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開けてびっくり(前編)

「さて、準備はできたけど……」


 朝から支度を整え、空いた時間で軽い掃除までしたが、ぼくはまだ登校しない。なぜなら、丹色先輩の連絡を待っているからだ。

 昨日の帰り道に突然、一緒に登校しようと言われ、夜に迎えに行くからと連絡が来た。なので、ただ、待つ。遅刻しないくらいの時間で。


「まだ間に合うけど落ち着かないな」


 いつもなら登校している時間。準備が出来次第、早くても家を出ているので、この時間はまだ余裕があるとはいえ慣れない。


 ピンポーン。


 チャイムが鳴った。丹色先輩が来てくれたのだろう。早速、玄関に向かう。なぜ一緒に行くのか未だ検討もつかないのは怖いが、なんとかなるだろう。


「響く……あっ、違った。拓斗くんおはよっ」

「おはようございます」


 挨拶を終え、2人並んで歩き出す。ぼくが少し気まずさを感じていたのがわかったのか、すぐに丹色先輩が話しかけてくれる。


「ありがとね、にぃのお願い聞いてくれて」

「いえ……」

「昨日いきなり誘われてびっくりしなかった?」

「それはびっくりしました、なんでだろうって」

「戸惑わせちゃってごめんね。ただ、誰かと登校したいなって」

「それなら枝美里——」


 話している途中で丹色先輩が怒っているのに気がつき、話を止める。


「あのさ、今にぃと2人きりなんだから他の女のこと話さないで」

「え、いや、ごめんなさい」

「ふふ、今はにぃに独り占めさせてね?」


 身体的な接触は多いものの、振り回されることが多かったので、丹色先輩にはドキッとする気持ちと身構る気持ちが半々だった。だけど、今みたいに男心をくすぐるようなセリフを可愛らしく言われると、身構る気持ちなどなくなって魅了されてしまいそうだ。


 落ち着け、ぼく。相手は丹色先輩だ。からかってるだけに決まってる……! これからかしけんを楽しむには、これくらいのやり取りで陥落している場合ではない。


「どう、ドキドキした?」

「……心臓に悪いからやめてください」


 丹色先輩はやっぱりからかっていただけだったんだ。ちょっぴり残念な気持ちと、質問の時の伺いを立てるような顔のかわいさで反応が遅れてしまう。かしけんに入ってからぼくの心臓、あるいは心は破裂の危機に晒されっぱなしだ。


「……」

「? 何か変ですか?」


 まじまじとこちらを見つめて黙ってしまった丹色先輩。顔に何かついているかな、とか気になる。そんなに見つめられても何も出ないよ……。


「色々考えてくれてるんだね」

「え? 顔に出てました!?」


 ぼくは慌てて、手で顔を触る。目元、口元、ほお? どこから読み取られたのかどこを隠せばいいのか少しパニック。すぐに全部を覆って呼吸を整える。そして、手を戻してなるべく真面目な顔になるよう意識しながら丹色先輩に聞いてみる。


「もしかして、顔に出てました?」

「ううん、そんなことはない……ぷぷ、いや、今のその顔……ふっ」


 笑いを堪える丹色先輩。おかしい、真面目な顔をしているはずだ。眉に力を入れ、眼光を鋭く、唇も固く結び……。まぁ、あの葛藤は顔に出てないというのは一安心だ。


「鋭いですね、北村先輩は……危ない!」


 横断歩道を渡り終えたタイミングで、凄い勢いの自転車が突っ込んできた。ぼくは咄嗟に丹色先輩の肩を掴み、抱き寄せてしまった。丹色先輩はバランスを崩し、ぼくにもたれかかる。と言っても、背があまり変わらないので支えられると言った形だが。丹色先輩は何が起きたのかわからないといった顔でしばらくぼくを見つめて動かなかったが、ハッと気づくと顔を赤らめ慌てて離れた。意外なことに少し恥ずかしがっているような。


「あ、ありがとね」

「いえ、咄嗟に掴んでしまってごめんなさい」

「うーん、まぁにぃもよくやるし? 許したげる」


 すぐにいつもの調子を取り戻したようだが、先ほどの慌てた様子が忘れられない。もしかして、されるのは慣れてない……? 

 

 そう思った瞬間、すぐに右手が重くなる。もちろん、中二病ではない。丹色先輩が腕を絡めて体重をかけてきたのだ。


「拓斗くんって、優しいね」


 一気に熱くなる右手。丹色先輩の温もりと柔らかさが服越しに伝わって……先ほどの様子は一体なんだったのかというほどの積極性である。


「北村先輩、その、みんなが……」


 ぼくたちは登校中。なので、歩けば歩くほど周りに同じ学校の生徒が増える。そんな中で恋人繋ぎよりも大胆な抱きつき歩き。ちらちらと視線を感じずにはいられない。


「気にしな〜い。それより、拓斗くんもにぃのこと丹色って呼んでよ」

「え、でも……」

「じゃあ学校までこのまま行こっか」

「勘弁してください、丹色先輩」


 このまま学校に行くなんて全校生徒からどんな目で見られるか。実際はそんな大事にはならないだろうけど、好奇の目に晒されるのは嫌だ。なので、丹色……と呼び捨てにはできずとも丹色先輩で許してもらうことにした。許してくれ!

 

「んー、にぃはこのままでもいいのになぁ。まぁ、はいっ」


 パッと離れてくれるかなと思ったが、離れたのは身体だけで手は繋がれたままだった。


「あの、丹色先輩? 手が……」

「ん? こっちの繋ぎ方が良いのね」


 そう言って腕をぼくの方に伸ばしてくるので、恋人繋ぎを狙っていることが一瞬でわかった。


「い、いえ。これで大丈夫です」

「これ“で”?」

「これが良いです」


 丹色先輩の弱点を見つけたと思ったが、そんな物何の役に立つと言わんばかりの猛攻にたじたじになってしまう。ただ学校に行くだけで何たる疲労感だろう。……充足感もあるのが複雑だ。


「ふふ、拓斗くんは常に車道側を歩いてくれたり気遣い上手なのに、甘い言葉は言ってくれないのね」

「……いや、まぁ」


 枝美里に『そんなんじゃ彼女にフラれちゃうよ』とからかわれながら覚えた歩く位置は癖になっており、横断歩道まではしっかりできていた。まさか役に立つ日が来るとは……。

 

 甘い言葉の方は練習してない。というか恥ずかしいし、丹色先輩とはまだそんな距離感じゃないし……。


「拓斗くんのこと、もっと知りたいな。また一緒に登校しようねっ」


 色々と考えを巡らせていると、学校に着いていた。丹色先輩はパッと手を離し、校舎に向かってスタスタと駆けていく。スムーズなその流れに面食らいながらぼくも教室へ向かう。


 

 教室に入り、今日の準備を終わらせて、本を読んでいると声をかけられる。


「響殿……今朝のアレはなんでつかな??」


 このウザ……人を小馬鹿にする不快な喋り方は、えーと、うん。


「その顔、もしや某の名を……!? ならば小池豊太郎の名をその身に刻むのだ」


 タトゥーかな? どんな罪を犯したらそんな死刑よりも酷い罰を受けなければならないのか。ぼくの前世は相当なやらかしをしたらしい。


「小池くん、言っている意味がわからないよ」


 ぼくは低い声でぶっきらぼうに答えた。こいつと話すくらいなら本が読みたいのだ。


「惚けても無駄なのだよ。某がまだ把握できていない美女と仲睦まじく登校していたではないか」


 ガタッ。体がビクつきすぎてイスまで音を立て揺れる。これでもかというほど動揺が明らかに。く、よりにもよってこいつに見られ、さらにはいじられるとは……。


「あ、あれは……」

「くぷ、そんなに慌てるでない。じっくりたっぷり根掘り葉掘り聞かせてもらおうか」


 ねっちょりという言葉が一番似合うテンションで迫ってくる小池。なんてムカつく顔をしているんだ。ぼくはハッキリと小池が好きじゃないことを意識せざるを得なくなった。そんなタイミングで間に入ってくれる人が現れた。


「おい、あれは部活の先輩だよ。それよりもお前の調査結果って脳内以外にもあるのか?」

「ふ、愚問だな。あの膨大なデータは某の頭脳をしてもまとめきれな——!?」

「んじゃ、それ5秒で持ってこい。それでオレをまるで化け物みたいに見てきたことはチャラにしてやるよ」

「家のパソコンにあるから5秒は、その、ちょっと……えへ」

「だったら今すぐ帰ってやるか? 黙って明日持ってこいや」


 小池はひぃぃぃ〜と言いながら去っていく。助けてくれたのは月緒さんだった。


「ありがとう、紅山、さん」

「無理にさん付けも敬語もいらねぇよ」

「わかった、助かったよ月緒」

「!? ま、まぁ、俺は俺のためにやっただけだ」


 たしかに月緒はデータくれとしか言ってないが、アレ助けるための口実

だよね? あ、データを見てから処分すべきか判断する腹積りかな? まさか利用しようなんてそんな……ねぇ?


「それよりも、丹色先輩といつの間にあんな仲良くなったんだ?」

「あれは帰り道が一緒の時——」

「え、それだけで!?」

「いや、一緒の時に——」

「お前、すげぇよ。女の敵か?」

「だからっ! 一緒のと——」


 早とちりした月緒を止められないままチャイムがなった。この誤解が広がらぬよう祈りながら授業を受けなきゃいけないのか。憂鬱な気分になりながら教室に入ってきた先生の話を聞く。あ、今日委員会か。月緒さんと一緒、不安だ。



「いやぁ、響先生。早速女を落とすテクニックをご教授願いたい!」


 昼休みに入るや否や、だる絡みしてくる月緒。これじゃ小池とすり替わっただけじゃないか! まぁ小池と替わってくれるのは大大大歓迎で感謝までしたくもあるのだが、だるいのは変わりなく。世の中うまくいかないね。


「だからアレは丹色先輩の方から誘われたんだよ」

「なんで?」

「それは……知らない」

「へぇ。まぁ手を繋いでたのは事実だし」

「えええええ!? て、手を繋いできたんですかぁ!?


 瑠琉さんは過剰に驚いてみせる。そんな驚くことだろうか。相手はあの丹色先輩だよ?


「丹色先輩が勝手に」

「わかったから早くおかず分けてくれない?」


 枝美里は席を用意し、イライラした様子で箸を開いたり閉じたりしながら催促してきた。ちょっと話に夢中だったくらいでそんなに怒らなくても……。ぼくのおかずだし。


「私も今日こそ一緒にいいかな」

「もちろん!」

「パンは買わなくて良いのですか?」

「ちゃんと買ってきたから大丈夫」


 みんな揃ったのでお弁当を食べ始める。恒例になりつつあったおかず交換会も行われたが、人数が多くなってきて全員に分けるのがしんどくなっていた。


「銀妃や響とかのおかずは楽しみだったんだが、流石にお母ち……母がつらそうだ」

「量が多いと食べきれない日もありそうだし、毎日はやめよっか」

「賛成です」

「師匠のおかげが食べられないのは残念ですが仕方ないですね……」


 かくして、おかず争奪戦もとい交換会は毎日ではなくなった。初参加の恵さんはパンがメインでおかずが少なく、配ったらなくなっちゃうことも要因となった。恵さんはあまり食べないようで手のひらの半分くらいのハンバーグだったから……。


「初めての委員会、緊張しますね〜」

「私たちの分までちゃんと仕事してね、拓斗」

「ちゃんと仕事する気なかったくせに」

「失敬な。ただ本のジャンルが偏っていただけよ」

「はいはい」


 軽く聞き流しつつ、午後の図書委員会のことを考える。一体どんなことまでするのだろうか。本の貸し借りや整理はもちろん、リクエストやら紹介やら? わがままではあるが、やりがいと大変さのバランスがちょうど良いことを願った。


「ハァ、憂鬱だぜ」

「そんなに緊張しなくても」


 ため息をつき意気消沈な月緒にツッコむ。同じ委員なのにそんな落ち込まれるとぼくのことが嫌なのかなと考えちゃって、へこむ。


「いや、緊張はしてないが、壁が高すぎてな」

「そんな困難にもう打ち当たってるの?」

「あぁ、昨日その壁と直面してしまったんだ。話に聞くより遥かに凄かったぜ」


 昨日? 話? 全く覚えのないワードに焦らざるを得ない。図書委員会ってそんなヤバい委員会って話あったっけ? 昨日何か活動があった? でも昨日って月緒とはほとんど一緒にいたような。


「磨屋初音。正直惚れそうだった。不覚」


 話は委員会の流れだったのに全く関係なかった。道理でよくわからないわけだ。


「ふっふっふ。副会長の素晴らしさ、わかっていただけたようで何よりです!」


 誇らしげに胸を張る瑠琉さん。いつものふざけたピタゴラスイッチなら、ここでシャツのボタンが飛んできても驚かな……驚きはするけど納得できるのに、現実は非情である。きっかけがなければ何も起きないなら瑠琉さんも気をつけて生きてほしい。


「敵意剥き出しで向かったツクちゃんが初音先輩に優しくされてデレデレするの面白かったよ」

「武田……! でもその通りだから何もいえねぇ……」

「敗北は人を成長させるものです」

「俺、まだまだモテるようになるってこと?」

「……そう」


  月緒は昨日、無謀にも初音先輩に挑んだと枝美里が教えてくれた。無謀すぎるので鏡華さんも励ましの言葉を送ったが、あんまり届いていないようだ。


「委員会、不安だなぁ」

「大丈夫、俺に任せときな」


 月緒、あなたが一番の不安材料なんですよ……。


 

 昼休みの後、授業も終わると、いよいよ委員会活動の時間である。早速、活動場所の図書室に向かった。


 今日の活動は主に自己紹介と当番決めである。当然、他クラスからも委員が選出されているので、自己紹介で知り合いがいるのを確認できた。アリーシャ先輩と施璃威さん、伊利須さんである。3人とも読書のイメージはなかったので意外だった。


 生徒が自己紹介を終えると、ゆるふわでウェーブのかかった髪を揺らしながら小柄の女性が立ち上がる。服装が制服なら生徒と言われても納得できる見た目の先生だ。


「担当の大塚です。普段は3年5組の担任をしています。一年間よろしくお願いします」


 ふわっとした雰囲気と厳格な口調で脳がパニックになりそうだった。次の司書さんが落ち着いた見た目通りの人だったのですぐ冷静になれた。


 自己紹介の後、当番決めになり、ぼくは水金の昼を担当することになった。水曜日は3年の先輩と伊利須さん、金曜日はアリーシャ先輩と施璃威さんと一緒になる。他にも、本のチェックなどをする日もあるそうだ。

 

 機会の使い方や本の配置場所の案内を受け、少し余った時間で本を読むことになった。次回から本の紹介などが活動内容に含まれるためである。


 ぼくはミステリー小説を手に取る。チラとみんなの本を見てみると、アリーシャ先輩は歴史考察、月緒は源氏物語、施璃威さんはシェイクスピア、伊利須さんは身体の使い方についての本を読んでいた。施璃威さんのチョイスはかなり意外だった。


 ほどなくしてチャイムが鳴り、活動も終了となる。図書室を出た生徒から口を開いていく。図書室内では喋らない意識を、早くも全員が習得していた。


「あ゛―疲れた、新しい本何にするか選べねぇのかよ」


 開口一番、月緒は乙女の口から出すべきでないため息を愚痴と一緒に出した。


「本に囲まれんのは幸せやったわ」

「ここの図書室、結構センスいいよね」

「そうですね」


 伊利須さんと施璃威さんは委員会が気に入ったようで満足気だ。ぼくも入学前に見た蔵書量だけでなく、その内容まで豊富だったので満足だ。



「月緒殿、ご安心召されよ。いずれ時は来まする」

「アリーシャ先輩、口調」


 アリーシャ先輩はハッと慌てて口を覆う。いつも気にしてなさそうなのに。不思議に思いながら、自然と足が部室に向かう。それはみんなも同じだった。


「拓斗も紅山ちゃんも図書委員なんて意外だな〜」

「意外なのはそっちもですよ」

「だってさイリスちゃん」

「星上さんに言ったんですけど?」

「そんな他人行儀じゃわからないよ〜」

「ウチかてそんなん嫌やわ」


 わいわいがやがや。そんな感じで歩いてく。特に施璃威さんとはこんな風に話せるようになると思わなかったが、我ながら随分成長したものだ。


「それじゃ、ぼくも疲れたからこんな感じで」

「遠慮は無用でござるよ。拙者もかしけんでは我慢しないでござる」

「アリーシャ先輩かわいいから委員会中にござるが出たら教えてって」

「セリ殿、それは内密にとあれほど……!」

「あれ? 遠慮は無用じゃなかった?」

「親しい仲にも礼儀ありでござる」


 流暢に日本語を使いこなすアリーシャ先輩。ござる口調さえ抜ければ完璧なのだが、時間はかかりそうだ。知識だけなら日本人と同等まである。


「とにかく、これからもよろしくな」


 部室に着いたので、先頭の月緒が振り返り、会話を区切る。委員会も賑やかになりそうだとほくほくした気持ちだ。月緒がノックと共に扉を開けて入るので、それに続く。ここまでは穏やかな気持ちだったのだが、一転。


「響拓斗ぉぉぉぉ!!」


 またもや見知らぬ女生徒からフルネームで叫ばれるという恐怖体験に背筋が凍る。額には冷や汗。パイ投げ以上の衝撃に、ぼくはただただ立ち尽くすしかなかった。ほとんど何も考えられない頭に唯一、誰? という疑問が浮かび、空っぽになった脳内を埋め尽くしたのだ。


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