開けてびっくり(後編)
誰? という疑問に続いて、なぜフルネーム? なぜ叫ばれる? など、だんだんと状況整理のための頭が働いてきた。
それはこの場にいた全員も同様で、驚きの表情から推理の表情に変わっていく。
「えーと……拓斗の知り合い?」
「いや、知らない……」
「わたくしを、ご存知でない!?」
施璃威さんが引き気味に聞いてくれたので、ぼくのスタンスをみんなにアピールできた。結果、知らない人がバンっと机を叩いて立ち上がり、独特な言い回しで驚愕していた。全く存じ上げておりませぬ……。
その人は三つ編み二つ結びが特徴的ながらも決して地味ではなく、かなり可憐寄りのかわいいを成立させた、美人の部類の人であった。月緒からドス黒い嫉妬の視線を感じるので間違いない。
「え、えーと……どこかでお会いしましたっけ?」
「あぁ、なんということでしょう! 噂は本当だったのですね!?」
「ま、まぁ、たーくんたちも来たばかりだし、とりあえず座ってもらいましょう」
真理先輩が助け舟を出してくれる。全く覚えがなく、あれからかしけん全体が時を止められたかのごとく静かでしんどかった。本当に助かった。
席に着くと早速、友希江さんがお茶の準備をしてくれる。今日のお菓子はカスタード入りスポンジケーキだ。つまりはあの有名人のほっぺである。豪勢なお菓子が昨日から続いて嬉しい。絶叫の件がなければ最高だったのに。
「ふふ、美味しいでしょう。庶民には中々手が出せない魅惑のスイーツ、わたくしからの差し入れですわぁ!」
謎の美人が声高に叫ぶ。庶民にとってはむしろ味方では? と思わなくもないが、積極的に食べる機会はあまりないので食べられるのは嬉しいが。とにかく変わった人だなぁと。
「あ、ありがとうございます」
「で、英とタクの関係って、結局何だ?」
「では、自己紹介から。わたくし、英乙芽と申します。響拓斗……さんとは去年、コンクールでお見かけして以来の一目惚れですわ」
うん、知らない人だった。サラッと惚れられていて舞い上がる気持ちがないではないが、変な人への警戒心みたいなものの方が強すぎる。どうして知られて当然のような態度だったのだろうか。ん? そういえば名前に聞き覚えが……。
「わたくし、響拓斗の指揮に圧倒され、この方の下でならば吹奏楽部を続けてもよいと今日まで耐えてきましたの。それなのに! これならヴァイオリンやら何やらに挑戦しなければ良かったですわぁ!」
あぁ、ヴァイオリンで思い出した! 小池が言ってた人だ。吹奏楽部となればオーケストラではないので、ヴァイオリンは使わない。ただ、この学校は部活動がごちゃ混ぜなのでヴァイオリンを使ったり使わなかったりするのだろう。そこでヴァイオリンをやってみて……それで稀代のヴァイオリニストになったのすごいな。
「それって、かしけんと関係あるんですか?」
「あの響拓斗が吹奏楽部に入らないなんてありえない……仮入部期間が終われば現れる……そう信じていたのに昨日現れなかったから調べて来ましたの。かしけんに囚われていると」
「教室に来ればよかったのでは……?」
「教室まで押しかけてはご迷惑でしょう?」
枝美里が初対面なはずの相手にもガンガン切り込んでいく。対する乙芽先輩は全く気にしてない。気にしてなさすぎて、かしけんへの迷惑も考えていなかった。口調は玖留実先輩に近いのに、中身は全然だ。
「あー、タクは囚われてないから英の用件は終わりってことだな。差し入れありがとな」
部長がやんわりと退室を求める。だが、乙芽先輩はきょとんとした顔。全く退室する素振りがない。まだ何か用があるのだろうか。
「西園寺さん、わたくし決めましたの。響拓斗がここにいるなら、わたくしもここに入りますわぁ」
「ん、ん? んんっ!?」
部長のリアクションはみんなとシンクロしていた。あの真理先輩も驚いており、誰もついていけていない。ただ、丹色先輩は怪訝な顔だし、恋さん施璃威さんはニヤニヤしていた。
「元より合奏は好みじゃありませんの。説得されたから入ったものの、窮屈でしたわ。それをこの方なら変えてくださると信じておりましたのに……」
瞳をうるうるさせながらこちらを見つめる先輩。なんか悪いことした気分になってくるが、ぼくは吹奏楽部に入るなんて言ってなかったし、勝手に期待しただけだからぼくは悪くない、悪くないね!
「わ、わかった。だが、かしけんに入るには面接が……」
「えっ!!面接があるんすか!!!!」
新入生組がそんなのあったっけと困惑する中、凄まじい大声でリアクションする人がいた。今まで乙芽先輩に意識を持っていかれすぎて気づけなかったが、こちらも見たことがない人だ。
「あ、いや、それは……」
「さーちゃん、対応を間違えたわね」
「このわたくしが面接で落ちるなんてありえませんわぁ!」
「め、面接があるなんてそんな!!!」
とんでもない自信を見せる英先輩と、とんでもなく驚愕する声の大きな女生徒。髪の毛を左に束ね、活発そうな見た目をしている。この時期でもう上着を着ていない。
「よし、じゃあ面接なし! どんとこい!」
「当然ですわ!!!」
ぼくは不安だったが、英先輩の入部が決まった。この人とうまくやっていけるだろうか。ただでさえ、丹色先輩を筆頭に振り回されっぱなしなのに。
「んじゃ、早速。たく——」
「はじめまして! 由良善奈っす!! よろしくお願いしゃす!!!」
丹色先輩が何か言おうとしていたのを遮って、先ほどの大声女子、善奈さんが挨拶してきた。
「よ、よろしく」
「由良さんって元気だね……」
「パワーが溢れて口から漏れ出しとるもんな」
迫力に気圧され引き気味のぼくに対し、遠回しに声が大きいことを指摘する施璃威さんと伊利須さん。言いたくなる気持ちはわかる。
「自分、磨屋先輩と会いたくて来たんすけど、一緒じゃなかったっすか?」
「磨屋先輩は図書委員じゃなかったね」
「あ〜〜! それじゃ、今日は会えないかー!」
「生徒会、忙しいみたいだし」
「教えてくれて助かるっす、響くん」
なんでぼくの名を!? ってさっき絶叫されてから嫌でもわかるか。善奈さんはどうやら初音先輩に会いたいようだが、何かようがあるのかな。聞いてみようと思ったが、ぼく以外の図書委員から熱心に名前を聞き始めていたので、ひとまずそこを離れた。
「た・く・と——」
「響拓斗ぉぉぉ!」
丹色先輩が話しかけてこようとするが、今度は乙芽先輩によって遮られる。またもやフルネームの絶叫で、びっくりする。
「あ、あの、フルネームで叫ぶのやめて——」
「響拓斗、あの場では聞けませんでしたが、どうして吹奏楽部に入りませんでしたの?」
「それは……。お菓子を作りたかったからです」
吹奏楽部に入りたくない理由もあるにはあるが、伝えたくない。だからぼくは、かしけんに入った理由を言った。これも質問の答えになるはずだ。なってくれ!
「ふぅん、ま、それは個人の自由ですわぁ」
乙芽先輩は引いてくれた。ぐいぐい来るかと身構えていたが、案外あっさりしたものだった。
「今のわたくしの狙いは、響拓斗。あなたに再び指揮を取ってもらうこと。これからもよろしくお願いいたしますわね!」
おーほっほっほと現実では聞き馴染みのない高笑いを披露しながら、とんでもない野心を明らかにする乙芽先輩。それターゲット本人に言うやつじゃないよ……。
「……英先輩はなぜ、ぼくの指揮が欲しいんですか?」
呆れやら疲れやらで先輩相手にも関わらず、ぶっきらぼうに聞いてしまう。乙芽先輩は全く気にすることなく答えてくれる。
「それは、あなたの指揮が生きているからですわ。あの流麗な指揮の下で奏でる楽器が織りなすハーモニーは最初から一つの生き物だったかのように……」
「そんなにですか?」
「ええ、わたくしにはわかります。さすがあの人のお子様ですわぁ」
乙芽先輩の言うあの人とは、おそらく母の方だろう。海外を飛び回り、身内贔屓を抜きにしても人気なヴァイオリニスト。最初からそっちが興味のメインだったのだろう。
「でも、今はお菓子作りを……」
「もちろんですわぁ。無理に取る指揮などゴミ同然。かしけんに入ったのはチャンスを伺いつつ、わたくしの暇を潰すためですの」
なんと贅沢な暇の潰し方か。話し方や差し入れから察するにお嬢様なのだろうな。ちょっと粗暴な感じもあるけど。
「さて、響拓斗。早速ですが今度お宅にお邪魔……」
「ちょいちょいちょいストォーップ!」
距離の詰め方がバトル漫画のような乙芽先輩との間に入ってくれたのら丹色先輩だった。助かった、というよりは新たな敵が介入したバトル漫画のような気分だ。
「黙って聞いてたら随分とにぃの拓斗くんに親しげじゃないの」
「あら? わたくしはただ響拓斗と仲良くしておきたいだけですわ」
目線でバチバチに睨み合う2人。ぼくは丹色先輩の物になった覚えはないし、乙芽先輩を家に入れるつもりもない。大方、母親目当てだろうし。
「先輩方、ずいぶん面白そうな話してますね。セリも混ぜてくださいよ」
「師匠の手料……家に行くのはこのわたしですよ」
施璃威さんと微風さんまで割って入ってくる。絶対面白がってるし、多分料理が目当てだ。ぼくを取り合っているようでそうでもなく、複雑な心境になる。ぼくのために争わないで! と言えたらどんなに楽か。そんな恥ずかしいこと言いたくない。
「おいおい響さんよぉ、ずいぶん景気が良いじゃあねぇか。なぁ」
月緒さんが憎悪のこもった目で見つめながら言ってくる。今にも血の涙がでできそうだ。
「い、いや。ぼくは遊ばれてるだけで」
「遊びだってのか!?」
「違うって!!」
何という爆弾解釈。また面倒なことになる前に全力否定だ。この人達なら絶対悪ノリしてくるからね。
「響くん、ちょっといいかな」
「まだ増え——えっ? あ、はい……」
これ以上は捌ききれん! と思ったが、話しかけてきたのは、確か、潤乃先輩だ。このノリに乗っかるような人には見えないのでびっくりした。それはみんなも同じだったようで、しばし大人しくなる。その隙に、潤乃先輩はたったったと端に移動し手招きをする。
沈黙を続ける一同の中から代表して丹色先輩にお伺いを立てる目線を送ると、悲しそうな目とアヒル口で『行きなさい』というサインを出した。そう思うことにして、その場から端に向かった。
「……」
「……あの」
「……」
潤乃先輩は喋ろうとせず黙っているが、こちらが話そうとすると首を振る。互いに望まないお見合いの創作を見たことがあるが、そのレベルすら生ぬるい。何という気まずさだろうか。達人の間合いを探る創作の方がよりしっくりくる。
「……あ」
潤乃先輩がようやく斬り込んできた。それはまるで物干し竿の間合い……遠すぎる。さっきはあんなにズバッときたのに。
「何でし——」
「……」
ぼくが間合いを詰めようとすると、首を振り牽制してくる。もう待つことしかできない。我慢比べだ。……こちらから話しかけた時点で敗北しているようなものではあるが。
「あ、あの。ありがとう」
「えー……。あっ! はい、ぼくはしたいことをしただけなので」
先輩から身に覚えのないお礼。これは今までの経験から『かしけん入ってくれてありがとう』だと見抜くことができた。潤乃先輩は心配そうにこちらを見上げているが、まぁ不正解でもないだろう。他にお礼を言われる筋合いがない。
「私のせいで、かしけん、無くなりそうだったの」
文化祭での事件、詳細は未だ語られないが、ぼんやりと見えてくるのは、暴力。それに潤乃先輩が原因ということから察するに、つまり……潤乃先輩が、暴力事件を起こした。この今にも消えてしまいそうにプルプル震えながら話す小さな女の子が? 絶対ないな。
「守ってくれてありがとう」
「それは。いや、無くならなくて良かったです」
かしけんを守ったのは紛れもなく部長や真理さん、先輩方だろう。そう言おうかとも思ったが、そんなことは重々承知しているはずだ。なので、自分の気持ちを素直に伝えた。そう言えば、今朝、丹色先輩から甘い言葉がどうのと言われたっけ。こっ恥ずかしいから今まであんまり言わなかったけど、喜んでもらえるなら。
「浜川先輩との出会いをくれましたからね」
「……ん? うーん、はぁ!? 何言っちゃってんの信じらんないですけど!」
勇気を振り絞ったが、セリフ選びか何か、ともかく失敗したようだ。サッと離れて左手で自身の身体を守り、右手を頭の位置まで上げる。指先までピンと伸ばし、手のひらが平らになるよう調整している。ビンタの構えだ。
「今日初めて話すのになんでそんな……!」
「あ、いや、部活動で色んな人と会えて嬉しいなって意味で」
「私のことからかったの!?」
「そんなつもりは全然なくて!!」
今日はかしけんの注目を大声で集める日なんだ。潤乃先輩は何かを誤解し、完全にこちらを警戒している。嫌われちゃったかな……。甘い言葉なんてみんながみんな聞きたいわけじゃないんだな。そんなこと、わかってたはずなのに。
舞い上がっていた自分を戒め、深く反省を心の中でしていると、潤乃先輩が何やらぶつぶつ言っているのが聞こえてくる。
「だから男の人と話すのは……でもまさかいきなり告白なんて……もうどうしたらいいの……」
いつの間にか告白したことになっていた。あれを告白判定されるとは。なんだか非常にまずい気がする。丹色先輩に続いて乙芽先輩まで現れた今日に限ってさらに好意を向けられるわけには……! こんなこと考えてるのも恥ずかしいのに!!
「あ、あのですね、浜川先輩。ぼくはただ知り合えて嬉しいだけで……」
「待って! それ以上、言わなくていい。わかってるから」
先ほどまでプルプル震える小動物のようだったのに、ぼくを呼んだ時と同じような覚悟を決めた顔で、手のひらを向け静止してくる。身体は一切の振動もない。まるで金剛力士像のような、ゴゴゴゴゴという擬音が見えてくる覇気を感じる。変わりすぎだろ……。
「これからも、よろしくお願いします」
「……はい、よろしくお願いします」
顔を赤らめもじもじしながらそう言う潤乃先輩。震えたり止まったりくねくねしたり節操がない。
ただ、その言葉は意外だった。勘違いでもっと重い言葉が返ってくるかと思った。これなら告白と勘違いなんてされてないじゃ〜ん。なんてネットで話題の鈍感系主人公みたいな油断はしない。その熱い眼差しが勘違いが続いていることを口よりも如実に語っている。
ではなぜ、よろしくと返したのか。答えは簡単だ。これ、誤解です、なんて言ったらまた面倒そうだし、こっちも察しが悪いフリで乗り切ろ……そう思ったからに他ならない。いざという時まで躱していこう。
「響くん。いやもう拓斗くんでいいよね。拓斗くんはお菓子作り好きって聞いてるからこれからいっぱい作っていこうね。それでね——」
潤乃先輩は堰を切ったように勢いよく話始めた。もはや変身、多重人格の域に達したその芸当についていくことができない。誤解を解いた方が面倒じゃなかったな、そう気づくまで1分もいらなかった。
「ねぇ拓斗くん。もういいかな?」
「あっ! 丹色先輩っ。 ありがとうございます」
「ん? 潤乃ちゃん、なんか様子違くない?」
「何言ってるんですか、丹色先輩は恩人ですから」
「あら、そう?」
丹色先輩が話しかけてくる直前、浜川先輩が『恋のキューピッド……』と呟いたのを聞いたので、態度の変化には驚かない。誰にでもそうなんだという方で驚く。
「それじゃあ、今後もよろしくお願いしますねっ」
「よ、よろしくね?」
1年には満たないのかもしれないが去年からの付き合いである先輩によろしくと言うのは、事情を知らねば不可解だ。事情を知る身からすれば、あれはキューピッドとしてよろしくの意だ。浜川先輩の『よろしく』には気をつけよう。
「さぁ、そろそろ帰り支度を始めましょう」
今日は委員会後、癖の強い先輩に絡まれただけで終わってしまった。みんな個性の塊だが、その中でもめんど……大変なタイプの先輩で、今後が心配になる。
「拓斗、お疲れ様」
「あぁ、枝美里。見てたなら助けてくれよ」
「喋ってるだけで入っていったら変でしょ」
「まぁそうだけどさ」
かしけんは今日も賑わっていた。あの会話を聞いていたのは枝美里だけではないだろう。恥ずかしい。
「明日はメンバー勢揃いかぁ。また増えたから何人くらいになるのかな」
「ざっと30人だな。ずいぶん大所帯になったものだ」
「これだけいると、お菓子を用意するのも一苦労ね」
枝美里の呟きに、部長と真理先輩が反応する。30人……どれだけ膨れ上がったんだ? という気持ちになる。
「これで他部活との交流戦もできるな」
「かしけんなのに戦うんですか?」
「この学校はゆるいからな、なんでもありだ」
それゆるいとかいうレベルじゃなくない? と思ったが口には出さない。別の部活同士がセットにされてる時点で割となんでもありな気がしたからだ。部長に言っても仕方ないだろう。
「今日は園浦先輩たち来てないんですね」
「ココはバイトがあるし、モモも家の手伝いとかあるからな。トキはまだ一人で来るのはな」
「なるほど」
「他にもすーちゃんやらりーちゃんやらいないし、2年生ほとんどいないわね」
何ということだろう、賑やかに見えたが、実際は全然いなかった。今日関わってなくて今見つけられるのは美衣子先輩と静穂先輩と——あっ、昨日の髪が長い人だ。何年生かわからないけど。あとは1年生。恵さん以外いるかな。
「おっ、タクト!」
見渡していると、睦喜さんと目が合った。今日も何か探していたのか服が汚れている。汚れているのは作業着のような上着だ。
「やっぱりモノづくりは楽しいな!」
「それは良かったです」
「タクトの作る菓子、楽しみにしてるぞ」
「美味しいの作りましょう」
「うん!」
満面の笑みで答えてくれる睦喜さん。背があまり高くないぼくよりもかなり低い睦喜さん。そんな彼女の無邪気で見上げる笑顔は今日の疲れを癒してくれる。
部室を出てからも、睦喜さんと話を続けた。睦喜さんはとにかくモノを作るのが好きで、実験道具はもちろん、かしけんでの遊び道具なんかも設計し始めたし、お菓子作りの道具も作ろうとしているらしい。
「手作りバームクーヘンが食べたいんだ!」
「それは……大掛かりだね」
「難しいほどやりがいがあるぞ! ただ、ボクの力だけじゃできないから力を貸してくれ!」
「もちろん」
キラキラした顔で語る睦喜さん。別の部活ではうまくいかなかった分、かしけんではうまくいくように手助けしたい。……爆発は困るし。
「困難なほどやりがいがある、良い言葉です」
スルッと会話に入ってきたのは銀妃さんだった。
「私も普段、耐えに耐えて己を成長させております。良いですよね、困難」
こちらもキラキラした顔で語るが、その内容でそんなキラキラした顔しちゃうの? と不思議というか不安というか。
「ん、そ、そうだな……な?」
「は、はい。ソウデスネ」
睦喜さんも引いていた。そりゃそうか。ここで深掘りする勇気はぼくらになく、愛想笑いをしているところで駅に着いた。そのままみんなと別れ、枝美里と丹色先輩と家まで向かう。
「拓斗くん、明日も一緒に学校行こうね」
「北村先輩、変な噂が立ちますよ」
「別にいいも〜ん、にぃは気にしないから」
ぼくのことも気にしてよ。そう思ったが口には出さない。なぜならなんか自意識過剰みたいになるからだ。それに——。
「まったく……拓斗も嫌なら断りなよ」
「いや、まぁ、はは……」
内心、嫌ではない気持ちがあるのも事実。だから断ることはできないのだ。
「よし、じゃあ私も一緒に登校するよ」
「えっ、それは」
「何よ、先輩は良くて私は嫌なの?」
ギロっと睨んでくる枝美里。ますます変な噂になりそうだと伝えたかったが、まぁ、枝美里も承知の上なのだろう。丹色先輩はというと、キャッキャとはしゃいでる。
「幼馴染の間に挟まれるなんて新鮮な体験だわ〜」
こうして、枝美里の妙な対抗心が特殊な登校時間を作り出すことになった。あの後2人と別れ、あっという間に寝る時間だ。ダラダラとテレビや動画を見て過ごし、ベッドの中で今日を振り返る。濃い人に振り回される一日だった。
明日は全員集合の日。より濃い一日になるだろう。あの髪が長い人やについても知れたらいいな。そう思いながら眠りにつく。この時にはすでに、事件のことなど気にならなくなっていた。




