まるでわたあめのような(前編)
「さて、どうなるか」
いつもの時間に起き、大体の支度を済ませた上で軽く掃除までしてみたが、なんとも落ち着かない。それは、この後、丹色先輩と枝美里と3人で登校することになっているからだ。この2人、枝美里にしては珍しくそこまで仲が良いわけではない。
不安で胸をいっぱいにしながら、待ち合わせの時刻をひたすら待つ。昨日の登校も大変だったが、今日の登校は仲を取り持つという別の意味で大変だ。気合を入れているうちに、約束の時間を玄関のチャイムが知らせてくれる。
ピンポーン。
家にはぼく以外いないので割と響く。玄関で聞くとそれがより実感できた。さぁ行くかとすぐ玄関を開けると、そこには元気そうな丹色先輩の姿がある。
「拓斗くん! おはよっ」
「……おはようございます」
朝から元気いっぱいの丹色先輩。その元気はもらえるというより吸われるような感じだ。
「さ・て、お隣も早速〜」
丹色先輩は笑顔で隣にある枝美里の家のインターホンを押す。ちょっとして、誰かが返事をしてくれた。
「は〜い。どちら様ですか?」
「にぃは枝美里ちゃんの先輩で〜す」
「あら〜こんな美人な先輩がいるの。いいわね〜」
声とリアクションから、枝美里のお母さんだろう。間違ってもお父さんではあるまい。
「ちょっとお母さん、余計なこと言わなくていいから!!」
「はいはい、いってらっしゃ〜い」
枝美里は玄関のドアを開けながら、家の中に向かって叫ぶ。お母さんの返事はインターホンと家の中の両方から聞こえた。
「ごほん。おはようございます」
「おはよ〜」
「おはよう」
わざとらしい咳払いをして挨拶する枝美里。少し恥ずかしそうだ。ぼくは慣れてるけど丹色先輩はあの元気なお母さんと関わるの初めてだからね。なんか恥ずかしくて気持ちが落ち着かないのもわかる。
「んじゃ、行きましょっか」
そう言って丹色先輩は一歩後ろに下がる。意味がわからないのでぼくも下がろうとすると肩を押して止めてきた。枝美里にも視線で合図しており、どうやらぼくと枝美里で並んで登校してほしいようだ。道幅等考えればその方が良いのかもしれない。ぼくらはそのまま並んで歩き出した。
が、やっぱり。う〜ん気まずい! いつもなら全く何とも思わないが、後ろに丹色先輩がいると、何を話していいのやらわからなくなる。そもそも、両側から挟まれてどうするかを想定してきたので、想定外なのだ。自分の想定が自意識過剰で恥ずかしいことも合わさって、ソワソワする。
「たっ、拓斗? 1時間目ってなんだっけ?」
若干声を上擦らせながら聞いてくる枝美里。どうにも落ち着かないのは枝美里も同じらしい。
「あっ、えーと化学だったような」
「あー、北村先輩はどうですか?」
「にぃのことは気にせず、2人でお話して?」
生返事の枝美里は丹色先輩が巻き込めればそれでよかったようだった。が、それも失敗に終わった。どうやら丹色先輩は幼馴染の会話というやつに興味津々らしい。
「それじゃあ、拓斗。北村先輩についてどう思う?」
「えっ? まぁ、変わっ……かわいい先輩だと思うよ」
後ろに本人がいるにも関わらずぶっ込んできた枝美里。思わず『変わった先輩』と本音が出そうになるが、慌てて取り繕う。
「もぉ〜拓斗くんったらぁ」
「……ふーん」
誤魔化すことには成功したのだが、なぜか枝美里の機嫌が悪くなる。何かミスったか? よくわからないが、丹色先輩が満足そうならギリセーフか。
「んで、枝美里はどう思ってるの?」
「どうって……」
お手本の回答を知るため、枝美里に同じ質問をした。あの回答がダメならなんて返せばいいのか学ばせていただこうと思ったのだ。だが、正答があったわけではなさそうで。ちょっと悩んでいた。
「ねーえー。どうなの?」
話題の張本人に急かされ、焦りが見え隠れする枝美里。のらりくらりその場のノリな枝美里が珍しい。どうも丹色先輩といるとペースが乱れるようだ。
「……なんか、ちょっと。まだ会ったばかりだし!」
何か色々考えていたようだが、結局言葉にできていなかった。ぼくはわずか数日の間に色んな丹色を見たが、枝美里はほとんど一緒にいなかったし、当然の答えでもある。が
じゃあなんでぼくの答えはダメなの……?
「ふーん、じゃ、これから仲良くしようねー」
「ちょ!?」
そう言いながら枝美里に後ろから抱きつく丹色先輩。それ誰にでもやるんだ、と思ったが女子同士ならまぁ変なことでもないか。
「拓斗〜助けて」
「どうやって?」
「代わりに背負って」
「ええ?」
こんな道のど真ん中でそんなの無理に決まってるだろ! そう思うぼくを余所に、丹色先輩はスッと枝美里から離れる。ちょ、やらないですよ? と丹色先輩の動きを注視するが、次の行動は意外なものだった。
「ん?」
なんと、枝美里を腕で指し示したのである。どうぞと譲るあの体勢に思わず声が出てしまった。どういう意味だろうか。もしかして、これ、丹色先輩の代わりに枝美里を背負えってこと!?
丹色先輩はにっこりとこちらを向いてくる。先ほどから体勢が変わらないので、無言の圧力がすごい。ええ、無理っすよしばかれちゃう。
「よし、助かった〜。って、拓斗アンタなに先輩を見つめてるのよ」
「え、いや、それは枝美里が……」
「私は助けろって言ったんだけど」
矛先を変えるために丹色先輩の方を見ると何事もなく歩いている。ごくごく普通に。
「幼馴染って言ってもそんなに距離感近くないのね」
「そりゃ、付き合いが長いだけですから」
「えーそれって自慢?」
「ちがいますよ!」
ぼくとしては他の子より遠慮してないから距離感近く接していると思っていた。丹色先輩が幼馴染を勘違いしているか、それともぼくの距離感が遠い方でズレてるか。
「まぁ拓斗のことは結構知ってますね」
「たとえば?」
「幼稚園の時、砂場の山崩されて泣いたとか」
「かわいい〜」
なぜか知識マウントを取る枝美里。その幼稚園エピソード、お前が山崩したんやろが! という気持ちが丹色先輩のリアクションによる恥ずかしさと混ざり、言葉にできなかった。
「ほかにも……」
「ちょ、枝美里……」
「何よ別に減るもんじゃないでしょ」
まだ何か余計なこと言おうとする枝美里を牽制する。が、負けない枝美里はぼくの心の耐久力を減らしながら続けようとする。これ以上何か言い出すなら戦争だ、こちらもネタの貯蔵は十分だ。
「なんか幼馴染って感じ、出てきたねえ」
「そ、そうですか?」
さっきまでと何が違うのかよくわからないが、丹色先輩がそう感じたなら何か違うのだろう。
「うーん、色々拓斗くんの過去について聞きたかったなぁ」
「あ、もう学校か。そしたら今度アルバム見せますよ」
「やった! よろしくね」
「ちょ、ぼくも枝美里の過去を——」
「名残惜しいけどあとでねー」
丹色先輩は、朝からぼくらをかき乱した挙句、ぼくの痴態に興味深々なまま別れることになってしまった。
「いや〜北村先輩ってすごいね」
「……ほんとにアルバム見せるのか?」
「別に良いでしょ?」
「いや、でも、変なことは言うなよ」
枝美里とは同じ教室なので話が続く。ちゃんと言っておかないと枝美里は面白がって丹色先輩に変なことを吹き込むことだろう。そんなの恥ずかしすぎるから釘を刺さねば。
「何よ、別に私の勝手でしょ」
「ぼくにだって知られたくないことはある」
「でも現にやったことなんだから仕方ないじゃん」
「枝美里が言わなきゃいいだけだろ」
段々と険悪な雰囲気になり、足は止まっていた。睨み合うぼくたち。だが、例え怒られてもここは阻止する。これ以上いじられてたまるか。
「拓斗ってほんと昔からこだわるよね!」
「また昔の話を……」
「これは今の話ですぅ〜!」
互いのイライラは道ゆく生徒にもはっきり伝わっていることだろう。必要以上に避けて通られている。くっ、早く決着を着けねば。
「だいたい拓斗は——」
「オイオイオイ。夫婦喧嘩はい犬も食わないぜ」
「「なっ!?」」
誰が夫婦じゃ! と思い、声のした方を向くと月緒がいた。なんとも言えない顔をしており、少し呆れているようでもあった。
「全く、こんなところで言い争うなよ。側から見れば痴話喧嘩だぜ?」
「え、そう見えてたってほんと?」
「音量の割に物騒なこと聞こえないし手が出る雰囲気もないからな。必然的に」
「まじか……恥ずかしすぎる」
ぼくは穴があったら入りたくなった。なんと恥ずかしいことを……。それは枝美里も同じだったようで、俯いてじっとしていた。
「とりあえず、ここにいても目立つから教室行こうぜ。悪目立ちは好きじゃないんだ」
悪目立ちが好きじゃないのは意外というか普段の行動とちぐはぐで少し混乱したが、素直に従って教室に向かう。
「あの、拓斗。さっきはごめん」
「いや、ぼくの方こそ嫌がりすぎてた。ごめん」
「私も意地悪な気持ち出しすぎてたよ」
「……アルバムは見せてもいいよ」
「うん……ちゃんと拓斗の気持ち考えて紹介するね」
教室に戻り支度を済ませるとすぐ、枝美里が謝罪をしてきた。反省は顔にも表れており、しおらしい態度だ。ぼくも過剰に反応してしまったことでヒートアップしてしまったと思ったので謝った。余裕も大人げもなかった。
「仲直りできたみたいでよかったぜ」
「お2人で何かあったのですか?」
「夫婦喧嘩だよ」
「「夫婦じゃない!」」
ぼくの後ろの席なので、銀妃さんは何があったか気になったようだ。そこに月緒が茶化して答えたので今度は2人、勢いよく突っ込んでしまった。
「おお……息ぴったりですね」
「その調子で頼むぜ」
こんな形でシンクロするとは思っていなかったので、また恥ずかしくなってしまう。同時にチャイムも鳴ったので、逃げるように自席に戻った。
朝からそんなこんながあったが、むしろそのおかげで全てを忘れるべく集中できた。気がつけばお昼だ。今日は水曜日。つまり、図書委員の仕事がある日。流石に昨日の今日なので覚えていた。早速、図書室に向かった。
図書委員は、図書準備室で弁当を食べつつ、返却貸出処理と、本の整理をするのが普段の仕事だ。水曜昼はぼくの他に3年生の先輩と伊利須さんが担当するはず。先輩はもちろん、伊利須さんとも名前の話以外はそんなにしていないのでドキドキワクワクである。
「失礼します」
図書室からカウンターに入り、奥の準備室へと入ることになる。図書室にはすでに生徒がおり、昼食を犠牲にするレベルの利用者がいることに驚きを隠せない。早く伊利須さんと共有したかったが、生憎、準備室には誰もいなかった。司書さんも席を外していた。
パッと食べてカウンターに行こう、そう思い弁当を広げているとノックの音が聞こえる。
「わぁ、早いね」
入ってきたのは3年生の先輩だった。肩まで届かないくらいの黒髪をふんわりさせ、細長い手足と合わさってスラっとしているのが印象的だ。
「さ、食べよう」
先輩も慣れた手付きで弁当を広げ始める。この人はどんな先輩なのだろうか。日頃出会う先輩が弾けているので、少し警戒心も混ざりながら観察をしてみる。
「あれ? 食べない?」
お弁当は一般的な2段弁当だった。箱も中に入っている紙のカップもカラフルでかわいらしいくらいしか特徴がない。……じっくり見てしまったので不審な態度だったようだ。暗に指摘されて恥ずかしくなる。
「い、いえ。いただきます」
慌ててぼくがそう言うと、先輩もいただきます、と食べ始める。しばらく食べていると、ノックが聞こえる。
「失礼します〜。今日からよろし——え、もう食べてるん……」
伊利須さんは急いで着席し、支度を始める。伊利須さんくらいのタイミングが委員会で説明された時間なのだが、ぼくたちが早すぎたのだ。
「あぁ、すんません。遅れてもうて」
「いや、わーしらが早いだけだね。謝る必要はない」
「……ほな、いただきます」
今のやり取りでまた癖の強そうな先輩だなと思いつつ、同時に掴みどころがないようなどう接すれば良いのやらの戸惑いも生まれていた。仲良くとはいかなくても、せめて話しかけやすいくらいの仲にはなりたいが……。それには名前を思い出さなきゃなんだけどね。
「えーっとぉ、ウチは氷室伊利須いいます。これからよろしゅうお願いします」
「あ、響拓斗です。よろしくお願いします」
「ん、よろしく」
伊利須さんありがとう! この流れならみんな自己紹介することになる、と思ったがそんなことはなかった。また食事に戻る先輩。もしかして、人間に興味がない? まだちょっと失礼か。
「あの、タクト、少しええかな?」
「ん? 何か?」
「何かというかそれなんやけどな、分けてもらえんか?」
そう小声で囁きながら伊利須さんが箸で示したのはぼくのおかずだった。豆腐ハンバーグとかいう物に初挑戦し、ぼくにも未知の食べ物である。
「タクトのおかず、めちゃ評判やん? 食べてみたかってん」
「いいけど……」
「やった!」
小声で話しかけてきたのに、普通の声で喜んじゃう伊利須さん。それだけ喜んでくれるのは嬉しいし、かわいくも見える。ましてクールな見た目の伊利須さんが純粋に喜ぶ姿は、良い。
「ん、何を話しているのかな?」
「ほえ? いや、ちょいと絶品おかずをもらおと……」
「ほお、それは興味深い。わーしにも1つもらえるかな?」
なんと! 2人で盛り上がって気分を害してしまったかなとかなんか食いついてきたなとか色々困惑するくらい、話しかけられたのは意外だったが、おかず要求はもっと意外だった。
「キミたちの関係性も気になるが、2人を繋ぐおかずとは一体」
「これは初めて作ったので、恥ずかしいですけど……」
そう言いながらまだ手をつけていないハンバーグを差し出した。なんだか先輩は人間に興味がないわけではなさそうだ。
「これが噂の……。ほな、いただきます」
「一見するとただのハンバーグだが……いただこう」
「おおっ、こりゃ美味いわ」
「……ふむ。想定より柔らかい味だ。くどくなく薄くなく。派手に旨味をぶちまける冷凍食品より余程旨味が伝わってくる、評判が良いわけだ」
2人とも絶賛してくれた。特に先輩は食レポのようなことまでしてくれて、嬉しいような恥ずかしいような。
「お口に合って良かったです」
「こらお返し渡すのしんどいわ……ほい」
「残念ながらわーしの弁当にはキミの舌を満足させられる物はないよ。現金で良いかな?」
「い、いや! お気持ちだけで結構です」
「ふふ、良い反応をするね」
どうやら冗談のようだ。いきなり現金を出されたらどうしようかと思ったが、そんなことにはならなかった。ただ、伊利須さんの冷凍シューマイと先輩の冷凍コロッケが追加されただけだ。
「響くん、わーしはキミに興味を持った。色々聞かせてくれないか?」
「えー、先輩。ウチもおるんですけど」
「あぁ、悪いね氷室くん。では、2人の馴れ初めから聞こうか」
「えーっと、同じ部活に入ってて」
「ウチらかしけんなんです」
さっきまでどうしようかと不安だったが、逆にどんなことを聞かれるか不安になる質問タイムが始まった。
「ほぉ、あの悪名高き“かしけん”か。面白い」
「その辺のことはウチもよく知らんのですけど、何か悪いことしたんです?」
「ふむ、所詮噂ではあるが、コネで設立し、部費でお菓子を貪り、競合を武力で制圧して活動休止になったとか。1年生にはあまり浸透していなかったのだな」
「え、そんなことが……」
今日辺りこれらの謎が解き明かされると思っていたが、まさかこんな形で全容が把握できるとは。いや、真相は異なるのだろうが思ったよりひどい噂で面食らってしまう。
「おや、やはり知らぬ間に関わってしまったのだね。そうでなければ関わろうとはね」
「で、でも実際は!!」
「……タクト、図書室やから静かに」
「あっ、ごめ……」
伊利須さんは注意をしてくれたが、その声にも顔にも悔しさが滲み出ていた。わずか数日、されど数日。かしけんで過ごした時間は間違いなく楽しい時間だった。
「まぁ、先ほども前置きしたが、噂は噂。北村丹色が所属している時点で何かあるとはわーしも思うが、悪意が含まれているのも事実だろう」
先輩は涼しい顔でそう言った。先輩にとってかしけんは特に関わりのあるものではない。この反応も当然であるのはわかるが……。
「ところで、響くんはお菓子を作るのかな?」
「? えーと、はい」
意図のわからない質問に即答できなかった。何が知りたいのだろうか。
「それはかしけんでも?」
「その予定です」
「なるほど、良いね」
何が良いのか全くわからない。伊利須さんも困惑している。2人で顔を見合わせてしまった。
「さぁ、そろそろ仕事をしようか。キミたちの名札は……これと、これ、だね」
先輩はぼくらに名札を渡してくれた。図書委員と利用者を区別しやすくするため、赤い紐で首から下げる名札。先輩が下げた名札には、九鬼佳暖と書いてあった。
「パソコンの使い方を学んでほしいからどちらかカウンターに入ってくれたまえ」
「それじゃ、ぼくが本の整理をするから氷室さんどうぞ」
「よし、任されたわ」
こうして、図書委員の初仕事をなんとかこなした。九鬼先輩はとても特徴的なのに掴みどころがなく、これから先が不安になってしまうが、まぁ伊利須さんも一緒だし、なんとかなるだろう。
午後の授業も終わり、いよいよかしけん全員集合の時間である。色んな感情が心の中で渦巻きながら、支度を整える。
「拓斗、準備できた?」
「ああ、行こうか」
枝美里もなんだかそわそわしているように見える。とゆーかクラスのかしけんメンバー全員が落ち着いていない。瑠琉さんも落ち着いていないので、何か起こさないか注意深く見守りながら部室に向かう。
「全く、とんだ災難だぜ」
見守った結果、道中でたまたま飛んできた野球ボールから瑠琉さんを守ることができたが、瑠琉さんを押して回避させたので、さらに前を歩いていた月緒の背中に割と勢いよく瑠琉さんが突っ込んでしまったのだ。部室に来るまでの間はなんとかそれくらいで済んだ。
「ご、ごめん」
「助けてくれたとはいえ一歩間違えればセクハラですよぉ」
瑠琉さんも押された形になるので怒るのもわかるが、助けてあげたのにという気持ちの方が強い。SP並みに警戒して守ったのだから許してね。
「今日初めてお会いする先輩もいるのですかね」
「来る度に顔ぶれが異なっていましたから、そういうこともあるかもしれませんね」
「あぁ〜なぜか緊張します〜」
「何事もなく開けられるといいけど」
恵さんの一言で、昨日の乙芽先輩のフルネーム絶叫を思い出した。昨日恵さんがいなくて良かった。
「じゃあ、入るよ」
ぼくはノックして返事を待つ。かしけんの基本だ。
「どうぞ」
誰の声かパッと思い出せなかったが、聞き覚えのある声がしたので扉を開ける。そこには——。
「今度はわーしの方が早かったね」
この場にいるはずのない九鬼先輩が、文庫本片手にぼくたちを迎え入れてくれた。
彼女は一体何を考えているのだろうか。掴みどころのなさすぎる先輩を前に、ぼくは後続のことも考えられないまま硬直してしまった。




