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まるでわたあめのような(後編)

「ちょ、拓斗。早く入ってよ」

「あ、悪い……」

「ったく。しっかりしてくれよ……ってあれ?」

「やぁ。キミもかしけんなんだね」


 枝美里に促され、ようやく中に入ることができたが、頭は整理できていない。九鬼先輩と月緒は互いに気づいたようだ。


「タク、いろいろ大変だな」


 すでに部室に入っていた部長が同情してくれる。この状況を受け入れきれていないことを部長はわかってくれたのだ。


「入ってみて驚いたよ。まさかこれほどの人数がいるとは」


 現状、まだ来てないメンバーもそこそこいる。にも関わらずこの感想ということはかなりかしけんを過小評価しているようだ。


「あれだけの出来事を経ても衰えるどころか益々盛んじゃないか」

「あの、先輩は何か用が……」


 九鬼先輩のかしけん語りは止まらなさそうだったので、思い切って本題に入ってもらうことにした。用がないなら他の人にも迷惑だろうし。


「あぁ、なんてことはない。興味を持った、それだけだ」

「はぁ」

「キミへのお礼のつもりでかしけんに入り、存続の一助になろうと思ったが、必要なさそうだ」


 なんとも恩着せがましい。ぼくが対応していなければ余計なお世話だと追い出すメンバーもいただろう。気分を害していたら申し訳ないなと思う。


「ただ、ここに来てそれは建前だとわかった。わーしはかしけんに入るよ」

「……えーと、うーん。なんで?」


 なんで? という疑問は思わず敬語を消し去るほどの強いものだった。まるで意味がわからない。彼女に何が刺さったのか。なんで目をつけられてしまったのか。


「単純にキミの作る菓子に興味がある。ファンになってしまった、といえば伝わるかな」

「「なっ……!」」


 ぼくかー。ぼくだったか。ぼくが原因か。いやーまいったな。なぜか微風さんもリアクションをしていた。


「えーと、タク。一応聞くが、この人って2年じゃないよな?」

「はい、3年の先輩です」


 部長の顔がそっかぁと言いたげな何か諦めのような呆れのようなものに喜びの混ざった絶妙な表情になる。どう受け止めていいのか、それはぼくにもわからない。


「九鬼佳暖だ。特に問題がなければ入部させてもらうよ」

「あー、部長の西園寺です。……いいんじゃないですかね」


 部長は半ば投げやりに答えた。まぁ、拒絶するのも憚れるよね……。九鬼、いや、佳暖先輩の大胆な行動には呆れを通り越して尊敬の念を抱いてしまう。


「ふふふ、よろしく頼むよ」


 不敵に笑う佳暖先輩。そのまま部長に促され、席に着く。今日は全員集合の日なので、運が良いというか何というか。ぼくの対人関係は一難去ってまた一難——。


「響拓斗ぉ!」


 勢いよく開けられた扉と共に聞こえてくるぼくのフルネーム。うん、一難去ってないね、溜まっていく一方だね……。



「さて、全員集まったかしら」


 真理先輩が前に出て全体を見回し確認する。部室は横長なので、とりあえず入り口近くを前と考えると、前には真理先輩の他に部長と副部長の珠洲巴先輩、あとは露世先輩が出ていた。


「それじゃあ、顧問の先生を呼ぶわね」

「御意!」


 部活なんだから顧問くらいいるか、なんて考える暇もないほど素早くサッと部室を飛び出して行くアリーシャ先輩。まるで忍者である。


 まもなくして見覚えのある先生が入ってくる。先生の後に続いて外国人が2人……アリーシャ先輩と知らない銀髪の人だ。先生は、図書委員会の大塚先生だった。まさかかしけんの顧問だったとは。


「ねーちゃん、その後ろの子は一体どなたかしら」

「入部希望の子よ、後で紹介します」

「さ、全員揃ったし、始めよう」


 部長がそう言って真理先輩に目で合図をする。真理先輩は黙ってうなづき話し始めた。


「まずは、本入部してくれてありがとう。これから、自己紹介を始めたいと思います」


 主に先輩方が拍手で盛り上がる。いいところで部長が咳払いし、拍手が止むと、早速部長から自己紹介が始まる。


「かしけん部長、西園寺紗百合だ。身体を動かすのが好きだ、よろしく」 


 再び拍手が起きる。こんな感じで次々と自己紹介が行われていく。その中で、特に気になったのが前から姿しかわからなかった長髪の人である。


「……司馬琵優。よろしく」


 順番的に2年生で、長い前髪により目があまり見えないのだが、眼光は鋭い。毛量も多く全体的に暗い、不気味な感じの人だ。


 続いて、1年生の自己紹介になり、ぼくはお菓子が作りたいと主張した。特に変わったリアクションはなかった。


 最後に、今日初めてみた銀髪の人が自己紹介を始める。かなり身長が高く、ドアも潜って入らなければならないほどである。抜群のプロポーションを誇り、芸術作品のような彼女は立って話すだけですごい高みから自己紹介されている気分になる。


「アー。ゼルダ、デス。オネガイシマス」

「ゼルダ……グリゼルダさんは日本に来たばかりなので優しくしてください」

「ヤサシク、ネ?」


 笑顔でお願いしてくるグリゼルダさん。その身長でその可愛さは反則でしょと言いたくなる。これが同じ1年生にいるなんて……仲良くできるか今までとは別ベクトル(言語の壁)で心配になるが頑張ってみよう。


「では、最後に顧問の先生。お願いします」

「はい。顧問の大塚寧萌です。この部活は昨年立ち上がり、昨年トラブルで活動休止になりました。詳しい話はこのあと部長からあると思います。顧問として言いたいことは、問題を起こさないように……なんて後ろ向きなことではなく、やりたいことはとことんやりなさい、私がサポートしますということです。あなた方の前向きな挑戦を私は応援します」


 おお、というどよめきが聞こえる。2・3年生はもちろん、新入生にまで先生の覚悟が伝わったようだ。いや、恋さんのにやつきを見ていると良からぬことを企んでいるのではと邪推してしまうが……。


「最も、自分たちの行動には自分たちで責任を取ってもらいます。挑戦は応援しますが、無謀は応援しません」


 恋さんの表情が落胆に変わるが、先生は当たり前のことを言ったに過ぎない。好き勝手やった結果にまで責任は持ってくれないだろう。


「はい、ねーち……顧問の先生ありがとうございました」

「それじゃ、話そうか」


 真理先輩の進行の後に、部長がゆっくり口を開く。その重い口調はまだ部長の中に話したくないという気持ちが残っていることを感じさせる。


「まず、申し訳ない。これまで話せなかったこと、話さないまま仮入部期間を終えたこと。まだ入部届は受理してもらっていないから、この話を聞いて入部したくなくなったら先生に話してくれ」


 先生の方を見るとこくんとうなづいた。


「まず、かしけんは去年できたばかりの部活だ。一昨年、色んな部活が無くなった後に新しくできた部活。他にも候補がいくつかあったが、選ばれたのがかしけんだった」


 何をやるか不明瞭だったのは、去年できたばかりだったからなのかな。現時点では活動休止になる要素はなさそうだが。


「この時、生徒会が選んだのだが、あたしが当時の会長と知り合いだったし、相談にも乗ってもらっていた。だから、コネを疑われた。会長は審査に関わっていないらしいが」


 生徒会とのコネは現在も初音先輩が繋がっており、噂されても仕方がないようにも思える。ただ、肝心の事件とどう繋がるのか。


「でな、選ばれなかった部活の連中とトラブルになったんだ。元々、あたしが剣道部に嫌われているのもあって、カフェ部……選ばれなかった連中が流した噂は浸透した。コネがどうのとか、お菓子貪るとかのやつだな」


 酷い話だ。部長の話が正しければ、コネで無理やり選ばせたわけではない。負け惜しみというやつだろう。


「そんな噂があっても、みんな一緒に居てくれた。活動してくれた。ハロウィンでお菓子配ったりして評判も回復しつつあった。ところが、文化祭でな」


 ここで事件につながるようだ。いよいよの核心。何があったとしてもかしけんを辞めようとは思わないだろうが、これからかしけんとして高校生活を送るには絶対に必要な情報だろう。


「カフェ部があたぃらの出しモンにケチつけた、んで、あたぃが一発かまして活動停止処分よ」


 部長が言う前に心愛先輩がサラっと続けた。暴力の話はここから来ていたのか。しかし、そんな喧嘩っ早いのか心愛先輩は。たしかによくギロっと睨む印象はあるが、そんな短期な印象はない。


「こ、ここちゃんは私のために……それで!」

「部長や静穂がいないタイミングでね、私も離れた時の出来事なの。カフェ部が居座った挙句、潤乃のクッキー踏み潰したらしい」

「……誰かのためとかじゃなくて、むかついたからやっただけだよ。あたぃは」


 潤乃先輩や珠洲巴先輩の補足で、心愛先輩の気持ちがなんとなく理解できた。もし同じ状況に居合わせたならぼくは何かできただろうか。とても悔しい気持ちになる。1人顔を逸らして寂しげな心愛先輩なんて、見ずに済んだのに。


「それから、なんとなく部活に集まるメンバーが減っていたんだが、タクから始まってみんなのおかげで完全復活と言うわけだ」


 バラバラになりかけていたかしけんをぼくが、ぼくたちが繋いだ。そう思うと、入って良かったという気持ちになる。


「1つ、いいかな? ずっと気になっていたんだ」


 スッと真っ直ぐに手を上げる佳暖先輩。ほとんどかしけんで過ごしたことがない彼女の気になることとは……。まさか、他にも秘密が!?


「かしけんの正式名称はお菓子研究会、だね?」


 確かそうだった気がする。あれ? お菓子研究部だっけ?


「あぁ、その通りだ」

「すると、キミは部長ではなく会長になるのでは? なぜ“会”なんだい?」


 正直どうでもいい指摘だった。まともに接したのは今日が初めてなのに、佳暖先輩らしいや、とも思ってしまう。


「それは、申請の時に同好会の名前のままにしていたからよ」

「つまり、同好会が始まりだったと」

「ええ、結成はしなかったけれど、その規模から始まったわ」

「部活なのにという違和感はまだ拭えないが、事情は把握できたよ。ありがとう」


 真理先輩の受け答えに一応引き下がる佳暖先輩。まぁ、これ以上聞いてもしょうがないあるまい。


「正直全く気にしてませんでしたから退屈でしたわ〜」


 乙芽先輩が空気の読めない発言をするが、それが空気を変えて和やかなムードになる。良い意味で空気が読めないのお手本だった。


「あの!!自分もひとついいすか!!!」

 

 そんな和やかムードを一発で消し飛ばしたすごい大声。その主は善奈さんだ。


「かしけんて結局何するんすか!!?」


 善奈さんは自己紹介の時にも初音先輩のようになりたくて入ったと語っており、昨日来たばかりなのもあって活動内容はあまり考えていなかったのだろう。


「あぁ、それは早めに告知できるようにしておく。とりあえず、今月は花見をする予定で、来月はバーベキューをしよう」

「えっ!? そんなんもするんすか??」


 この前もらった予定表には書いてあったが、もらっていなければ驚くだろうし、善奈さんは普段の活動もよくわかってなさそうなので余計困惑したことだろう。


「ん。普段は菓子食べたりだな」

「食べるだけっすか?」

「他にやりたいことがあればできるぞ」

「うぉぉぉ!! それなら自分、ドッジボールしたいっす!!」


 部長も善奈さんの困惑に気づいて普段の活動内容を教えてあげたのだが、予想外の意見が飛び出していた。初音先輩みたいになりたいって助っ人的な意味だったのか。てっきり副会長的な意味かと……。


「そうか……うん、考えておこうか」


 部長は真面目な顔で考え、受け入れた。え、ドッジボールすんの? 


「他に質問はあるかしら」


 真理先輩の問いかけに手を挙げる人はいなかった。


「それじゃあ、金曜日にクッキーを焼いて日曜日にお花見だからよろしくね」


 真理先輩の連絡をきっかけに自由行動が始まる。早速、露世先輩や友希江さんが動き出すのでぼくも手伝いに行く。だいたいお茶を用意してくれるメンバーがわかってきた。



「いつもありがとうございます」

「これくらい良いのよ」

「お気になさらないでください」


 突然のお礼にも関わらず、謙虚に対応するお2人。素直に尊敬できる。今日のお菓子はスーパーで売っている詰め合わせセットだった。値段に関わらずお菓子を食べるのも研究の一環なのだろうか。


「このお菓子、よく家で食べるのですが、これが中々食べさせてもらえなくて」


 友希江さんがひょいと摘んだのは中でも人気が高めのホワイトチョコのお菓子だった。


「食べられてしまうの?」

「はい、これだけ好きな妹がいて」

「それなら、今のうちに確保しておきなさい」

「でも、これだけありますし……」

「いるのよ、この部活にも」


 そう言って露世先輩は初音先輩を見る。どうやら初音先輩もこのお菓子が好きらしい。


「みいちゃんもよくパクパクするし、チャンスは今しかなさそうよ」


 美衣子先輩が食べちゃうというのは解釈一致だ。


「普段食べれないなら食べた方がいいと思う」

「そうですか、それでは失礼して……」


 そう言って友希江さんは2、3本をひょいとポケットに入れた。いつも率先して準備に動いてくれているのだから誰も文句は言うまい。


「ついに始まりましたね、かしけん」

「そうですね」

「2人ともよく来てくれたわ、嬉しい」

「ぼくも翠先輩には良くしてもらって……感謝しています」

 

 露世先輩にはゲームのこともあり、お世話になった印象が強い。本当にありがたい限りだ。そういうつもりで言ったので、友希江さんがお茶を淹れる手を震わせ不安げな表情でこちらを見つめてくる意味がわからなかった。


「……良くしてもらってるって、あの、その、え。お2人はどんなかんけ——聞いてもいいのかな……」

「えっ? それはどういう——」

「私たちは……一言では言い表せない関係ね」


 何をどう受け止めているのか怖くなる友希江さんの質問。ぼくはただ困惑するばかりだったが、露世先輩が意味深な回答をした。いや、同じ部活のゲーム仲間って一言あれば足りますよね!? 露世先輩はいつものニコニコ顔に少しイタズラのスパイスが降りかかったような笑みを浮かべている。やっぱりこの人もかしけんの先輩なんだなとしみじみ思う。


「!? そ、そそ、ソウデスカ……」


 顔を赤くして作業の手が早まる友希江さん。やけどとかしないと良いんだけど。なんて見ていると紅茶ポットを落としそうになっていた。


「危ない!」

「ほぇ!?」


 反射的にポットを握る友希江さんの手ごと握ってしまった。友希江さんの手はぼくの手がやけどしそうなほど熱い。


「あ、ごめんなさい」

「は、わわわ。これってつまりその、そういうコトですか……?」

「え? どういう……」


 友希江さんはようやく勘違いに気づいたのか、発火と錯覚するほどの勢いで顔を赤らめ、今度は一切動かなくなってしまう。


「意外な一面が見られましたね」


 露世先輩は微笑みながら用意のできたお茶を運び出す。そんな見えたね〜みたいな感想で終わらせて良いのだろうか。ちらっと友希江さんを見るとまだ顔を真っ赤にして立ち尽くしている。うん、意外な一面が見えたね〜で終わらせてあげよう。


 ぼくもお茶とお菓子を運び、誰か暇そうな人に話しかけようとする。みんなと話したいが特に話したい人物、琵優先輩がちょうど暇そうだった。チャンス! と思って話かけに行くとぼくを呼び止める人物がいた。


「拓斗〜。ちょっと聞きたいことあるんだけど」


 施璃威さんである。意外な人物に声をかけられたなと思う一方で、用件はすぐに考えついた。


「あのさ、なんであの先輩来たの?」


 やっぱり。そりゃ気になるだろう。


「なんかお弁当のおかず分けたら……」

「……なんかヤバいモンでも入れてるの?」

「入れてないよ!」

「話を聞くたびヤベェて思ってるケド」


 施璃威さんに続き恋さんも訝しげな目でこちらを見てくる。ぼくのおかずを食べただけでこんだけ人を惹きつけられるなんて怖くなる気持ちもわかるけど、ぼくだって怖いのだ。ぼく、何かやっちゃいました? 


「拓斗の料理は前から美味いよ。中学で劇的に伸びたけど」


 枝美里がぼくの料理の腕前に少し説得力をくれようとした。そうか、中学の時か。ちょうど製菓の師匠と出会い、本格的に料理を始めたタイミングがある。それを伝えれば怪しさはなくなるかな?


「実は、ぼくには師匠がいるんだ」

「「なんの?」」

「お菓子の」

「ふーん」


 なんだか一気に興味を無くしてテキトーに返事してくる施璃威さんと、髪の毛いじって返事もない恋さん。そっか、そこは気にならんか……。


「まぁ金曜日にクッキー食べさせてよ」

「ヨロシクー」


 施璃威さんと恋さんはそう言い残して去っていく。うぅ、ぼく個人にも興味を持って欲しかった。少し寂しくなりながら残った枝美里を見つめる。ただぼぉーっと。


「な、なに?」

「いや、なにも」

「……落ち着かないんだけど」


 中学の頃を思い出し、その頃の枝美里と心の中で重ね合わせてみると、変化がよくわかる。こうして改めて見ないと気づかないものだ。


「さて、そろそろ帰りましょうか」


 真理先輩の呼びかけでハッ! と気づく。枝美里はすごく居心地悪そうにしていた。完全にスイッチが切れて変なことしちゃった……。


「あぁ、ごめん」

「いいよ、疲れてるんでしょ」


 そうは言ってくれたが、何かお詫びをしなくちゃな。


「ふわぁ〜あ。今日もよく寝ました」

「お疲れ様です」


 帰りの支度をしていると、たまたま近くにいた美衣子先輩が眼鏡をかけながら呟いたので反応してみる。いつもごろごろ〜ごろごろ〜していて近寄り難く、お話できる雰囲気でもないのでチャンスだと思った。


「っ!? ど、どうも」

「黒岩先輩って何か習い事とかしているんですか?」

「いやっ……特にはしてないです」

「お家が遠いとか……?」

「そんなには……」


 いつも寝てしまうので疲れる理由があるのかと思ったが、なさそうだ。だとすれば、高校生活が美衣子先輩にとって大変なものなのだろう。同じ部活に入ったのも何かの縁。そのうちぼくもサポートできるようになりたいな。


「……響くんはお料理が上手だとか」

「上手と言われると恥ずかしいですが、よくしています」

「金曜日、分けていただくことは……?」

「もちろん」


 美衣子先輩は小さくガッツポーズをした。こんな人だったんだ、かなりの回数会っている先輩だが初めて知った。まだかしけんには入ったばかりなんだということを再認識する。


「あぁ、嬉しくなると感情が昂って……キャッ!」


 突然美衣子先輩の姿が視界から消えた。いや、何かがぶつかって前のめりに倒れたのだ。あまりに唐突な出来事に支えるとかかばうとかそんなことできなかった。むしろ、驚いて硬直してしまうほどだ。


「あいたたたた。ハッ! 大丈夫ですかぁ!?」


 ぶつかってきた何かとは破壊の権化とも言える瑠琉さんだった。飛んできた方向に目をやると、丹色先輩と蘭花先輩、縫夜さん、月緒がわたわたしていた。


「う、う〜ん……」

「おわっ!」


 心配になってぼくも膝をつき近づくと、いきなり抱きつかれて変な声が出てしまった。ぼくの視点では、はわはわと慌てる瑠琉さんしか見えない。た、助けて。


「ふにゃ〜ん」


 耳元で吐息を感じながらそんな声が聞こえてくる。その甘い声は脳みそを蕩けさせるには十分すぎた。身体中の力が抜けるのを感じる。


「ちょっとぉ、美衣子ちゃんだけずるい〜」


 なんと、駆け寄ってきた丹色先輩まで抱きついてきた。ぼくは脱力しきった身体で2人の温もりに包まれることになる。まるでわたあめの中にいるみたいだ、ふわふわ……。


「オイ、何してんだ。帰るぞ」


 心愛先輩の呆れ混じりな声かけにハッとなり、慌てて2人を振り解く。丹色先輩はいゃん、なんて言いながら離れた。一方の美衣子先輩は懲りずにまた抱きつく構えを見せたが、蘭花先輩がサッと眼鏡をかけさせると、急に大人しくなった。


「ビッキーゴメンネ、怪我ない?」

「ぼくは大丈夫でしたが……」


 美衣子先輩の方を気にするべきでは? と思ったが、まぁ心配してくれたのは嬉しかった。


「まさかこんなコトなるなんて。パイ投げ機でどしてこうなたヨ」

 

 十中八九、瑠琉さんの不幸な連鎖が原因であろう。パイ投げ機をいじっていたのも問題ではあるが。


「イヤ〜とにかく無事で何ヨリ」

「黒岩先輩も大丈夫そうで良かったです」

「オォ、ビッキーは優しいネ」


 これで優しい判定はどうかと思うが……。そんな話をしていたら駅に着いた。大体のメンバーと分かれて、登校時のメンバーに戻った。


「今日も楽しかったねぇ」


 ニコニコの丹色先輩。正直、いつも楽しそうなのだが、それは言わない。


「明日も一緒に行くんですか?」


 枝美里が遠慮なく切り込む。丹色先輩はこれに動じることなく即答した。


「いや〜明日はいいかな。小テストあるし。お2人でごゆっくり〜」

「「いや、一緒に行きませんから!」」

「息ぴったりじゃな〜い」

「「ぴったりじゃない!」」


 丹色先輩は隠し切れない笑いを堪えながらルンルンで歩いていく。朝のやり取りがフラッシュバックして枝美里と気まずい。


「それじゃ、今後もよろしくねっ」

「はい。……よろしくお願いします」


 枝美里の家の前で丹色先輩が締めの言葉を送ると、枝美里は嫌々なのを隠し切れずに返した。しかし、丹色先輩の笑顔は崩れず、そのまま別れた。


「それじゃ、ぼくも……」

「うん、拓斗くん。よろしくねっ」

「よ、よろしくお願いします」


 ぼくにはウィンクまでしてくれる。とても可愛いらしい美人な先輩なので、数々の問題行動抜きだとまだまだドキドキしてしまう。動揺も発言に現れちゃう。これからの重要な課題だ。



 早速、支度を整え始め、あっという間に寝る時間になった。日課となった寝る前の振り返り。中学のころは絶対にしなかったが、今は楽しい時間が振り返れるので自ら進んで思い出せる。今日も色々ありすぎたが、楽しかった。心の底でそう思える。



ついに本格始動したかしけん。早速イベント事もあり景気が良いが、果たして普段の活動などはどのようになっていくのか。これから3年間、無事に過ごすことができるのだろうか。


 ……中学の悪夢は蘇らないだろうか。一抹の不安との付き合いはもう少し続きそうだ。


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