、お喋りが苦手なぼくにとって、無言が続かないのは助かる部分が大きい。改めて感謝。これを本人に伝えると調子に乗るから心の中でだけ感謝だけど。


「ぼくはお菓子研究会に行ってみたよ」

「あ~そういえばよくお菓子くれたっけ、どんな部活だった?」

「なんかよくわからなかった……」

「なにそれ~。気になるじゃん」

「なんかお菓子を作るんじゃなくて食べる部活なんだって。作らないわけでもないみたいだけど……」

「へぇ~そうなんだ、で、今日はどっか他のところに行ってみたりするの?」

「お菓子研究会に行って今日で本入部するか決めるつもり」

「そっか、お菓子研究会ね……なるほどね……」


 話ながら歩いていると教室に着くのはあっという間だった。枝美里はすでに友達を何人も作っており、おしゃべりの輪に入っていく。ぼくは自分の席に座り静かにホームルームを待っていると、中学からの友だち、田口が話しかけてきた。


「よお、響」

「おう、おはよ」

「お前さあ、昨日部活行ってみた?」

「うん、お菓子研究会に行った。そっちは?やっぱりサッカー部?」


 田口は中学ではサッカー部のキャプテンとして精力的に活動していた。みんなから頼りにされる明るくて親しみやすい良い奴だ。枝美里と同じでこういう積極的な知り合いが同じクラスにいてくれると高校生活の不安が薄らぎ、なんとかやっていけそうな気持ちになる。


「もちろん! サッカーやるためにここに来たから……って今かしけんって言った?」

「うん、吹奏楽じゃないよ。え、そんなに意外?」


 田口の表情は驚きと困惑が入り混じった複雑な表情に変わった。男が菓子作りってそんなに変か? いや、まあ、めずらしいだろうがそんな顔するほどじゃないだろ……傷つくぞ。


「ああ、いや、ごめん。実は昨日、1年同士でじゃれ合ってる時にさ、『暴力はやめろよ~かしけんみたいに活動できなくなるぞ~』って先輩に冗談めかして言われたんだよ……なんか暴力沙汰を起こして活動謹慎させられたとかなんとか。詳しく話を聞いたら他の部活を潰したり生徒会を利用して贅沢三昧したり悪い噂が絶えない部活だって話を聞いてたからさ」

「えっ!?そんな感じ全然しなかったけど」

「俺も変な話だなとは思ったし、噂は噂、真相は別ってことなのか?まあ一応気を付けとけよ」

「あ、うん……」


 気まずい空気が流れる。どうしようこの空気。なんて思っていると、丁度先生が来る。ホームルームが始まるので田口はそそくさと席に戻っていった。

 

 しかし、さっきの話は割とショックだ……ホームルームが始まっても先生の話が頭に入ってこない。暴力ってあの先輩たちが? そんなのありえないだろと思ったが、そういえば思いっきりパンチしてたっけ。……点と点が線でつながっちゃったよ。


 

その後、今日の授業が特に何事もなく終わって放課後。今朝田口から聞いた話がずっと気になっているが、かしけん以外に行くつもりもない。


 とりあえず、行けばわかるだろうと準備していると枝美里が様子を窺いながら話しかけてきた。

 

「拓斗~このあとかしけん行くの~?」

「うん」

「じゃあ私も行く~案内して」

「え? 枝美里ってそんなにお菓子興味あったっけ?」

「え~? 拓斗の作ったお菓子おいしかったし~。まあ、本当に興味があるのはかしけんの噂なんだけどね、拓斗の話とどっちが本当かなって」

「冷やかしか……まぁ実際見た方がわかりやすい」

「じゃあ案内よろしく~」


 仮入部の趣旨はどんな部活動なのかを実際に体験することなので、枝美里の仮入部も全く問題ない。……のだが、あまり気持ちの良い動機ではない。


 ますますモヤモヤした気持ちになったが、2人になって安心感が出たのも確かだ。いろんな感情を抱えつつ、ぼくらはかしけんの部室がある部室棟へと向かった。

 


「ま、間違えました!失礼します!」

 

 かしけんの部室に近づくと、部室の方から聞いたことのない女生徒の声が聞こえる。ダッダッダッとすごい勢いで向こう側から女生徒が走ってきて、そのまますれ違い去って行く。一体何があったのか。


 枝美里もこれには苦笑い。女生徒が走ってきた方向を指さしながら、かしけんってあっちだったっけ? と確認してくる。そうなんだよ、走ってきた方にあるんだ……。

 

 ぼくは黙って頷き、そのまま部室に向かった。すぐにたどり着いて、部室の前に立つ。昨日とはまた違った緊張。一呼吸してトビラをノックすると、真理先輩のどうぞという声が聞こえる。


「失礼します」


  ぼくはそう言ってトビラを開けた。すると、そこには神妙な面持ちで机の奥からけん銃を構え睨みつけてくる部長の姿があった。って、けん銃!?


「ようこそ! かしけんへ!」


 部長が躊躇いなく引き金を引くと、パァン!という音と共に銃口からカラフルな紙テープが飛び出す。

 

 呆気にとられるぼく。無言の枝美里。こちらの出方を窺う先輩方。沈黙は永遠に続くかと思ったが、ぼくの幼なじみは肝が据わっていた。


「あ、初めまして。響くんの紹介で来ました。武田枝美里です。よろしくお願いします」

「ん、新入生ね。歓迎するわ。さ、中に入って」


 まるで何事もなかったかのように枝美里が挨拶し、真理先輩がスムーズに昨日の面接スペースへぼくたちを招いた。


「驚かせてごめんなさいね、私は神崎真理。そして、悪ふざけしていたのが部長よ」

「な!? マリだってノリノリだったじゃないか! ……まったく。あたしは西園寺紗百合。よろしく。タク、今日も来てくれてありがとな」

「ええ……それで、今日も面接が?」


 昨日は急に面接が始まったものだが、今日は一向に始まる気配がない。


「ん? あぁ、あれは特別だ。それより……2人はどういう関係なんだ?」

「普通に幼なじみですよ」

「なるほど、普通に……って高校まで一緒なのは普通か?」


 嬉しくない特別扱いに困惑しつつ、さらっと返答したら驚かれた。しかし単なる事実でしかないので、次に返す言葉は思い浮かばない。普通だと思ってた……。


「そういえば、今日は他にも部員が来ているのよ。紹介するわね」


 真理先輩はそういって席を立つ。しばらくするとお茶とお菓子を持ちながら女の子を連れてきた。


 シルクを思わせるキメ細かい白い肌、サファイアを彷彿とさせる碧の瞳、豊かに実った稲穂のように輝く金色の髪を優雅に靡かせながら現れたその子の圧倒的な存在感に呑まれつい見惚れてしまう。枝美里も感動した様子で、本物だ~と目を輝かせている。


「お初にお目にかかる、拙者……藤堂アリーシャと申す。以後、お見知りおきを」


 あれ? 日本語? 見た目は完全に日本人ではないが、とても流暢な日本語が聞こえた気がする。聞きなれないという意味では日本語じゃなかったのかもしれない……。


 こちらが困惑しているのが伝わったのか、アリーシャ先輩は顔を真っ赤にしながら改めて自己紹介をしてくれる。


「コ、コンニチハ……トードーアリーシャデス……」


 今度はとてもぎこちない日本語だった。ますます混乱する中、真理先輩が颯爽と助け舟を出してくれる。


「あーちゃんはね、留学生なの。恥ずがって日本語使わないからあんまり喋れないのよ。聞くのは大丈夫だから、話かけてくれるとあーちゃんも喜ぶわ」


 真理先輩の言葉に激しくうなづくアリーシャ先輩。2人はとても仲がよさそうだ。

 

「リーシャはとても器用でな。さっきのけん銃も作ってくれたんだ」

「え、あれ自作だったんですか!それはすごい……って、だからって人に向けるのよくないですよ」

「それもそうだな、1人なんか逃げちゃったし。明日からやめよう」

「いや、それならなんでぼくたちにやったんですか……」

「あ、あの!藤堂先輩!!」


 部長と話していると、枝美里が唐突に割って入ってきた。いきなり名前を呼ばれたアリーシャ先輩はビクッとしたあと、キョトンとした顔で枝美里を見つめている。枝美里は緊張した面持ちでおそるおそる口を開く。


「先輩ってもしかして戦国時代……サムライ好きですか!?」

「!!……うむ!」

「!!」


 物凄い勢いでうなづくアリーシャ先輩。好みが合ったようでよかった。





「さて、そろそろ帰るか」

「え、もうそんな時間ですか?」

 

 あの質問の後、枝美里とアリーシャ先輩の会話を聞いていたらあっという間に時間が経っていた。会話というか枝美里の言葉のマシンガンを嬉しそうに頷いて受け止めるアリシア先輩の図がずっと続いていただけだが……。2人とも満足気なのでまぁいいか、そう思ったのはぼくだけじゃなかった。


「あーちゃんが楽しそうでよかったわ、枝美里ちゃんはどう?かしけんは気に入ったかしら?」

「いや~いい部活ですね、拓斗についてきてよかったです!お菓子も美味しかった!」


 気がつけば用意されたお菓子がすべて無くなっている。今日も高級お菓子セットに入っていそうな上品な逸品だったが、あの嵐のような喋りの隙に食べていたのか……。相変わらず食い意地が張っている。そんな感想を抱いたぼくの心を読んだかのように、枝美里が一瞬睨み付けてきたが気にしない。


「でも具体的にどんな部活なのか、まだはっきりわかってないですね~。しゃべってたら終わっちゃったし」


 1人でお菓子を食べ尽くしておいてこの台詞を言うのはびっくりだが、確かに具体性はぼくにもまだ見えていない。真理先輩は、まだ仮入部期間だから大きく活動していないけれどこれからわかるわよと微笑んだ。




「結局噂の真相って何だったのかね。あの先輩方に直接聞くのは気まずいと思ったけど気になるわあ。拓斗はどう思った?」


 駅で先輩方と別れた後、枝美里と話を始めた。


「ひどい事する人たちじゃないと思う……」

「でも贅沢はしてそうよね、あんな美味しいお菓子用意するくらいだし」

「言われてみれば……」


 ぼくの分も食べておきながらと恨めしく思いつつ、噂について改めて考えてみると違和感がある。噂されるような悪い人たちではないけど、この活動内容には引っかかるものがあるのだ。この緩い活動内容と部員の少なさがとても引っかかる。やはり噂の原因となる何かがあったのだろうか。


「いや、でも……」

「ん?どうしたの?」



 心の声が漏れてしまった、まあいいか、全部言い切ってしまおう。


「ぼくは先輩方を信じるよ、明日もかしけんに行こうと思う」

「それって先輩目当てってこと?」

「な!? そういうわけじゃなくて! ただ、噂が何であれ新入生であれだけ喜んでくれた2人を無碍にはできないし……」

「ふーん、まぁいいんじゃない? 私もいい部活だと思ったし。正しい情報だけ広まればいいのにね~」


 出会って間もないがあんなに楽しそうに笑う先輩方が悪く言われているのは確かにいい気分ではない。かしけんで何かあったのかは不安だがそれでも、これからのかしけんをどうにかすればいいと考えることにした。あの先輩方をどうにかできるのかは別にして——。

 









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